日本では、2021年4月に施行された改正で「高年齢者雇用安定法」に「高年齢医者終業確保措置」が追加された。雇用主には、従業員に対し、それまでの65歳までの雇用確保義務に加え、70歳まで就労機会を確保する努力義務が課されることになった。努力義務ではあるものの、措置を行わない企業には、厚生労働省から指導が入る可能性がある。そこで今回は、他国での定年退職事情を紹介するが、まずは日本と同様に、定年退職の慣習があるアジア諸国から見ていきたい。
アジア
中国
中国では定年制があるが、性別や身分(職種)によって、その年齢は異なる。男性は 60 歳だが、女性の場合、幹部は55 歳、「工人」と呼ばれるブルーカラーの労働者は50 歳に設定されてている。従業員が法定の定年退職年齢に達した時点で、労働契約は自動的に終了する。定年に達した後も、引き続き雇いたい人材であれば、業務委託契約を締結することになる。(※1)
韓国
韓国も、日本と同様、従業員の解雇がしにくい法制度のため、企業では、従業員が一定の年齢に達したら、雇用が終わるよう定年制を設けている。その年齢未満で退職を強制してはならないという法定の最低年齢は、2017年に58歳から60歳に引き上げられた。しかし、実際に60歳の定年まで働く割合は3割ほどで、多くの韓国人は、50歳ごろに、長く勤めた企業を退職するという。
とくに役員になれなかった従業員は、その時点で退職し、起業をしたり、再就職したりして生活費を稼ぐことになる。韓国では、賃金ピーク制を設けている企業が多く、ある一定の年齢を超えると雇用を保証する代わりに、給与が半分近くなど大幅に削減される。それも、早期に退職を促す要因となっている。
また、韓国では公的年金制度が始まったのが1988年と遅かったこともあり、国民年金額は、日本の半分以下である。こうした事情から、韓国の有効引退年齢は、男女ともに72.3歳と、OECD諸国の中で一番高くなっている。(OECD平均は、男性65.4歳、女性63.7歳。日本は男性70.8歳、女性69.1歳。)(※2)韓国政府は、法定の定年年齢を65歳まで引き上げたい意向だが、企業にとって16兆ウォン近くのコスト増となると試算されており、経済界の反発が強い。
日本も、早期退職を募る大手企業が増えており、「45歳定年制」論が物議をかもしているが、韓国のように、今後、40~50歳で、長年勤めた会社を辞めることが慣習となることも考えられる。
※1.JETRO北京事務所「中国における定年退職年齢の確定方法」2021年2月
※2.OECD “Ageing and Employment Policies – Statistics on average effective age of retirement”2018年
シンガポール
シンガポールでは、日本と同様、高齢者の雇用を守るために「定年退職および再雇用法」によって最低定年年齢を設けている。この年齢未満での年齢を理由とした退職要請は禁じられている。
また、62歳になる前から現職場で3年以上勤務しているなど、一定の条件を満たせば、定年後、契約期間一年以上で、再雇用契約を求めることができる。社員が再雇用を希望しない場合は、再雇用義務を別の雇用主へ引き継ぐことも可能である。さらに、社内で適格な仕事を用意できなかった場合は、社員が再雇用先を探す期間の生活支援として、雇用主には雇用支援金の支払い義務が生じる。ただし、定年退職後も、勤務継続を望む地元社員の9割以上が再雇用されているという。
現時点での法定の定年年齢は62歳で、再雇用年齢の上限は67歳だが、同法の改正によって、2022年7月から63歳、再雇用は68歳に引き上げられることになっている。さらに2030年までに、それぞれ65歳、70歳への引き上げが決まっている。なお、これはシンガポール市民と永住権保持者、かつ55歳になる前に雇用された場合に限って適用される。
欧米
一般に「退職年齢」というと、年金受給開始年齢を指すことが多い。近年、先進国では、どこの国も人口の高齢化および少子化などから、年金受給開始年齢を引き上げている。
アメリカ
アメリカでは、1967年に年齢差別禁止法が制定されたが、当時は40歳~65歳の労働者を保護するもので、従業員が65歳になった時点で、退職を強制することが可能であった。1986年の改正で、同法は40歳以上の労働者を保護するものとなり、企業が定年制を設けることは違法となった。ただし、同法は従業員20人未満の小規模企業には適用されない。また、下記のように一定の職業では、職務を安全に適切に遂行するために、年齢を考慮することは可能で、年齢要件を設けることが許されている。
・州政府や自治体では、消防士や警察官に対し55歳以上の定年退職を強いることは可能である。
・65歳以上の経営陣や上級管理職で、最低二年、そのようなポストに就いていれば、定年または降格を強 いることができる。ただし、その場合、社員には、最低年44000ドルの企業年金を受給する権利が生じ る。
・仕事の性質上、年齢制限が必要であるという合理的な理由があれば、定年を強いることは可能であ る。たとえば、パイロットの定年は65歳である。ただし、今、パイロット不足のため、67歳に引き上げ る動きがある。(日本は、2015年にパイロットの定年を68歳に引き上げている。)
また、一定の要件を満たせば、企業側は従業員に上述の禁止法の権利と請求の放棄をしてもらうことも可能である。これは、従業員優遇退職プログラム(employee buyout program、自主退職に対してインセンティブを支払う)、(※3)自主的早期退職インセンティブプログラム(voluntary early retirement incentive program)と呼ばれており、日本の早期退職プログラムと似たようなものである。
