前回に引き続き、「バブル後世代」つまり「嫌消費世代」について議論をすすめよう。
バブル後世代の「劣等感」が深い意識の底に。
何よりもこの価値意識の裏には、彼らの持つ強烈な劣等感が潜んでいるという。劣等感を補おうとするのが「上昇志向」であり、劣等感を生む他者の眼差しを気にしてそれに迎合することが「他者志向」であり、劣等感の克服こそが「競争意識」に繋がるからである。この世代の特徴を一つに集約すれば、それは『劣等感』である。
しかしその原因は就職氷河期経験だけではあるまい。精神医学的な知見からすれば ⅰ、バブル後世代の強い劣等感は、学童期に何らかの共通の社会体験があったからだということになる。彼らの世代の生活史をさかのぼると、学童期( 1980 年代後半から 1990 年代前半)に起きたできごと、つまりバブル崩壊である。バブル期にはコツコツと仲間と何かをなしとげる勤勉さという価値観が軽視された。それが崩壊後は、逆に勤勉さが称賛されるようになる。学校週休2日制の導入や「ゆとり教育」で目指された価値と、バブル崩壊後の自由競争とスピード重視の価値とは、全く相反するものである。こうした矛盾する価値観と評価の混乱は他の世代にないものである。そしてそれがこの世代の勤勉性に対する考え方に大きな偏りをもたらしている。
そして他人への不信は、いじめに因ることがある。バブル後世代のいじめは加害者と被害者が日替わりで自分がいつ何をきっかけに被害者になるかわからない恐怖があったという。だから、目立たないように、空気を読んで、できるだけ深く関わらずに、暮らしていくことが最善だと思ってしまうのである。いじめ体験によって他人や友人との信頼関係がうまく構築できないと、勤勉性を身につけることが困難となる。そしてこのような劣等感を決定づけたのが就職氷河期であった。能力評価の混乱と自己への否定評価が劣等感の根本原因を構成しているのだ。
新しいマーケティング
この世代向けのマーケティングのキーワードが「スマート」消費ということになる。外食は切り詰めるが男性でも鍋や炊飯器は持っている、スイーツだって自分で作る、「話す携帯」は話すためだけには値段で安ければいいが、「使う携帯」はコンテンツの豊富さで選ぶから高くても iPhone になる、店では買わないが情報が豊富なネットでは頻繁に買う、海外にはいかないが、どのように背を伸ばすかに役立つグッズは高くても買ってしまう、というような消費行動である。【1】 自分の趣味にあって 【2】 節約に貢献してくれて ⅱ 【3】 周囲の皆からスマート(悧巧)だと思われること、という 3 条件を満たす売り手の説得が必要になる。
マーケティングの現場では、セグメントをしっかり見定め(世代の見極め)、製品( Products )では、情報付加価値の追加、価格( Price )では、フリーミアムの活用、プロモーション( Promotion )では、生活テーマの深堀り ⅲ、流通( Place )では、選択の場への集中 ⅳ が、KSF (成功要因)となる。
「バブル後世代」の広がり
バブル後世代の人口は少ないと侮ることなかれ、次第に上下の世代に共鳴者を増やしているのだ。それが消費好きのアメリカ人にも共感が広がって、「オタク文化」に次いで日本のソフトパワーとしてグローバル・トレンドになる可能性さえ持っている。アメリカ人でさえ 2008 年リーマンショック以後、日本人の嫌消費や節約は「クール」であるという感覚が広がっている ⅴ。アメリカ「ニューヨーク・タイムズ」は、ある意味で浪費がもたらしたアメリカ発の世界不況への教訓として、日本の消費者がバブル崩壊後に学んだことが「節約」( cutback )である、などと肯定的に紹介している( 2009 年 2 月 21 日) ⅵ
