社内で英語公用語にすることの是非(その2 )

外資系企業での日本人社員の英語力

「そもそも日本人の 95 % に英語は要らない」と語るのは、「英語公用語化バカ」論の旗手、成毛氏ⅰである。「総合商社や海外展開を目指す会社にとって確かに英語が必要な人は多いだろうが、それ以外の業界で英語が出来なければならない人は 5 % ぐらいだ」というのである。成毛氏によれば、出身外資の例を使って、上層部の 5 % が高度の英語力を必要とし、残りの 95 % の英語力は外資系社員であっても日本企業の平均的社員と同じかむしろ下回るくらいだという。

本当だろうか。

一般の外資系企業で、 5 % だけが英語必要で、 95 % は外資系であっても英語不要だというのはたぶん間違い(あるいは言い過ぎ)だろう。以下、例をあげてみる。

外資系金融業界での英語力

たとえば、外資系金融では、英語を必要としないポジションは事実上存在しない。英語抜きではビジネスが成り立たないからだ。社内公用語だというルールを決めるまでもなく、デファクト・スタンダードになっているのは、筆者の経験でもある(グローバルなガイドラインとして、本国の母国語であるドイツ語ではない英語が標準語とされていた)。雇用契約そのもの、人事通知、パフォーマンスレビューなど、全ての重要書類は英語であるし、日本人同士の業務上のやりとりも議事録も英語で行う(特に内部監査対応上、CC でコピーを退避させておくことが求められるときには英語以外の言語ではグループ監査の必要性から日本語だけの記録では意味をなさない。取締役会議事録でさえ日英併記である。)

ただし、同じように社内で英語必須だとしても、求められる英語力の差と頻度は違う、と、ある有力外資系銀行の人事担当責任者は言う。「テレビ会議や電話会議の中において、英語で発言することが求められるのか、社員とのコミュニケーションにおいて英語が求められるのか、それともリアルタイムで売買を行うのに英語力が求められているのか」によるというのだ。つまり、たとえば日本人社員同士のコミュニケーションで同僚との会話は日本語で行うけれども、メールになれば日本人同僚同士であってもその内容は英語ですます、ということは「多々あること」であり、この点はローカル言語の意思疎通(日本語)とメールという客観証拠部分(英語)とを使い分けるというわけである。これは例えば日本以外でも、たとえば香港でも広東語と英語を適宜同じような形で使い分けていることと本質的には同じである。この点は筆者も同意見である。

外資系販売・サービス業界での英語力

こちらの業界模様は様々であるが、これも筆者の知り合いからの知見によれば、社長が外国人で日本語が話せない場合の役員クラスあるいは日本人社長の場合、いわゆるファーストラインと称される人たちは英語が必須となる。いちいち通訳が必要では文字通り話にならないからである。そして、セカンドラインたとえば執行役員クラス(例えば VP=バイスプレジデントなど)では会議は英語で進められる。これについては日本人上級管理職には「相当の英語力」が必要とよくいうけれど、「逆に TOEIC で 700 点程度では(低すぎて)お話にはなりません」。このことを考えると、5 % かどうかはわからないが、キャリアディベロプメントにおいて上昇志向があってその気のある社員にはそれ相応の自己投資が必要になるだろう。楽天などで日本人に新たに要求している英語レベルは、実は外資系企業のセカンドラインにも達していない程度のレベルでしかない、ことになる。

英語が苦手の VP は解雇されるのか

この場合、英語の苦手な VP がいたらどうなるか。クビになるのだろうか ? そうではない。英語が苦手な上級管理職には逆に逐次通訳(会社によっては同時通訳)がつくのである(会社の費用で)。業務の必要があるのだから、日本人に英語能力を問うよりも先に、日本人のほうに通訳をつけてしまうのだ。楽天のように「( 2 年後に)英語の話せない役員はクビ」ではないのだ。ところが、英語を話すことを要求されるよりも、相手でなく自分に通訳がつくことは日本人にとってはそこそこ逆に負担になる。そこで事実上英語の不得意な日本人執行役員は自然淘汰されて自ら退職していくようである。

