ところで、前回まで述べてきた、チームにとってのリーダーやリーダーシップとは全く別の、ガバナンス上の「組織」というものがある。そこには、「パッション(情熱)を持つ人がリーダー。」という次元とは全く別のコンプライアンスやガバナンス上の責任者が当然職場には存在しているのである。そしてそれだけが「見える組織」なのだ。
見える組織
そこで、もう一度、マクロの戦略人事に話を戻そう。戦略人事を「人事は戦略実現のためにある」と定義したとき、組織(図や編成・編制)は、戦略実行という目的のために設計されたものだから、機能的にラインつまり上位から下位にむかって権限を任せていく(上位者は方向付けをして監督する)という役割分担の範囲を定義している。これが組織の基本というか一種の「掟」である。指揮命令系統がないと多数の人と統合してひとつの戦略目的を達成することができないからである。別の権限をもつところにはその者は手出しできないし、下位者は上位者の指示の範囲で仕事をすればよい、という職場ルールが適用されるわけである。目標設定もパフォーマンス評価もその定義された範囲で行われる(はずな)ので、職場ルールは守られる。一糸乱れずに目的に向かって進む前提である。よく外資系企業で「レポーティング・ライン」と呼ばれるのはこのことを示している。
ガバナンスと組織編制
そして、この体制そのものが、実は会社法上のガバナンス(企業の内部統制)の基本でもある。だから、たとえば企業の年次報告書(annual book)には必ずこの組織編制図が描かれているし、ディスクロージャーとして開示もされる。コンプライアンス上、非常に重要な項目のひとつである。内部統制でよく問題とされる組織間のセグリゲーション(segregation=権限の分離)による公正さ確保も、組織図、これが前提となる話だ。組織図に描かれていない人が決定に関与することはあってはならないし、あくまで組織図に描かれた人がその権限についての責任者である。組織図にはポストが描いてあるが個人名は書いてない、つまり、リーダーは個人だが、組織図のポストは椅子(権限)であって人ではない。
さて、質問です。あなたの会社の組織図を確かめたことがありますか?あなたの所属するプロジェクトがその組織図のどこに位置するか、書いてありますか?
迷宮の組織図
カーリー・フィオリーナの『私はこうして受付からCEOになった』という本によると、彼女はMBA修業から帰ると、懇請された古巣のATTのポストでなく、ネットワークシステムズという関連会社のディレクターのポストを自分で選んだという。その含意としては、ATT長距離電話というサービス事業よりもATT唯一の製造部門・異端児であるネットワークシステムズを選ぶことで当時国際化を立ち上げ始めた組織の中に彼女ならできるということがたくさんあるように思えたからだった。しかし、そこで思ってもみないポスト争いにまきこまれるのだが、その際彼女が見たものといえば……少し長いが引用する 。[i] 『最初の一ヶ月は新入社員に返ったような気分だった。会議では耳をそばだて、せっせと質問し、膨大な書類を持ち帰っては毎晩読む。その結果わかったことは、これまでの重要な決定は、組織図と全然違うやり方で下されてきたのだということだった。ある会議に誰が呼ばれ、誰が呼ばれないかが全然わからない。ある書類の配布先にある人が含まれ、別の書類には含まれていない。私の質問に組織図上の責任者ではない人が答えて、権限のあるはずの人が蚊帳の外に置かれている、という具合だった。多くの決定に組織図に存在しない人が関与している。そういう人が誰かしらを通じて影響力を行使している。正式に決定したことがどこかで覆されることも珍しくないようだった。要するにこれが大きな組織の実態だったのである。大勢の人が長い間一緒に働いて深く関わりあい、持ちつ持たれつの関係を築いていけば、自然とそうなる。組織図などよりも人脈のほうがモノを言う。外から来たものにとっては迷宮のような世界だった。立ち止まれ、左右をよく見て!よく聞いて!は、どうやらこれは道路を渡るときだけでなく、ビジネスにも有効な標語らしい。』
ガバナンスの限界
当時のこの巨大会社での組織原理はあきらかに説明不可能な状態で、ガバナンス(企業統治)からすると大問題というところだ。しかしそれは長期間にわたりそう大きなぶれもない目標に右肩上がりだけの結果を求めた結果、ゆっくりと環境変化を受容する生理的反応だったとすると、不便はあっても理解はできる。逆に、事業が右肩「下がり」の危機に陥ったり、不連続のイノベーションの断崖にたつときは、この組織もあっというまに隅々までガバナンスの効いた強い組織に変身することだろう。