経済を揺るがす「欲しがらない」若者たち。「収入が十分あっても消費しない」傾向とあからさまな消費を謙抑する「アウター・レフェレンス心理」そして「劣等感」。これらに注目することが、会社の外へのマーケティングだけでなく、社内のマーケティングである「人材育成」にも深く強く影響する。
経済を揺るがすバブル後世代
この「バブル後世代」のもたらす経済的インパクトの大きさは、プラスの影響もある(つまり、貯蓄率の増大)が、むしろマイナスの影響が大きい。消費支出の減少でおよそ 6603 億円(この世代がそのままの消費傾向を維持すると仮定すれば 30 年で約 35 兆円の消費支出減少となる)。個別産業別にみると、問題の自動車産業でみると 1885 億円の自動車需要の減少となる( 1 人当たり年間約 10 万円の支出減少が推計され、それが 18 万台分なので)これだけでなく自動車産業はいうまでもなく鉄鋼や電子部品の塊であるからそうした産業への波及的生産誘発効果が大きく、4 輪車関連産業へのマイナスは 3695 億円と推測される。これは自動車関連産業全体の生産額約 57 兆円の 0.65 %に相当するので、その比率を自動車関連産業全体の雇用者数 200 万人に乗ずると、生産額の縮小に比例する雇用喪失分は約 13000 人に相当する。これは自動車産業だけの話であって、同じ波及効果はテレビなど情報家電でも見られると予想できる ⅶ。決して「経済を揺るがすバブル後世代」という表現が大げさでないことがわかるだろう。
世代論の系譜
なんでもかんでも世代で説明するのは確かに行き過ぎかもしれないが、同じ年代に生まれ、同じ時代の空気を吸い、同じような体験を共有することで同じような感性や意識をもつ、ということは確かにあることである ⅷ。実感として、文化や価値体系を同世代として共有しているのである。住んでいる地域などの地縁、親子などの血縁、会社などの社縁( ? )など形のある一定の集団を基礎にはしていないけれど、確かに利害関心・価値観は共有しているバーチャルな(無形の)社会集団であることは確かである。
こうした世代論でいうと、日本の人口はどのような世代から構成されているのだろうか ?
日本の 20 歳~ 69 歳までの人口は、若い方から順番に「少子化世代」「バブル後世代」「団塊ジュニア世代」「新人類」「断層世代」「団塊世代」「焼け跡世代」の7つの世代から構成されている。
これらは、マーケティング部長なら先刻ご存じのデモグラフィック分析そのものなのだが、これが一つの会社の中で同居しつつ、協調し、対立し、交代して、企業組織文化が継承されかつ変化していく、会社組織図の裏に潜むひとつの「低奏通音」的な組織特徴と見れば、人事部長としても、この世代分類に無関心ではいられない。
日本の 7 つの世代のプロファイリング
では日本の 7 つの世代を簡単にプロファイリングするとどうなるだろうか。若い順に紹介しよう ⅸ。上司部下の間柄理解にもこれはきっと役立つはず。
世代区分 | 人口規模 | 価値観の特徴 | 思春期の事件 | 有名人の例 |
少子化世代 1984~93年生 15~24歳 |
1390万人 | 「自分のことを評価してもらいたい」、「自分の天職を見つけたい」という社会的承認要求が強い。 | 9.11同時多発テロ、イラク攻撃 | 上戸彩 宮里藍 福原愛 |
バブル後世代 1979~83年生 25~29歳 |
830万人 | 顕示欲強い。周りへの同調志向強い。「ワンランク上」、「人間関係を広げたい」などと他社への競争意識を強くもっているがそれは潜在的な強い劣等感の裏返しである。 | バブル崩壊 阪神淡路大震災 地下鉄サリン |
松坂大輔 北島康介 宇多田ヒカル |
団塊ジュニア 1971~78生 30~37歳 |
1530万人 | 「自由きまま」な志向が強く、「世の中は一寸先は闇」という見方が強い。 | 昭和天皇崩御 湾岸戦争のTV体験 |
木村拓哉 イチロー 中田英寿 |