それ以外の場合、たとえば現場のパート社員や契約社員も集合しての全社集会では同時通訳がはいったりすることが多いようだ。外国人管理職が日本語の得意な手練であることも多いから、そのときは日本語で直接会話することも多くあり、それほど日本語が達者でない場合には通訳スタッフがつく。その結果、このポジションレベルでは、日本人のほうは英語が話す人は話すし、話せない人は話せないということで、任される仕事の内容・機会に差がつくことはあるようだ。

人事部長の意識としても、役員や VP クラスでは must であり、このポジションレベルでは英語は専門能力・経験とともに重視される一方、それ以下の社員については、せいぜい通訳を介してコミュニケーションできればよく、特に英語のできる高価な人材を採用する必要はないし、時間のかかる英語力の育成に会社がコミットする必要もない、といったところだろうと思われる。実際、日本の一般的なビジネス社会では、英語の堪能な人とそうでない人との間には平均年収で約 500 万円の差があるとされている。楽天もユニクロも社員に英語を習得させるなら、その金額が給与に加算されてもおかしくはないのだが、おそらくそこまでは考えていないのかもしれないⅱ。

また、社内通達も人事関連は英語であることが多く、それ以外の業務通達は日本語であることも多い。パワーポイントもスライド二枚(英語・日本語)を同時に並べて表示することが慣例と言う外資系もある。社員集会は基本的に同時通訳つきであることが多い(おそらくスタッフミーティングはトップマネジメントの関心事項だからだろうし、戦略人事の最重要イベントでもあるからだろう。)研修などでも英語の話せない日本人が多数入れば当然同時通訳が必須となる。そのための通訳コストはかなりのものになるだろう。

社内と社外の区別

とはいえ、英語の社内公用語化を推し進めるには忘れてならないことがひとつある。それは社内と社外(顧客対応)を区別しなくてはならないことだ。ファストリがいくら 「当社の社内公用語が英語になりました」 と社外顧客・取引先にいってみたところで、それは無意味。日本のユニクロの店頭でそれを客に押しつける、つまり英語で客に話しかけることはありえない。社内公用語を英語にしてもそれは社内の手前論理であって社外においては現地のローカル言語を使うことは当然のことである。その意味では、アジア各国に進出したユニクロの店頭では、店員は現地語(英語に限らない)を使い客対応することになるだろう。その意味では、中国では顧客対応は中国語(というよりも、上海なら、広東語あるいは上海言葉というように現地での一番心に刺さる現地語を使うと言う意味)になり、英語第一主義ではなく 「チャイナ・ファースト」 になるのは目に見えている。逆に、日本の会社である全日空でもフライトアテンダントは厭でも英語を使わないと顧客対応ができないから、実はこの場合は社外公用語が英語ですということになる。

社内で英語公用語化を必要とする会社

ところで、社内で、英語公用語化の『説明ロジック』はどうなっているのだろう。

すでに英語なしにはビジネスができない総合商社では、さすがに伊藤忠のようにロジカルに英語公用語化を進めているところもある。それを少し詳しく見てみよう。

同社の中期計画 Frontier+2008 のメインテーマは「世界企業を目指し、挑む」とし、海外収益拡大を最大の柱としている。具体的には海外投資の比率を 7 割にまで高めるという。総合商社は一般的にはグローバル企業というイメージを持たれているが、実はそうではなくまだまだ日本を中心に考えている。同社の 「海外拠点は 139 か所ある」 がそのほとんどが 50 年以上の歴史があるにもかかわらず、いまだにトップを日本人が固めている。今後、現地ナショナルスタッフの幹部登用率を 2013 年までに 5 割に高めていくという。つまり 「世界人材」 の育成に特に力を入れるわけだが、具体的には 「世界人材・開発センター」 Global Talent Enhancement Center = GTEC を東京本部、ニューヨーク、ロンドン、上海、シンガポールの海外 4 か所に地域本部として設置し、その他の海外ブロックの人事部、そして本社人事部が密接に連携して、真のグローバル企業にふさわしい世界視点で活躍できる人材、すなわち 「世界人材」 を育成していくという。