そもそも組織は目的のために設計されたものであって、その組織のもつワークプロセスを反映している。だから、プロセスをコントロールするという目的のためには組織図(組織の権限、業務範囲)策定は、ガバナンス(企業統治)のために決定的に重要であることはいうまでもない。
問題は、このように組織図を描いたとしてもそれに現れない「影響力」(influence)が発現することがあるという事実である。引退したカリスマ実力者元会長が相談役となれば [ii] 、新経営陣に影響なしというほうが嘘になる。松下幸之助氏の「ボケたらあかん、長生きしなはれ」語録ではこれをユーモアたっぷりに戒めている。 「報・連・相」 [iii] のうち、「相談」は、どうしてもこういう非正規ルートで「影響力」をもつ者に対してなされることが多いからだ。これは多かれ少なかれカーリー・フィオリーナのいた迷宮組織図の「ネットワークシステムズ」だけでなくどの組織にもあることだ。この事実上の影響力(の行使)はガバナンスの「破壊要素」だといえる。
インフォーマル組織の功罪
ところで、組織図の組織をあくまで前提にしつつも、インフォーマルな組織が会社のサブカルチャーとして存在することは、どこの会社でもあることだ。ヒエラルキーの同じ個人、上下の間、違う部署の間で見えない連絡網が成り立っていて、今会社で何が起こっているのか一番最初に知ることができる情報ルートがあるのが普通だ。これをインフォーマル組織という。帰り道の方角が同じとか同窓とか弁当仲間やタバコ仲間である。英語でgrapevineというが、要するに口コミのことである。興味深いことに、こういう口コミ情報と上司からの案内・指示とどちらを信用するかという調査があるが、47%の人は口コミの方を信頼し、42%の人しか上司からの指示を信用せず、11%の人は両方のブレンドをする、という調査結果がある。 [iv] もちろん正確性において口コミ情報は内容的に100%真実ではないかもしれないが、そもそもインフォーマルなものだからほどほどのものだし、会社で何かしらが起きていることのインジケーターにはなる。
このインフォーマル組織を表沙汰にする方法もある。その方法とは、その口コミの元締めつまりインフォーマル組織のリーダーをデシジョンメーキング(意思決定)に加えてしまうという手である。そうすることで正確なgrapevineが提供されることになる、というのだが。(The future of business The essentialsによる。)おそらくこのような口コミはガバナンスの「破壊要素」とまではいえないだろう。むしろ、組織図上オフィシャルな世界ではそれほど評価されない人がこちらの世界では「アイツがんばってるよな!」と高く認められ賞賛されることもあり、その場合はモチベーションになることだってあるのだ。
マトリクス系の組織
もっとも、最近の組織図ではとくに営業部門についてはマトリクス型がかなり普通になってきたことも問題を複雑にしている。これは正式に承認され機能している「見える組織」なのだが、複雑なので普通の組織図には書きにくい組織だ。たとえば、代理店営業部、直販営業部、フランチャイズ営業部があったとする。それぞれ部長がいて、経費・挙績予算をもっている。ところが、これに地域割が結合してくると、たとえば、代理店営業部長は、九州地区のフランチャイズ営業も担当する、という仕掛けである。つまり、それぞれのチャネル別営業(予算)のほかに、一方でチャネルと関係なく地域別の予算達成目標があり、それはあるチャネルの部長が他の地域での違うチャネルの部長としての権限をもつというマトリクス系組織であり、平面的な組織図ではうまく表現できない。これは、グローバル企業ではよく見かけるものだが、最近は日本企業でも見られるようになってきた。この場合、たとえば九州地区のフランチャイズ営業については、フランチャイズチャネル部長とともに九州地区担当部長(兼代理店部長)が、ともに挙績責任を負うという複線構造になる。その場合挙績が上がった(下がった)場合に、地域戦略が原因かチャネル戦略が原因かいったいどちらなのかという原因分析が必要となってくる。そのため、これを分析できるだけのITツール操作とデータベース構築がパフォーマンス・マネジメントにとって(コーチング技術などヒューマンマネジメント以前に)必須の道具だてとなる。
マトリクス系組織の良いところは、リソース配分が効率的にできること、つまり大組織特有の不要な人員をカットして必要な要員だけで成果を出せることとか、変化対応がすぐできること(ダメと決まればその一部の撤退の決定もしやすいという点)だ。その意味でマトリクス系組織は、少数精鋭で多機能化した営業組織にとって不可避の方向だろう。また、複眼的な(four-eye’sつまり4つの目すなわち2人)責任体制は、ガバナンス上のメリット(リスクの相互監視)もある。
