IT人材不足–イギリス

IT人材不足 イギリス
2017.09.27

英エンジニアリング協会によると、イギリスでは、電子や電機だけでなく、土木や機械なども含め年間2万人以上のエンジニアが不足しているという。理工系( STEM)求人の 40%以上が埋まらず、2025 年までに 180 万人のエンジニアが必要になるという。
英国内で不足している職業は、雇用主が就労ビザを申請するにあたり有利となるが、「人材不足職業リスト」には、各種エンジニア職が並んでいる。
同協会としては、人材不足対策として下記を掲げている。
・学生が理工系分野に進むことを奨励。
・女性エンジニア増。現在、女性エンジニアの割合は 12.5%未満。
・既存人材のスキル向上。
・留学生を増やし、その後、イギリス国内での就職を支援。

コンピューター科学(CS)に関しては、2002 年から専攻する学生が減っており、2016 年、Aレベル(高校での大学進学コース)でCSを学んだのは、社会学の3万 1000 人に比べ、5600 人のみ(うち女子 600 人)だったという。
IT職はオタクが従事するもので、ストレスの高い職種というイメージも、こうした傾向の一因にある。
さらに、今後、ベビーブーム世代(1946 年~60 年前半生まれ)の退職(65 歳で老齢年金支給開始) によって、IT人材の不足は悪化するとも言われている。(「中高年は使えないので辞めてくれ」というプレッシャーが他業界より強い。)これにより、2023 年までにZ世代の求人が過去最高になると予測されている。
今後6年で理工系求人は 50 万以上にのぼり、そのうち 78%が(定年)退職者の後を埋めるもので、かつ新たに 4 万 2000 の求人が生まれると見込まれている。退職で空きができるのは、コンピューターサービス分野が最大で、その数は6万 6000 にのぼるという。
2016 年末に行われたアンケート調査によると、従業員 100 人以上のIT(デジタル技術)企業では、72%が「高スキルの人材不足」を問題として挙げ、32%が「人材の能力が低い」と答えている。
ところが、人材不足にもかかわらず、CS専攻の卒業生は、他の理工系に比べ、就職に苦労しており、卒業後半年経っても、未就職の割合が 12%に達している。この割合は理工系全体では6%であり、その倍の高さである。これにはスキルギャップが一因していると見られている。

EU離脱

2017 年3月までの一年で、イギリスでは、移入民数は移出民数よりも、まだ多いものの、前年比8万人以上減で、純移動数(移入民と移出民の差)は過去3年で最低のレベルとなった。そのうちの5万人はEU諸国出身で、とくに東欧8ヵ国出身者の移出が急増し、前年比3万人以上増となっている。イギリスの就労者のうち 11%にあたる 340 万人が外国籍で、そのうち 220 万人(全体の7%)がEU出身者である。そのうち 4 分の3が、現在のビザ規定ではイギリスでの就労が不可能となる。
IT業界では、20%近くが外国生まれで、そのうちの3分の1がEU諸国出身だという。しかし、EU離脱投票後、英企業の面接を受ける外国人応募者は半減し、採用オファーを受け入れる応募者の数も 20%減少している。同時に外国人応募者の面接をする英企業も 30%減少している。
また、英国内で働くIT就労者の 70%が「イギリスを去るつもり」というアンケート調査結果もあり、その大半が「他のEU諸国に行く」と答えている。

<ロンドン>
「ヨーロッパのITハブ」と呼ばれるロンドンでは、求人の伸びの 25%がデジタルIT分野である 。
Facebook をはじめ、優秀なソフト開発人材を物色する米企業が増えており、優秀な人材を巡る競争は熾烈である。
ロンドンではIT就労者の3分の1がEU諸国出身者であり、建設業や医療業でもEU就労者なしでは首都の経済は成り立たないと、ロンドン市議会では、EU離脱後もイギリスに滞在し続ける権利を与え、高スキルEU就労者には迅速にビザを発給する制度を設けるように国に働きかけている。

連邦政府の取り組み

EU離脱後の人材不足を懸念する経済界から突き上げを受けている英政府は、EU離脱後も、同国の「経済成長を牽引するデジタルセクターを保護し、強化するため」のデジタル戦略を下記のように発表している。
・2020 年までに、Google、Lloyds、Barclays などの企業の協力を得、国民 400 万人のスキル向上。
・英企業の海外進出支援のために、UK-イスラエルITハブのようなITハブを、地元企業との提携により新興国に5つ開設。
・フィンテック製品開発のための企業間競争奨励。
・AIとロボティックス研究用に、大学に 1730 万ポンド(約 26 億円)の助成金。
・政府とIT業界とのフォーラム作り。

