楽天「日本企業をやめ、世界企業になる」の真意
では楽天のような新興企業の場合は、どういうロジックが「社内公用語英語化」の背景にあるのだろうか。
楽天は最近次のような報道発表をしている。楽天は世界 27 カ国に進出しグループ企業での海外取引高を 70 % にするという。 2009 年度の売上高は1兆8000億円でそのうち海外は 1 % (合弁など海外 6 カ国に進出済み)である。そして 10年後の 2019年にはグループ取扱(流通総額)は、10倍の20兆円をめざすというのである。
つまりその 70% を海外から生み出すのだとすると、現状の海外取扱高を『777倍にする』必要があることを意味している。これが楽天を「日本企業であることをやめて、世界企業になる」ということの意味である。さらに三木谷氏のEコマースのマーケットアナリシスでは、世界の EC 市場は 20年には 71兆円規模となると予測したうえで、このうち日本が占めるのはその 8% とみている。そこで主要なプレーヤーとして生き残るには、現在の楽天の海外売上高を『777倍にする』必要がある、と言っているのだ。
Stretched Target
これは通常トヨタ方式の「カイゼン」ではとうてい到達できない数値目標である。毎年の少しずつの漸増ではいくら差分を積み重ねても 10 年では達成不可能、実現不能の数字で、これをいえば「普通バカだと思われます。」
しかし、それはバカではないのである。アップルも少し前には業績悪化で苦しんでいたのに、今は i phone で莫大な利益を得ている。今はトヨタは巨大企業だが、今後はエンジンを使わない、電気と配線とモーターで動く電気自動車の天下になれば、早晩、自動車は家電販売店で売られるようになり、何百という小さな電気自動車メーカーがしのぎを削る風景が見えてくるだろう。それが『イノベーション』である。抜本的な発想の転換、プロセスの入れ替えである。イノベーションの本質は、『不連続』にある。
経営戦略としてのストレッチ目標は、今までの延長線上の努力やカイゼンだけでは到底達成できそうもないハイレベルの目標のことである。常に手の届かない目標にチャレンジすることで、チャレンジ精神を常に醸成し、個人と企業の加速的かつ継続的成長をめざす、経営マネジメントの手法にほかならない。三木谷社長は 777 倍の海外売上高のストレッチ目標を掲げているのだから、英語公用語化は当然の流れだろう。社内での英語公用語化により、「(海外の合弁企業と)人材交流したい。ビジネス戦略を共有していくためには英語でコミュニケーションすることが必要。日本企業であることをやめて、世界企業になる。本社機能も海外に出す。」とまで論旨一貫させて説明しているのだ。
楽天のエンジニアはどう考えているのか
では、楽天のニッポン人エンジニアは、この事態をどうみているのだろうか。楽天執行役員(開発ユニット新サービス開発・運用部部長、編成部副部長である樋口将嘉氏によればⅰ、企業のグローバル展開は生産地と消費地(市場)という観点から 3 つに分類できるという。それは1.日本で生産して、海外に販売(輸出型)、2.海外で生産して、日本に販売(輸入型)、3.海外で生産して、海外に販売(海外完結型)の 3 つである(ここでは生産をいっているが、サービス業も同様。)。楽天のグローバル展開はこの3.の類型つまり海外でサービスを生んで提供する「海外完結型」といえる。ここで「海外」という言葉は、単に一つの国を指すのではない。日本を含めた各国に生産拠点があり、クロスボーダーで販売網がつながっているというイメージだ。
そのためエンジニアは国内向けのサービスはもちろんグローバルサービスも、基本的には楽天グループ内でみずからエンジニアが構築する。各国の事業ノウハウは各国の開発現場にも蓄積されていくが、日本国内市場向けシステムも各国からのノウハウ応用も視野に入ってくる。具体的には、「世界に通用する日本企業や日本人エンジニアの強みⅱ」と「外国人エンジニアの強み」を掛け合わせた『ハイブリッド企業』になる、というのだ。
日本人エンジニアの強みと弱み
そのため、日本人エンジニアには発表言語を英語にし、社内公用語を英語にする、そこでは日本人エンジニアは英語の「読み書き」はある程度できても英語を「聴いて、まとめて、話す」という点で不足しており、その能力をとくに重点的に鍛えるというⅲ。
