つい最近のことだが、楽天の三木谷浩史会長兼社長は、「2年後に英語ができない役員はクビだ」と言っていた。このときの週刊誌のメイン・タイトルは『世界であなたは戦えますか?グローバル人材になる方法』である。そこから、グローバル人材になるための必要条件として英語ができることを挙げていると読める。 ⅰ
楽天は日本企業であるし、市場も日本である(今のところは)。楽天のロゴも日本語であるし、デザイン・色味ともいかにも日本的なイメージである。このロゴがジャパンクールといえるかどうかは別論としても、市場も本店も日本であるなら、英語の必要はないといえそうだ。ところが、これにさかのぼること少し前に、楽天は米国進出を決めている。米Buy.comの買収で合意していてⅱそのための迅速な意思決定の必要がある。だから、「英語ができない執行役員は2年でクビ」論はスムースな経営上の意思決定をする必要に迫られて実施しているにすぎないともいえるだろう。
社内公用語も英語にする
その対象は、執行役員だけではない。三木谷社長は6月13日に社内公用語を英語にしたことも明らかにしている。「社内公用語を英語にする」ということの意味は、経営上層部の経営会議はもちろんのこと、一般社員による通常業務上の会議も英語で行うということである。執行役員の場合は2年間の猶予があるが、一般社員の場合はどうなのだろうか。
三木谷社長によると、「グローバルに展開していくんですから、業務進行上の支障があれば、降格せざるをえない。日本語のできない人が日本でビジネスをやっているようなものですよ。」ということである。
もちろん、楽天恒例の月曜朝会も英語で行われている。ところで、twitter上での噂話として、楽天では、英語化した後の社内一般の会議はすさまじい「ジャパニーズいんぐりっしゅ」の嵐でまともな英語を話せる人は、「気が狂いそうな」状況らしい。つまり日本人だけの会議でも英語でやっているということなのだが、さて実際「半分ネイティブ」と自称する三木谷社長の目には社員の英語での意思疎通のレベルがどのように映っているのだろうか、興味のあるところではある。
これは楽天だけの話ではない。スクエア・エニックスも海外戦略強化のために来年の東京採用のうち1割以上がアジア国籍になるだろうとtwitterであきらかにしている。ⅲ また、それは新興企業だけではなく、伝統的な日本の大企業も同じである。たとえば日立製作所
は海外売上高比率を現在の41%から50%超に引き上げる計画を持っている。そして今後3年間で売上高1.5兆円を増やすがそのけん引役が海外である。海外人員は毎年1万人(!)ずつ、増やしていき、総合職の50%を海外経験値のある人間にするという。 ⅳ
そしてたとえば対米進出を目論む日本の中小企業にも同じような変化があるそうであるから、大企業ばかりではなく、グローバル化し市場を外国に求める中小企業にも一般社員の英語能力重視の動きが広がりつつあるのだろう。
そこで、インパクトのある話題である「日本企業が英語を社内公用語にしていくこと」の意味について、考えてみたい。
就業規則を英語にする
実際この状況を前にして一番深刻なのは、全く英語ができない社員かもしれない。彼らはどんどん退社していき、数年後には楽天は英語のできる社員ばかりになっている結果を見越しているのだろうという見方もある。たぶん労務コンプライアンス上、業績評価項目の中にたとえば①TOEICやIETLSⅴの得点スコアを昇任条件にするとか、②こうした受験を毎年一回義務付けて2年以上で満たせなかったときは降格するなどの条件面での整備をはかり、③そのルールに沿って、新しい勤務体系(労使協定やガイドラインまたは就業規則)を策定し、役職員の同意のもとで新制度に移行することが必要だろう。楽天では社員食堂ⅵのメニューも英語書きだが、もちろん、就業規則も英語にならなくては一貫しない。楽天での離職率は明らかにされていないものの、社内公用語英語化で、その離職率はさらにアップするかもしれない。ⅶ
「英語社内公用語化」に関する2つの定義
リモコン、タッチパネルなどを製造するSMK株式会社という会社がある。2001年4月から社内公用語に英語を導入することを決定した。同社が考える英語社内公用語化とは、海外との文書のやり取り、会議等について、原則英語を適用とすることである。2001年4月以降の社内文書は、原則英語表記とし、必要に応じ日本語の文書を作成することとした。また、外国人が加わる会議は、社内会議であっても、原則英語で会議を進行することとしたのだ。従って、この社内英語公用語化の定義によれば、日本人同士の会議の使用言語まで英語にすることは想定していないことがわかる。一概に「英語の社内公用語化」といっても、日本人同士を含む全面的英語化と、外国人が一人でも入った時は英語にするという微温的な英語化の2種類があることに注意する必要があるだろう。そうでないと前提を誤ることになる。だからこそ就業規則やガイドラインにその範囲を明確に記述しておく必要があるのだ。