・随時契約
アメリカは、ほとんどの州で随意雇用(employment at will)が採用されており、正当な理由があれば、違法でない限り、雇用主は従業員をいつでも解雇できる。ただし、何らかの制約を設けている州が多い。さらに、業績不振、経費削減、組織再編成、合併、アウトソーシングなど、企業の都合で、従業員をレイオフできることになっている。レイオフは、頻繁に行なわれており、実際に、中高年を大量にクビにして、若い社員を雇うという企業は珍しくない。年々、従業員側からの年齢差別訴訟は増えているものの、原告側が勝つことは難しい。ひとつには、中高年の方が給料が高い場合が一般的で、企業がコスト削減をする場合、高給の社員をレイオフすることは理にかなっていると裁判所が判断する傾向にあるからだ。
最近のケースでは、IBMの50代の元従業員らが、2016年に若い社員を雇うために解雇されたと年齢差別で集団訴訟を試みたが、2019年に訴えは棄却された。その後、上告したが、今年に入り、上告裁判所が、元従業員は退職一時金の受給合意書に署名して集団訴訟の権利を放棄しているとして、原告の訴えを退けている。個人での提訴は可能なのだが、大企業を相手に訴訟費用を賄える個人は、まずいないので、ほぼ不可能である。
これとは別に、同社の元従業員1000人以上が、2013年から2018年にかけてレイオフの対象となった社員の86%が40代以上であったことを証拠とし、集団訴訟を行なっている。
・老齢年金
なお、アメリカでは、昨年、社会保障庁が2034年までに老齢年金を含む社会保障年金基金が枯渇するとの推計を発表し、大騒ぎになった。その時点で、受給額が最高22%削減されることになるからだ。連邦議会は、それまでに社会保障税の増税、富裕層の受給額減額、受給開始年齢の引き上げなどの措置を取ることになる。
※3.大量の人員整理(レイオフ)を行なうために、buyout(インセンティブ)を提供し、自主退職を募る企業が多い。それで、必要な人員数を整理できなかった場合に強制的なレイオフとなる。
ヨーロッパ
EUでは、2000年に年齢、障害等に係る雇用・職業に関する一切の差別の原則禁止を加盟国に求めるEU指令(一般雇用機会均等指令)を施行したため、加盟国は国内法制化を求められた。ただし、その後、欧州司法裁判所が「客観的に正当な理由があれば、年齢を基にした異なる扱いは許される」という判決を下している。合法的な雇用対策、労働市場、職業訓練など正当な目的を達成するために適切かつ必要であれば、定年制の設定が許される。たとえば、「若い従業員のキャリアの可能性を広げるため」というのは、そうした目的の一つと考えられているため、アイルランドのように定年制の慣習が続いている加盟国もある。
ドイツでは、昔、締結された雇用契約には、「65歳で定年退職」という条項が盛り込まれているものがあるが、訴訟で、無効という司法判断がなされている。また、ドイツでは、多くの業界や職種では人材不足のため、それくらいの年になると、数年、働き続けるよう促す雇用主が多いという。フランスでも、定年制は違法で70歳以前に従業員を解雇したり、自動的に一定の年齢に達すると定年とするのは禁じられている。70歳以前の退職には、従業員の明示的な同意が必要で、一定の手続きを踏まなければならない。
・イギリス
イギリスでは、2006年に施行された「雇用均等(年齢)規則」で、「既定の定年年齢」を設定し、雇用主は65歳超の従業員は、理由なしで解雇すること、または採用を拒否することが合法となった。しかし、EU指令に準じ、2011年に、こうした定年制は廃止となった。同規則は改定され、年齢差別を避けるために、定年制には客観的な裏付けが必要となった。
なお、下記の表で見るように、イギリスは、ヨーロッパの中で、年金受給開始年齢が高い国となっている。しかも、2020年に66歳に引き上げられたが、2026年~2028年に、さらに67歳まで引き上げられることになっている。その後も、68歳までの引き上げが検討されている。イギリスでは、2018年から2020年の間に65歳の雇用率が10%ほど伸びたが、66歳と67歳の雇用率にあまり変化がないことから、年金受給年齢の引き上げが、雇用を促したことがうかがえる。
なお、受給年齢が引き上げられる理由の一つは、通常、寿命が伸びているからだが、イギリスでは、実際には以前に比べ寿命が少し縮んでいる。2018年から2020年は79歳で、2015~2017年に比べ2カ月近く短くなっている。
Greece | 67 | Dec/21 | ||
Iceland | 67 | Dec/21 | ||
Italy | 67 | Dec/21 | ||
Denmark | 66.5 | Dec/21 | ||
Portugal | 66.5 | Dec/21 | ||
Netherlands | 66.33 | Dec/21 | ||
Ireland | 66 | Dec/21(※5) | ||
Spain | 66 | Dec/21 | ||
United Kingdom | 66 | Dec/22 | ||
Germany | 65.83 | Dec/21 | ||
Albania | 65 | Dec/21 | ||
Austria | 65 | Dec/20 | ||
Belgium | 65 | Dec/20 | ||