他方で外国人エンジニアを採用する( 2009 年度に 12 名入社、 2010 年には 41 名、2011 年には 100 名の入所を予定している。)が、逆に来日前後に日本語研修も行い、自分の考えを適切に相手に伝えるコミュニケーションをどのように行っていくのかという点と、楽天社員として求められる考え方の指針「成功の 5 つのコンセプト」を学び、楽天のビジョン共有をしてもらうという。その意味では、日本人社員の英語力強化と外国人社員の活用を同時に進捗させると言う意味で(=ハイブリッド)、楽天の志向しているものは、前述した伊藤忠の英語社内公用語化論の結果としての人材政策と似ているところが実に興味深い。
ここでは人事は戦略実施のためにあるという戦略人事の考えが実現されている。これを語る樋口氏は、実はラインマネージャーであるだけでなく、みずから人事も担当しているのだ。
経済産業省の調査
しかし、グローバル化はユニクロと楽天だけの専売特許ではない。どの日本企業も国内空洞化と円高に苦しみながら、グローバル化しつつある。海外源泉売上高が国内を上回る企業も実に多いのだⅳ。それでは、広く現在の日本企業が人材のグローバル化についてどのような課題を認識しているのだろうか。
ここに、経済産業省が発表した「日本企業が人材の国際化に対応している度合いを測る資料(国際化指標)について」と題するパワーポイント資料(平成 21 年 4 月)がある。資料としての重要な価値は、企業 470 社の取り組み状況や問題意識がわかる点である。例えば企業内コミュニケーション・文化についてのアンケート調査でわかる実施度合い(指標化)ではⅴ、
1.トップ人材が来訪した際、現地社員と会話をする機会を設けている【77.1%】(これさえしないトップがいる企業が 33 %に上る点は驚くべき数字である。)
2.海外拠点では現地語も公用語としている【41.8%】(残りの60%の企業は現地でも日本語なのだろうか ? )
3.日本本社から発信する重要文書については英語または現地語に翻訳し情報共有している【40.4%】
4.世界中の社員のネットワークを促進する情報インフラを整備している【33.2%】
5.日本および進出先の文化や習慣などの違いに関する留意点などを学ぶための研修を行っている【31.1%】
6.日本本社において外国人を含む会議を行う場合、日本語以外に英語も公用語に設定している。【31.1%】
7.外国人社員に対して日本語教育機会を設けている。【13.2 %】
みなさん、項目6.を見て頂きたい。ご覧のように、経産省の調べでは、すでに英語公用語としている日本企業の数は、 470 社のうち31.1%(!)なのである。ファストリや楽天の社長が宣言する前からすでに 140 社近くが英語公用語化を進めているのである。あまり知られていないが、このことをまず認識する必要がある。
経産省の見解
経済産業省はもちろん役所であるが、シンクタンク的機能も有していて、ときには非常に鋭い提言をしてみせる役所でもある。この国際化指標の論議の中でも、実に的を得た見解(提言)をしているので、みてみよう。日本企業の人材国際化に向けた主な今後の課題(提言)は 4 つある。
(1) 『日本人(一般)社員の国際化』
高度な外国人人材の受け入れとともに日本人社員の国際化は必須だとして英語研修(1.英語の研修や専門研修を実施している。実施度合【37.2%】)や、海外経験(2.一般社員が海外経験を積める機会を設けている度合い【48.4%】)を実施し、人材の(国際化)開発度合いもきちんと確認することが重要である、と提言している。この二つは伊藤忠の事例などでもみられるように実施度合いは現状でもすでに十分高い。
では、その他の一般社員教育の項目を見てみよう。
3.昇進・昇格の基準に TOEIC などの英語力を示す指標を組み入れている。実施度合【15.5%】
4.社員の英語力やグローバルなビジネスノウハウが、海外業務を実施できる水準に、開発・維持されている。実施度合い【20.9%】
5.海外拠点の社員も国内社員と同水準の育成プログラムを海外拠点で受講することができる。実施度合い【14.6%】
6.海外拠点の社員に対して、日本本社への招聘や第3国への出向・海外研修の機会を設けている。実施度合い【32.7%】
これらの調査項目は非常に興味深いもので、特に3.の実施度合いがまだ低いのに驚かされる。この点に関して、『日本と同じく非英語圏である韓国 や欧州企業では、採用・昇格等の基準に言語スキルが明確に要求されており、非常に重要視されている点が、日本企業との大きな違いである。』(平成 19 年度「企業が真に人材の国際化に対応している度合いを測る指標の策定に関する調査研究報告書【経済産業省】より抜粋編集したもの。)
