アメリカで広がる学歴よりスキル重視傾向

arimoto_Sep
2022.09.29

 アメリカでは、スキルギャップ、人材不足がなかなか解消しないため、社内でリスキリングをする企業が増えていることは、前回、報告した。

 コロナ禍でリモートワークが普及し、デジタル化が一気に進んでいるが、そのスピードが速いため、人材が追い付けない状態である。新たな技術が次々に生まれ、たとえば、フリーランス市場でもっとも急速に伸びているスキルの7割は、Hadoop(分散処理技術)、Geospatial(地理空間)、Julia(プログラミング言語) 、K8s (Kubernetes:コンテナの設定、運用管理、スケールを支援するオープンソースシステム)、Adobeコマース(多言語・多通貨対応のオープンソースECプラットフォーム)、Vue.js(ユーザーインターフェイスを構築するためのJavaScriptフレームワーク) などで、以前は存在しなかったものである。また、今から小学校に入学する児童が就く仕事の6割以上は、今まだ存在しない仕事であるとも言われている。

 こうして、とくにIT人材の不足が著しい中、学歴よりもスキルを重視しようという動きが出ている。

 アメリカでは、成人の3分の2が四大卒未満であり、四大卒を採用条件とした途端、企業は、それだけの人材を遮断してしまうことになる。

 求職側からすれば、たとえ、その職を遂行するのに必要なスキルを備えていても、大卒でないというだけで、多くの門戸が閉ざされ、とくにより高い賃金を得る機会を失っている。そのため、中産階級に這い上がるのも難しくなる。コロナ禍で職を失った人には、大卒未満の人が多かったのだが、そうした人はリモートワークのできない職種に就いていることが多く、コロナのリスクにさらされる割合も高かった。

 アメリカでは、中産階級の割合が過去40年で縮小しており、1971年には中産階級の家庭で暮らす成人は全体の61%であったのが、2021年には50%に減少している。その間、上層階級は14%から21%に増え、下層階級も25%から29%に増加した。つまり、裕福な層と貧しい層が増えたということで、格差が広がっているということだ。

 全体で見ると、25歳以上で四大卒以上の割合は、1971年には11%だったのが、2021年には38%に伸びており、四大を卒業することで所得を増やした成人は多い。しかし、下層階級では、とくに四大卒未満の者が占める割合が大きく、2021年には39%に達しており、1971年から倍増している。つまり、大学を卒業しないことで低賃金職に甘んじるしかなく、キャリア的に上昇できない状態となっているということだ。(こうした低賃金職は、日本の非正規雇用と似ていて、有給などもなく、病気や介護で休みを取ると賃金を失い、ホームレスなどに転落しやすい。)

 四大卒とそうでない人たちの賃金格差は、過去40年で倍に広がっている。インフレ調整後の数字で、四大卒でない人の賃金は1976年に比べ下落しており、四大卒が新卒時にもらえる賃金を稼ぐのに、30年かかる計算だ。

 学費の高騰がすさまじいアメリカでは、下層階級、労働者階級はもちろん、一部の中産階級でも、経済的に大学に手が届かない状況になっている。(※1) とくにマイノリティでは四大を卒業する割合が低く、黒人や地方在住者では4割以下、ヒスパニック系では半数以下が四大卒未満で、職場で多様性を促進するにも、四大卒未満の人材のキャリアアップが必要となっている。

※1.過去40年で学費は数倍に高騰。トップ100校のうち、公立は20校のみ。学費は、公立が年1~2万ドル、私立が3~5万ドル。連邦政府の給付奨学金をもらうには所得が高すぎる中の下クラスが一番大変。連邦政府の奨学金は学費の一部しかカバーしない。働きながら通う学生は多いが、中退する割合が高い。

 

四大卒を要しない職が増加

 ハーバードビジネススクール(HBS)では、2014年から、四大卒を採用条件とすることによって、ミドルスキル職に、どのような影響を与えるかを追跡調査している。(※2)

 まず、ミドルスキル職とは、伝統的に短大卒者(準学士所有者)以下が就いた職で、エグゼクティブアシスタント・秘書系、生産現場の主任、ITヘルプデスクなどである。一方、ハイスキル職とは、通常、四大卒を要する職種である。

