英語を社内公用語とすることのメリット
それなのに、なぜ楽天では社内公用語を英語にするというのだろうか?いったいその積極的なメリットはどこにあるのだろうか。日本企業が日本にある本社で英語を社内公用語にする目的や狙い・効果はどこにあるのだろうか。そのロジックを検討してみよう。
(1) まず、英語を社内公用語とするのは、日本企業だからこそといえる。英語を話さなければならないインセンティブは日本企業が日本市場内で生きる限り事実上不要であるから、放置すれば本社では日本語しか話さなくなる。別にそれはかまわない。しかし、いかに日本企業がガラパゴス化しないで、海外市場に打って出るか、それを目的にしたときには、英語社内公用語化することで、英語で流通しているあらゆるニュースを読み、考える中で、日本人であってもグローバルな視座からモノを見ていくことができ、結果としてガラパゴス化を避けることができる、という理由が考えられる。
(2) 日本語が社内公用語のままでは海外からの一流人材が集まらないといえる。もし楽天の本社で日本語だけが話されていて「本社で何が話されているのかわからない」という不信感が芽生えたら、外国人は楽天では本社にいってもえらくなれないかもしれないと思って優秀な人材を採用することができないだろう。もしアマゾンなら米本社にいって偉くなれるかもしれない、と思えば、なおさらである。楽天はアマゾンと対抗したいので、人材を集めるために英語の社内公用語化は必須だろう。同じ土俵で勝負するために。ⅰ
(3) 日本より人材コストの安い新興国市場が拡大しているから、コストの高い日本人駐在員
を抱えるよりも現地の優秀な人材を確保するほうが、より経済合理性がある。海外進出、ではなく、海外プレゼンスを高めるのだ。その意味で英語公用語は必須と言える。同時に、第3段階にあるMNC(多国籍企業化した日本企業)では、凝集力を高め、新興外国市場における「ホームベース」たる海外支店・現地法人のガバナンスを確立する必要がある。それは日本語では不可能なのである。現地化を進め、市場に合った商品を投入し、ローカライズさせると同時に、手綱をゆるめずに上手にガバナンスするために、「英語のできない執行役員はクビ」論は正しい方針というわけである。 ⅱ
(4) 会議が英語だと効率が悪くなるという側面もあるが、日本人が日本語で会議にはいったとたん間延びして無駄話が多くなる傾向があるのも事実である。その結果、論点があいまいになったり、誤魔化されたり、真の問題の洗い出しを怠る結果になることもある。英語で話すときは、じっくりまず自分の考えをまとめることから始まる。「説明」が必要なのだ。細かくロジックを組み立てていくことが、日本の会社社会の「重い組織」構造を揺るがし、時間浪費を終わられることができる。和の精神が最優先されて自己目的化してしまって、真の問題点のあぶり出しをせずに終わるような「問題積み残しの弊」を避けることができる、というものである。
「ガラパゴス化阻止」は、英語社内公用語化で達成できるのか?
まず、(1)ガラパゴス化阻止の効果について、考えてみよう。
この点は、社内英語公用語化せずとも日本企業のガラパゴス化をしないですますこともできる。だからガラパゴス化防止に役立つという議論には飛躍がある。たとえば、一部の韓国企業や台湾企業のように、社員の中に高い英語受信能力と発信能力をもつ米国MBA出身者を採用することでもそれを可能にすることもできる。しかし、日本の家電産業にも米国MBA留学経験者はいたのだ。彼らは英語能力もありマーケティング理論も知っている。それでも日本の携帯電話産業は世界基準に乗り遅れて日本でだけ通用する独自の発達を遂げガラパゴス化した。米国MBA出身者は、何をしてきたのだろうか?それとも日本人の英語マネジメント能力の高いはずのMBAホルダーの意見が通らない「何か」の障害が原因になったのだろうか。
英語社内公用語化=ガラパゴス化阻止論には、(1)英語的思考方法をとればガラパゴス化しない(2) 1 部ではなく会社全体つまり社員全員が英語的思考方法をとることが必要だ、という 2 つの条件が満たされることが必要だろう。英語で発信されるニュースをよみこなす程度ではガラパゴス化を避けることはできない。しかし、よりガラパゴス化から遠ざかることはできるかもしれない。
実際も、大林組の白石達社長は、ゼネコンもガラパゴス化していたという。ⅲ つまり大手ゼネコンが中東などの海外工事で相次ぎ損失を発生させた背景をこう分析して見せる。鉄道土木などの分野で日本独自技術は進化していたが、「(工事契約の慣習など)自分たちのやりかたが世界で通用すると思い込んでいた」ところに落とし穴があったというのだ。このことは、重要な示唆を含んでいる。英語という言語能力の不足がガラパゴス化の原因ではないということを示しているからである。英語能力が高くても、「自分たちのやりかたが世界で通用すると思い込んでいれば、それがゆえにガラパゴス化の問題を起こすのである。
英語社内公用語化した日本企業は海外一流人材を引き付けられるか?
