グローバリゼーションと人事の対応(その1)

グローバリゼーションは、日本企業にとっては、ライバルである海外大手企業の関心事ではあっても自社にとっては他所事(よそごと)であった、というのは昔の話。今やグローバリゼーションは、いやでも直面せざるを得ない日本企業自身の課題でもある。しかし、他所事であっただけに、岡目八目、グローバリゼーションに伴う人事上の問題点も見えてくる。今回からは、視野を広く取って、「日本企業のグローバリゼーション」という経営戦略の持つ意味とそれに対する人事上の対応について話をしてみたい。
 

グローバリゼーション?

そもそも、日本企業のグローバリゼーションをどう定義するかは、その文脈によって異なる。が、仮に、それを売上高に対する海外源泉の割合で、たとえば 30 %を超えている企業のことをいうと定義すると、輸出型企業を含め相当多くの企業がグローバル化した日本企業だということになる。もちろん、その比率が 50 %を超えた場合に限ると定義すれば、もっと数は少なくなるが、しかし日本を代表する超巨大企業は実はこの水準を超えている場合も多いのであるⅰ 。

貴社では、海外源泉の売上高割合%はどのくらいだろうか。いわゆる「外資系企業」の場合は、言うまでもないが、国内本拠の「内資系企業」でも、もうグローバリゼーションは足元で始まっているのである。
 

グローバリゼーションと「国際化」の違い

これと似たような言葉で、「国際化」というものもある。国内マーケットだけでなく、海外市場を開拓しインターナショナルな関係を築く、などということもある。国際化という場合は、なんとなくグローバリゼーションというほど尖った意味ではなく、もう少しソフトな物の言い方といえる。国際化とは、海外にも販路を広げるという程度のマーケット拡大というような意味内容を持っている。

国際化という言葉はもう定着しているので、とりたてて議論するまでもないともいえるが、国際化という言葉を使うときは、あくまで国内中心であること(日本が全部という視点)に留意する必要がある。つまり、あくまで海外も新市場として外延開拓するという意味にすぎず、国内の本社や支店の事業戦略が、直接海外の影響下に入るだとか、戦略自体が全世界的に展開する中での日本に過ぎない、などという理解(日本が一部という視点)は、そこには、存在していない。
 

グローバリゼーションの意味

グローバリゼーションという場合は、国際化という場合よりもっとインパクトが強く、経営戦略自体をグローバルに定義して決定し、それをグローバルに推進する中で日本もその一部に位置付けられるという、つまりインテグラル(integrated into global strategy)という全世界的な「統合」的意味内容を含むところに、重点が置かれている。国際化は他国や他地域への拡散的展開や取り込みに過ぎないが、グローバリゼーションは、全世界的なバランスの下に、本社が戦略について決定と実行を行う統合作用を意味するものといえる。

そうすると、本社が戦略について決定と実行を行う統合作用が存在する場合は、日本に本社を置いていても、他所の国たとえばスイスに本社を置いていても、グローバル企業だということができる。グローバリゼーションにおいては、「本社機能」をどこ(どの国・地域)に置くのかは、地政学的な意味やそこに本社を置くことが他の国・地域に置くよりコスト的に有利であり効率が良いこと、人材育成と採用の便宜さにおいて有利であること、あるいは人材のモビリティの大きさなどの要素で、決めることになる。
 

サンスターの場合

とはいえ、本社機能を日本に置くのか、海外に置くのかという決断は、単に経営陣の「グローバル化したい」という気まぐれな欲求や情緒的な判断でなされるのではない。では、いったいどのような判断基準で、本社機能のロケーションをグローバル企業は決定しているのだろうか?

EU は様々に異なる地域性を中に含んでいて、その中でもとくに欧州本社機能を EU のどこに置くかは、実はグローバリゼーションの問題を内に含んでいるといえる。そこで何が起きているかというと、ヤフーは今年 3 月、欧州本社をロンドンからスイスに移し、インターネットオークションの米イーベイは、欧州本社機能だけでなく世界の管理機能統括本部をベルンに移しているという。

こうした動きは、このような米国企業だけでなく、日本企業にも表れ始めている。たとえば、日産自動車では、経営管理、経理部門、営業部門という欧州地域統括機能をスイスに移転している。ところが、サンスターの場合は、もっと徹底しているのだ。それは、欧州本社機能を移すというのではない。日本の大阪府高槻市にあるサンスター本社機能自体をそっくりスイスに移転させようとしているのだ。

サンスターでその決断に突き動かした事情とは、人口減少の日本国内では消費財の代表的な商材であるトイレタリー用品の需要は頭打ちだということにあった。そうなると世界市場を相手にしたグローバル企業への脱皮が必須となったわけである。そして、その準備は着々と進行していて、この戦略変更に伴う組織変更に合わせて、受け皿の持ち株会社をすでにスイスに設立済みで、他方、サンスター株式の日本での上場を廃止している。まだまだ海外売上が小さいサンスターであっても、一気にグローバル化させるという荒療治により、自社の「成長戦略」を一気に加速させる事業計画なのである。ⅱ
 

なぜ、スイスに本社を置いたのか。

ここに掲げたようなグローバル企業が欧州本社を「スイス」に置いた理由には、以下のことが挙げられているので、ここで紹介しよう。ⅲ

1. 「生活の質」
(たとえば、高級レストランなど食文化、アウトドアライフが満喫できる、賃貸住宅の質が高い、英語が通じる、多文化国家で外国人がよそ者扱いされないなど。海外転勤させる場合に生活環境が整っていることは、本社機能を移転するからという理由であれ一片の辞令で他国に人事異動させる場合、米国人経営層にとっては高い生活の質確保ということは必須ということなのだろう。)

