アフターコロナ:ヨーロッパ企業のハイブリッド型勤務

Umbrellas over the tables in cafe on an old street
2021.08.31

 ヨーロッパでも、テレワークと出社を併用するハイブリッド型勤務形態が主流になりつつある。元々、アメリカよりもテレワークが普及していたこともあり、概して出社を強いる企業は少ない(ただし、ドイツは職場勤務が多い)。かつ、アフターコロナの勤務形態を決定するのに、社員の意向を考慮する企業が多いように見受けられる。今回は、こうしたヨーロッパの状況を報告する。

  

イギリス

 イギリスでは、7月19日を「自由の日」として、マスク着用義務やナイトクラブの再開などコロナ感染対策としての行動制限が、ほぼすべて解除された。昨年、発行されたテレワーク指針も解除され、企業は社員に職場勤務を求めることも可能となった。実際、8月頭には、各省庁の大臣らが「企業は、夏の間に職場勤務の準備をし、徐々に出社するように」「とくに若い層は、オフィスで同僚から学び、ソーシャルキャピタルを構築することが有益だ」と促していた。

 しかし、その後、デルタ株が蔓延し新規感染者数が増え、かつ依然、濃厚接触者は自主隔離が義務付けられているため、多くの企業が出社再開を9月以降に予定している。

 8月に人事向けSaaSサービス企業が行ったアンケート調査では、回答企業150社以上の97%が、「社員は、週に最低何日かは在宅勤務を続けられるだろう」と答えている。ただし、企業の68%が在宅勤務を許可しているものの、29%が社員全員に対して許可しているのに対し、39%が一部の社員にのみ限定している。(※1)

 社員全員に在宅勤務を許可している企業は、小規模企業(社員26~50人)では39%であるのに対し、社員250人以上の企業では23%と、小規模企業の方が在宅勤務の導入が進んでいる。

※1.CIPHR“Working from home – Employer survey results”2021年8月。回答企業の51%が社員250人以上、37%が51~249人、12%が26~50人。

・大企業の例
 デロイト・イギリスでは、コロナ以前からテレワークを取り入れた柔軟な勤務形態を採用していたが、パンデミックをきっかけに、社員2万人が、自由にテレワークを選択できるようになった(前回、紹介した「自由選択制」)。社員は、フルリモートで働くこともできるし、出社したければ好きなときに好きな頻度でできるというものだ。(※2) 社内調査では、81%が「出社するのは週に2日まで」と答え、96%が「いつ出社するかは自分で決めたい」と答えたという。

 また、86%が、出社する理由として「同僚との協働、交流」を挙げており、オフィスは、チーム協働、研修、クライアントとのミーティングに使われる。ただし、勤務計画は各チームで決定することになっている。

 ロンドン本社の大手メーカー、ユニリーバでは、昨年から「社員が旧態依然の週5日勤務(週休2日)に戻ることはない」と公言している。パンデミックをきっかけに、勤務時間縮小にも取り組んでおり、昨年12月から、ニュージーランド支社で、社員81人全員が週4日勤務(週休3日)を行なう1年の試験導入を行なっている。「今後は、勤務時間ではなく、アウトプットで評価したい。週4日で週5日勤務と同じ仕事をこなせるのなら、給与を減らす必要はない」という方針で、給与は、これまでと変わらない。同社では、ニュージーランドでの試みが成功すれば、他国の支社でも週4日勤務を取り入れるという。

 なお、スペインでも、政府主導で週休3日の試験導入が始まる予定で、フランスでも導入が検討されている。アイスランドでは、数年前に行政部門で試験導入をして成功しており、デンマークでも取り入れている自治体がある。

※2.Deloitte UK “ Deloitte gives its 20,000 people the choice of when and where they work”2021年6月18日。デロイトネットワークの各国のメンバー企業は、独立した企業で独自の方針で運営。なお、監査業務は、出社はしなくても、クライアントのオフィスに出向くことは必要。

  
・フルリモート社員の手当減額
 アメリカでは、昨年からフェイスブックなどが、社員が転居した場合、その地域の物価に合わせて給与を減額すると発表していたが、先月、グーグルでもフルリモートの社員の給料は居住地ベースで減額(最高25%)を検討していることがわかった。そこで、減給を避けるために、片道2時間の通勤を続ける社員もいるという。イギリスでも、同じような傾向が見られる。ロンドン在住の公務員には地域手当が支給されているが、在宅勤務者には、手当廃止を検討している省庁があるという。

 また、150社以上の経営陣に対するアンケート調査では、回答企業の39%が「フルリモートの社員の給与を減額することを検討している」と回答しており(検討していないと回答したのは32%)、これは社員250人以上の企業では43%に達している。

 調査対象企業すべてが地域手当(ロンドンなどの物価の高い地域居住者向け)を支給しているが、地域手当は、企業の86%が在宅勤務を理由に、すでに支給停止または減額を実施している。48%は一時的に減額、23%が一時停止で、14%は永久に停止または減額をしている。今のところ、調整していないという企業(14%)も、そのうちの29%は支給停止や減額を検討しているという。(※3)