この点は日本企業の人事部には耳が痛いかもしれない。組織は所属するためにあり、生温かい居心地の良さこそが日本の組織(風土)である。組織に目的意識などはなく、漠然とした「将来使い物になるだろう」的な人材育成しかしてこなかったのが日本企業である。いまだに新卒採用を運用原則として人材採用の年間スケジュールを定期的に回しているのが日本企業(の人事部)である。組織の「目的」や戦略達成のための『人材要件』を前面に出す採用方針や昇格基準は、過去も実施してこなかったし、終身雇用が絶滅しつつある今でもそれはほとんど禁忌に近いのだ。それが組織としての競争力に大きな負の影響を与えていることを、この報告は示唆している。
経営幹部のグローバル化
さて、件の経産省の提言は続く。第2項目だ。
(2) 『グローバルに活躍できる『経営幹部』の育成』
これは4項目の調査結果が出されている。
1.幹部候補を対象にした MBA(Master of Business Administration)取得など、グローバルリーダー育成プログラムを整備している。 実施率【17.9%】
2.本社にいる人材も含め、各拠点の幹部や幹部候補生を集めて、研修を行っている。実施率【35.0%】
3.幹部候補のキャリアパスに海外勤務やグローバル業務を体系的に組み込んでいる。実施率【10.8%】
4.幹部昇格の条件に、海外勤務やグローバル業務経験を設定している。実施率【4.5%】
これは採用などと比較して実施度合いが低いわけではないのだが、海外進出企業取り組みの中で「特に重要な分野」と回答した割合、「問題がある」と回答した割合が共に最も大きい項目が「グローバルに活躍できる幹部人材の育成」であり、『幹部人材』について日本企業が持つ懸念と問題意識の大きさを物語る。
外国人材のキャリアパス
さて、経産省の提言3番目は、『現地法人トップ・幹部への現地人材活用など外国人材のキャリアパスの拡大』である。
外国人材が日本企業に就職しない理由に「昇進・昇格に限界がある」とよく言われる。財団法人国際経済交流財団【2008】では、「グローバリゼイションが世界および日本経済に与える影響に関する調査研究」で、優秀な現地人材を確保する方策が上げられている。それによれば、1.昇進・登用によるインセンティブの確保【51.5%】(これが最も効果的。)2.教育・訓練機会の充実【42.1%】3.賃金水準の引き上げ【38.3%】4.成果主義の導入・拡充【26.4%】5.採用活動の強化【21.3%】6.製品・企業ブランドの確立と浸透【17.8%】7.日本的雇用慣行の浸透【13.8%】
日本的キャリアパスを無意識のうちに用意してしまう習性。
実際に優秀な外国人材を採用しても、7.のように日本的雇用慣行をその外国人にも「浸透」させたらすぐ会社を辞めてしまうだろう、と察しがつく。いや、ところが、2.や3.と組み合わせれば、7.でも現地人材を惹きつけられる、と日本企業トップや人事部が考えるのも、実際はわからないわけではない。たとえば、オックスフォードを優秀な成績で卒業したイギリス女性をロンドン現地法人で採用したとする。学歴・人柄からして 20 年後の国際部長の誕生間違いなしの超エリート新卒社員の誕生である。それで入社後どうなるかというと、ロンドン現地法人で 1 年間さまざまな部署を経験し、ロンドンではどういう仕事をするかを学ぶ。これは日本の新卒者が最初の数年間、ローテーションで学ぶのと同じ発想である。次に東京本社に本人をよび、長期出張扱いで国際業務本部のさまざまな部署をまわって経験を積み、現地法人と本社とのつなぎ役を担わせる。これも実は外国人であっても日本人社員と同じ処遇を無意識のうちに実行しているのだ。 20 年後の国際部長など、そんな遠い話は誰も信じないだろうに。
なぜすぐやめるのか。
その東京本社長期出張の間、日本の総合職の女性の住んでいた独身寮に住まわせる。日本の生活はこういうことなんだよ、と学ばせる親心である。筆者も、外国人 CFO の女性に普通のアパートに最初住んでもらった経験があるが、世界的な常識では狭く自尊心を傷つけるような住まいだとして反発されたことがある(問題なのは、それが公平な人事処理でないとしてより広い部屋を提供することが逆に今度は日本人社員からも反発を受けたことである。)しかし、もちろん彼女は日本式経営についても大学で十分学んでおり、彼女に耐性はある。外国には社員寮というものがない。そこに住んでみるのも貴重な経験だ。稟議書もそれがどういうものか大学で学んで知っている。どんなに決裁稟議書による決定に時間がかかっても「俺は聞いてない」事態は絶対にさけなくてはならない、という日本の組織の掟・特性を体験するのだ。