この計画を実施するために伊藤忠では英語を社内の公用語にした。世界各地の社員が同じ世界人材として対等にコミュニケーションすることが目的だ。実際 1999 年から新入社員全員に入社後 4 年の間に必ず約 4 年程度の海外研修を義務付けている。

説明の「ロジック」が必要

この背景にある問題意識は、地球規模でのバリューチェイン(価値連鎖)構築を目指すということのほかに、人口減少が進む日本を中心にしていたのでは「いずれ人材が枯渇してしまう」(同社小林栄三社長)という強烈な危機感がある。「だから」、外国人社員を増やす。人材多様化政策をとり、国籍、性別、年齢を問わない人材採用・配置に、基準をすでに一新しているのだ。 HR Value Chain というべき人材政策が 『説明ロジック』 として背景にある。日本人人材枯渇の未来 → 人材バリューチエイン → 外国人社員登用 → 全世界 5 つの人材拠点で HR value chain with high mobility をめざす → 国籍・性別・年齢フリー → 日本人である必要なし。公用語は日本語である必要なし。 ⇒ 英語を公用語とする。

日本人社員にとってはインサイドアウトつまり 「英語の社内公用語化」 が、まず HR Value Chain として外国人社員と同じレベルで、伊藤忠の人としての価値連鎖に加わる条件になる。これからビジネスをしていく上で英語が不可欠であるという必要性と同時にもう英語から逃れられないという強迫観念に近い危機感である。

逆に英語や多国語を話す社員たちにとっては、英語を使えば事実上言葉の壁はない。しかし 「価値」 連鎖に加わる以上、伊藤忠のビジョンを共有する必要がある。海外拠点からは年間 150 人の現地ナショナルスタッフが来日し伊藤忠の企業文化・理念、ビジネススキルの研修を受け、その中でも幹部候補生となる現地スタッフは滋賀県豊郷町にある創業者、伊藤忠兵衛の記念館を訪れ、「売り手よし、買い手よし、世間よし」 をあらわす 「 3 方よし」 の精神を学ぶ、というロジックになる。なぜなのか ? ここでは、もっとも日本的なるもの、とくに伊藤忠の社内文化として物事の奥底に潜む価値観を外国人幹部社員は共有しなければならないのだ。それが 「伊藤忠」 人としての 「価値」 連鎖の要だからである。

NATO

このように英語の社内公用語化をきちんとロジックで説明できる状態でないと、 「掛け声」 で終わる可能性は高い。たとえば、ある日本の伝統的総合商社でも英語社内公用語化を 90 年代初めに標榜したことがあった、が実際にはそうならなかった。当時は、英語どころか、社内の通用語が漢語で綴られ 「御承認賜度御検討願度」 (承認をしていただきたいのでぜひ御検討お願いします。)が普通に文尾に使われていた実態だった。筆者もある総合商社で社内文書が漢字交じりのカタカナ候文が使われていたのを何度も目撃している。

社内公用語を英語にするというよりも先に、まずロジックを語り、それで社内文化の問題をまず片づけないと、役員が 「わが社の社内公用語は英語とする」 と壁に日本語で張り紙をする事態になりかねない、という極めて日本的結末を迎えることになる。そこに英語の達人が通りかかって 「これこそ NATO ね、 you know ? 」(冷戦時の北大西洋条約機構を NATO と言ったが、ここでは No Action Talk Only のこと。)などとまぜっかえして社内が混乱するということになる。閑話休題。
(つづく。)

ⅰ前出、注ⅶ参照。
ⅱ週刊現代 2010 年 8月 4日号
 

笈川 義基プロフィール
東京大学法学部卒業。英国系総合商社、英国系損害保険会社、ドイツ系損害保険会社において、営業、業務、IT、再保険、商品開発、コンプライアンス・オフィサー、経営企画、M&A、人事担当役員などの基幹業務を現場長として経験した。4年間の取締役としての活動後、人事コンサルタント(戦略HRM)・リスクマネジメント(RM)を行うユニバーサル・ブレインズ株式会社を立ち上げる。