ワークプレイス戦略

「戦略は、細部(ディテール)に宿る。」細部にこだわることは成功の要諦でもある。ミクロ戦略人事シリーズの番外編として、今回はあまり取り上げられることの少ないオフィス(職場)レイアウト問題をとりあげる。

職場レイアウトにも「目的」がある

ミクロの戦略人事では、「職場のレイアウト」も問題になる。職場レイアウトが機能的なのはあたりまえ。それ以上に「このオフィスで働きたい」という気持ちになることが大切。たとえば、「色彩計画」、「植栽計画」、「オフィスアート」など、空間レイアウトに対する考慮がされている職場は、働いていて快適だからオフィスワーカーに精神的な余裕を与え、それが間接的にホワイトカラーのアウトプット(生産性)向上につながる、とされる。 オフィスで働くヒトがそのオフィスを「買い」とみるかどうか、それが鍵だ。それだけでなく、ファシリティ・マネジメントとしても適正コストで最大の生産性をあげる意味もある。

フリーアドレスの効用

このように働き心地あるいは快適性向上という「オフィス・アメニティ」(i) につい関心が向き勝ちだが、はっきりいってそのためだけなら戦略上はたいして重要ではなく「ドーデモいい」問題である。むしろ事業戦略や商品戦略のほうがよほど大切である。しかし、「人事は、戦略実行のためにある」という戦略人事の考え方では、たとえば「オフィス機能」だけを見ても、実は考慮すべき事柄は多い。

たとえば、オフィス伝統の課ごとの「島(アイランド)方式」もいいが、部門間横断のプロジェクトには不便だ。「島」に陣取る部門上司とは別個の指揮系統のプロジェクトがあるとき、「島」に座りながらプロジェクトの仕事をすることは尻がむずがゆい。そのために、プロジェクト用の多数のミーティングルーム(ii) は、いくつものプロジェクトを複数同時平行で実施するための必須アイテムだ。そうなると、恒常的に「島」を作る意味がなくなるから、フリーアドレス方式のオフィスレイアウトを採用しオープンスペースで各自の席が毎日変わってもそう大きな問題にならないはず。営業部所属のヒトの隣に経理部のヒトが座れば、コラボレーションさえできて、面白いこと請け合いである。もっとも、「相互に批判精神」に火がつきそうだが、「相互理解」もまたできるのは、このフリーアドレス方式ならではの素晴らしい効用である。

空間利用から時間利用へ

外回りの営業マンの多い職場では、タッチアンドゴー方式 (iii) のレイアウトも効率がいい。スター選手の多いコンサルタント会社では、個室の多用と有能な資料作成補助者共有アイランド方式も価値がある。また、インターネットでのコミュニケーションで十分なら1日占有を要するオフィススペース自体廃棄してバーチャルオフィスにして、ミーティング部屋だけをどこかに確保する、という手もある。ここでは、オフィスのレイアウトは、「空間利用」から「時間利用」に変わってゆく。

ブラウンペーパーフェアと思考サーカス

それに加えて、問題を書き出してフリーディスカッションするために使用する「アイディア部屋」と私がよくいうスペース(なんでもいいからアイディアをスレッド(テーマ)にわけて褐色の大型用紙を壁に貼り自由にポストイットで書き込めるようにした、「ブラウンペーパーフェア」というお祭りみたいな「アイディア出し装置」つきの部屋)も知的産業に従事するホワイトカラー族には非常に有効だ。部屋は、入れ物ではなく人間の「思考サーカス」の場になる。

職場でビーチパラソル

従来なら「なんだ、これは!不謹慎な!」と思う部屋や無駄なスペースも逆に実用アイテムになってくる。これも費用対効果があわないと思えばやめればいいだけの話だ。

そういえば、オフィスのフロア入口をバリ島風にしつらえたITソフト企業があったが、私も似た経験がある。そのとき私は、最初、ビル上層にある照明暗めの豪奢・厳かな役員室を出てエレベータでこのフロアに下りた瞬間、机のパーティション壁の向こうに大きな「ビーチパラソル」が見えたので度肝を抜かれたことがあるのだ。そこはオーストリアのお堅い保険会社だった。なんと、そのオフィスフロアの一角にバギー自転車が立てかけられていて、屋内に大きくてカラフルなビーチパラソルが立ててあって、木のベンチがキャンティーン(飲み食いできる社員休憩所)になっているのだ。そのパラソルの下の明るい南国風の快適空間でコーヒーのみながら相手と話をしていると、いかに謹厳なドイツ人部長とひざ詰めで交渉していても、自然に思いもかけぬ「気づき」や「それならこうしたらいいんじゃない!」みたいなノリのアイディアが気軽に口に出来る雰囲気がでてきたことも確かだ。もっとも、そこはマーケティング部でしたね。経理部ではなかったことだけは確かである。

