前回に引き続き、グローバリゼーションの進行とそれに対する人事の対応というチャレンジングな課題について考えてみよう。
MNC とは何か
外資系企業で使用される英語には、「SME」 という単語がある。これはソニー・ミュージック・エンタテイメントという意味ではない。small & medium (sized) entity つまり「中堅企業」のことを指す(「中小企業」と訳されることもあるが、いわゆる小規模零細企業のことは、普通は意味しない)。
では、「MNC」 とはどういう意味だろうか?
「MNC」 とは、multi-national company の省略形である。といっても、Multi-national company という意味 (semantic meaning) もじつは自明ではない。たまに「多国籍企業」と訳されることもある。正確には a firm having operations in more than one country, international sales, and a nationality mix of managers and owners. というわけである。
つまり複数の国家にまたがって、製品市場、工場、研究開発 (R&D) 部門などを持ち、世界的視野で意思決定を行う企業のことをいう。単なる貿易ではなく、事業そのものの拠点を海外に持つ特色がある。かつては、エクソンや GE、トヨタ、デル・コンピューターなどの巨大製造業を念頭に置いた用語だったが、今や、中堅企業であっても MNC の範疇で活躍する企業も出てきているし、タタ(インド)やサムソン(韓国)など非欧米企業も含まれる。製造業だけでなく金融業もある。日本企業でもパナソニックのように MNC の定義に当てはまる企業は数多いのだ。
Matsushita Goes Global
「松下」は、ブランド戦略上、「パナソニック」に社名変更したが、すでにグローバル化していることでも有名である。日本本国での組織文化と多極化した地域での事業活動との間をいかにフィットさせるかという、マクロとミクロの課題解決にむけてもパナソニックの経験値は高い。たとえば、150 を超える事業単位ごとマクロ・ガイドラインを設定してあり、他方、それぞれの地域ごとに子会社が現場でミクロ・テクニックを使ってガイドラインを変更して柔軟かつ適切に適用できるようにしてある。
具体的には中央でのマクロ・ガイドラインとして以下の 6 つの原則を採用している。
(1) どの国にあっても、抜群の善良な企業人として活動すべし
(2) 自社の持つ最高レベルの技術をどの海外事業にも適用せよ
(3) 日本人赴任者(expat)の数を減らせ、現地の人を代わりに仕立て上げよ
(4) 現地工場のルールを現地にまかせよ、現地従業員のスキルに合わせて微調整せよ
(5) 現地での R&D (研究・開発)を推し進め、現地市場で受容される商品を投入せよ
(6) 現地橋頭保の工場と日本国内の工場との競争を奨励せよ
このようなマクロ・ガイドライン(大原則)の下で、現地の事業単位独自の組織文化を醸成した結果、たとえばマレーシアのように 23 工場で 3 万人が就労する事業を成功させた。日本人はわずか 1 %未満である。年間 130 万台の TV、180 万台のエアコンを製造し、その 75 %をマレーシアから輸出している。日本人以外は、マレーシアの人種モザイクのとおり、マレー、中国系、インド系、イスラム系それぞれに食事や宗教的対応を進めてきた。その結果、かつては「日本の工場に追いつけ」がスローガンだったが、今や品質でも効率性でもともに日本国内工場をしのいでいる。従って今や日本との比較はもはや論外なのだ。
とはいえ、マレーシアという土地柄や文化が、もともと多様性を受容してきたことも大きな成功要因だといえるだろう。日本も、彼ら現地のヒトにとっては、「もうひとつの異文化」だというにすぎなかったという幸運がある。
MNC の進化と多(異)文化対応