新人類 1961~70生 38~47歳 |
1600万人 | 会社の中堅ベテランとしてストレス多く、「ナンバー1よりオンリー1」に共感する。 | バブル期を青年期に経験。就職謳歌。 | とんねるず ダウンタウン 松田聖子 |
断層世代 1951~60生 48~57歳 |
1860万人 | 環境意識、社会正義など秩序意識が強く、屈折した社会観をもつ。 | 第1次石油ショック 浅間山荘事件 |
安倍晋三 林真理子 山口百恵 |
団塊世代 1946~50生 58~62歳 |
880万人 | 「自分らしさにこだわる」「まわりの意見より自分の意見で行動する」など独善的といえるほどのマイペース。 | 水俣病事件 60年安保闘争 東大安田講堂占拠 |
西川きよし 西田敏行 ビートたけし 村上春樹 志村けん |
焼け跡世代 1939~45年生 63~69歳 |
1100万人 | 自分のことよりも「日本文化」「歴史と伝統」「環境や社会秩序」の維持に関心が向かっている。 | サンフランシスコ講和条約 テレビ放送開始 第5福竜丸事件 |
徳光和夫 桂三枝 小泉純一郎 タモリ 吉永小百合 |
そして、この 7 つの世代が価値観の上でどのような位置関係にあるのだろうか。
たとえば、「社会的な地位や名声を得たい」という価値意識と「伝統や歴史あるものに豊かさを感じる」という価値意識の二つについて支持率を世代ごとにプロットしてみた結果、どうなったか。
社会的な地位や名声を得たいと考える強さは、興味深いことに、若い少子化世代とバブル後世代が際立って大きい。それに対して、社会的地位や名声を得たいという価値観は団塊ジュニアを境に新人類、断層世代、団塊世代に向け小さくなって、ついに焼け跡世代では最小となる ⅹ。
他方で、伝統や歴史に対する価値意識は反対の傾向を示す。最大は焼け跡世代で、最小は少子化世代とバブル後世代である。むしろこの 2 つの世代だけは伝統・歴史に対してマイナスの豊かさしか感じていない。
世代と政治意識
リーマンショック後の金融危機に対し、民主党オバマ政権は、「大きな政府」と「規制による、過度な競争の抑制」という政策を取ってきている。これは、1980 年以降の英国や米国で採用された「小さな政府」と「規制緩和による競争促進」政策と立ち位置を対極の立場におくものである。日本ではもちろん 2000 年からの小泉政権における構造改革路線がこれである。日本でも 2009 年におこった「政権交代」により民主党鳩山政権はこの構造改革路線を大きく路線転換し、民主党オバマ政権と同じ政策をとっているようである。
他方、最近の米国での健康保険論議の停滞や「社会主義的政策への批判」(フィナンシャルタイムズ 2009 年 2 月 11 日)のように「大きな政府」と「規制による、過度な競争の抑制」という政策には依然として批判も強い。日本ではどうだろうか。
こうした経済社会の基本原理・政策については世代別にみるとどうかということは非常に興味を引く問題である。「小さな政府 対 大きな政府」と「競争志向 対 協調志向」という対抗軸を縦軸横軸にして世代別に支持層をみてみる。そうすると、極めて特徴的な価値観方向性が見えてくる。
最も「小さな政府」志向が強いのは、最も若い少子化世代であり、逆に「大きな政府」志向が強いのは団塊ジュニア世代である。最も競争志向が強いのは、バブル後世代であり、最も協調志向が強いのは焼け跡世代である。残りの団塊世代、断層世代、新人類世代はそのどちらでもない。この 3 つの世代が日本の「平均的見方」を形成している。そして他の 4 つの世代がそれぞれ違った方向に価値意識を引っ張り合っている構図である。
平均値にある 3 世代を「小さな政府」へと少子化世代が引っ張り、さらにバブル後世代が「小さな政府」と「競争」志向へと引っ張っている綱引き状態である。他方、団塊ジュニア世代が「大きな政府」へ、焼け跡世代が「協調」志向へと引っ張っている。そしてこれら 4 世代が異なる方向にそれぞれ牽引した結果、現在の政治的均衡が形成されている、というわけである。