「役員室午後3時」

役員室という「個室」を作るべきかどうかも実は本質的問題を含んでいる面白いトピックである。あまり給与が増えなくても広い役員室が自分専用に与えられその部屋の鍵をもつことは会社での出世を化体するものだから一種の非金銭的報酬ともいえる。とはいえ、実際、そのスペースは専用使用されるので、実は固定コストとしても相当大きなものになるわけでそういう計算をして間接経費の配賦をしてABC分析(activity based costing)をすれば、その金銭的コストも正確に割り出せる。いえることは、役員個室はフリーアドレス方式の正反対のコスト増要素であるということだ。実際に部屋に来るように内線電話をして部下を呼び込むことは組織としての決定権を持つ地位についたという以上の満足感を本人に与えるから、そういう無形の「報酬」を与えることで報いることになる、というわけである。

日本でもまだ多くの、伝統ある会社ではこの「役員室午後3時制度」が残っているが、大部屋移行で個室廃止しているところもあるし新興企業では社長室すらその個室自体存在しないところもある。米国ではまだ個室に固執する層は多いし、ヨーロッパの大企業でも、役員個室は多い。それは、非金銭的報酬という意味ではなく、経営という営為が専門職化した職(プロフェッショナル)になっているため、ちょうどコンサルタントという専門職や「スタープレーヤー」が小さな部屋を個別に確保するのと同じように、「経営」にともなう毎日の作業自体個室で行うのが最適だというに過ぎない。(iv)

「オフィス・マネージャー」とは何か

オフィス・マネージャー職というのは、オフィス全般の快適環境の維持、場合によってはそれ以上に文書管理や購買、外注管理なども担当することもある、ライン業務以外の仕事一般を取り仕切る役割をもつ。比較的小規模な事業所では人事も担当することもある。日本ではオフィス・マネージャーという呼称はなじみがないが、外資系企業にはオフィス・マネージャーがいる職場も多い。いわゆる総務人事部長とか管理部長という感じだろうか。

フリーアドレスの光と影

フリーアドレスのオフィスレイアウトには同じ会社の違う部署の人と知り合いになるという効用やミーティングルームをたくさん作ってプロジェクト推進に役立つなどの副次効果があるけれど、実は少しぐらい人数が増えても簡単に吸収できる、つまりかなり多くの人数を弾力的に限られたオフィススペースに押し込めることができるという即物的コスト削減効用もある。これは伸び盛りの会社や複数のプロジェクトが重層的に同時進行するような会社では、いつも固定の机と椅子を用意しておかなくていいだけ大きな財政上の合理化効果を生み出す。今まで固定の机と椅子で慣れていた社員にこの新レイアウトを納得させるのは至難の業でこれもオフィス・マネージャーの腕の見せ所である。というよりも、多くの場合反対抵抗勢力は多いからトップマネジメントの決断がむしろ必要な事柄だ。

もっとも、フリーアドレスを実際に導入してみると経験上わかることだが、混み過ぎてあまりに隣に座る人が近すぎたり、ミーティングルームも混んで利用できないという状況になると、落ち着いて集中した仕事ができなくなるという欠点もでてくる。それに「島方式」なら組織図とオフィスレイアウトが一致して誰が見てもわかりやすいが、フリーアドレスになると組織図は完全にバーチャルになる。一見してここが○○課であるという仕切りはなくなるからだ。しかし、だからといって「フリーアドレスが導入されている職場ではストレス負荷が存在し「燃え尽き症候群」になりやすくメンタルヘルス上の問題を生み出していることは間違いない」と断言してしまう(毛利一平氏「進む職場の情報化、新たな労働環境と心身の健康」産業医学総合研究所)のも、極端すぎる。なにしろもともとそのSEの被験職場はストレスの非常に強い職場だったのかもしれないのだから。フリーアドレスと燃え尽き症候群との因果関係の研究は世界的にも報告されていない面白いフィールドワークのネタになるだろう。