このことを見ても、MNC にとっては、異文化交渉が本国だけからみたものではなく現地からみても本国との間の異文化問題なのだという双方向性をもつという、実に当たり前のことに気づかされる。
また、ヒトは現地と深く結合しているから、進出する相手国や土地の選択も成功のカギを握る事実も思い知らされる。
そして、マクロ原則とミクロ調整幅というゲージング・ツール(距離測定手段)をもつことで、多(異)文化性 (multiculturalism) と多様性 (diversity) を巧妙に管理・操作できることをも示している。
反対に、日本で活躍する外資系企業においては、日本人マネージャー・スタッフからみれば、パナソニックのマレーシア現地拠点から見た同じ風景・立場といえる。現地側としては、本国(本社)に対してどう対応すべきかについてパナソニックのケースは多くを語っており、いろいろな意味で参考となる方法論といえよう。
MNC の段階的進化について
ところで、「企業は中長期的な持続的成長 (sustainable growth) に向けて、MNC 化する」と捉えるナンシー・アドラーさんは、その著書の中で「多文化組織の段階的進化」(Phases of Multicultural Development) について分析して表にまとめて述べているので、その一部を紹介しよう。
特徴や行動 | 第 1 段階 Domestic Corporation |
第 2 段階 International corporation |
第 3 段階 Multinational corporation |
第 4 段階 Global corporation |
目標 | 商品とサービス | マーケット | 価格 | 戦略 |
競争 戦略 |
自国の内需 | 複数の国の内需 | 多国籍化 | グローバル |
商品 政策 |
ユニークさ、新商品開発 開発技術中心 |
より規格品化 生産プロセス技術中心 |
コモディティ化 (完全規格品) 技術は重視されない |
マス・カスタマイズ 開発技術と生産技術の 双方重視 |
技術開発費 vs 売上の比率 | 高い | 低下する | 非常に低い | 非常に高い |
利益 水準 |
高い | 低下する | 非常に低い | 高いがすぐ低下する |
市場 | 狭い 【国内のみ】 |
大きい 【他国の内需を 目当て】 |
より大きい 【国境なし】 |
最大化 【全世界グローバル】 |
組織 構造 |
機能で分けた部署 中央集権 centralized |
各国地域別の機能でわけた部署 分権 decentralized |
事業単位を地域別に編成 中央集権 centralized |
Global alliance, hierarchy Coordinated, decentralized |
ⅰ
これは企業の国際化の程度を異文化対応の側面ではジグザグの過程ととらえている。
彼女によれば、まずは純粋国内企業の製品の外国輸出に始まり、国際化するが、それが第 2 段階に進めば、自社の方法論や生産物を相手国の市場に合わせなくてはならない事態となる。これら第2段階では文化的多様性のもつインパクトは大きいが、第 3 段階になると、今度は「価格」こそが、最も普遍的競争力を生み出すことに気づき、文化的多様性の重要性は相対的に薄まってゆく。しかし第 4 段階に達すると文化的多様性はもう一度非常に重要な意味内容をもつにいたる。
人事的な意味での異文化交渉のもつインパクト
このナンシー・アドラー氏の「組織進化論」によれば、人事的な意味での異文化交渉の場面はどのようにその性格を変貌させていくのだろうか?それを見てみよう。
第 1 段階では、企業は本質的に内需型であるからその組織文化の中で、外部顧客に対しても、社内顧客である従業員に対しても、「異文化交渉」が生じる余地はない(内需自体が異文化性を含む場合を除くが、日本の場合はそれほど顕著ではないだろう ⅱ)。
