ランキング、というものがあると、どうしても気になってしまう。朝のニュース番組の占いから、人気企業ランキング、学生の満足度ランキング、子供の学力ランキング、世界の英語力ランキング、人気ブログランキング等々、世の中にはランキングがあふれている。電気屋さんやパン屋さんでも「当店人気No.1」といったポップが貼ってあると、ついつい手を伸ばしてしまう。
どうしても「順位」が気になるランキングだが、マーサーでも年に2回、「世界生計費調査」に基づいた「世界生計費調査-都市ランキング」と、「世界生活環境調査」に基づいた「世界生活環境調査-都市ランキング」を発表している。海外駐在員の報酬を決定する情報提供サービスの一環として、世界各都市の外国人駐在員の生活を想定した「生計費調査」、そして、環境の違いに対する手当を設定するための「生活環境調査」を実施しており、それぞれニューヨークを100とした場合の都市別ランキングを作成している。先月、最新の生計費調査結果に基づいた都市ランキングを発表したが、東京が1位になり注目を集めている。
生計費調査は、年2回、3月と9月に世界約300都市において、およそ300品目を対象に実施している。それぞれの都市で「外国人駐在員」として生活する方々が利用する商品やサービスを、低価格、中価格、高価格の3つの価格帯で調査し、その中の約180品目を使って派遣元都市を100とした派遣先都市の生計費指数を算出、提供している。残りの120品目は、住居費や教育費(インターナショナルスクールや日本人学校の授業料、入学金)や、出張旅費(宿泊費、交通費、外食費等)となっている。この「生計費指数」を使って企業や国際機関が海外に派遣する駐在員の給与を設定することになる。
現在、海外駐在員の給与を設定する方法として「購買力補償方式」が主流になっている。これは、派遣元での購買力を派遣先でも補償する、という考え方で、本国給与をベースに、日々の生活費として使っている部分に、派遣元と派遣先の生計費の差を反映させ、派遣先での支給額を決定する、という考え方である。派遣先によって税率や社会保障制度が異なるので、派遣先での税金、社会保険料は、企業が負担することになる。また、貯蓄やローンの支払に相当する部分は、海外駐在中も日本で継続するものなので、派遣先に関わりなく日本で勤務していた時と同様、日本で日本円で支給することになる。それ以外に、派遣先での住居費や教育費は現地でかかる水準をベースに支給する。また、インセンティブや環境が厳しい地域で勤務する場合はハードシップ手当、といった手当が加算される。
この、海外駐在員の給与を決定するための指数をベースに、プレスリリースでは、調査対象都市の中から214都市を選択し、通常の指数算出対象品目に住居費等を加えた200品目で、ニューヨークを100とした指数を算出し、ランキングを作成している。例年順位が話題となるが、世界中の様々な通貨で設定された商品やサービスの価格を比較するので、必ずどこかの通貨に統一して比較することになる。この時、マーサーでは世界的基軸通貨である米ドルを基準としており、その時に採用した為替レートによって毎年指数が大きく変動する。ご承知の通り、ここ数年円高が続いており、米ドルに換算して比較した生計費は、日本が高く算出されることになり、日本の都市が上位を占めることになる。過去10年のランキング上位10都市を比較してみると、2008年のリーマンショック前と後で、都市の顔ぶれに変化が見られる。
※対象都市は、2007年までは144都市、2008年、2009年は143都市、2010年以降、214都市となっています。
ご記憶の方も多いと思うが、リーマンショック後、急激な円高が進む前の数年は、ユーロやポンドなどの欧州通貨が日本円に対して大きく上昇していた。その結果、マーサーの生計費ランキングもロンドンなどの欧州都市が上位を占めていた。2008年9月のリーマンショックを境に、多くの通貨が日本円に対して大きく値を下げ、それまでランキング上位の常連であったロンドンやソウルが上位に姿を見せなくなった。米ドルを基準としたランキングは、米ドルに換算した場合にかかる生計費のランキング、とも言い換えられる。ということは、逆に日本円に換算した場合にかかる生計費、と考えると、どうなるのであろうか。
海外駐在員の給与は、日本と同等の購買力を現地で補償するためには、現地でいくら必要なのか?と考える。そのため、基本的に現地通貨ベースで補償額が決定され、為替変動によるリスクは駐在員本人ではなく、企業が負担することになる。円高が続き、米ドルを基準とした生計費ランキングで日本が上位にいる、ということは、逆に日本円で考えると世界の都市の生計費が日本円ベースで低い状況が続いている、ということになる。これは、派遣先で日本と同等の購買力を補償するために、企業が支払う日本円ベースでのコストが、円安の時よりも少なくて済む、ということである。つまり、派遣先で駐在員が受け取る給与は同じでも、円高であれば企業が負担するコストは低くなる、ということになる。
円高が長期化するなかで、日本企業にとってマイナスの面ばかりに注目しがちな昨今であるが、海外駐在員に支払う現地生計費、という観点では、円高によって企業が負担する円ベースのコストが下がっていることになり、グローバル化を推進し、多くの人材を海外に投入する企業にとって朗報ととらえることも可能ではないだろうか。
執筆者: 和田 裕子 (インフォメーション・プロダクト・ソリューションズ)
コンサルタント
略歴
日系商社を経て現職。
海外派遣に関する給与・福利厚生データの調査・分析、ワークショップセミナー等クライアント向けのサービス、および、海外駐在員給与体系構築・規程策定等に関するアドバイスを提供。
国際基督教大学(ICU)教養学部卒業。