M&Aと戦略人事に関する3回連続記事の第2回目となる今回は、経営者人材に焦点を当てる。
経営者を社内育成できるか?
日本には「プロ経営者」の転職市場がないことは前述した。それなら、経営者を社内育成し、次世代リーダーを育成すればよい。たとえば、アサヒビールにおける「アサヒスーパー塾」から「経営者養成塾」への進化(リクルートワークス研究所) によると、次世代リーダーの早期選抜を狙い、2000年からアサヒスーパー塾を実施してきた同社は、2004年からその進化形態である経営者養成塾を新たに開設したという。なぜ進化形態かというと、かつてのアサヒスーパー塾では600人規模だったものを、経営者養成塾では年間10数名とし、年齢も「30代のアサヒスーパー塾」から「40代の経営者養成塾」とし、よりマネジメントに直結するように設計したのだという。
サクセッション・プランニング
アサヒスーパー塾のようないわゆる「社内大学」のような取組は、意外と多くの大企業ですでに実施されている。ソニー・ユニバーシティや富士通ユニバーシティも同様だ。将来を嘱望される若手を選抜し、マネジメント理論や戦略、企業DNAを共有することが目的である。そこでのゴールは、「アティテュード」(振舞い方)(ソニーの場合)や「人間力」の増強(富士通の場合)、エンゲージメント(企業への帰属意識)の強化(マクドナルドの場合)など、さまざまな表現で示されるようなマネジメント(経営層)としてそれに相応しい能力開発が目的だということがあげられている。
不連続面
しかし、そこでは教育と学習、つまりやり方や考え方を身につけるように教え込む だけではない。共通しているのは育成プログラムの中でさらに具体的な提言やプロジェクトを考え出し、そのうちのいくつかは実際に採用されていくということだ。これは外国のグローバル企業でも数多く見受けられる人材育成方式だ。たとえば、若手だけ(20歳代や30歳台前半であることが多い)とくに目立つ能力のある者だけを指定して国を問わずグループにわけ1年に数回どこかで会い、グループごとに自分たちがそのグローバル企業でやりたいことを話し合い、あるいはCEOから途方もなくチャレンジングな指示だとか命題だとかが与えられ、グループメンバーが普段の仕事のほかにプロジェクトとしてのアウトプット(提言)を求められるというようなものである。このアウトプットに本当に予算がついて実施されることがあるので、夢物語の実現どころの騒ぎではない大掛かりな「人事仕掛け」なのだ。普通にやったら到底実現できないことを実現してみせる、いわば「イノベーション」といってもよい「不連続」の連続を生み出す仕組みづくりといえる。サクセッション・プランニングは、連続を企図していながら、アウトプットは不連続面をもたらし企業にとてつもない変革(イノベーション)をもたらすところに、サクセッション・プランニングの最大の価値がある、と私は思う。日本の企業ではそこまで深い認識をもってサクセッション・プランニングをプランニングしているところは少ないだろう。
社長がもし急死したら?
今述べたことは長期的なサクセッション・プランニングだが、短期的には、現在のトップが急死したり、突然の不祥事発覚により取締役会が機能不全となったときの経営後継者の指定という、もうひとつのサクセッション・プランニング課題がある。たとえば、マクドナルドでは2004年の年頭にグローバルのトップが急死したとき、4時間後にはナンバー2であった者が新しいトップと決まり、そのとき実際には世界中に 24人の候補者がおり、その中からナンバー2が新たなトップとなったという。 これは、グローバル企業ではよくみられる人事戦略((注)「戦略人事」ではない。)上の現象だが、日本企業ではどうなのか、リクルートワークスのリポートでもこの短期的なサクセッション・プランニングには焦点はあたっていないようである。昨今会社法上の委員会設置会社の機能やCEOの選定プロセスの明確化という「企業ガバナンスの観点」からも、この部分はもっと光をあてて議論されてよい事柄ではないだろうか。要は、人事として誰がCEOに相応しいかということというよりも、むしろ手続のデュープロセス(正統性確保)とコンティンジェンシープラン(危機管理計画)としての意味が深くなるという性格の論点である。
「アセスメント・センター」
「アセスメント・センター」、この言葉は、人事の専門用語である。日本人や日本企業でアセスメント・センターをご存知のかたは、相当の情報通といってよい。日本人には相当「怖い」言葉である。簡単に言うと、トップに相応しい人を選抜するところである。「アセスメント・センター」という名前の機関だとか場所がある、ということではない。選抜機能のことだ。たとえば、ある国のカントリーマネージャーを多くの候補者の中から選抜するとする。その場合、階層、人種、経験、性別などさまざまな「違う要素」がある中で、一人を選抜しなければならない。共通の点数がないから一律には評価できない。そこで、一定期間(2週間ぐらいか)候補者をどこかに集合させ(ある支店だとかリゾートホテルだとか)そこに先輩格の取締役・ボードメンバーや各国社長クラスが候補者と「一緒に暮らして」合宿のなかでビヘイビア(態度)やアティテュード(振る舞い)を観察しあらゆる角度からテストする、というものである。
基準は、アセスメントを行う者にある程度まかされる。目的は、候補者の中から一人を選ぶこと(通常は一人だけである。)、言い換えると、そのほかの者を振り落とすことが、求められる結果である。振り落とされた候補者は、社外に出る道しか残されていない(もちろんそうは指示されないけれど、振り落とされても後に、振り落とした組織に自分が残る意味はなくなる。)