ところが、第 2 段階の国際企業 (International Corporation) の場合は、反対に海外輸出や海外生産に焦点があたるため、当然のことながら、文化的多様性は多大な意味をもつ。海外顧客や海外雇用の関係があるからである。特にこの段階では海外赴任マネージャー expatriates に多くを依存するため、多様性の方向は「インサイド・アウト」つまり社内から社外(海外)へという方向での外への強い拡散的モーメントが働くことになる。
ところが、第 3 段階 Multi-national company では正反対になり、社外の文化的特異性に対応する要請が相対的に薄まり、むしろ社内での凝縮性にスポットライトが浴びることになる。その理由は、Multi-national company では世界各国出身者をマネージャーとして採用するからである。そこではむしろ社内での多様性をいかにコントロールして「凝縮性」を与えるかに腐心することになるというわけである。彼女によれば、Multi-national company ではいかに cross-cultural management skill を養成し、それをいかに階層レベルに埋め込んでいくかということが極めて重要だと指摘している。
第4段階のグローバル企業では、Multi-national company として社内での多様性確保と同時に、顧客、サプライヤーなど社外への拡散的な意味での多様性追求の二つの側面が同時に要求される。(この点では、最新の知見として「コークの味は国ごとに違うべきか」 REDEFINING GLOBAL STRATEGY バンカジ・グマワット著 参照のこと。 ⅲ)
日本企業の M&A 増加は、さらにグローバリゼーションを進行させるか
さて、グローバリゼーションについて、現状の売上高の多くの%が海外源泉であるという指標は何を意味するかというと、今後の成長戦略上、海外の持つ意味がそれだけ大きいということである。そうであるならば、むしろ積極的に事業の成長を図るために海外企業をターゲットに M&A (合併や買収)を敢行することをも経営戦略としては大いに意味をもつことになる。たとえば、英国では、FDI (海外企業の英国への直接投資 Foreign Direct Investment) の約 2 割から 3 割を M&A が占めるに至っているほどである。日本の場合の FDI の統計値はどうなのだろうか?それはさておき、それほどまでに海外からの投資の受け入れにオープンで積極的な英国では、最近日本企業からの M&A の動きが急だ。
活発な動きを見せる日本企業の M&A の背景
日本企業の外国企業対象の合併・買収を IN = OUT 型 M&A と定義すると、この IN = OUT 型 M&A の割合は、OUT = IN 型、IN = IN 型を含めた全体の M&A のなんと 60 %以上を占めるという事実がある。これは、財務内容が健全で手元資金が豊富な日本企業が、より激化してきたグローバル競争に勝ち残るためにマーケットシェアの拡大をめざしたものである。株安と円高という追い風が背景にあるのはいうまでもない。これは主に日本企業による米国企業の買収が目立った動きだったが、他方で、三菱レイヨンによるルーサイト・インターナショナル社の買収が第 16 位にランクされていることや、日本たばこ産業によるガラハ―買収、東芝他によるウエスチングハウス(WH)社、日本板硝子によるビルキントンの買収など、英国企業をターゲットにした買収がそれぞれ 1 位、4 位、5 位にランクされているのが注目される。 ⅳ
日本の中堅企業も積極的に海外 M&A に打って出る。
日本には特殊な分野で非常に高い技術力をもつ中堅企業が多い。たとえば、昭特製作所。この企業は、TV カメラの雲台、ペデスタル、クレーンなどテレビ局用各種機器の製造で国内トップシェアをもつ、ニッチトップの企業である。また防衛関係の仕事も持っている国内派内需企業でもある。この企業が、2005 年ロンドン郊外、ミドルセックス州ステインズに工場を含む現法を設立したのだ。
普通、メーカーの海外進出といえば、大手企業のことだけだと思われがちだが、この企業は、資本金 9900 万円、従業員 360 名である。では、なぜこの企業は英国に進出したのだろうか?