※3. CIPHR 同上。

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・テレワークはキャリアにとってマイナス
 ハイブリッド型導入に前向きな企業は多いものの、ヨーロッパでも、やはりハイブリッド型のマイナス面を心配する声は少なくない。SaaSサービス企業のアンケートでは、就労者の72%が在宅勤務を希望するものの、「在宅勤務はキャリアにとってマイナスの影響があるか」という問いに対し、57%が「ある」と答えている。ただし、社員250人以上の企業の勤務者では60%が「ある」と答えたものの、社員26~50人の企業勤務者では、61%が「ない」と回答している。

 一方、企業の77%も「若い社員には職場勤務の方が有益だ」と答えている。(※4)

※4. CIPHR 同上。

  

ドイツ

 ドイツでは、パンデミック発生後、雇用主には従業員に在宅勤務の選択肢を与えることが義務付けられたが、在宅勤務を行うかどうかは従業員の任意であった。それが、4月に新たに感染保護法が施行され、雇用主に在宅勤務をするように言われた場合、従わなければばならなくなった。新たな法律が施行したのは、下記のグラフにもあるように、3月に、少なくとも週何日か在宅勤務を行なっていたのは、企業で働く従業員の32%に満たないことが判明したためだ。(※5)新法施行後、割合は、4月に、わずかに上昇したものの、その後、下落を続けている。6月には、週に何日かテレワークをしたのは、全従業員の3割を切っていた。

 政府の在宅勤務要請は6月末に終了したため、7月には在宅勤務をする従業員は、さらに減少した。少なくとも週に何日か在宅勤務をした従業員の割合は、6月の28.4%から25.5%に下落し、とくに飲料製造業の落ち込みが激しく、13.7%から5.3%へと4割近くの減少を見せた。サービス産業でも減少したが、とくにテレビ・ラジオ業界では多数の従業員が職場勤務を再開し、在宅勤務者の割合は61%から37%へと激減した。(※6)

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※5. ifo Institute “Working from Home: Plenty of Room for Improvement in Germany” 2021年3月31日
※6. ifo Institute “Working from Home Continues to Decline in Germany” 2021年7月29日

 
・職場での検査義務付け
 また、ドイツでは、やはり4月から、企業に対し、職場勤務をする従業員向けに週に1度のコロナ検査キットの無料提供をすることが義務付けられた(接客業では週に2度)。先述のように、大半の従業員が職場勤務をしており、かつ基本的な感染対策を行っていない企業があることが判明したためだ。

 今では企業の93%が検査を行っているという。なお、検査を行っていない7%では、4.6%が「まだ従業員が在宅勤務を続けている」、2.2%が「検査ができる態勢が整っていない」というのが理由である。
 ただし、社員が検査を受けるかどうかは任意で、業界別では、サービス供給業が最高で従業員の62%が検査を受けている。ちなみに、小売業では55.5%で、建設業(52.7%)に次いで低い。(※7)

※7. ifo Institute “In Germany, 60% of Employees are Getting Tested at Work” 2021年6月9日。

 

金融業界

 ヨーロッパの金融機関は、概して、アメリカのように社員に職場勤務を促しておらず、ハイブリッド型勤務が主流になりつつある。下記は、7月5日時点での欧米とアジア(日本)の主要銀行のテレワークの導入姿勢とその詳細発表をチャート化したものだが、上に行くほどテレワークの導入が進んでおり、右に行くほど、その詳細が発表されていることを意味する。テレワーク導入度が低いのはすべてアメリカの銀行で、導入度が高いのは、総じてイギリスの銀行である。

 なお、アメリカの主要投資銀行では、デルタ株で感染が再拡大する中、テレワークを続けるよりも、社員にワクチン接種を義務化して出社を促す方針だ。(※8)

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※8.ゴールドマンサックスでも、9月以降、社員だけでなくクライアントやビジターも、オフィス入館にはワクチン接種を義務付け。ワクチン非接種者は、出社が許されず、テレワーク厳守。また、ワクチン接種者にも、週に一度のコロナ検査義務付け。モルガン・スタンレーでは10月以降、入館にはワクチン接種証明の提示が必要。

・イギリス
 ロンドン本社のスタンダード・チャータードでは、コロナ禍で、世界各国の社員8万5000人の80%がテレワークを行うことになった。そこで、テレワークに関し社内アンケートを行ったところ、社員の74%が「勤務時間の少なくとも50%は在宅勤務をしたい」という結果だった。「フルリモートで働きたい」という社員は非常に少なく、ハイブリッド勤務を好む傾向は、居住国や他の属性にかかわらず、一貫して見られたという。

 そこで、同行では、今後、ハイブリッド型勤務をニューノーマルとすることにした。昨年11月に、窓口業務やトレーディングなど職場勤務が必要な一部の職種を除き、各社員に勤務地や勤務時間などの希望を募った。その結果は部署長やチームリーダーと共有され、部署・チームごとに「いつオフィスで協働するか」など勤務計画の話し合いが行われた。なお、社員らは、自宅と職場以外に、サテライトオフィスでの勤務も可能である。