※2.The burningglass Institute “The Emerging Degree Reset” 2022年2月

 
・不況下で不必要に四大卒を条件に

 2008年の世界金融危機に続いた大不況の間、必要のない職種にでも、大卒を採用条件とする企業が増え、2007年に比べ、2010年には10%増加していた。これを調査したハーバードの教授は、不必要に大卒を要する傾向を「学士インフレ(degree inflation)」と呼んだが、この傾向は、2015年頃まで続いた。

 この時期は、四大卒であることを要している求人広告の割合と、その職に実際に就いている人が四大卒である割合との間にギャップ(degree gap)が生じていた。たとえば、工場現場主任、造園、建設、測量、エグゼクティブアシスタントなどでも、四大卒であることが求められ、ギャップが40%ポイント以上に達していた職種が多々あった。たとえば、当時、エグゼクティブアシスタントとして働く人たちが四大を卒業していた割合は19%だったにもかかわらず、求人広告では65%が四大卒であることを条件としていた(46ポイントのギャップ)という具合だ。

 上述の調査の結果、ミドルスキル職では、大卒であることを採用条件としている職種と、そうでない職種とでは大して違いが見られなかったことが判明している。

 不必要に学歴を採用条件にするのは、企業が採用過程を簡素化したい、応募者を絞りたいという点が大きいだろう。また、大卒であればコミュニケーションスキルなど一定のソフトスキルは備えているだろうという思い込みも一因にある。たとえば、ITのハードスキルを備えているかどうかは、採用試験でのテストや資格、職歴でわかるはずであるにもかかわらず、多くの企業が学歴を採用条件としている。

 採用担当者600人に対して行なった調査では、応募者が、その職を遂行するだけの力があっても、大卒でないというだけで考慮しないという担当者は61%にのぼった。(※3)

 アメリカでは、四大卒の方が給料が11~30%高いが、生産性や他の成果の面で、それだけのプレミアムに値するとは言えず、コスト高に通じる。また、四大卒に限るとした点で、人材を見つけるのに時間がかかり、また四大卒以上の方が転職をする傾向が高いというデメリットもある。

 アメリカのIT職の給与は高騰しているが、それは限られた人材プール(大半のIT就労者は四大卒以上の白人男性)をターゲットに人材獲得競争を行なっているからである。四大卒でないというだけで必要なスキルを備えている人材を無視してきたツケで、自分たちで自分たちのクビを絞めているという業界人もいる。

※3.arvard Business School “Dismissed by Degrees” 2017年

 
・2017年頃から変化

 しかし、数年前から、そうした企業の方針に変化が見え始めた。HBSが、2017年から2020年にかけて5,100万以上の求人広告を分析したところ、四大卒であることを採用条件にする雇用主が大幅に減っていた。上述の教授は、こうした状態を「学士リセット(degree reset)」と名付けている。

 こうした傾向は、コロナ発生前から起こっており、2017年から2019年にかけて、四大卒を採用条件とする求人は、ミドルスキル職で46%、ハイスキル職で31%減少した。とくに財務、経営管理、エンジニア、医療の分野で減少幅が大きい。

 ハイスキル職では、ITプロジェクトマネジャーなど四大卒を必要とする割合は、2017年の92%から2020年の91%と、ほぼ変わらない職種もあるが、プログラマーでは83%から79%に減少している。

 2017年に調査した求人広告の6割以上がミドルスキル職またはハイスキル職だったが、そのうち27%は、2019年から2020年にかけて、コロナ禍で需要が急激に増え学歴を不問とした職(cyclical reset)だった。これらは一時的な措置で、コロナ禍の終焉によって、元に戻る可能性が高い。

 これらの職には、救急や集中治療室 の看護師がある。2019年から2020年にかけて四大卒を要する正看の求人広告は38%から33%に、集中治療室看護師では35%から23%に減少している。また、パラリーガルや法務助手アシスタント職も、65%から54%に下落している。

 一方、63%は、コロナ前の2017年から2019年にかけて学歴が不問となり、「この職は大卒である必要はないのではないか」と再検討されて、今後も不問となりそうな職(structural reset)に分類された。