英語社内公用語化は、人事労務管理の問題でもある
SMKの考える英語の社内公用語化とは、国際共通語である英語を社内でのビジネス上の共通語として位置づけ、海外との文書のやり取り、外国人の参加する会議及びその資料について使用する言語を原則英語とするものである。例えば社内文書については、2001年4月以降、原則英語表記とし、必要に応じた場合にのみ日本語の文書を作成することにした。また海外事業所との会議(TV会議,音声会議)のような外国人が加わる会議では、資料を原則英語とし、議事の進行に英語を採用した。この場合、社内文書とは、以下のものをいう→a.社内資料 品質月報、生産関連報告、受注販売実績リスト、議事録など b.会社刊行物 社内報、社内規定などをいう。
また、英語を公用語にすることを契機に、以下の項目に注力して行く方針であるという。 それには、a.音声会議に現地スタッフの積極的参加の促進 b.海外事業所と本社等国内事業所との人的交流の促進 c.グローバル人材の採用 などが含まれる。
英語公用語化の使用基準の作成は「英語使用ガイドライン作成委員会」が行う。同委員会は、各部門の代表者が委員になり、英語使用に関する一般原則を策定する。具体的な運用方法は2000年12月に決定し、2001年4月1日から施行することとした。
また、同社は昇格審査において従来から英語能力を評価項目のひとつとしているが、絶対的に不可欠な条件(例えば、英語検定で一定点数以上をとらないと昇格資格自体がなくなる、といった条件)とはしていない。例えば技術者に最も重要なスキルは技術力そのものであり、英語はコミュニケーションの手段、という考え方に立っていることが注目される。英語を公用語化したあとでも、通訳を活用するなどの方法で英語ベースのコミュニケーションが成立していけばよく、当事者が英語で直接議論することを条件付けているわけではない。しかし、今後、海外とのコミュニケーションが増加するに従って、実際上、英語力の差が活動域の差、業務効率の差となってくることは十分考えられる。
実際英語でないと勝負にならない分野もある
最近、受注から出荷、工場での生産、経理処理等々に関し、コンピュータが資金と物量を一元的に処理する統合業務パッケージ(ERP)を導入する企業が多くなっている。この場合、RRPを全世界の事業所を結んだ全社一元的なシステムとするためには、全世界が同一の言語(もちろん、英語)により運営されなければならない。単に数字つまりお金と物量をとり扱っているときは、英語といっても「英単語」の世界なので、「英語力」の問題は顕在化しないが、システムが拡張され、苦情処理とか顧客情報の管理、更には工場の運転マニュアルといった”文書”の世界に入ってくると英語によるコミュニケーションの問題が出てくる。つまり、英語社内公用語として制度化する以前に、英語が組み込まれている仕事分野が存在しているのも事実である。しかし、そうだからといって、日本人社員全員が日本人同士でも全て英語でコミュニケーションしなくてはならない仕事上の要請があると断定するのも行き過ぎだと思われる。
(この稿、続く)
ⅰ 週刊東洋経済2010年6月14日号インタビュー記事
ⅱ 米国デラウェア州法の規定により設立した買収用の100%子会社とこのBuy.comを合併させる方法をとる。合併は、6月末で、買収総額は2億5000万ドル。
ⅲ スクエア・エニックス和田洋一社長のtwitter発言。(INSIDEによる)
ⅳ 日立製作所菅原明彦人財開発部長による。(週刊東洋経済2010.6.19)
ⅴ ケンブリッジ大学による英語検定試験。
ⅵ 楽天の社員食堂は、朝昼ともに無料である。楽天の無料社員食堂は、三木谷社長のコメントにもあるように「労働者 対 雇用者という構図ではなく、社員をパートナーととらえないと、いい人材は集まらない」というモチベーション重視の姿勢のあらわれなのだろう。ジムもあるようなので、キャンティーンでの食事は朝昼晩無料、運動用ジムもあり、社員用プールもあり、という米グーグルの社内環境をモデルにしているようにも見える。
ⅶ 楽天は、単体:2,080人,連結:4,375人の会社であるが、2009年は新卒300人以上を、今年は400人を採用する。これだけみると、いかにも離職率が高いように見える。しかし、twitterで三木谷社長は「離職率は低いと思います。事業を拡大させています。」とコメントしている。