 こうして、6月時点でイギリス、アメリカ、中国を含む主要6拠点でハイブリッド勤務が導入され、全社員の84%が正式な柔軟な勤務契約を交わしている。コロナ前は、そうした雇用契約を交わしていたのは、全社員の10%未満であったという。今夏の終わりまでに、残りの21拠点でも、同様の雇用計画が導入される予定である。

 同行の今年第1四半期の収益は予測を上回っており、ハイブリッド型勤務の有効性が確認できたわけで、かつ経費削減のためにも、すでにオフィスの3分の1を削減済みである。

 なお、同社の社内アンケートやワークフロー、契約書締結は、オンラインで自動化されており、ハイブリッド勤務への移行には、ITが不可欠であったという。ゴールドマン・サックスやJPモルガンも、アメリカ本社とは違い、社員に出社は促しておらず、JPモルガンも、イギリスのオフィスでは出社人数は全体の50%に限定されている。なお、モルガン・スタンレーのインターンに対する調査では、ヨーロッパのインターン120人のうち、72%が社員として入社した後は、柔軟な働き方を希望している。アメリカのインターンでは341人中66%が、そのように回答している。

・ドイツ
 上述のように、ドイツでは、コロナ下でも出社する社員が多く、必然的にテレワークを部分的に取り入れたハイブリッド勤務となっていた。また、ドイツの銀行では、コスト削減のために、オフィススペースを削減する銀行が相次いでいる。ドイツ銀行は、過去数年、業績向上のために大幅なコスト削減を行なってきたが、テレワークが普及したコロナ下でも業績が落ちなかったことから、積極的にオフィスを削減している。社員1000人が勤務するビルのいくつかのフロアをすでに解約している。

 なお、同行でも、今後、ハイブリッド勤務が主流となるが、「本拠地は常にオフィスであり、職場勤務がなくなることはない」という方針だ。HSBCのドイツ支社も、デュッセルドルフのオフィス6つを明け渡し、それまでの半分のスペースのオフィスに転居した。仏BNPパリバのフランクフルト支社では、デスクスペースを削減し、社員の6割分のみ残している。他の銀行も、同様な動きを見せている。

・スイス
 スイス最大手のUBSでは、地域の感染状況に応じ、国ごとにハイブリッド勤務を導入しているが、出社日は公表していない。管理職、トレーディング、支店勤務など出勤が必要な職種をのぞき、全世界の社員7万2000人の3分の2は、ハイブリッド勤務が可能だという。柔軟な勤務形態を提供することで、優秀な人材を引きつけるのが狙いだ。

 クレディスイスも、スイス国内の主要部門勤務の約1万3000人の社員は、何日テレワークをし、いつ出社するなどを各々上司やチームと相談して決めるという形を取っている。これは、半年にわたり、さまざまな勤務形態の下で社員がいかに成果を上げるかを調査したところ、もっとも柔軟な勤務形態の社員が、一番幸せで生産性も高かったという結果が得られたからだ。また、社員らは「今後、勤務時間の3分の2を(在宅または別の場所で)テレワークしたい」という結果が得られたという。

 なお、他の部門やスイス国外の社員4万9000人に関しては、それぞれの地域のコロナ感染対策指針に基づいて決定される。

  

製造業界

 ヨーロッパ最大のメーカーで、現在はシステムソリューション企業として知られるシーメンスでは、昨夏時点で、43ヵ国の125拠点の14万人以上の社員に、永久にテレワークを許可した、個々の社員がもっとも生産的に働ける場所を選べるというもので、勤務計画は、個々の社員と上司の間で相談して決められる。

 職場勤務は、モバイルワークを補完する位置づけだという。シーメンスでは、以前からモバイルワークを導入していたが、今後、さらにデジタル化を勧め、職場での勤務時間でなく成果をベースにした新たな管理スタイルを構築しようというものだ。このニューノーマルによって、最高の人材を引きつけてキープし、多様性を向上させるのが狙いだ。

 ドイツのアウディでは、7月時点で、製造部門のブルーカラーを除く、デスクワーカーの半数以上が在宅勤務を行なっていたが、コロナ後は、最高30%が在宅勤務を続け得るという。同社でも、テレワークを推進することで、人材を引きつけるのが狙いである。同社では、すでにヨーロッパ外在住のエンジニアを雇っており、柔軟な勤務形態が「ニューノーマル」となるということだ。

 フランスのルノーは、6月に、社員が週に最高3日まで在宅勤務をできることで労働組合と合意している。この新たなハイブリッド勤務形態は、9月から段階的に展開される。基本は任意で(在宅勤務をしたくない人はしなくても可)、週に2日在宅勤務で、あとの1日は上司の判断となる。デスクワーカーの大半、2万人ほどが在宅勤務可能となる見込みである。昨年の合併で、世界第四位の規模となったステランティスも、同様の合意を組合から得ている。(※9)

※9.フランスのPSAとイタリアのFCA(フィアット、クライスラー、オートモービルズ)が合併。

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有元 美津世プロフィール
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。 社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米27年。 著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』など多数。