“The Matrix Revolutions”
他方、このようなマトリクス系組織にとっては、リーダーシップは、おそらく、管理の色彩の強いリーダーシップではなく、部下を信頼して、仕事と管理をまかせてしまうリーダーシップが、一番効果があるだろう。(それもリーダーシップのひとつのスタイルである。カーリー・フィオリーナが「老子」が座右の銘だというのには驚く。曰く、最も理想的な指導者は部下から存在することさえ意識されない、と。 )[v]
それは、なぜか?マトリクスを多用すると、複線構造の管理者と複数のヒエラルキーがパワー・ストラグル(権力抗争)を生み、チームメンバーに混乱を与えるからである。現にヒューレット・パッカードでこのマトリクス系組織を好んだカーリー・フィオリーナCEOが退任した後、新CEOマーク・ハードの最初の1年はこのマトリクス系組織の解体に費やされた。その理由は、それぞれの長が自分のパフォーマンスを上げるためそれぞれコントロールを強化する結果となり、お互いに責任のなすりあいやあやふやさを強めてしまっていたからだった。
プロジェクト組織
組織図に描きにくい組織は、マトリクス系だけではない。「クロス・ファンクショナル」とか「プロジェクト組織」という場合は、こうした組織図の権限を超えて(横断的に)結果を出すことが求められる新しい組織である。普通の場合それはやはり組織図には描かれていない。そこでは、① だれとだれがプロジェクトメンバーにアサインされるかという意味が重要で、しかも成果に直結するスキルセットの持主かどうかが最重要で、組織図で示されるような椅子の性格ではなく、選ばれる人の属人的要素が重視されていること、② プロジェクトが終わればメンバーは解散すること、つまり目標達成時までの一時的なつながりであること、③ プロジェクトには「リーダー」がいることがある(目標達成といっても、その目標は今までだれも成し遂げられたことのないかなり高次元のものにチャレンジするので、単なる目標達成が仕事の「マネージャー」では「プロジェクトマネージャー」が務まらない)、などの特徴を有するのが、ここでいう「プロジェクト組織」だ。 [vi]
「プロジェクト・マネージャー」の仕事の評価
組織図にはないプロジェクトは、組織(図)と違い、性質上その結成目的が誰にも明確なので、その目標達成と評価は、本来、成果主義での評価になじみやすいはずだ。しかし、プロジェクトの成果をもし給与の形で報いるとすると、一般成果主義の枠組みの中では、かなり無理がでてくる、という実務上の問題がある。普通の仕事の他にそのプロジェクトに関わっている場合はとくにそうである。なぜなら、一般的な成果主義報酬体系は仕事つまり組織図上の権限を前提にしていて、それの目標と達成度を見るから、「のりしろ」がないと、その他プロジェクト貢献度が反映しにくいからである。そして、多くの場合、「プロジェクト・マネージャー」は、その名のとおり与えられた仕事の成果を出せばいいだけのマネージャーの機能をみたせば十分だ。 しかし、チャレンジングな目標のあるときは、マネージャータイプでなく、スキルと人望のあるリーダータイプが就任することがあるので、その場合はリーダーシップがあるからといって報酬にはすぐ結びつかないことが多い。
リーダーシップの報酬
かなり重いトルクのかかる新しい価値の創造だとか不連続を乗り越えるイノベーションだとかそういう「一筋縄ではいかないプロジェクト」のリーダーになる人が誰かを見抜いて、その人を「選抜」して「プロジェクトマネージャー」に抜擢すること、それが人事の役目だとしても、その報酬体系をどう設定し納得してもらうかは、なかなかいい答えがみつからない厄介な問題である。全社的にプロジェクトだけを見て成果配分する考え方もありうるが、そうなると、今度は一般事務部門やバックオフィスの評価がしづらくなってしまう。また、ひとつのプロジェクトだけでなく複数のプロジェクトに参加する場合とか、2期に跨った場合、ある期間はまったくプロジェクトに参加しなかった場合などの処遇も難しい課題だ。場合によっては、会社からは認識されない(予算のつかない)「影のプロジェクト」というのもありうる。したがって究極的に個別プロジェクトに細分化して評価し報酬を決めるのはかなり無理がある。
