ミクロの戦略人事論 「リーダーシップと組織」

ミクロの戦略人事論4回シリーズの第3回目は「リーダーシップと組織」の問題を取り上げる。

リーダーの資質

リーダーの資質には3つある、とするのが、私の好きなカーリー・フィオリーナ氏(ヒューレットパッカードの前CEO)1999-2005)の意見である。それは(1)人格。(率直で勇気があること。)(2)能力。(自分の強みを知りそれを生かせること。足りないところを知り他人に任せたり学習したりできること。)(3)協調性。(いつ助けが必要かを見越して手を差し伸べること。広い人脈をもち進んで情報の共有ができること。)

リーダーは、経験的に言えば、生まれながらのものではなく、作られるものだ。リーダーシップは、放っておいて自然に身に付くものでなく、教え育てられるものだ。マネージャーからリーダーは生まれるが、そこにはプログラミングが必要だ。

リーダーシップ・バリュー

スキルとしてのリーダーシップには、チームの目標達成のロジックを理解しそれを実現することの差配が含まれるのは確かだが、それはマネージャーの役割でもある。そもそもリーダーシップは、マネージャーの役割を超えたところにある。リーダーシップとは、企業ビジョン・理念を共有し全社的な経営戦略にまで目配りし、自分の権限の及ばない相手でも(上司や他の部署、顧客にも)ビジョンやデータを元に影響を与えて動かす力をもつこと、そして今までの組織ではなし得なかった新しい価値を作り出せる能力といえるだろう。また、チームの力が及ばないときにはその原因を探り、他のリソースを探したりトレーニングしたりして、モチベーションを高めて成果を極大化させることも含まれる。そのように予測や期待以上の動きを見せることができ、それを他への影響力を行使して実現に導くことがリーダーシップだ。会社の成長エンジンの役割をになう。見渡せば、その役割を担えるだけの有能な人間はどこの会社にもいくらでもいる。だが、有能な人格者は多くない。その上に協調性に富むとなると、もっと少なくなってしまう。その3点セットがリーダーの資質だ。そして、3つめの協調性つまり協力ができないためにマネージメントから外されたり、あるいは経営層になれないなどということは、世の中かなり見受けられることだ。もっとも、シャーロックホームズの兄であるマイクロフト氏がホームズ以上の有能な人格者であってもロンドンの風変わりな「ディオゲネスクラブ」(全くしゃべらないで他人と関わらないで過ごさねばならない)で1日を過ごすには「協調性」は全く不要だが。ただし、それでもマイクロフト氏はそのクラブの創設者としてリーダーシップを発揮している(コナンドイル「ギリシャ語通訳」)。

‘es’エス(「Das Experiment」)というドイツ映画

この映画は、1971年に米国スタンフォード大学で実際に行われた心理学実験「スタンフォード監獄実験」を元にしている2001年度ヨーロッパ賞受賞作である。エスとは、自我という意味だが、なんと邦題であって、原題はドイツ語でDas Experimentつまり「実験」である。新聞広告で募集されたごく普通の男たちがドイツの大学の心理学・医学教室地下に設定された擬似監獄で囚人と看守の役割を2週間演じ続ける実験が行われる。主人公は、この実験を知って取材と4000マルクの報酬目当てで被験者に応募する。被験者21人のうち11人を看守役10人を受刑者役にグループ分けしそれぞれの役割を医学部地下の擬似刑務所で演じさせたところ、時間がたつにつれ看守役の被験者はより看守らしく、受刑者役の被験者はより受刑者らしい行動をとるようになるということが証明された。最初は両サイドとも何の問題もなく穏やかな雰囲気ですごすが、その後些細ないざこざから端を発した看守役側と囚人役側の対立は徐々に深まり混迷し、禁止されている暴力が始まり、この実験は最終的に2名の死者を含む多数の死傷者を出す惨劇に変貌してゆくという、禁断の実験の一部始終を描いたサイコ・スリラードラマである。

「役割」は人をこんなにも変える

このスタンフォード実験結果としては、権力への服従と非個人化現象があげられている。すなわち強い権力を与えられた人間とそうでない人間が狭い空間で一緒にいると次第に理性の歯止めがきかなくなり、暴走してしまうが、その現象は元々の性格とは関係なく、役割を与えられただけでそのような状態に陥ってしまうということがわかった。つまり「状況の力」が「人格」を支配する・・・・・実験に参加するのは変質者でも凶悪犯でもない、登場人物全員が貴方の隣人かもしれない一般人。だからこそこの映画で彼らが見せる変貌が「凄い」の一言。私たちは家族、社会、会社、家庭で常に何らかの「役割」を演じている。父親、母親、子供、恋人、社長、役員、従業員、先生、生徒、男性、女性・・・私たちはいつも「現実」においてRPG(ロールプレイングゲーム)やシミュレーションゲームのプレーヤーであり、そうした「役割」を受け入れるばかりか、その「役割」を介して自分たちの人格を形作ってさえいる。本物の看守よりも看守らしくなる看守役、そして本物の囚人役よりも囚人らしくなる囚人役・・・「役割」が人格に与える凄まじい影響力を実験は明らかにしてゆく。

