日本に根づくダイバーシティ施策の勘所とは

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日本に根づくダイバーシティ施策の勘所とは

 安倍政権下では官民で熱心に様々な多様性施策が取り組まれていますが、それらの取り組みはわが国の風土に根付いていくのでしょうか。そもそも日本企業のダイバーシティ(多様性)施策は目に見える部分しか扱っていないように映ります。目に見える部分とは、労働生産性、働き方の流動化、賃金制度改革、雇用における性差の是正などです。

 確かにこれらの切り口は生産性の向上や公正な仕事環境の整備などの点で重要なものですが、その一方で、多様性が産業力の基盤を国際的にも通用するものに進化させていくには、一カ国で一文明をなす世界でも稀な文明観を持つ日本の育んできた「勤労文化」という目に見えない部分を照射しなくてはなりません。ダイバーシティが舶来品の香りがつきまとうのは、この日本のビジネス文化が置き去りにされてきたからです。

 ここで、日本の風土に基づいた勤労文化をうまく説明できず、多様性を受け入れることに失敗した事例で見てみましょう。先日、ある大阪のコンサルティング会社の営業マンが、配属されたインドネシア人インターンに対して、就業体験として連れていく客先がヒジャブ(ムスリム女性が身に着けるスカーフ)を見ると不快感を覚えるので取ってくれないかと頼みました。話を聞いてみると不快感には何の根拠もなく営業マンの全くの偏見でした。

 この営業マンが、自分にとって心地良い価値観(皆が同じ装いをしている慣習)の外にある「ヒジャブはアイデンティティの一部」という世界観に接した時に取った対処法はヒジャブの「拒絶」しか思いつかなかったのです。この一言が人の勤労意欲をどれ程傷つけるものなのか、本音では自分は歓迎さえていないとの存在の否定につながるものなのか、そして、もしインターンが海外のメディアにこのことを訴えたとしたら大きな社会問題になりかねないことなど、この営業マンは想像だにしなかったでしょう。結果的にこのインターンは「日本の社会は自分には合わない」と言い残して帰国していきました。

 さらにこの事例に込められた重大な教訓はこの職場が経営上大きな代償を払うことになるという点なのです。すなわち、このような固定観念を心の根っこに持ったままいくら外国人を採用しても、職場は同質的な能力と感性の殻を破れず、その殻に囚われていることさえ気づかず、その結果、ビジネス機会が大きく蝕まれるということです。多様性が発動した時に得られる本来の組織的利益は図示したように素晴らしいものですが、それを得ることのできないとしたら、似非多様性としか言いようがありません。

 では、日本の風土に根差した多様性施策を展開する上で忘れてはいけないポイントとは何でしょうか。それは日本型の価値観にロジックを打ち込んで説明することです。例えば、三方良し、知識・技術の段階的蓄積、長期的人材育成、私ではない公の善などの考え方は時代に逆行するどころか、短期思考や即物的功利の蔓延した世界の多くの企業では実践したくてもできないものです。それらの慣習は日本企業にふさわしいだけでなく、きちんと説明さえすれば、世界の人々の称賛の集まる働き方なのです。Cool Japanは好きな外国人は多いのですから、あとは、日本的な働き方がCoolだと感じられるような説明能力を高める必要があります。

 日本企業は個人の努力をもっと素直に称賛しましょう。同時に、助け合って働くことの価値をもっと積極的に見直しましょう。職業への誇りを持つ人は自ら知恵を絞って良い仕事をするものです。その結果得られる充足感や自己肯定感を心の報酬と感じることのできることがこの国の職業観なのです。

 国際競争で人心が疲弊した私たちには精神の拠り所が必要です。拠り所なしに外国人を受け入れ働き方を流動化させてしまっては多様性に押し流されてしまいます。その拠り所が日本の「勤労文化」なのです。

 その勤労文化のままでは理解されにくいものや、時代に合わないものもありますから、国際的に通用するロジックを入れて情熱をもって発信すべきです。ロジックで説明不可能なものは賞味期限切れとして捨て去るか大幅に改変を行うべきものとして取捨選択を行えばよいのです。

 欧米流の個人主義的勤労観に流される時代ではないことは誰もが本音で感じ取っているはずです。多様な価値観を尊重する心は、自(社)文化への深い愛着と誇りがなければ決して生まれてきません。自国文化を愛する人は異文化を受け入れることができます。グローバルプレッシャーにも負けることはないのです。


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【お知らせ】

産経新聞・朝刊生活欄にて、隔週水曜日に連載中です。Talkの英会話からSpeakの「意味の発信」へ発想の転換を問うものです。ご批判下さい。

*河谷隆司の侍イングリッシュ
●株式会社 ダイバーシティ・マネジメント研究所 
「アジア太平洋×異文化マネジメント×日本ビジネス文化」の3つの領域で1990年から日系と外資系企業を支援しています。世界に蔓延する欧米型の働き方とは異なるオルタナティブな勤労文化を持つ日本。そこにロジックを打ち込み、情熱をもって発信すれば日本企業は大化けします。宝箱を開けるときは今です。多国籍社員が互いに学んで成長し、楽しくてシナジーの生まれる職場作りを支援しています。
https://www.diversityasia.com/

産経ニュース:https://www.sankei.com/search/?q=河谷隆司の侍イングリッシュ

河谷隆司プロフィール
株式会社 ダイバーシティ・マネジメント研究所 代表取締役 世界各地の日系と外資系企業、政府機関、経営大学院で異文化マネジメント、日本型ビジネス文化、グローバルビジネススキルを指導。マレーシア戦略国際問題研究所を含めアジア勤務17年。外資系日本支社長へのコーチング、外資系企業の日本企業買収前後の文化統合コンサルティングにも携わる。メインドメインは「アジア太平洋×異文化マネジメント×日本精神」の三位一体。日本文化を発信するネットテレビJapan Spiritキャスター(YouTube視聴可)。著書は『Winning Together at Japanese Companies』『アジア発 異文化マネジメントガイド』他多数。