「パッション(情熱)を持つ人がリーダー。」だが、問題は、組織としてそれをどう評価して、報酬に結びつけるかという基本的な人事制度上の課題である。 むしろ非金銭的な報酬(reward)が本人にとって「最も効く」モチベーションドライバーであることがある。むしろ「リーダーシップの報酬」は、金銭ではなく、より大きな権威やランクが上の権限をもたせるようにするという形がのぞましい 。[vii] 評価が難しいからといって全くなにも評価が(公式的には)ない、という事態は、リーダーがリーダーとしてより高く評価してもらえる組織風土の場所に転職する可能性もでてくるから、リテンション対策上も避けるべきだと思われる 。
[viii]
[i] Tough Choices-A memory「私はこうして受付からCEOになった」カーリーフィオリーナ村井章子訳による。
[ii] 「年をとったら出しゃばらず 憎まれ口に泣き言に 人の陰口愚痴いわず 他人のことは褒めなはれ 聞かれりゃ教えてあげてでも 知ってることでも知らんふり いつでもあほでいるこっちゃ」と言ったのは、松下幸之助氏である(「ボケたらあかん 長生きしなはれ」)による。これには続きがあり、「昔のことはみな忘れ 自慢ばなしはしなはんな わしらの時代はもう過ぎた なんぼ頑張り力んでも 体がいうことききまへん あんたはえらいわしゃあかん そんな気持ちでおりなはれ」と続き、その他にも「勝ったらあかん負けなはれ・・・」「お金の欲を捨てなはれ・・・・」がある。少し長いが、全文を読むと、言うはやすし行い難し・・・さすがの戒めで感慨深い。加賀自生山の住職の言葉だという。「思行持」!
[iii] 報告・連絡・相談の頭文字をとったもの。縦系統で動く会社組織における基本的行動のこと。新入社員研修での定番の言葉。最近は、逆報連相(上司が部下に)もあるそうである。しかし、顧客からクレームを受けたときに自分ではどうしていいかわからないときに上司「など」に報告して善処を早めに行うことが薦められているが、「相談相手」が誰なのかを間違えてはまずい(上司が変わったとき、先輩など相手を間違えると無責任な結果になりかねない。)
[iv] New study shows
that workers believe the office grapevine more than they do management’ M2
Presswire, September 14,2005.
[v] 例のカーリー・フィオリーナ氏の座右の銘だそうである。
[vi] いわゆるPMでは、計画策定と統制スキル(予算策定を含む)、戦略設定スキル(資源集中のさせ方)、意思決定スキル、強いチームの作り方、エンパワーメントとコミュニケーション、フィードバックとコーチング、パフォーマンスマネジメント、動機の失われたメンバーへの動機付けなどが課題となっているようである。しかし、そこでは、プロジェクトの効率的な進め方に焦点があり、全社的な経営戦略として当該プロジェクトの成果配分の方法論や手法についてはとくに議論の対象とはされていないようである。
[vii] グローバル企業の場合は、より大きなテリトリーの責任者に抜擢されるとか地域全体を統括するとかというより広く強力な立場と権限を用意することが多いので、このようにいえると思う。しかし一般的にリーダー自身の報酬については、あまり議論がされていないようである。いわゆる「コミュニケーション報酬」として議論されていることは「自分は期待されている」「この組織に必要とされている」という実感をフォロワーにもたせるリーダーのコミュニケーションスタイルであり、金銭報酬や地位報酬のように限りあるものではなく,リーダーにその能力があれば,無尽蔵にフォロワーに提供することが可能な報酬とされる(モチベーション・リーダーシップ=小笹芳央氏)が、そのリーダー自身がみずから受けることを期待する報酬をどう組織は定義して付与するのだろう。同氏は、リーダーは「小集団の株式会社」経営者意識を前提にするとされるが、まさか無報酬だということではないだろうから、やはりリーダーとしての報酬は何かしらの成果(しかし「マネージャー」に期待するような成果ではないもっとリスペクト=尊敬されるような)に連動するような性質ではなかろうか。
[viii] そうはいっても、経営者がカリスマ性のある場合は、上から「気に入らなければ辞めろ!」といっても有能なリーダーが辞めないケースも多いだろう。それほどカリスマ性のない一般的な会社の場合は、スタープレーヤーであるリーダー対策は非常に重要だ。参考図書「イヤならやめろ!」(堀場雅夫著)。社是の「おもしろおかしく」が本当に堀場製作所のミクロの職場に浸透しているとするなら、組織風土はすばらしくイノベーティブであり、厳しいが、すがすがしい職場なのだろう。会議は短く、個人を大切に。社員は使い捨てではない。自分でいやならさっさと自分に合うのを探しなさい!等ストレートな表現でひとりひとりが会社とどう向き合うか、会社は何をすべきかを感じることのできる本。