給与の過払い!? これは困った

2006.09.20 ,

「給与の過払いが発生した」 などということはよくあることと思うが、最近私の知人が遭遇した問題は、給与の過払いをどう処理するかについて示唆に富んでいた。みなさんにも一緒に考えていただきたいと思う。

知人のAさんは、ある外資系企業(「M社」とします。)に勤務している。一年半前に都内から船橋に転居した。会社には転居届を提出し、通勤手当の変更も申請した。Aさんとしては、転居に関する人事上の手続きは完了したつもりだった。また会社からは何ら、他の書類の提出などの指示はなかった。

転居から17か月が経過した今年の8月、Aさんは突然会社から「住宅手当が過払いになっているので、計17万円を返済するように」との連絡をもらった。Aさんは研究職。会社の人事規定に詳しい訳ではなく、突然の返金の指示に戸惑った。それどころか、突然「返金するように」との指示を受けたことに憤りさえ感じた。ことの顛末は以下のとおりである。

M社では、住宅手当の金額は「世帯主かつ有扶養家族」と「非世帯主または扶養家族なし」に二分され、また「居住地」によりさらに細かく細分化されている。「世帯主かつ有扶養家族」であり「東京23区」に居住していたAさんは月額8万円の住宅手当を受け取っていた。ところが船橋に転居したことで、住宅手当の額は7万円に減額される。Aさんは、転居届を提出して全ての手続きが完了したと思っていたが、人事によると「住宅手当の(変更)申請書」も必要だったとのことだ。Aさんが「住宅手当の(変更)申請書」を提出しなかったことから住宅手当の調整が見落とされ、過払いが17か月にわたって発生したとのことだ。

さて、このケース、会社はAさんに対してどう対応し、過払い金額をどのように処理すればよいのか、以下のようにいくつかに分けて一緒に考えていただきたい。

1. 誰に非があるのか。会社はAさんに対してどう対応すべきなのか。
2. 返金はどのように取り扱うべきか。
3. 所得税、住民税はどう扱うべきか。
4. 社会保険料はどう扱うべきか。

1. 誰に非があるのか。会社はAさんに対してどう対応すべきなのか。

会社はAさんに対して「住宅手当の(変更)申請書」を提出すべきだったと主張したが、この申請書は会社のイントラネット上に置かれているのみで、社員に対する周知、徹底は不十分だったといえる。また、Aさんが「転居届」を提出したときに、人事として「住宅手当」の変更に気づき「住宅手当の(変更)申請書」を提出するよう依頼すべきで、そのまま放置されたのは人事の不手際といえる。したがって、会社はAさんに対して謝罪した上で返金の具体的方法を相談すべきだったといえる。

2. 返金はどのように取り扱うべきか。

この場合、会社は一方的に「17万円全額」の返済を求めたが、上記のとおり会社に非があることに鑑みると、Aさんには「全額返済」の義務はないと解される。Aさんに手続き上の不手際がないとは言い切れないが、周知・徹底が不十分だったことは明らかに会社の手落ちである。したがって、Aさんに返済させる金額は、Aさんと十分話し合い、Aさんの納得を得て合意できる金額とすべきである。全額返済で合意が得られる場合もあれば、半額程度になることもあり得ると考えるべきである。また、一括返済させるのか、分割で返済させるのかについても、Aさんの納得が得られるまで議論すべきである。
厳密にいうと「住宅手当」は時間外勤務手当などの計算基礎にも含まれるため、時間外・休日勤務手当等にも調整が必要となるが、一般的にはそこまで細かい調整は行わないと思われる。今回のケースでも、時間外・休日勤務手当は調整しないこととなった。

3. 所得税、住民税はどう扱うべきか。

所得税については前年度の所得を修正する必要がある。したがって、今回のケースでは、事業主はAさんの2005年度の給与所得から10万円を差し引き、収入金額を修正した上で年末調整をやり直し、過徴収にあたる額を返戻する必要がある。またAさんには、正しく修正された源泉徴収票を発行するとともに、Aさんの住居地を管轄する市区町村に送付し、Aさんが誤納した住民税の還付を受けられるように計らわなければならない。
2006年度については、7月までの7か月間の給与を毎月1万円ずつ減額し、本来支払われるべき金額に基づいて年末調整を行うことになる。
Aさんの場合は、17万円全額を返還することになったが、本人の納得が得られず、一部返還することとなった場合は、実際に返還される額に基づいて調整しなければならない。
事業主としては、源泉税の過誤納還付請求をすることになる。この手続きは面倒な面があるので、過誤納還付請求の手間と還付を受けることができる税額とのバランスで手続きを起こすか否か決定するのがよいと思われる。

4. 社会保険料はどう扱うべきか。

今回の場合、毎月の差額が1万円で社会保険料に影響があるとは考えられない。しかし、東京から、たとえば鹿児島へ転勤した場合などで、住宅手当の変更手続きが漏れた場合は、差額は数万円にのぼり社会保険料の月額変更に該当することがある。この場合は、Aさんの標準報酬月額に2等級以上の差が2か月にわたり生じた時期に遡り、社会保険料の調整を行う必要がある。徴収した保険料の差額の本人への返還は、会社が行うことになる。また事業主に対する差額の返還は、遡及した月額変更届を社会保険事務所宛提出することで社会保険事務所が調整を行い、口座振替により徴収される保険料において相殺される形で還付される。
月額変更に該当した場合、上記3.の年末調整のやり直しは、収入金額の修正とともに、控除額も修正した上で行うことになる。

Aさんの例は些細な問題かも知れないが、社員に対する思いやりなど人事としての対応や給与、所得税・住民税、社会保険料の扱いなどさまざまなことに目を向けるチャンスを与えてくれた。この種の扱いはお手のものという場合は大きな問題だと感じるが、なるほどと頷いていただけた場合もまた問題だと思う。間違いがなくて当たり前という人事の対応には常にむずかしさがつきまとうが、だからこそ遣り甲斐がある。人事としてはこうした細かいケースの扱いにより、社員のモチベーションが大きく左右され、会社全体の生産性は一人ひとりの社員のモチベーションにより決まるということを心に留めたい。
 

本郷 敏夫プロフィール
Daijob HRClub 立ち上げ時のアドバイザーとしてご尽力いただく。 日本コカ・コーラ、ネスレ、EDS、リクルート、ナイキ、ボシュ・ロムなどで人事、広報、経営企画を担当。エーオンワランティ日本代表を経て、5社の立ち上げ、経営に携わる。趣味はマラソンとトライアスロン。国際基督教大学理学科卒。