覚悟
このアセスメント・センターに送り込まれることが決まった者は、名誉ではあるが、相当の覚悟を要する。情け容赦の入らない、ハナから真剣勝負なので自分に本当に自信がないと行けるものではない。落ちたら別を探すという自己決定をしたうえで、臨むことになる。私自身はこれを受けたことはないが、知人の中でこれを受けて合格した人を二人、不合格になって会社を去った人は何人も知っている。そこで何があったのかも(大体は)知っている。人事はもともと公平ではない、公平にはそれ自体価値がなく、結果を出すことにこそ価値がある、という価値観が背景にある。アセスメントセンターの結果、若くエネルギッシュで知力と機知に富み、忠誠心旺盛な、つまり若き優れた実力者が選ばれる。間違っても40歳を超えた者が選ばれることはない。選ばれた者は、「ソルジャー」(言われたことを指示どおりになす)でもないし、「マネージャー」(目的を予定どおり達成する)でもない。「リーダー」(組織の動く方向を指し示して新しい価値を生み出せる)なのだ。たぶん。(「たぶん」というのは、やっかみでいっているのではない。それはその組織としての結論であって、違う組織では違う結論や別のヒトが選ばれる可能性があったということはいえる、という意味である。)
アセスメントセンターは日本に根付くか?
こういう制度は、日本企業には(おそらくグローバル化されたというソニーでも)存在しないのではないかと私は推測する。「経営者養成塾」を社内で実現し、次世代リーダーを育成しているアサヒビールでさえ、「育成のために何が必要かということを問い詰めていくと、執行役員の登用要件は何か、取締役に必要な能力は何かといった、これまで明確にされていない評価や登用基準を明らかにせざるを得なくなるでしょう。これまでの、ある種家族的な企業文化の中で、選抜式の育成プログラムがうまく機能するかどうか、逆にマイナスに作用しないかということは若干気掛かりです。」と樋田憲一氏(アサヒビール株式会社戦略企画本部)は自ら述懐されているくらいだからである。
「アップ オア アウト」 の世界
「アップ オア アウト」という言葉を翻訳すると、「昇進か転職か」ということになる。かなり前から欧米とくに米国では大企業で幹部育成プログラムとして整備されてきたものだ。若手の幹部候補は、あらゆる部署を次々に経験できる。能力を認められれば上へ行けるが、駄目だと判定されれば転職を促される仕組みで、その間に1~2年間仕事から離れて「人生における贅沢な時間」MBAのエグゼクティブプログラムへの派遣が認められることもある。もともとMBAというのはそういう目的の場所(「天国」)、といってよく、そのようなプロセスで勝者になるための、つまり経営幹部になるための通過コースといってよい。その企業ご贔屓の特定の経営大学院(MBA)があり、経営チームの大半がそのMBA修了者ということも多い。これは米国だけでなくヨーロッパ企業でも普通になってきた。
学校を卒業したばかりの最若手の就職先として初めからファーストトラックの社内転職・急激な昇進コースを用意してそれに応募させる手法もある。
問われているもの
どのような経営層育成プログラムであっても選抜年齢が若いことがポイントで、それらのコースに乗った者が問われているのは未知のものに対する問題解決能力であって、その答えが正しいかどうかは問題でない。これは「メンター」 の制度とも違っているし、後継者「育成」というものでもなく、若いリーダーを指名しその人に自覚してもらい特別の経験をつませるところに意味がある。だから、見込み違いや途中で辞めてしまうこともよくあるわけで、コストを懸けても、その人のもつ野心をコントロールはできないから、腰掛に使ってその大会社で幹部候補生として様々経験したことを勲章に外に出る(他社転職)というケースがかなりある。結局のところ、「育成」の名のもとに「選抜」しているのである。別の見方をすればこれは一種の「偉大なる社員啓発事業」といってよい。ただ、無償の啓発事業ではなく、アセスメント・センターやアップ オア アウトのように、当の個人の支払う代償コストは大きい。
戦略人事とキャリア設計
戦略人事として企業成長を人の面から押し上げるとしたとき、はたしてどのようなキャリア設計をすべきなのか。経営者層育成にどう取り組むべきか。やはりそれも戦略人事として企業が選択して決めなくてはいけないことがらである。 まあ、なにも今すぐに決めなくてもいいが。しかし、外国企業とのM&Aになればすぐ直面する選択問題である。また、外国人株主が多数を占める日本企業でも、成長余力が出なくなったときに戦略人事上の政策決定を外国人株主に表示して、人の面で成長力を支える余力があるのだということを説明するIR上の必要が生じる場面もありうる。また、外国での事業が本国日本での事業より大きいという企業は珍しくなくなってきたが、その場合外国人社員の処遇や外国人役員登用をどう設計すべきかという問題は、すでに日本企業が直面している課題のひとつのはずである。
「すぐ辞めさせられるかもしれないが、たくさんの経験を若くして積めることができる、それもいい」、として果敢にチャレンジする性格か、それとも、「安定した職場で先の見える仕事をしたい」保守的な性格か。それを決めるのはその人のDNAだが、会社の場合でも人事制度を選ぶときに会社の性格が出るものだ。M&Aのように組織風土と人が他と融合するとき、その会社の性格やDNAがどう影響するか、はM&Aの成否に関わる重大な論点となる。
ところで、貴方の会社では経営者育成についてどのようにキャリア設計されていますか?その仕組みを貴方はご存知ですか?そして、それを貴方はどう思いますか?