オフィス・レイアウトとコンプライアンスの「微妙な関係」

フリーアドレス方式の一番の問題は、実は組織図や職務権限が完全バーチャルになってしまうこと自体にある。職場ではフリーアドレスでレポート先(決裁権限者)の課長がどこにいるのかすぐには見えないので、いちいち本人を探して討議してサインをもらうという「めんどくささ」から逃避して、ますます形式的な書面やワークフロー式書き込みデータベースに依存せざるをえない状況に追い込まれやすい。これは「文書化」という内部統制ルール上はよい方向かもしれないが、「ひざ詰め談判」や重要事項についての委細相談という場面が省略され、いわゆる「ぎすぎすした職場」や「不機嫌な職場」に成り果てかねない危険もある。またワークフロー・データベースというインフラやこうした「念入り社内商談」の職場慣行が確立していない状態でフリーアドレスを導入すると、職務権限や組織図は形骸化し、「頼みやすい人」と仕事のタッグを組んだり、組織図にない人の支持や指示をあおいだりする傾向を助長して企業ガバナンスが実質的に破壊され、「迷宮の組織図」入りという事態にもなりかねない。

ミーティングルームの効用最大化

さて、ミーティングルームの作り方だが、オフィス・マネージャーとしては、大きいものを一個作るよりも、小分けしてあちこちに散在させるほうがよいだろう。その結果、ミーティングルームが「隠れ家」風になって小人数が集まりやすく社員も心理的に動きやすくなる。ただし、サボっているとみられないように小部屋はガラス張りを多用するとかドアなしにするとかの工夫をするとよい。こういう小部屋を作るメリットとして、あまり人に聞かれたくない人事査定のときの「秘密ミーティング」用にも活用できることにある。あまりに小部屋の数が少ないと部下の査定時にインタビューの時間が期限までに個別にとれなくて困った部課長は多いのではないだろうか。

ボードルーム

また、役員個室を作ったあげく、さらに豪華ミーティングルームあるいはボードルーム(役員会専用室)を、オフィススペースの真ん中に設置するというデザインにすることがあるが、それはやめたほうがよいと思われる。これだとスペース的に一般社員が片側ワンサイドに押しやられ、オフィサーつまり役員側と隔絶される雰囲気を作り出してしまう。オフィサーと社員一体化ムードを作り上げることは戦略人事実現のために非常に大切なのにそれを殺してしまうレイアウトだといえる。ましてボードルームは役員専用で一般社員立ち入り禁止とするのは論外だろう。実際そういう会社の存在も知っているけれど。そういう無神経さをトップが持つ中で、役職員に対しいったいどうやってチームワークやリーダーシップを持てというのだろう。

『発想する会社!』の発想

トム・ケリーによるIDEOというデザイン会社での経験を披瀝した『The Art of Innovation』の翻訳本だが、「イノベーションの技法」を絵解きし、それを可能にする非常に魅力のある職場を美しい写真で見せ付けられる新鮮な「驚きの本」なので、紹介したい。ここでも先述した「オフィスに自転車」の写真があった。優れたアイディアはパーソナルな空間がやはり必要なのだろう。あまり隣の人が傍にいると自由な発想が屈折するかもしれない。その意味でパーソナル空間確保のため、フリーアドレスのオフィスであっても前述のブレスト用「アイディア部屋」だとか「ハドルルーム」(一人になれる落ち着いた部屋)があったほうが好ましい。今までのように硬く狭い「会議室」では出なかったアイディアも空間を変えたら出てくることは珍しくない。発想するためのオフィス環境づくり、仕事を楽しむオフィス作り・・・・として非常にヒントに溢れている。

バーチャル・チーム

ハイテク化が世界中どこにいてもチームを作って作業できる環境を提供できるようにした。これは「グローバリゼーション」と「アウトソーシング」の結果だ。IBMも米国国防省も世界の半球を相手に人とプロジェクトメンバーをむすびつけたバーチャル・チームを作っている。普通のチームと違い、顔を合わせることはほとんどない。違った場所、異なる大陸からお互いに同じチームで仕事を進めている。

これを支えるハイテク・プラットフォームが『WebEx』で、このサンタクララ所在の会社が提供するものは、ブラウザだけであらゆるデータ・アプリケーション画面・ミーティング・ドキュメント・プレゼンテーションなどを多拠点・遠隔地間でしかもリアルタイムで共有できる。この『WebEx』を使えばセールス、研修、商品設計などの仕事さえもクライアントは遠隔地からシェアできる。同じ事業所で顔を合わせたり、ミーティングルームを持つ必要はない。

日本企業の「グローバリゼーション」の先端がこの水準に達したとき、顔を合わせずにミーティングをして交渉するという離れ業のコミュニケーションスキルが必要になる。おそらく「異文化コミュニケーション」の問題は今よりもさらに深く困難なものになるだろう。コミュニケーション・スキルにおいてそのときにいまだ日本人が経験したことのないイノベーションの壁を乗り越える必要があるだろう。