本社役員に 1 新卒者が親しく口を聞く機会は日本人社員には皆無だが、オックスフォード出身の女性とあらば、役員は親しく話をしたがり、役員室にも呼ばれて茶飲み話につきあう。
しかし、問題なのは、そこで発見した日本人役員たちのふるまいである。国際部門の専門的な話に水を向けても役員のほうからは話は弾まない。彼女が気がついたのは、役員といっても自分の管掌業務の専門知識は実はそれほど高くない、という彼女にとっては驚くべき事実だったのである。
日本の大企業の幹部・役員の専門知識
大企業の役員である筆者の友人に担当業務のことを聞いても、その概略は言えても実際は高度の専門知識を有する部下がたくさんおり、彼らが仕事をしてくれるので、その中から相応しいものを選んだり、外部発表したりする役柄が役員だという感じなのだ。その友人に、ちょっと前にキミは財務部長をしていたのだから財務はどうなっているの ? と水を向けても、それはねえ、今は担当じゃないから、という返事がかえってくるのである。
20 年後に国際担当役員になっても、この遠くて遅く、見えにくいキャリアパスでは、彼女としては納得しかねるということだろう、すぐ辞めてしまう。もちろん、そのあとはどうなるかと言えば、東京で外資系金融のカントリーマネージャー候補にヘッドハンティングされるというわけである。日本企業でも社内にキャリアコンサル部門を作ったり、キャリアパスへの意識を持たせる試みがなされることもあるが、キャリアパスという言葉が独り歩きしてしまい、この本当のところを見ないと、なぜ外国人採用したのにすぐ辞めてしまうのかの理由は最後まで分からずじまいに終わるのではないだろうか。
(つづく。)
ⅰ IT自分戦略研究所 小平達也 第4回「マインドは独走させよ」-楽天流・国際エンジニア育成法 2010 年 5 月 25 日 による。
ⅱ 樋口氏によれば、日本人エンジニアの強みは、「ベーススキル」「品質へのこだわり」「阿吽の呼吸」だという。ジョブディスクリプションにないことであっても「範囲外の仕事」をフォローすることが強み、つまり「日本人は何のためにその仕事をしているのかというミッションや目的を意識して仕事をすすめる傾向がある」という。
ⅲ 日本人エンジニアの弱みは、「視野を広げて仕事をする」ということだという。「目線を上げる」ということでもある。現在はインターネットの普及によって「情報を入手しよう」と思えばいくらでも入手できるようになった、英語ニュースを見ることで視野を広げることが出来るはずという。
ⅳ 日本の上場企業有力 660 社(金融・新興企業を除く)では、直近の 2010 年 3 月期において、国内外の資産合計に占める海外比率が 3 分の 1 を超えたという。当コラム「小さくなる世界」参照。
ⅴ 「国際化指標」検討委員会報告書。
ⅵ 非英語圏の国で英語を社内公用語に定着させている企業に韓国のサムスン・グループがあるのはよく知られている。サムスンで英語公用語が定着していった背景には、1997年のアジア通貨危機と金大中政権による財閥解体策で、経営が窮地に追い込まれたことがある。この危機的状況を打開するために海外の先進技術や洗練されたデザインを取りこんで付加価値向上を戦略目標にした。そして開発された商品を積極的に海外に展開して売上を伸ばした。もともと韓国国内の内需には限界があるのだ。そこで海外の先進技術やデザインを取り込むためにサムスンでは日本をはじめ海外の技術者やデザイナーを招聘し、逆に海外展開にあたっては積極的に韓国人社員を現地に送り込み徹底した調査分析とマーケティング戦略を練り上げた。その過程で、海外技術者やデザイナー、エンジニアとの共同開発、海外現地企業との提携、消費分析をするのに、母国語のハングル語では当然ながら難しく、英語を共通言語とするのがいわば「自然の必然」だったといえる。それに先立って「地域専門家制度」を導入し、ターゲットとなる国をよく知る人材育成のために、あえて1年間の駐在中に仕事せずにその国の文化や事情を自由に研究させる制度を実施してきた。