(2)海外一流人材の採用のために英語社内公用語化は必須という点はどうだろうか。
この点は、実際に英語社内公用語化を実行したSMK社の実例が参考になる。SMKは 2001 年度から社内公用語として、日本語と共に、英語を使用することを決定した。同社は経営戦略として「TN経営」を推進している(TN は Transnational(トランスナショナル)で、グローバルで「超国籍」の意味)。TN経営とは、世界市場に競争力のある製品を提供できる企業を目指す戦略であり、英語の社内公用語化はこの戦略の一環であるという。
同社は以前から広く海外に事業進出していて、アジア、ヨーロッパ、アメリカなど 15 ヶ国 24 ヶ所の生産、販売、開発の拠点を設けている。事業所を海外に展開した結果、2000 年 3 月末時点での同社グループ全従業員数は 7,926 名で、その内訳は日本が 1,626 名で 20.5 %であるのに対し、アジア 5,047 名で 63.7 %、アメリカ 844 名で 10.6 %、ヨーロッパ 409 名で5.2%という構成となっている。日本人は全従業員数の2割に過ぎず、日本語以外の言語を母国語としている従業員が 8 割に上っている。同社グループでは現地法人のスタッフに多数の現地人を登用しており、彼らは、国際共通語である英語を日常使っているか、または使わないまでも英語はある程度出来る者が多い。
同社が本社機能を発揮して世界に点在するグループ企業に向け、迅速でスムーズな情報の受発信をする為にも英語が必要とされる。例えば、社内文書の作成に於いても海外事業所・現地法人の従業員とのコミュニケーションを取る為に、英語を使用する必要性がある。
また取引先を見ても、日本の大手メーカーは勿論、世界有数の大手通信メーカーのようなグローバル企業が多い。同社は事業拡大と共に国際企業として成長してきた為、現在では約 5 割の取引先が海外企業である。このように事業基盤が全世界に拡大しているため、社内の公用語を日本語に限定せず、国際共通語の英語が強く望まれているのである。
このことは、2006 年に英ガラス大手「ピルキントン」を買収したことで話題になった日本板硝子も、同じ状況といえるだろう。日本板硝子でも、社内公用語は英語のようである(日本人同士でも英語が必要とまで社内ガイドラインが整備されているかどうかは定かではない)。同社は世界 29 か国に拠点を持ち、従業員の 8 割が外国人だ。同社はピルキントンから外国人CEOを迎えたが、09 年 9 年に「家族との時間を大事にしたい」として突然帰国。日本人が後を継いだが、10 年 6 月からは「日本に住む」を条件に、再び外国人が登板する。
こうした例をみると、英語の社内公用語化は、実はおそらく、アメリカ人でも、台湾人でも、タイ人でも、中国人でも、社長の後継者になれる、ということを海外の買収先企業の社員に浸透させたいからではないかとも思える。楽天三木谷社長も中国やアメリカ企業の買収を行うことからしても、この点(経営者人材の国際化)を見据えている可能性は高い。
海外ガバナンス強化のために英語社内公用語化は役立つか?