また、EU離脱後のIT人材不足対策として、スキルギャップ解消のために、大学生向けローンとして年に5億ポンドを予算に計上することが新たに決まっている。イギリスは研修においてOECD諸国の間で下位にランクしており、大学での工学系コースの研修時間を大幅に増加したり、1万以上ある技術系の資格を企業のニーズに見合った 15 で置き換えるなど、とくに技術訓練の向上に力を入れる。

学校教育

イギリスでは、2014 年から小学校でのプログラミング教育必修化が始まっている。教えられる教師が少ない点が課題であるため、小学校教師のプログラミング授業を支援するプログラムが、同年に開始されている。立ち上げは政府資金によって行われたが、2015 年からはBT(British Telecom)をはじめとする民間企業が資金を提供している。
このプログラムを通じ、コンピューター教師開発による教材、ボランティア(1000 人以上)によるワークショップなどが全英で提供されており、これまで全英の小学生の 17%にあたる 125 万人の小学生が利用している。2018 年7月までに、150 万人の小学生に届けることを目標としている。

成人教育

英政府では、2016 年 10 月から、必要な資格を持たない成人に、基本的なデジタルスキルを無料で研修するプログラムを開始した。資金は成人生涯教育予算から捻出している。
イギリスには、以前から若者の職業訓練を目的とした徒弟制度(apprenticeship)がある。これは企業で働きながら実務訓練を受けると同時に、認定教育機関で資格取得やスキル習得などを目指すものである。学校での知識の習得と職場での実務を通じ、就労者のスキルと企業が求めるスキルとのギャップを埋めることが期待されている。
なお、1~4年の徒弟期間修了後、企業は、その徒弟を採用する義務はなく、徒弟もその企業に就職する義務はない。
この徒弟制度を通じ、2020 年までに新たに 300 万の求人を埋めるために、今年4月から大企業より「徒弟税」の徴収が始まっている。(※1)

※1:フランスには以前からあり。

就労ビザ

イギリスでは、2014 年に、スタートアップ企業でのプログラマー不足を補うために特別な就労ビザが設けられた。当初、申請条件が厳しく申請数が少なかったため、2015 年に条件が緩和されたが、EU 離脱国民投票後、さらに条件が緩和されている。今年は、予定の 200 件よりも 50 件多く発行することを政府が許可している。
しかし、IT業界では、政府に新たな高スキル就労ビザの設定を求めており、試験展開として、同様のスキルの需要が高く、イギリスと競合する国々–オーストラリア、日本、モナコ、香港、韓国、台湾出身者をターゲットにするよう促している。
スタートアップ企業の 75%が、学生または就労者として、すでにイギリスに在住している外国人を採用していることから、現在の就労ビザは有職の応募者向けであり、半年の間に就職しなければイギリスを出国しなければならないという新たなビザ規定の下、救済のために、こうした新たなビザが提案されている。

非営利団体の取り組み例

無料プログラミング教室

 2012 年に立ち上がった CodeClub は、9~13 歳向け無料プログラミング教室で、ボランティアによって運営されている。全英に 6000 近くのクラブがあり、8万人以上の児童が学んでいる。ゲームやアニメ、ウエブサイトを作成しながら Scratch、HTML、CSS、Phython などを覚えられる。教える側は、コンピューターの専門家である必要はない。
 イギリス以外の国でもクラブを始めることは可能で(地元パートナーになれるのは非営利団体のみ)、プログラミングプロジェクトや教授のための教材やツールを提供している。現在では、125 か国に拡大し、プロジェクトは 30 か国語に訳され、クラブ数は世界で1万に達している。
 2011 年にアイルランドで始まったCoderDojo も、同じような団体で、7~17 歳向け無料プログラミング教室を運営している。現在では、日本を含む 63 か国に 1100 の Dojo(道場)がある。教室のスペースさえ確保できれば誰でも始められる。

ミニPCボード
日本で「ラズパイ」として知られる Raspberry Pi は、元々、ケンブリッジ大学でCS科に応募する学生が激減したことから、学生勧誘のために開発された。また、応募者に女子が少ないため、性別に関係なく子供のときから身近で楽しめるコンピューター製品を紹介する目的もある。
そこで、教育用に 25 ドルのマイクロコンピューターを開発販売するため、2009 年に Raspberry Pi財団が設立された。(製造は在英ソニー工場。)1年で 100 万個を販売し、2017 年の売上見込みは 600 万個に達している。
同財団では、CodeClub や CoderDojo などの無料プログラミング教室とも連携している。