Croatia | 65 | Dec/21 | ||
Cyprus | 65 | Dec/20 | ||
Luxembourg | 65 | Dec/20 | ||
Poland | 65 | Dec/21 | ||
Romania | 65 | Dec/21 | ||
Serbia | 65 | Dec/21 | ||
Switzerland | 65 | Dec/21 | ||
Euro Area | 64.61 | Dec/20 | ||
European Union | 64.54 | Dec/20 | ||
Hungary | 64.5 | Dec/20 | ||
Bulgaria | 64.33 | Dec/21 | ||
Liechtenstein | 64 | Dec/21 | ||
Lithuania | 64 | Dec/20 | ||
Czech Republic | 63.83 | Dec/21 | ||
Estonia | 63.75 | Dec/20 | ||
Finland | 63.75 | Dec/20 | ||
Latvia | 63.75 | Dec/20 | ||
Malta | 63 | Dec/20 | ||
Moldova | 63 | Dec/21 | ||
Slovakia | 62.67 | Dec/20 | ||
Belarus | 62.5 | Dec/21 | ||
France | 62 | Dec/21 | ||
Norway | 62 | Dec/21 | ||
Sweden | 62 | Dec/21 | ||
Russia | 60.5 | Dec/19 | ||
Slovenia | 60 | Dec/20 | ||
Turkey | 60 | Dec/22 | ||
Ukraine | 60 | Dec/21 |
(Trading Economics)
※4.ロシアや中東欧諸国では、男女で年金受給開始年齢が違うことが多い。また、繰り上げ減額受給の年齢が示されている国もある。ちなみに、アメリカは減額支給開始は62歳、満額支給開始は67歳。
※5.2021年に67歳に引き上げられることになっていたが、後述の調査報告が出るまで凍結。
・アイルランド
アイルランドには、法定の最低定年年齢はなく、雇用契約で定年年齢が定められているケースが多い。2019年に1000人の労働者を対象に行われたアンケート調査では、回答者の48%が「現在の勤務先に定年制がある」と答えており、女性では53%、男性では44%であった。(※6)
アイルランドでは、雇用均等法(The Employment Equality Acts 1998-2015)で年齢差別は禁止されたものの、正当な理由がある限り、定年年齢の設定は許されている。正当な理由には、引継ぎ計画、健康・安全問題、世代間の公正性があり、若い従業員のキャリア機会を増やすための世代間の公正性を基に、年齢差別を起こした原告が敗訴するケースが多い。2018年には、均等雇用差別申し立て1449件のうち、年齢差別に対するものが49%を占めており、それまでよりも大幅に増えている。 (※7)
なお、上述のアンケートでは、「66歳を越えても働きたい」という回答者は32%のみであったが、「66歳を超えても働く必要がある」と答えたのは61%に達していた。アイルランドでは、65歳超の労働者は、年々、増えており、過去20年で倍増している。というのも、年金受給開始年齢が、2014年に65歳から66歳に引き上げられ、2021年には67歳に引き上げられたからだ。2028年には68歳に引き上げられる予定だが、世論の反発が強く、選挙の争点にもなっている。そこで、昨年、委員会が設けられ、人口の高齢化に伴い、国民年金は維持できるのか、今後、いかに資金を捻出するのか、雇用契約で定年を年金受給開始年齢よりも低く設定している企業が、社会保障や年金に、どのような悪影響を及ぼしているか、などを調査することになっている。また、65歳で定年退職した従業員に失業保険の受給を促す企業に対して、調査も行なわれる。
調査報告がなされるまで、年金受給年齢の引き上げは、凍結されることになっている。
※6.William Fry「Age in the Workplace: Employment Report 2019
※7.同上
その他
オーストラリアでは、定年制は州法で違法であるが、軍人や連邦裁判所判事など一部の例外がある。カナダも同様で、裁判官や連邦議員には定年がある。
・ロシア
ロシアでは、2019年に年金受給開始年齢が引き上げられ、男性は60歳が60.50歳になり、2028年までに65歳まで引き上げられることになっている。女性は、2034年までに55歳から60歳に引き上げられる予定だ。これに対し、当時、共産党が抗議デモを呼びかけ、モスクワには6000人~1万人の抗議者が集まった。というのは、ロシアの男性の平均寿命は、2018年時点で66.4歳であり、年金が65歳までもらえないとなると、死ぬまでに受給できるのは、せいぜい数年で、ほとんどもらえない人も出るからだ。
また、同年、年金受給開始年齢の5年以内に達する人材を雇うのを拒んだり、解雇したりすると、責任者が個人的に刑事罰に処されることも法制化された。有罪の判決を受けた場合、罰金最高約30万円または一カ月の給与相当額、かつ最高360時間の労働が課せられる。
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