2. 「政治的な安定性」
(言い換えると、政府権限がそう強くなく、企業への規制が弱いということ。規制を好まない金融業が発達している所以でもある。)

3. 「低税率・税制上のメリット」
(低税率戦略をとってきたアイルランド・ダブリンを除けば、スイスは意外にも低税率で、たとえばチューリッヒでの法人税実効税率は 22 %である。これは米国の 40 %、ドイツの 29 %、日本の 41 % ⅳ に比べてかなり魅力的とはいえる。日本と異なり、事前に税率などを税務当局と合意しておくことが可能であること、つまり税率はあくまで制度上の「上限」であって交渉の余地があるというのである。また、個人の所得税も、米国やドイツの所得税(社会保障費を含む)は 30 %を超えるが、チューリッヒでは 25 %前後なので、大幅に低いといえる。)

4. 「国際的な人材確保の容易さ」
(多言語を理解する人材の確保、つまり一人で英語とフランス語を理解できる人材を確保することをドイツで実施するのは困難であるが、スイスなら容易であること)

5. 「産学協同」
(大学が企業の研究開発に積極的に関与する土壌があること)

6. 「自由度が高い雇用制度」
 

「自由度が高い雇用制度」とは?

このうち、最後の「自由度の高い雇用制度」つまり雇用制度の柔軟性というのは、人事の角度からはとくに注目しておく必要がある。これは、ありていにいえば、解雇のしやすさを意味している。もちろん無闇に労働契約を無理由解除できる、ということをいっているのではない。スイスでは、病気を理由に解雇できないなどの労働者保護ルールは存在している。他方で、退職手当を支給するなど金銭解決できるという実際上の運用がある。つまり、会社の事業方針の変更や要求する研究開発スキル水準の高低により、容易に解雇することで、戦略にアラインメント(整合性)を組める人材をより容易に新規に採用できる環境を提供できるという意味をもっているのである。これは、人材と戦略との統合や一気通貫性を容易に組めることが、機動的で効率的な経営をすることのできる大前提だと考えられているからに他ならない。ⅴ

グローバル企業の場合は、全世界的な戦略の実行が必要なので、こうした機動経営が可能となる法的環境の整っている地域のほうが、そうでない地域より本社を置くのに相応しいロケーションだということになる。
 

「柔軟な制度」と「硬い制度」

そうなると、このようなグローバル企業では、確かにそのロケーションにこのような「柔軟な」雇用慣行があるがゆえに本社機能を置いたにしても、他方で、支店や現地法人のあるその他地域 (the rest of the world) では、それと異なる「硬い」雇用慣行があるのだから、その間で、人事制度上の不連続ないし不均衡あるいは何か不都合な問題を生じさせないかどうかは、それはそれでかなり大きな論点となる。ⅵ

前回までのコラム(「人件費の変動費化について」シリーズ)に見たように、日本では、少なくともリーガルの面では「硬い」労働法制が存在しているのだから、いきなり、柔軟な労働法制下にある外国所在本社からのエキスパット (expatriate 海外赴任のエグゼクティブ) が何の予備知識なしにそれを理解するのは確かに困難なことが多い。これは日本拠点をもつ海外のグローバル企業のエグゼクティブが日本に赴任してすぐによく直面する課題である。
 

労務コンプライアンスの重要性

しかし、こうしたローカル性を帯びた「労務コンプライアンス」も、グローバル企業にとっては、実は大変重要なプラクティスなのである。なぜかというと、対処を間違えるとそのこと自体が本社の倫理基準や行動基準に合致しないことにもなりかねないからである。それだけでなく、「隠れ債務」などファイナンス上の問題を抱え込むリスクがあることは前述したところ(「人件費の変動費化について」シリーズ)である。日本など the rest of the world の出来事も、財務的に連結対象であれば自動的に内部統制の枠がかけられる。 そのため、企業のグローバリゼーションにとって、ローカルの制度への理解と適切な対応(適法性の確保)は、実は表裏一体の関係にあるといえる。これは「異文化理解」という問題だといわれることもあるが、実は「異文化理解」以前の、ビジネスとしての基本動作の問題なのであって、スイスでも US でも日本でも全く同じである。

(この稿続く)
 

ⅰ 海外売上高比率上位は、三井海洋開発【100 %】、竹内製作所【97 %】など中堅企業からホンダ【85 %】、日産自動車【79 %】、キャノン【79 %】という数字になっている。(会社四季報 2008 年 2 集 春号 東洋経済新報社による)
ⅱ 日経ビジネス 2008 年 11 月 17 日号 欧州の拠点立地「スイス本社」の競争力(国際企業が続々と移転するワケ)による。
ⅲ 日経ビジネス 2008 年 11 月 17 日号 同上記事による。
ⅳ 「法人所得課税の実効税率の国際比較」財務省 2009 年 1 月発表
ⅴ この点についての詳細な検討は、筆者のコラム「人件費の変動費化について」シリーズを参照いただきたい。
ⅵ この点は、次回以降に詳細を述べる。

 

笈川 義基プロフィール
東京大学法学部卒業。英国系総合商社、英国系損害保険会社、ドイツ系損害保険会社において、営業、業務、IT、再保険、商品開発、コンプライアンス・オフィサー、経営企画、M&A、人事担当役員などの基幹業務を現場長として経験した。4年間の取締役としての活動後、人事コンサルタント(戦略HRM)・リスクマネジメント(RM)を行うユニバーサル・ブレインズ株式会社を立ち上げる。