世界のIT人材事情ー人材供給国(1)

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2018.07.05

インド

 インドのエンジニアの数は世界最大といわれる上、インド国内は就職難で、大学や大学院を卒業しても就職できない学生が増えており、海外での就職を希望するエンジニアが、さらに増えると思われる。ただし、就職ができない理由には、大学教育やエンジニアの質もあるため、受け入れ側は人材の入念な選別が必要である。

圧倒的なエンジニアの数

 インドでは、毎年150万人の工学(エンジニアリング)専攻の学生が卒業するといわれる。2015年の調査で、キャリアとしてエンジニアに興味がある16~17歳の割合は、イギリスでは20%、アメリカでは30%であった一方、インドでは80%であり、世界最高であった。
 インドでは皆、親に「医者かエンジニアになれ」と言われて育つという話は、ジョークにもなっているくらいだが、職業として公務員が一番人気の安定志向のインドでは、エンジニアも「安定したキャリア」と見なされている。とくに中の中以下の家庭では、「子供には自分のように苦労させたくない」と子供を地方から都会の私立大学に進学させるために、全財産をはたいたり、多額のローンを抱える親が少なくない。
 こうして、工学部の需要が高いことから、インドでは、10年で工科大学の数が1500校から3300校近くに倍増している。
 後述するが、こうした私立大学には、アメリカの営利大学にあたるものが多いと思われ、その質に関しては大きな疑問が残る。

就職難–雇用なき成長

 いったん滞った経済成長が回復基調のインドだが、失業率は昨年から徐々に上昇を続けている。とくに若者の失業率が高く、世界銀行にも「雇用なき成長」を指摘されている。

・大学を卒業しても職がない
 毎年150万人ほどが工学部を卒業するものの、就職できるのは、そのうち50万人のみで、残りの100万人ほどは仕事が見つからない、または不完全雇用の状態であるという。
 中には工学部を卒業後、2年経っても就職先が見つからず、ビジネススクールや大学院に進学するケースも珍しくない。ただし、MBA取得後の就職率も50%以下という厳しい状況で、やはり仕事は見つからず、さらに膨らんだローンだけが残る場合もある。
 2017年、IT企業によるキャンパスリクルーティングでの採用は(※1)、前年比50~70%減少している。IT企業は、これまで、将来の契約獲得を見越して新卒を大量に雇っていたが、近年、必要に応じて契約社員を雇うJIT採用に移行するところが増えている。正社員として採用するのは特別な技能所有者に限り、あとは既存社員のスキルアップを図るという企業が増えているのだ。
 NASSCOM(全印ソフトウェアサービス協会 )によると、IT-BPMの雇用は、2017会計年度17万人から2018年度15万人に減少した。2019年度は、さらに10万人に激減すると見られている。(ただし、GICの雇用は増えている。)

・トップ校でも
 2017年、キャンパスリクルーティングに参加したインド工科大学(IIT)17校の学生の34%が仕事を見つけられず、その割合は2016年の21%に比べ増加している。
 キャンパスを訪れる企業は増えているものの、オファー自体は減っているという状況だ。IITの中でもトップのマドラス校では、78%がキャンパスリクルーティングで就職したが、前年の86%に比べ減っている。他の大半のIIT校でも、前年を下回っている状況だ。(なお、IIT23校には7万5000人の学生が在籍する。)

・上級社員も
 日本本社のインド人材斡旋企業が中級・上級レベルの転職者2万人を対象に行ったアンケート調査によると、2017年度、企業からのオファーが前年度に比べ減少しており、IT部門では32%減、BPO部門では30%減となっている。最大の理由は、必要なニッチのスキル所有者不足であると言われている。

・人員削減
 インドでは、Infosysや米Cognizantなどの外資を含め、ITアウトソーシング企業が124万人を雇用しているが、2017年、その4.5%の5万6000人が削減されると言われていた。実際には、それほどの人員削減には至らなかったようだが、業界の人員削減率は、2017年以前では1%ほどであったのに対しが、2017年に入り2%以上に増えたと言われている。
 IT部門での人員削減の多くが、デジタル化や自動化によるものだと言われている。アウトソーシング企業では自動化を進め、とくにサーバメンテなどの初級レベルの職種が削減されているという。
 また、スキルが古くなっている上級社員も対象となっている。インドのIT部門では390万人が就労しているが、その50~60%は変化する市場のニーズに対応するために再教育が必要と言われている。残りは再教育が不可能であり、2020年までに50万人~60万人が職を失うと予測されている。

