人事向けソフトでも「クラウド」は流行りであり、アメリカでは数年後にはクラウドベースのサービスが主流になるといわれている。ただし、今のところ、その大半は大企業向けである。
中小企業には、こうしたサービスには料金的になかなか手が出せないという事情は、日米とも同じである。しかし、そうした中、中小企業向けに無料でSaaS を提供し、驚異的な成長を見せているスタートアップがある。
筆者も、昔、給与計算代行サービスを利用していたが、紙ベースの非常に単純なサービスでも、料金は社員一人あたり数十ドルしていた。それよりも、もっと多様な人事管理サービスをオンラインで簡単に無料で利用できるというのであるから、中小企業が殺到するのも無理はない。
顧客にソフトを無料で提供できるのは、他社とは違ったビジネスモデルのためで、まさに従来の業界構造を破壊するものである。
下記では、そのビジネスモデルを紹介するとともに、問題点に対しても解説する。
■Zenefits
URL | www.zenfits.com |
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会社名 | Zenefits FTW Insurance Services |
本社所在地 | サンフランシスコ |
代表 | Parker Conrad(共同創業者・CEO), Laks Srini(共同創業者) |
創業 | 2013年 1月 |
顧客数 | 約 2,000 社 |
従業員数 | 約 500 名 |
資金調達 | VCより 8,400 万ドル |
■創業経緯
創業者は、2007 年に大学の級友と創業したスタートアップで煩雑な人事の作業を自ら経験し、中小企業向けに人事オンラインツールの提供を考案した。
エンジニアとともにZenefits を立ち上げたが、そうしたツールを開発することは可能ではあるものの、中小企業には手の届かない価格になることが問題だった。そうした際、シリコンバレーで、医療保険制度改革法(通称「オバマケア」)作成にかかわった医者である投資家と出会い、相談した結果、健康保険を販売して保険会社から手数料を得て、中小企業には無料で提供するビジネスモデルを考案した。
■仕組み
Zenefits では、中小企業向けに給与計算・支払、住民税支払、健康保険や401K(確定拠出年金)、ストックオプションを含む社員福利厚生、採用手続き、勤怠管理などの人事管理サービスをSaaS で提供している。
無料で提供できるのは、ソフトの利用者である中小企業に健康保険を販売して、保険会社より販売手数料を得ているからである。そのため、Zenefits では全米50 州すべてで保険仲介業者としての免許を取得している。
アメリカでは、健康保険は各企業が保険会社から購入する仕組みで、中小企業では社員の44%が勤務先を通じて健康保険に加入する(大企業では62%)。中小企業にとっては、保険加入は各保険会社のプランを比較して交渉し、多くの書類をやりとりする煩わしい作業であり、とくに人事専門のスタッフを雇えない中小企業にとって負担は大きい。
とくに、アメリカでは医療保険制度改革法施行により、フルタイムの従業員が50 人以上の中小企業では健康保険加入が義務付けられた。
Zenefits では、中小企業が人事スタッフを雇うことなく、オンラインで簡単に健康保険の比較・購入ができ、給与計算や福利厚生の管理もできるサービスを無料で提供したという点が人気の理由である。中小企業が新たな法律の遵守を容易にできるようにした点も大きい。
■特徴
顧客である中小企業に対し無料でソフトを提供している点が、Zenefits が他の人事管理サービス提供ベンダーと大きく異なる点である。同時に、保険を販売するだけの従来の保険仲介業者とも異なる。中小企業にとっては同じ保険を購入するにしても、従来の保険仲介業者よりも、他の人事管理サービスが無料で受けられるZenefits から購入する方が恩恵は大きい。
Zenefits とすれば、「うちから保険を買いませんか」というのではなく、「人事管理サービス一式を無料で使っていただけますよ」という売り込み方式ができる。実際に、顧客の85%がソフト利用するだけで保険は購入しない。
従来の保険仲介業者の多くは、顧客企業に訪問販売をし、やりとりは紙ベースで、ゴルフをしながら人間関係を構築するといった旧式のやり方を続けており、Zenefits のビジネスモデルは業界構造を破壊するものである。Zenefits では、カスタマーサポートはコールセンター、メールを通じて提供している。
<社員管理画面>
「解雇する」ボタンをクリックすると、自動的に必要な書類が作成され、手続きが行われる。
(出典:スクリーンショットはすべてzenfits.com より)
採用通知や従業員ハンドブック、税務署向けなどが自動作成できる。
<社員シフト管理画面>
<社員向け休暇願い画面>
■収入モデル
保険会社からの販売手数料。加入期間中、毎月、保険料の4~8%を得る。
■業績
創業から1年半で顧客数は2000 社(社員数5万人)にのぼり、カリフォルニア州では、社員50 人未満の企業市場で大手保険会社Anthem に対し最大の仲介数を誇る。
2014 年8月だけで150 万ドルの新規ビジネスを獲得したが、10 月には、それが倍増し、2014年の売上は、前年比20 倍にのぼると見られている。ただし、利益は、まだ出ていない。
従業員数は、2014 年頭の15 人から1年で500 人近くに増加。12 月にアリゾナに新規事務所を開設し、今後3年で社員1300 人の雇用を予定している。
自社の目標以上のスピードで成長。出資したVCらも、これだけのスピードで伸びる企業は見たことがないという。企業価値は5億ドルと見積もられている。
■問題点
○ユタ州では、保険仲介業者が保険販売に対して購入者にリベートを直接的または間接的に提供することを禁止しており、2014 年11 月に、同州の保険監督局よりZenefits に対し、無料のソフト提供はリベートであり、州法に違反するもので、提供するソフトに対し適正市場価格を課金しなければ営業停止を命じ、罰金を課するとの通知が届いた。
同州の保険監督局長は、25 年、保険仲介業を営んだ業界人で、既存の保険仲介業者らのZenefits に対する苦情に対して対応したものである。ただし、最終的判断は、州議会で決定される。これを受けて、Zenefits では反論しているものの、同州での新規顧客加入は停止している。
他にも3州で既存仲介業者らが「無料ソフト提供は不当競争である」と監督局に苦情を申し入れている(2州では「問題なし」との判断)。従来の保険仲介業者にとっては、Zenefitsが既存の業界構造を破壊する大きな脅威となっている。
○一方、Zenefits に対抗するために、独自のソフトソリューションを開発する保険仲介業者も登場している。1年~1年半の間に、既存の保険仲介業者らが顧客に同様のソフトを提供する可能性が高い。彼らがソフト面で追いついた場合、Zenefits は競争優位を保てるのかという懸念がある。
○何百万ドルの保険を購入するのは複雑な過程であり、経験豊富な仲介業者によるアドバイスが重要であるという業界人もいる。保険業界では顧客企業との人間関係構築が鍵であり、Zenefits では手続きが自動化されており、経験の浅い20 代のコールセンター要員には問題が生じた際には対処できないという批判がある。
○Zenefits の成長が、同社自身の予想よりも速く、社内体制が追いついていない面がある。たとえば、新規顧客一日6~8社の対応能力がないところに、一日16~18 社が加入しているという状態だ。それも、顧客の85%はソフトを利用するだけで、保険は購入しないという。
今後も顧客数増とともに、スケールアップの問題がつきまとい、また数が伸び続けても、ソフトを無料で提供し続けることが可能なのかという懸念もある。
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