外国人の採用市場を読む 先進国の外国人材を雇用する上での留意点

外国人の採用市場を読む
2019.08.23

 日本で就労する外国人就労者は、昨年10月時点で146万人を超え、過去最高に達した。就労者の7割以上がアジアの国々からで、G7およびオーストラリアとニュージーランドからの就労者は5%(約7万7000人)に過ぎない。※1
また、在留資格別では、今回の調査対象にあたる大卒のホワイトカラーが該当する「専門的・技術的分野の在留資格」は、全体の19%を占める。なお、G7およびオーストラリアとニュージーランド就労者の間では、「専門的・技術的分野の在留資格」が59%(約45.000人)を占めている。(韓国籍の就労者では、同資格が45%。)

現地の主流層ではない

まだまだ生活水準、給与水準が低いアジア諸国にとって、日本は母国の何倍も稼げる魅力的な場所である。しかし、G7およびオセアニアからの就労者の少なさが物語るように、先進国の人材の場合は話が違う。お金を稼ぐために、わざわざ日本にやってくるという人は、ほぼ皆無だろう。
先進国から人材を獲得したという企業が、まず理解しなければならないのは「日本で働いてみたい、住んでみたい」という人材は、先進国では“主流の”“平均的な”人物ではないということだ。平均的な欧米人にとって、日本は、いまだに極東の不思議な国であり、中国の一部だと思っている人など山ほど存在する。欧米人が「先進国」を語るときには(大学教授レベルでも)、そこに日本が含まれていないことなど多々ある。彼らが思い描く「先進国」には、非白人の国は含まれていないのである。
ただし、近年の日本のサブカルブーム、また最近の観光ブームのおかげで、以前に比べ日本を訪れる欧米人も増え、日本に対する理解も広がり、日本に興味を持つ人には、その国の主流の層も、一部含まれるようになった。
たとえば、アメリカでは、ふた昔前は、日本語を学習する人といえば、①武道をたしなむ人、②日本人女性に興味のある人(彼女にしたい、結婚したい)、③日系人であった。つまり、平均的ではない、社会の主流には属さない人たちである。
それが、今では、①がアニメを含む日本のサブカルに興味のある人に取って変わられている。(②は、今も健在。)主流層でも、日本のサブカルに興味を持つ人もいるが、大半は「平均的ではない、主流には属さない人たち」に変わりはない。
そのため、現地の企業と同じように、現地の主流層をターゲットに採用活動を行うのは、非効率的である。特殊な技術を所有した人材をターゲットに、日本語能力も問わないのでなければ、現地企業やグローバル企業と競って、そうした人材の獲得を目指すことも意味を成すが、そうでなければ、日本在住者を含め、すでに日本に興味を持っている限られた層に対して採用活動を行うべきだろう。

なお、新興国でも、富裕層・エリート層は(貧富の差は日本よりずっと激しい)、子供を米英の大学に入れることを念頭に、小学校からインターナショナルスクールや英語系学校に入れることが多い。そうした人材は、日本に留学したり、就職したりしようとは考えていない。日本に渡るのは主に、金銭的または能力的に、米英に行けなかった層である。

知名度・ブランド

トヨタやソニーレベルの国際ブランド企業であれば、先進国の主流の人材も興味を示す。しかし、日本ではかなり知られていても、海外では無名といった企業はいくらでもある。そうした企業が、欧米の一般層に対してリクルートをしても、「アジアのどこかの名もない会社」扱いとなり、優秀な人材を引き付けるのはむずかしい。
そうした場合、よほど面白い仕事・プロジェクトができる、または給料がいいといった好条件を提示することが必要となる。

給与・待遇

「日本で働きたい」という人材でも、給与が原因で断念する場合が多々ある。給与提示段階で「安すぎる」とオファーを断るという話は、アメリカでもヨーロッパでも聞かれる。「給料が安すぎる」というのには、下記のような要因がある。

・年功序列

日本で終身雇用が崩壊しつつあると言うものの、とくに大企業では、いったん入社すれば、長年、勤務するつもりの人たちが多数である。終身雇用をベースにした年功序列による人事制度というのは、一生または何年もの間、雇用を保証する代わりに、若い間は安い給料で働いてもらうというものだ。そのため、他の先進国に比べ、日本の初任給は低く抑えられている。(とは言うものの、日本がデフレに突入する前は、他国とそん色なかった。)
アメリカの大学生を行った調査では、彼らは就職後1年で年収60,000ドルを稼げるものと思っているという結果が出た。実際には、職歴0~5年の大卒の年収中央値は47,000ドルであり、現実とは10,000ドル以上の開きがある。このように現実以上に期待値の高い学生に、賞与込みで年棒300万円を提示しても、「どうしても日本に住みたい」という人以外は見向きもしないだろう。(ちなみに、アメリカでも、実質賃金は、過去20年、ほとんど上がっていない。
とくに、アメリカの場合、学資ローンを抱えている学生が多いので、年収300万円ではローンの返済もままならない。アメリカでは、2018年に入学した大学生の69%が学資ローンを借りており、卒業時のローン残高は平均30,000ドルほどだ。(なお、金利は学部向けで4%台、大学院向けはさらに高い。)一般的な返済額は月200~300ドルである。