※1 インドの新卒採用はキャンパスリクルーティングが主流。https://www.asiatojapan.com/single-post/india2017330

課題

 エンジニアの絶対数が多く、かつインド国内はで就職難のため、海外への人材供給は加速するとも思われるが、人材の質が大きな課題である。

・エンジニアの質
 インドでは、毎年、多くの学生が工科大学を卒業するにもかかわらず、就職率が低い理由のひとつに学生の雇用される能力(employability)がある。
 2016年、650校以上の工科大学の15万人以上の学生の雇用される能力を評価したところ、ソフトウエアサービス部門で雇用される能力があるエンジニアは約18%のみだったという。なお、雇用される能力は、機械工学や土木工学エンジニアの間では、さらに低く、それぞれ5.55%、6.48%である。最低だったのは化学エンジニアの1.64%で、一番高い電子エンジニアでも7.07%だった。
 また、大学500校以上のIT専攻学生3万6000人を対象に行ったソフト開発スキルの評価では、プログラマーとして最低条件の簡単なロジックを書くことができたのは、5%未満だった。60%以上がコンパイルするコードを書けず、機能的に正しく効率のいいコードを書けたのは1.4%のみだったという。
 インドのITアウトソーシング企業も、工学部卒業者の94%が雇用不可能であり、IT大手10社が雇うのは残りの6%のみだという。さらに、企業では独自で社員を教育するために学習センターを設けており、そうしなければ使えないそうだ。

政府の対策

 上記課題に対して、インド政府では、大学の品質管理のため、次のような対策を行っている。

・工科大学の削減
 毎年、大量の雇用不可能な工学部学生が生まれる背景には、工科大学の乱立がある。インド全国技術教育審議会(AICTE)の認可を受けた工科大学は、2006年度の1511校から10年ほどで3288校に倍増している。エリート校のITTも、2005年の7校から23校と3倍に増えている。
 このため、インドでは、テストで60点を取った学生は文学部には進めないものの、工学部には進めるという状況が起こっている。
 一方、工科大学を卒業しても就職がままならないため、ここ数年、工学部志望学生は減少気味で、定員割れの工科大学が続出している。インド全体で定員は平均50%だが、州内で唯一の工科大学(定員240人)の学生がゼロという州もあり、学生数が定員の64~75%というのがザラである。
 新たな工科大学が毎年開校し、「AICTEでは設備と教授陣の条件さえ満たしていれば開校を許可する」という批判もあり、大学ではAICTEに対し、これ以上、工科大学の定員を増やさないように嘆願してきた。
 そこで、AICTEも品質管理に乗り出し、5年連続で入学者が30%未満の大学は廃校を義務付けるなど、条件を厳格化してからは、過去3年で410校以上の大学が廃校した。今年も、すでに基準に満たない200校近くの工科大学が廃校を申請しており、工学部の定員は、今年8万人、4年で31万人減る予定だ。
 学生の質が低いのには、授業内容にも問題があり、内容が時代遅れとの批判もある。現在、人材開発省管轄のNBA(国家認定委員会)の認可を受けている工学部は、全体の10~15%のみだという。2022年までに、工科大学のコースの少なくとも半数は、NBAの認可を得ることが義務付けられるという。
 政府や関連機関では、以前から、進学する大学がNBAやNAAC(国家認定評価審議会)の認可を受けているかどうかを学生に確認するよう促していたが、非認可の大学を選ぶ学生が後を絶たなかった。そのため、認可を受けるインセンティブを感じない大学も多かった。しかし、今年から、NBAまたはNAACの認可を受けていない大学に進学する学生は、公的奨学金が受けられないようになる。これによって、今後、さらに大学が淘汰されると思われる。

・国際的認可による海外就職促進
 NBAは、今年、国際的に大学の認定を相互に認め合うワシントン協定に基づき、1000以上の教育プログラムに新たに認可を与える計画だ。これにはコンピューター工学など各種工学プログラムが含まれる。これによって、日本を含む協定加盟国でのインド人の雇用機会が増えることが期待されている。
 海外への移民数が世界一のインドだが、割合的には海外で就職する卒業生は少なく、IITのようなトップ校でも、毎年1万人以下で、卒業生全体の1%にも満たない。