同様のミニボード(クレジットカードサイズ)にBBCの micro:bit がある。これは起業家が立ち上げたもので、「エンジニアがエンジニアのために作った」ラズパイに比べ、技術的な知識は必要なく、簡単に使えるところが利点だという。ブラウザを通じてプログラミングをしたり、モバイルアプリを使ってボードにコードを送ることもできる。
2016 年に財団を立ち上げ、全英の中一の生徒に 100 万個が無償配布された。すでに 70 か国で利用されており、今夏、北米にも進出し、今後、アジアにも展開する予定である。2019 年末までに 500 万個、今後 10 年で1億個配布を目標としている。

民間企業の取り組み例

アマゾン、グーグル、IBM、マイクロソフト、富士通などの外資を含む英企業は、デジタル経済向けスキル開発のために Tech Partnership を立ち上げ、 2025 年までに 100 万のデジタル職向け人材スキルを開発することを目標に掲げている。
Tech Partnership では、先述の徒弟制度を利用し、「デジタル徒弟」プログラムを設け、IT企業による徒弟雇用を支援している。
参加企業が開発した「学位徒弟」プログラムでは、大学と提携し、徒弟が働きながら大学や大学院を卒業するのを支援する。サーバーセキュリティアナリストやデータアナリストなどとして働けるデジタル&テクノロジーソリューション理学士および修士、サイバーセキュリティ理学士、UX学士の取得が可能である。学位徒弟プログラムの応募者は、企業の採用条件と大学入学資格の両方を満たさなければならない。
このプログラムによって、専門学校などを出て技術的資格を有している人材は、働きながら大卒の資格が得られ、企業、社員の双方にメリットがある。
こうした新たな人材育成スキームは、徒弟レベル2(非熟練レベル)、3(熟練レベル)では、1ポンドの投資に対し、27 ポンドの経済効果があるという。

エンジニアリング分野では、大手電子部品販売会社が、同社のエンジニア支援サイトを通じ、ヨーロッパやアジアの大学との提携によりオンライン大学を立ち上げ、エンジニア育成のために、電子・機械設計ツール、教師・ワークショップ向け教材などを無料で提供している。
また、英国工学技術学会(IET)の支援を受け、若者のエンジニアリングへの興味を喚起するため、1年かけてヨーロッパ各地の顧客企業や学校をトラックで回って、工学設計や製造などをインタラクティブに学べる機会を提供している。同社では、上述の Raspberry Pi とも連携し、子供の教育に力を入れている。

女子教育

人材不足の対策として女性の活用が叫ばれているものの、イギリスのIT業界で女性が占める割合は 16%、大学で理工系を専攻する女性は 16%に満たないため、まずは女子学生が理工系に進むよう奨励する取り組みが、民間を中心に行われている。
エネルギー(電力・ガス)企業の EDF Energy では、2015 年に女子学生が理工系キャリアを目指すのを支援するキャンペーン、Pretty Curious を開始している。プログラミングや3D印刷などのコンテストを開催したり、今年は、プログラミンやAIなどを体験できるスタジオ(教室)を国内に4か所開設した。

ただし、キャンペーン名に Pretty(きれい)という表現が使われているため、(※2)「女は見かけが大事、という伝統的な性役割を押し付ける」という批判を受けている。同社では「それがわかっていて、わざと命名した」と回答している。また、昨年は、デジタルホーム向け製品を考案するソーシャルメディアコンテストで、男子が優勝し、さらに批判を受けた。
また、BT、Ericsson、O2、Vodafone では、2016 年から、女子学生が企業の上級管理職の女性から学べるプログラムを運営する非営利団体と組み、メンタリングを試験展開している。2016 年には 18 人の女子学生が大学を卒業して成功を収めたことから、新たに女子高生などが理工系に進むのを応援するプログラムも開始している。学生は、月に一度、企業のメンターからメンタリングを受け、夏には1週間インターンとして研修する。
なお、企業の間では「女性活用と言いながら、政府の取り組みが足りない」との批判があり、「先の徒弟税を女性が理工分野での徒弟制度に利用できるようにすべきだ」といった声が出ている。

※2:Pretty Curious は「かなり興味深い」という意味だが、pretty には「きれい」という意味もあるため。

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有元 美津世プロフィール
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。 社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米27年。 著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』など多数。