・横並び

2018年に、経団連が500社近くの企業を対象に行った調査で、初任給決定にあたって最も考慮した判断要因として、「世間相場」という回答が3割近くで、もっとも多かった。次に「在籍者とのバランスや新卒者の職務価値」」が2割強であり、個人の能力や人材需給に応じ、優秀な人材、必要な人材には相場より高い給料を払うというのは、日本企業では一般的でないのがうかがえる。
また、日本では、技術系、それも大学院卒でも、初任給水準は、文系とほとんど変わらない。せいぜい、大卒で2万円、大学院卒で2000円程度の違いである。
たとえば、アメリカの場合、大学での専攻別の初任給を見てみると(2016年)、心理学専攻学生が23,000~49,000ドルであるのに対し、電気工学専攻では41,000~86,000ドル、コンピューター科学では45,000~90,000ドルと、とくに工学系と文系の差は大きい。(なお、生物や化学など理系の初任給は、文系とそれほど変わらない。)
このように、とくに優秀な人材を引き付けるには、「日本では、相場はこれくらいだから」という理屈は通用しないだろう。

・給与体系の違い

他国では、日本のように、年に1~2回、ボーナスが決まって支給されるという習慣はない。また住宅手当や交通費の支給などもない。ボーナスがある国もあるが、それはたいてい個人や企業の業績に応じたものであり、必ず支給されるものではなく、業績が悪ければ出ない。
こうした海外との違いを知らず、海外からの人材に月給だけを提示する日本企業もある。応募者の方は、それを単に12倍するので、「年棒は300万円にも満たない」ということになる。

・物価の違い

さらに、物価の違いもある。ニューヨークやサンフランシスコ、ロンドンなど欧米の大都市の家賃や不動産価格は、東京などよりずっと高い。こうした都市では、年収10万米ドルでも大した生活は送れない。※2
近年、日本への観光客が増えている理由のひとつは、「(物にもよるが)日本は物価が安い」ことが知れ渡ったのも要因である。1980年代に「日本の物価は世界一高い」という先入観が根付いてしまい(当時も個人的にはヨーロッパの方が高かったと感じたが)、かつ過去20年、日本がデフレに陥ったことを知らない人も多い。
そのため、外国人への給与提示には、家賃など必要な生活費も一緒に提示する必要があるだろう。「生活費は、これくらいなので、この給料でもやっていける」ということを知らせることが必要なのである。

・条件詳細の提示

職をオファーする(内定を出す)際に、手当てや福利厚生も細かく説明すべきだろう。たとえば、労働条件通知書には、「賞与の有無」の記載は義務付けられているものの、その額や支給条件などは義務付けられていないため、記載されないことも少なくない。そうすると、やはり「月給x12カ月=年収」と解釈されるだろう。
なお、日本国内の外資系でも(日本企業化している企業を除き)、年棒で提示されるため(給与12カ月+賞与分で年棒として示す会社もある)、年棒でないと他社との比較がむずかしい。
また、書面による雇用契約当然の国から来た応募者は、雇用条件も書面で提示されなければ、信用できないという人もいるだろう。

キャリアパスの明示

日本企業で新卒採用の場合、「総合職。配属先は研修後決定」ということは珍しくなく、入社してみないと、どの部署に配属されるかわからないというのが一般的である。中途採用でも、総合職として採用というケースもある。
具体的な職種に対して応募する習慣の国から来た応募者にとっては、「入社後、どのような仕事をするのかわからない」というのは受け入れがたい。配属先がわからなければ、その後のキャリアパスも描けない。
そうした場合は、「総合職として雇用し、ゼネラリストとしてキャリアを築いてもらう」というように、採用前に、ちゃんと説明しておくべきだろう。
さらに、海外の日本企業でも、真にグローバル企業化している企業を除き、経営陣は日本からの駐在員で占められており、「日本人でないと幹部になれない」と辞めていく現地の人間は後を絶たない。「この会社にずっと勤めても、キャリアが積めない、先が見えない」と思われては、優秀な人材は呼び込めないし、定着もしてくれない。

以上、見てきたように、先進国の人材を雇うには、上記のような点を理解し、従来の日本の雇用習慣とは違ったやり方に対応できるのかを検討しておく必要があるだろう。
もちろん、「日本で働くのだから日本の商習慣に従ってもらう」というのならそれでもいいが、それでは、先進国に限らず、新興国の優秀な人材も引き付けられない可能性が高いということを覚悟しておくべきだ。
昨年、HRClubの海外レポートで各国のIT人材不足についてレポートしたが、とくにIT人材(また一部理工系人材)に関しては、グローバル市場で壮絶な争奪戦が行われている。日本国内でも、優秀な人材には、新卒でも高い年棒を提示する企業が出てきている。空前の人材不足が続く中、こうした傾向は、今後、さらに拍車がかかると思われる。

※1.厚生労働省『「外国人雇用状況」の届出状況まとめ【本文】(平成30年10月末現在)』

※2.ニューヨーク市の場合、年収が10万ドルだと、手取りが6万ドルを切り、月額にすると4,800ドル。家賃は1DKでも月3000ドル以上する。サンフランシスコ市やその近辺では、年収が11.7万ドル未満の4人家族(単身の場合、8.2万ドル)は低所得者向け住宅を借りることができる。

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有元 美津世プロフィール
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。 社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米27年。 著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』など多数。