(3) 海外プレゼンスを高めるときの現地の内部統制やガバナンスを確保するために英語社内公用語化は必須だという論点については、どうだろうか。
これもそのほうがガバナンスのレベル感は高まるとはいえるだろうが、英語社内公用語化して日本人社員が日本人同士まで英語を公用語化させる理由にはならないだろう。たとえば、IRの必要のためにアニュアルレポートを英文で公表する日本の会社は数多い。英文資料を作ることは社内文書の全面英語化を意味しない。また海外現地法人の内部統制をチェックするためには、現地にオペレーションを任せたうえで、日本人で英語のできる内部監査専門家を巡回させればいいだけだともいえる。
日本人同士でも英語を使うことで、コミュニケーション力を高めることができる?
(5) 日本語での間延びしたミーティングや論点のはっきりしない論議をさけることができる、という論点はどうだろうか。
実は、これが英語社内公用語化の最大の潜在的メリットだろう(これは仮説であって検証を要することがらではある)。英語ではハイコンテクスト(文脈を読む)とはいかないので、「説明」を常にしつづけなくてはならない。感情でさえ、今自分は怒っているぞ、とか、業績上げてくれてうれしいなどという気持ちまで言葉できちんと表現する必要があればこれはこれで日本の職場をわかりやすくし、人間関係を元気にするインパクトはあるだろう。何を言っているのかわからない上司だとか、何を考えているのかわからない部下というようなネガティブな職場の人間の関係性は改善されるだろう。実際、仕事をどう進めるかを指示するのは、directive な話し方が本来要求される場面である。ところが、指示を出すということは命令形をうまく使いこなすことでもある。自分の責任でこれを実行してもらいたい、という毅然とした ownership を示すことが重要なのだが、日本語だと too much になってしまってうまく指示のできない上司がいるのでは困るとはいえる。この点、英語のほうが断然有利である。もちろん directive 一本槍では反発を招く。だからもしこのコミュニケーション・スタイルが機能しないなら、即座にコミュニケーション・スタイルを変えることを必要がある。このように、何よりも会議をするときのコミュニケーション・スタイルを、small talk , control talk , search talk , straight talk と使い分けていく技量を意識的に身につけていくこともできる。
以上をまとめると、英語車内公用語化を日本企業で押し進めるメリットは、(2)海外人材の取り込み役立つことにあり、さらに進んで日本人同士の公用語も英語にする効用は、(5)コミュニケーション能力の飛躍的アップ(説明のロジックの組み込みと効率のよい意思疎通)にあるといえるだろう。
(この稿、さらに、続く)
ⅰ このことは、同時に日本人人材でも英語能力をもてば容易に社外流出するということでもある。別に楽天にいる必要はなくなり、アマゾンに就職することが有利と考えそれを実行する日本人が出てくることは当然予想できる。その結果、英語によって海外で働くことの選択肢が増える以上、比較劣位の条件の国内企業が淘汰されることはおおいにありうることになる。このようにして日本人も英語能力をもつことで、人材として国際間移動の可能性が高まる、つまり人材流動性が高まるということを意味する。これは、海外企業が日本市場に参加するときに非常に有利になる。つまり味方になり自社のローカル情報能力を飛躍的に高めてくれる日本人が増えることにもなり、企業としても人材の戦力を増強できる。その結果、日本在来企業が淘汰されていくこともありうる。人材も競争戦略に組み込まれていくのだ。
ⅱ このことは、経営者自身も英語能力をもつことが前提となるので、たとえば楽天での三木谷社長の次の経営者も英語能力を持つことが必要である。「英語のできない執行役員はクビ」なら、もちろん「英語のできない社長は選任されない」ということでもある。すなわち、英語の社内公用語化は最終的に株主が決定権をもつことになるのだ。ところが、外人株主であっても当該日本企業からリターンがあれば問題ないので、日本語しかできない日本人社長でも会社の製品をガラパゴス化させずに利益を出せるなら、外人株主が英語の社内公用語化で社長に英語能力がないとして解任したりあるいは英語能力なき人を選任しないなどの実力行使に出ることはないだろう。
ⅲ 日経新聞2010年6月18日「人こと」。