米英豪のビザ政策

 これまで、インド人IT技術者にとって、アメリカとイギリス、オーストラリアが人気の移住先であった。しかし、昨年、報告したように、これらの国での就労ビザ取得条件が厳しくなったことから、インドに帰国したり、カナダを目指すインド人が増えている。
 米就労ビザ(H-1B)改革以前から、アメリカ国内で働くインド人にとって一番の問題は、就労ビザから永住権への移行だった。(以前、書いたように、多くのインド人や中国人にとって最終目的は移住である。) 
 米永住権は、毎年、同じ国の出身者に全体の7%以上発行しないと決められており、インド人の場合、応募者が多いため(永住権取得を待つ40万人近くのうち3分の2がインド人)、永住権取得までに20~90年かかると言われている。そこで、就労ビザのまま結婚して子供ができる間に待ちくたびれ、生活基盤を安定させるためにも、他国を目指すインド人は少なくない。
 オーストラリアも、「オーストラリアファースト」政策の一環として就労・移民ビザ法を改正し、今年から施行された。これによって、オーストラリア国内では得られないスキル人材向け「457就労ビザ」の該当職種が200ほど減り、応募資格条件も厳格化され、「国内では人材獲得が不可能」という証明が雇用主に義務付けられた。かつ、ビザ申請料や外国人社員一人あたりの税金も引き上げられることになった。昨年時点で9万人以上が同ビザを所有していたが、そのうちの22%がインド人で、ビザ法改正の影響をもっとも受けるのはインド人と考えられている。
 イギリスの就労ビザ(2016年Tier 2の取得者の60%がインド人)には、年間発行数に上限があるが、過去半年、毎月月間上限に達しており、企業に採用されても就労ビザが下りないという状況が続いている。そのため、6月に医者や看護師がこの枠から免除されることとなった。今後、IT技術者も免除される予定である。
 シンガポールも、数年前から外国人の雇用には「国内での人材確保が不可能」の証明が義務付けられ、インドのITアウトソーシング企業では「インドから十分な技術者を派遣できず、このままでは東南アジアの拠点としてシンガポールを使えなくなる」と星政府に解決を促している。

・学生ビザ
 英米では、学生ビザも見直されており、イギリスでは、この7月から低リスクとみなされる中国を含む25ヵ国からの留学生に対する学生ビザ条件が緩和されるが、インドは含まれていない。英政府は、数年前から印政府に英国内の不法在留インド人のインドへの帰還を求めているが、印政府は対インド人ビザが緩和されるまで応じない構えだ。なお、イギリスを留学先として選ぶのは、中国人とアメリカ人に次ぎ、インド人が三番目に多い。
 一方、アメリカでは、2017年、学生ビザの発行数が前年比17%減少した。これには中国人留学生のビザ更新が5年ごとになったため更新数が減少したことも大きいが、他の要因として、学生ビザ審査が厳しくなった、アメリカの移民政策のイメージ悪化で留学先としてアメリカを避ける学生が増えたことが考えられる。なお、アメリカでは、理数系ではインド人留学生が最多で、かつ在米インド人留学生の84%が理数系を専攻している。
 大学や大学院卒業後、そのまま現地で就職(そして移民)を希望するインド人が多いため、卒業後、就労ビザが下りない可能性が高いのであれば、初めから卒業後のことを考えて就職しやすい国を留学先として選ぶということになる。

・カナダ
 こうした中、カナダでは、昨年6月、カナダ企業による高度なスキルを備える外国人の採用を迅速化するために「Global Skills Strategy」プログラムを開始した。このプログラムで、昨年半年で4400人が許可されたが、そのうちの3分の1がインド人で、主にIT従事者である。
 また、2017年、カナダを留学先に選んだインド人学生は、前年比60%近く増え、中国人を抜いて最多となった。さらにカナダは、今年6月、インド、中国、ベトナム、フィリピンの4ヵ国からの留学生に対し、学生ビザ発行を迅速化した。今後、留学先としてカナダを選ぶインド人学生は増えると思われる。元々、カナダの方が、アメリカに比べ、授業料がかなり安いというメリットがある。

・日本
 このように「インド人は米英豪では歓迎されない」というイメージが固まりつつある中、新たな就労・留学先として日本も挙がっている。
 日本では人手不足とのことから、学生の日本での就職を支援するため、日本語学習プログラム、日本語能力試験を取り入れる工科大学も出ている。
 2014年のモディ政権発足以降、日本政府との経済協力が進んでいるが、IT分野でもジェトロがインドでキャリアフェアや、横浜や福岡でインドIT企業との交流会などを開催している。

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有元 美津世プロフィール
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。 社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米27年。 著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』など多数。