 構造的・恒久的に学歴が不問になった割合が高いハイスキル職には、保険販売、パーソナルファイナンシャルアドバイザー、融資担当者、パラリーガル・法務アシスタント、保健請求処理担当者などがある。同様に、ミドルスキル職では、小売店舗マネジャー・主任、不動産売買業者、設備保全主任、不動産管理人、人事アシスタントなどで学歴が不問になった割合が高い。

 ここ数年で、構造的・恒久的に学歴不問となった職種には、採用前の適性テストなどで評価ができる具体的なスキルや能力を要する職である傾向がある。たとえば、Eコマースアナリストは、2017年は求人広告の81%が大卒であることを要していたが、2020年には62%に減少している。

 HBSでは、今後5年で、さらに140万の職が大卒でない人材に開かれると予測している。

 
・IT業界

 ただし、下記の表に見るように、IT業界では、企業によって大きな差があり、たとえば、ソフトQAエンジニアの求人広告で、四大卒を要するのは、アクセンチュアでは26%であるのに対し、IBMでは29%、オラクルでは100%、インテルでは92%、アップルでは90%だった。オラクルでは、今も、全求人広告の90%以上が四大卒であることを採用条件としている。

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 下記のグラフは、大手IT企業が四大卒を採用条件とする割合を示しているが、グーグルやアップルでは、依然、大半の職で四大卒を要してはいるものの、2017年から2021年にかけて、アップルでは88%から72%、グーグルでは93%から77%と減少している。グーグルでは、以前、応募者から大学での成績証明書の提出を求めていたが、大学の成績は社員の業績を予測するのに適していないと判断し、次第に大卒未満の人材を採用することが増えたという。

 一方、フェイスブックやインテル、マイクロソフトでは、こうした傾向はみられない。それどころか、インテルでは、四大卒を採用条件とする求人広告が、2017年に比べ(87%)、96%に上昇している。

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 なお、雇用主が採用条件から学歴を外すと、求人広告でのスキル要件が具体的になり、大卒であれば当たり前と思われるような文書作成能力やコミュ二ケーション能力などのソフトスキルが、細かく提示される傾向がわかった。

 

学歴を問わないIT企業

 上述の調査で見たように、四大卒を要しない企業が増えつつあるわけだが、早くから学歴不問を進めてきた企業にIBMがある。

 同社では、2017年から、学歴よりもコーディング・ブートキャンプや業界関連の職業訓練など実務経験を持つ人材を探す方針を打ち出していた。それは、新たなスキルを必要とする仕事が増えたため、教育研修や採用にも新たなアプローチが必要だと判断したからだ。

 同社では、2017年には、IT職の21%が四大卒を要していなかったが、2020年には29%に増えていた。2021年1月には、(IT職だけでなく)同社の職の半数が大卒である必要はないということだった。これは、IT企業の中でも飛び抜けている。

 たとえば、コミュニティカレッジでコンピューターを勉強し、自分でPCの組み立てなどを行っていた男性は、IBMにコンピューターセキュリティ・アナリストとして雇われてから、年収は4.5万ドルに増え、自分でアパートを借り、車を買えるようになったという。

 IBMと一部競合するアクセンチュアでも、四大卒を要する職は、2017年の54%から2021年43%に減少している。これは、同社のIT職の71%にあたり、今ではサイバーセキュリティ・アナリストやプロジェクトマネジャーは、四大卒である必要はない。

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 IT分野では、従来、「ソフトスキルを教えるのは簡単なので、ITスキルのある人を雇って、ソフトスキルを身に着けてもらう」という考えだったが、アクセンチュアでは顧客サービスなどの従事者は、対人スキルに優れており、そうした人たちにITスキルを教える方が簡単だとわかったという。

 そこで、アクセンチュアでは、2016年にアプリ開発、サイバーセキュリティ、データエンジニアリング、クラウドエンジニアリングなどの職で見習い制度を立ち上げた。当初、地元シカゴのコミュニティカレッジと提携して10人ほど雇ったが、これまでに1200人以上を雇っている。そのうち8割が四大卒でないという。今では、この見習い制度を35地域に拡大しており、今年度は、初級レベルの社員の2割を同制度を通じて雇うことを目標としている。これは、上記のIT職の約半数にあたる。