そうなると、今後古い世代が退出してゆくとすれば、団塊ジュニアの「大きな政府」とバブル後世代+少子化世代連合軍の「小さな政府」が引っ張り合う構図となり、全体として「小さな政府」志向に向かうことが想像される。それが世代論からみた政治状況将来見取り図になるのだが。もちろんそれはあくまで予測にすぎない。
(この稿続く)
ⅰ EHエリクソン 個体文化図式 による。エリクソンは「若い青人期から逆戻りというやり方で児童期にアプローチする」という方法をとっている。彼の理論の特徴の 1 つは、「成長するものはすべて『予定表』をもっていて、すべての部分が一つの『機能的な統一体』を形作る発生過程の中で、この予定表から各部分が発生し、その各部分は、それぞれの成長がとくに優勢になる『時期』を経過する」 という<漸成原理>である。
ⅱ 「フリーミアム」がポイントになる。無料(フリー)と付加価値(プレミアム)の合体である(クリス=アンダーソン)。「フリー(無料)からお金を生み出す新戦略」クリス・アンダーソン著
ⅲ 消費者は、悩みの理解者の提案しか受け付けない。信頼を獲得できる生活テーマを徹底して深堀りすることだろう。
ⅳ 実際の売り場でもネットでもサイトでもブログでも何でもいいのである。
ⅴ 嫌消費世代の研究 204 ページ
ⅵ これはリーマンショックの本質的な原因を言い当てているわけではない、と筆者は考える。ここでは、個人消費こそが欧米の最近 10 年間の経済成長をもたらした原因であり、それがゆえに、個人消費だけに頼る経済が、個人消費の代表であった住宅ローンのサブプライム問題を発端に深刻な景気後退局面に向かったことと無縁ではないことに注目したい。
ⅶ 「嫌消費世代」の研究 松田久一著 東洋経済新報社 30~32 ページ。
ⅷ 「世代」とは、一定の年代生まれの共通の価値意識をもった社会集団である、と定義する。
ⅸ 詳しくは、「嫌消費世代」の研究 111~112 ページ参照。
ⅹ 終戦後フランス映画や舞台の洗礼を受けて脚本家をめざした倉本聡氏【 75 歳=焼け跡世代以前の戦前世代である】。「日本人の心」、「家族愛」、「自然との共存」をテーマに優しい視点で人間を描き続けている。寺本氏は、いう。『物がない時代であるから時間をつぶす意味で、自分の興味のあることに向かうんですね。だから今の人たちは不幸だと思う。世の中に物が溢れすぎて、目移りし過ぎちゃうから、なかなか行動できないんだろうなと。・・・役者がダメなら他に何か、というフリーター感覚がどこかにあって・・・やっぱり物質的な豊かさというのはいけませんよ。「豊かさ」を辞書で引くと、リッチにして幸せなこと、と必ず幸せがくっついているんです。今日本はリッチだけを取り上げているでしょ。良くないと思いますね。』(途中省略)
『効率とスピードに惑わされていますね。最初に北海道に渡ったころは、半分はまだ汽車で、連絡船にのらないといけなかったんです。飛行機でも 3 時間半。今では 1 時間半でしょ。そうすると旅の楽しみというのがうすれますね。どうしてみんな、そんなにスピードを求めるんだろう。便利になったことで失ったものについて、もう少し考える必要があると思いますね。』倉本聡 脚本家 インタビュー アーバンライフメトロ 2010 年 2 月号 「谷は眠っていた」最終章 より。
しかし、日本人の心、家族愛、自然との共存という視点からは全てが否定的に捉えられる現代社会ではあるが、こうした焼け跡世代やそれ以前の世代の声をよそに、今不況にあえぐ日本の重工業としては、最高速をさらにあげた「新幹線システム」を鉄道システム全体として官民挙げて米国などへの輸出に取り組んでいるのも、また現実なのである。