リーダーは作られる

リーダーという「役割」も同じだ。リーダーに相応しくない人間が何かの拍子にその役割を演じることになったとき、ある意味「惨劇」が待っている。だからこそリーダーの資質の議論が意味を持つ。社長の役割、役員の役割・・・・リーダーは作られる。「役割」というペルソナ(仮面)の下の人間性や人格こそがリーダーシップ論の本質だ。でも、そういう本当の真実に切り込む人は少ない。

リーダーのポジティブな側面、その役割を演じることができて、組織に良い影響を与えられる人格者、スキルや能力をもち、協調性をもつ人こそ、求められる真のリーダーだろう。マネージャーの中からこのようなリーダーの資格者を発見し、その「役割」につけることが、経営者にとって最も大事なことである。選択を間違えないことである。資質を見抜くことである。

私の経験上は、このカーリー・フィオリーナ氏のいう3つの条件にさらに一個だけ付加したいことがある。それは周囲のヒトの気持ちを掴み、元気にする力を持っていることだ。他者のモチベーションコントロールが非常に鍵になるのである。そのチームのヒトを力づけ元気にするエネルギッシュさもリーダーに求められる資質だろうと思う。

ハリネズミと狐の話

リーダーに求められる資質としてこのエネルギッシュさを考えるとき、私は「Hedgehog Concept」を思い出す。これは「ハリネズミ理論」という訳がついているが、これでは何のことだかわからない。ハリネズミは一匹でいると寒いし近づきすぎるとハリネズミだから互いに傷つけある可能性もある。どんな人間関係でも適度な距離感は必要だ、という意味?ではもちろんない(笑)。James C Collinsの『Good to Great』(邦題「ビジョナリーカンパニー 飛躍の法則」日経BP山岡洋一訳)にある話で、アイザイア・バーリン随筆「ハリネズミと狐」のことである。

どういう意味かというと、世間にはハリネズミ型と狐型の人間がいるというのだ。「狐はいろいろなことを知っているが、ハリネズミはたったひとつ、肝心かなめの点を知っている。」狐は、いろいろな作戦を考えてハリネズミを捕らえようとする。ハリネズミはいろいろな知恵は持っていないが、外敵から身を守る方法は知っている。ハリネズミよりも狐のほうがはるかに知恵があるのにも関わらず、狐はハリネズミを捕らえることができない。いつも勝つのはハリネズミのほうである。つまり、物事やビジネスの本質を理解する者が強者だということだ。本質への直観力といってもいいだろう。

ハリネズミはなぜ狐より強いか?

ではハリネズミ型人間とは何か?というと、次に示す3つの輪のことだという。まず自分の仕事について考えてみよう。第一に、持って生まれた能力にぴったりの仕事であり、その能力を生かしておそらくは世界でも有数の力を発揮できるようになる(自分はこの仕事をするために生まれてきたのだと思える。) 第二に、その仕事で十分の報酬が得られる(これをやってこんなにお金がはいってくるなんて夢のようだと思える。) 第三に自分の仕事に情熱をもっており、仕事が好きでたまらず、仕事をやっていること自体が楽しい(毎朝、眼が覚めて仕事に出かけるのが楽しく自分の仕事に誇りを持っている)。確かにこれは強い。挫けることはない。夜も寝ないで「情熱大陸」、仕事大好きになれる。この3つの輪の全部を満たす「真ん中部分」を見つけ出して自覚すれば、物事やビジネスの本質を理解する最強の仕事人、すなわちハリネズミ型人間になれる。その場合、チェックすべきは、どうすれば情熱を刺激できるか、ではなく、自分はどのような事業になら情熱をもってやれるのか、を探しだすことがカギだという。

パッション(情熱)を持つ人がリーダー

こういう見地から、主体的にキャリアパスを考えていければ、そして、このハリネズミの「真ん中の円」を自分で持っていれば、貴方は、今いるその職場で、自らそのチームのヒトを力づけ元気にするエネルギッシュさを生み出すパワーの中心、源泉となることができる。パッション(情熱)は他人から与えられるものではない。物事やビジネスの本質を理解し、「ハリネズミのパッション」を持つ人、その人はリーダー(組織の動く方向を指示して新しい価値を生み出せる)になる資格があると思う。パワーは組織内で他人に伝染するのだ。そして他の人はそのパワーをもらう。そうするといくらでも組織のパワーは出てきて、かなり重いトルクのかかる新しい価値の創造だとか不連続を乗り越えるイノベーションだとかもそれで可能となる。まず、そういう人が誰かを見抜いて、その人を「選抜」してチームやプロジェクトのリーダーに抜擢すること、これが究極の、ミクロの戦略人事だ、と私は思う。もちろんリーダーのパフォーマンスに相応しいスキルがあることが絶対条件だが。

さて、貴方の部署やプロジェクトでは、「ハリネズミ」のヒトがリーダーになっていますか?

参考文献:「ビジョナリーカンパニー② 飛躍の法則」ジェームズCコリンズ著(日経BP)

 

笈川 義基プロフィール
東京大学法学部卒業。英国系総合商社、英国系損害保険会社、ドイツ系損害保険会社において、営業、業務、IT、再保険、商品開発、コンプライアンス・オフィサー、経営企画、M&A、人事担当役員などの基幹業務を現場長として経験した。4年間の取締役としての活動後、人事コンサルタント(戦略HRM)・リスクマネジメント(RM)を行うユニバーサル・ブレインズ株式会社を立ち上げる。