 ちなみに、日本では、昨年末、JAXAが13年ぶりに宇宙飛行士を募集したが、これまでの理系重視の方針を改めて学歴不問となった。これによって、応募者は、前回の4.3倍に増えたという。ちなみに、アメリカのNASAでは、理数分野での修士号取得以上または理数分野での博士課程二年修了を応募条件としている。

 

官民連携の取り組み

 アメリカでは、民間企業に習い、2020年に、連邦政府も採用過程を効率化させるために、学歴ベースの採用からスキルおよび能力ベースに変えようと、当時のトランプ大統領が行政命令を発令した。 (※4)

 今年、メリーランドが、州政府職員(ITや顧客サービスなどの職種)の採用条件から四大卒を外すと発表したが、今後、他の州も続くと思われる。

 低賃金労働者を含む労働者階級を中産階級に押し上げようと、学歴でなくスキルをベースにした労働市場を構築しようという官民の取り組みもある。下記は、そうした取り組みの一例である。

※4.“Executive Order on Modernizing and Reforming the Assessment and Hiring of Federal Job Candidates” 2020年6月26日

 
・TechHire

 上記のメリーランドで、これまで四大卒に限られていた職に対して四大卒未満の人材の採用を支援するのがTechHireという非営利団体である。

 TechHireは、2015年に、当時のオバマ大統領が、全米の貧しい地域でIT人材を育てようと立ち上げた官民プログラムである。連邦政府が助成金を出し、当時、20のコミュニティで企業300社以上と協力して始まったが、現在では72のコミュ二ティに広がり、提携企業は1,300以上に及んでいる。

 TechHireでは、連邦政府からの助成金で企業でのプログラミング研修などを行っている。たとえば、ファーストフードの店員だった女性が、4カ月のプログラミング研修、2ヵ月のインターンシップを終えた後、その企業のソフト品質管理部門で社員として雇われることになった。年収は4万ドル以上となり、ファーストフード店員時代に比べ、倍増したという。一旦、こうしたスキルを習得すれば、失業して路頭に迷う確率は大きく減る。

 TechFireでは、コミュニティカレッジ、職業訓練所、ブートキャンプ、OJT、軍など大学以外の場所でスキルを取得した人材、STAR(Skilled through Alternative Route = 別のルートでスキル取得)と呼ばれる7000万人以上の就労者の就職支援、キャリアアップを支援している。

 先月、STARに対しての認知度を全米で高めるため、広告代理店と協力し、「紙の天井(paper ceiling)を破れ」キャンペーンを開始した。

 マイノリティや女性の四大卒未満の人は、白人男性に比べ、賃金の高い職に移行する割合が半分であるという。黒人や地方在住者では6割以上、ヒスパニック系では半数以上がSTARであり、「紙の天井」を破らないことには、職場での多様性の促進もままならないということである。

 
・Skillful

 財団が立ち上げた非営利団体、Skillfulでは、大卒でない人が新たなスキルを習得して、キャリアアップできるよう就職支援を行っている。

 州政府や地元企業、教育機関などと協力し、スキルベースの研修を開発しており、キャリアコーチが、転職希望者のスキルアップを指導する。企業には、どのように応募者の学歴ではなくスキルを重視した採用を行うかを指導している。

 たとえば、スーパーのチェーンで12年の経験がある36歳の部門マネジャーが、若い頃に大学を卒業しなかったという理由で、転職先を見つけるのに苦労していた。そこで、Skillfulでスキル重視の採用の研修を受けたコンサルタントが探してきた企業に応募したところ、食品安全品質管理マネジャーとしての採用が決まった。その企業では、「応募する職の必要要件とのギャップは何か、そのギャップをどのように埋めるつもりか」、そのタイムラインと業績数値をレポートにまとめるように言われたという。

 Skillfulでは、リンクトインの研究者らが構築したオンラインツールを提供しており、職ごとに必要なスキル、研修プログラム、地域の求人、給与などを調べられる。

 2020年に、マイクロソフトから2500万ドルの助成金を受け、コロラドだけでなく、他の州でも同様のサービスを提供する予定である。

 
 
                  
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有元 美津世プロフィール
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。 社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米27年。 著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』など多数。