ワークプレイス戦略

オフィス・マネージャーの腕ひとつで職場レイアウトは変わる。そして、そこには鋭いバランス感覚が必要だ。何かが変わる、サプライズを見せる・・・戦略人事を理解するトップマネジメントの支持が備わると、職場は戦略人事の見せ場、劇場となる。そこでは、人の働きやすさ、快適さ、働く効用の最大化をいかに物理的に実現するかがわかりやすく見えるので、オフィス・マネジャーはミクロ戦略的な人事部機能の一部を担っているとさえいえる。

以上述べてきたように、オフィスレイアウトの問題は、企業の組織戦略やニーズそして知的財産である人材に対するその企業の姿勢を示すものだ。それは以下の3つの組織戦略そのものである。① 組織の事業戦略、将来構想、創業の精神、ハイテク技術の浸透度、現実のワークプロセス、希求するコミュニケーションスタイルなどを「体現するため」に、人と企業文化・組織風土の枠組みに照らしながら、ワークプレイス(職場)を根本から再設計すること、② 「事業場」の概念を越えて、人がどこでも働ける場所の選択肢(在宅勤務・遠隔地勤務)を広げる戦略、③ 「ホテリング」戦略つまり、オフィス滞留時間よりも外で働く時間のほうが長い人に対する戦略(スペースの共用)の3つの戦略である(マイケル・ブリル=建築家)。(v) これらの諸問題は、ミクロの戦略人事の1局面として、忘れてはいけない、企業の重要な決定事項である。これを「ワークプレイス戦略」という。1日24Hのうち平均8Hから10Hを過ごすオフィスタイムは、ワークプレイスの上に成り立っているから、過小評価すべきではない。また逆にグローバルなバーチャル・チーム・プロジェクトに参加するなら、そもそもオフィスレイアウトの問題は消えてなくなることになる。
(i) オフィス・アメニティ(快適性)については、あまり資料がないが、少し古いが1990年代後半において米国企業がどんなアメニティを従業員に提供しているかというデータは興味深い。68%の企業がカフェテリアを設置、56%の企業が従業員用のラウンジを設置、43%の企業が美術品(サイズ・価格は不明)を展示、42%の企業が屋根付駐車場を設置、38%の企業がトレーニングジムを設置、33%の企業が自動車のシェア(相乗り)を実施、22%の企業に社内ローン制度があり、12%の企業に託児所がある。(IFMAによる。)

(ii) ミーティング用部屋もネーミングも利用目的によってさまざまだ。ハドルルーム(密談室=インフォーマルな個人的打ち合わせ、インタビューや人事面の相談用に設計された部屋)、プロジェクトチームルーム(集中的なグループワークや提案書の起案用に資料類保管ができる)オン・ザ・ビーチ(プロジェクトの合間にちょっと腰掛ける場所がほしい人用に自習、資料調査などを行える。)そのほか、デン(den=隠れ家=グループ作業用)、ハイブ(hive=蜂の巣=小部屋の寄せ集め)、セル(cell=細胞)=内部監査人、法律家、監査役など人との接触が少なく個人的作業が多い職種人用)というように、とくにイギリスではミーティングルームひとつをとっても小洒落たネーミングが結構ある。(New Environments for Working (労働のための新しい環境づくり)DEGWによる。)しかし、例えばクラブ(club),だとか「ラウンジ」という言葉は好まれない。「サボり」のためのスペースと誤解されるからだ。

(iii) 小さなタッチダウンスペースつまり情報通信機能を備えたカウンター席を一時的な仕事場として利用することで、アポイントメントの間にはさまった1、2時間をちょっとした作業に使いたい社員が利用するスペースのことをいう。

(iv) ただし、ドアのある役員個室が本当に機能的かどうかは、あらためて吟味すべき課題ではある。CEOの部屋はあってもよいが、それ以外にCEOから独立した個室を作ることは、「隠密に何かが始まる、いつのまにかに。」一人のCEOが「オーナーシップ」をもって一つのビジョンの下で戦略を実現する会社にCEO以外の完全個室でCEOも入れない時間のある役員個室は戦略人事の考え方からすればあえて作る必要はない、といえる。独立した部屋が真に必要なのは、監査役と内部監査人である。

(v) これはいうまでもなく新しい就業規則と労働ルールというコンプライアンス上の問題に直結する問題となる。

 

笈川 義基プロフィール
東京大学法学部卒業。英国系総合商社、英国系損害保険会社、ドイツ系損害保険会社において、営業、業務、IT、再保険、商品開発、コンプライアンス・オフィサー、経営企画、M&A、人事担当役員などの基幹業務を現場長として経験した。4年間の取締役としての活動後、人事コンサルタント(戦略HRM)・リスクマネジメント(RM)を行うユニバーサル・ブレインズ株式会社を立ち上げる。