それには二つの理由がある。一つは、日本市場の飽和と海外市場の成長、そしてもう一つは、提携先の英国企業が買収され従業員がリストラされてしまった緊急事態への対処だった。英国は従来から同社の生産拠点だったのに、その英国企業が閉鎖されたというのである。そこで退職した英国人従業員を吸収して工場を建て直し、「日本国内の納入先への責任を果たす」ことにしたというのである。もちろん英国政府もこれを支援し、その支援により鋳物・ダイキャスト製造・部品加工・塗装など細かく多岐にわたる現地中小企業の協力を確保できたという。ⅴ
このように単に成長をめざすだけでなく、成長を「維持する」という目標にも M&A は大いに役立っているといえるところが、非常に注目される所以である。この企業の場合は、ナンシー・アドラー氏の「組織進化論」によれば、第3段階の Multi-national company の段階にあるといえるだろう。
問題は、ヒトの継承と展開にある。
このように、M&A の動機や背景は、より企業価値を増大させたり、シェアを拡大して価格支配力を増したり、従来顧客の実需を失う危険を忌避して機会損失を防ぐなどである。そして、これらの要素の測定は、様々な経済原則と合理的な評価つまりデューディリを行い、その結果、買収という結論が出る話ではあるが、他方で、買収したらすべて自社のものという考えだけで従来の事業や従業員を捨てたりすることは決して得策ではない ⅵ。なぜなら、ヒトこそ企業の成長源泉だからである。そのため、ヒトにかかわる部分は、新しい経営体制のもとで慎重に事業戦略とのマッチングとアラインメントを測定することが必要になる。人事「制度」のデューディリはそのごく一部にすぎない。
実質的には、従業員サイドが新しい経営体制に満足しエンゲージメント度合いを高めることができるかどうかが、M&A の成功かどうかを決める重大要素となる。その結果、事業価値を高めることのできなかった M&A は失敗だといえるのである。とりわけ MNC においては、第 3 段階 Multi-national company や第 4 段階 Global company においては、人事上の多様性 diversity 確保や多(異)文化交渉スキルを持ち合わせることが、特に人事上(および社内研修のテーマとして)たいへんに重要なカギを握ることになる。
(この稿続く)
ⅰ From International Dimensions of Organizational Behavior, 1991, pp.7-8 by Nancy J. Adler.
ⅱ ytv 「カミングアウトバラエティ 秘密のケンミンSHOW」は、日本各県独自の製品嗜好が他の県や地方に、場合によっては隣接県にさえ全く知られていないという側面を面白おかしく紹介しているTV番組である。
ⅲ ハーバードビジネススクールの教授の手になるこの本では、フリードマンの「フラット化する社会」に対して、世界を消費者のニーズという観点から捉えると、グローバリゼーションは進展しているというよりも、国ごとに大きな差異が残る、セミ・グローバリゼーションの時代といえる、と主張している。多国籍企業が世界各国への進出した例のなかから、失敗と成功を取り上げ、どのような 戦略をたてるべきかその分析手法を説明していく。 たとえば、スターバックスは禁煙という文化を日本に持ち込むことにより、女性層という新たな消費者を作り上げたとか、マイクロソフトは中国では検閲という文化に悩まされ、中国が変わるというよりも、マイクロソフトの方が変わっていくかもしれないとか、マクドナルドもインドでは羊肉バーガーがある(日本では月見バーガーがある。)などである。要は、現地の「感応度」へのリアクションの強弱がグローバル企業の経営戦略を左右するということだろう。日本コカ・コーラの缶コーヒーは、コカ・コーラ本社(ジョージア州)の反対を押し切って日本で開発した商品で、非協力的な本社へのあてつけから 「ジョージア」と命名された、とか、ローカルな戦略が成功している例を紹介している。コカコーラというグローバル企業の歴史的なグローバル戦略変遷についても興味深い。そしてグローバル化しない要因を、文化的、政治的、地理的、経済的要因に分類して分析している。
ⅳ 以上、株式会社レコフデータによる。【英国へ。活発な動きを見せる日本企業のM&A】駐日英国大使館 SPARK 誌 2009 年夏季号 株式会社レコフデータ高橋豊社長インタビュー記事参照。
ⅴ 駐日英国大使館 SPARK 誌 2009 年夏季号 昭特製作所 花田薫社長インタビュー記事による。
ⅵ 駐日英国大使館 SPARK 誌 2009 年夏季号、株式会社レコフデータ高橋豊社長の見解による。