i) 「スペシャルテーマ 次世代リーダー育成の今」戦略企画本部教育研修部プロデューサー樋田憲一氏2005年1月号
ii) 企業における社内教育は、日本では、「滲み込み型」すなわち学習者が自分の興味や生活的な必要によって行う自発的な活動の中での偶発学習や試行錯誤と尊敬や愛情の対象となる先輩のやり方を身につけようとする模倣(モデリング)と、それを何回も繰り返してそれに習熟する努力による。滲み込みは接触伝達だから、「一緒にいる」ことが重要になり「居酒屋内教育」が盛んとなる。これに対して、米国型の「教え込み(指示型)」は、組織的・論理的に構成することができるから、明確な目標を達成するのにはより効率的である。かつ、ただ形の上でできるようにするだけでなく、どうしてそうなるのかという仕組みに入り込んで教えることができる。近代社会が要求する知識や技能を教えるのに、教え込みモデルが主となるのは当然である。(浸み込み型と教え込み型の違いについての香川大学経済学部堀教授の論考を参考にした。)欧米に比べ、日本では企業における社内教育がスタッフトレーニングやセミナー形式をとることが少ない。たとえば、「チームワーク」は、自然発生的なものでなく意識的に学び構築するものだから、社外専門家の力を借りてチームワーク育成セミナーに参加することは欧米ではごく普通のイベントだ。日本ではどうだろう?豪州では経費の一部を社員教育にあてることは企業の義務だという。(サマンサ・ジャミソン豪州食肉畜産生産者事業団駐日代表2008.2.12日経日本ビジネス戦記)
iii) 下山博氏、元日本マクドナルド本社人事本部トレーニング部長「リクルートワークス次世代人材育成の今、番外編」による。
i v) ウイキペディアで、「アセスメント・センター」をひいてみても該当項目はのってないが、「ヒューマン・アセスメント」で引くとごく簡単な紹介はのっている。「インバスケット」(未決事項への解決演習)というのでグーグルを探索すると関連項目にヒットはするが本質的な説明はない。本場のアセスメント・センターの運用や詳細について知るには、英語のサイトになってしまうが、http://www.hr-guide.com/data/G318.htmにその全貌がよく紹介されているので参照されたい。
v) 「おめでとう。君は指名された。だが今度は、それを周囲に認めてもらう番だ。」(ABCエンタテイメント会長ロイド・ブラウンからのアドバイス)つまり、謙虚に耳を傾け、力を尽くし、選ばれるだけのことはあると評価されるように努めること。そうして初めて周囲の信頼と支持を勝ち得ることができる(「CEO」による)。経営者層に選抜されたとき、その後のマインドセット(心構え)が重要だ。
vi ) メンター(Mentor)とは、良き助言者、指導者、顧問という意味。先輩社員や上司を指導者として、業務上の問題点のみならず、職業人としてのマナーなどについても学ぶ。指導者をメンター、指導を受ける人をプロテジェ(protege)と呼ぶ。メンター制度は、元はアメリカなどで非公式に自分が尊敬できる先輩などをメンターとして選び、長期的に指導を受けたことから始まった。徐々に会社の公式な人事制度として取り入れられるようになった。メンター(Mentor)は、ギリシア神話に登場する賢者「メントール」が語源。オデュッセウス王の友人で助言者、王の息子テレマコスの師も務めた。(以上、AllAboutによる。)