日本における中国人就労者
日本で就労する外国人就労者は、2018年10月時点で146万人を超え、過去最高に達したが、国籍別では39万人近い中国が最も多く、外国人就労者数全体の26.6%を占めている。※1
また、中国人の就労者の在留資格は「身分に基づく在留資格」の割合が26.7%、「専門的・技術的分野の在留資格」が26.5%、「資格外活動」が24.0%、「技能実習」が21.6%となっている。
「専門的・技術的分野の在留資格」とは、「高度な専門的な職業」「大卒ホワイトカラー、技術者」「外国人特有又は特殊な能力等を活かした職業」であり、中国人就労者の4分の1強が高等教育を受け、高度なスキルを備えた人材であることがわかる。
さらに、昨年、高等教育機関に在籍する外国人留学生は20万人を超えたが、そのうち中国からの留学生(8万6000人)が全体の41%を占めており、やはり中国籍がもっとも多い。
※1.
厚生労働省『「外国人雇用状況」の届出状況まとめ【本文】(平成30年10月末現在)』
※2.
日本学生支援機構『平成30年度外国人留学生在籍状況調査結果』 高等教育機関における留学生受入れ状況
このように、外国人労働者においても高等教育機関の留学生においても、中国籍が最多であるが、日本で就労または留学する動機として、下記のような事情がある。
中国の給与水準が上がっているとは言え、日本の水準以上の給料を得ている人は一部の優秀な人材のみであり、平均的な給料は、日本の半分以下である。そのため、より高い給料を求めて日本に向かうのだが、とくに北京や上海などの大都市に比べ給料が低い地方都市出身者に見られる傾向だ。
また、やはり欧米諸国と同様に、「日本のアニメや漫画が好きで、中国の大学で日本語を勉強した」というような学生も多い。
中には、「中国の過酷な受験戦争に耐えられず、日本に逃げてきた」という学生もいる。中国では、1990年以降生まれの世代は「90後(后)」と呼ばれ、高度経済成長の下、一人っ子政策の下で裕福に成人した世代である。それまでの世代のようにガツガツしておらず、主体性がなく、おっとりしており、日本のゆとり世代に似ているとも言われる。 ※3
そして、中国特有とも言える事情が下記である。
<就職難>
中国では、今年、建国以来、過去70年で最高の830万人以上が大学を卒業した。さらに、英語圏で就労ビザの取得が難しくなったり、政治的に中国への風当たりが強くなっている中、大学卒業後、中国に戻る卒業生が50万人近くにのぼっている。
一方、すでに経済が減速していたところに、米中貿易戦争が起こり、さらに経済が打撃を受けている。とくに輸出産業では、採用を控える企業も出ており、新卒の就職にも影響が出ている。今年は「史上最悪の就職シーズン」とも言われ、若者の反発を恐れる中国政府がタスクフォースを設けて対策に乗り出しているほどだ。
卒業後半年以内に就職した新卒は、2014年に77.6%だったのが、2018年時点で73.6%に減少しており、今年は、さらに下落する見込みだ。今年、春節後の3カ月間の新卒向け求人数は、昨年同時期に比べ、13%減少したという。
初任給も、新卒の3分の1が月6000(約9万円)~7999元(約12万円)もらえると期待していたところが、実際にそれだけの給料を得たのは18%のみであり、新卒の約70%は6000元未満だという。
新卒の多くは、安定性を求め、国営企業での就職を希望しているものの、国営企業も採用を控えている状態だ。国営企業の新卒採用は、昨年比19%減少しているのに対し、応募者は5%増加し、求人数は7人に対し平均1件という狭い門となっている。月給は4000元(約6万円)で、北京の平均給料の半分以下であるにもかかわらず、国鉄が一番人気であるという。
従業員1万人超の民間企業でも、今年、採用数が37%減少する中、応募者は11%増加している。一方、中小企業では、応募者が減少しているという状況で、大企業偏重傾向は韓国と似ている。
※3
東洋経済「”日本化する”90年代生まれの中国男子」2013/4/18
アンケート調査では、大学生の88%が「今年中に就職するのは難しい」と答えており、就職留年するという学生も、昨年に比べて増えている状況だ。同時に、大学院に進学する学生も増えており、昨年末に大学院統一試験を受けた受験生も、過去40年で最高の290万人に達している。大学院試験を受ける理由として一番多いのが、「就職が難しく、競争力を高めるため」(36%)であった。
<競争力向上のための留学>
競争力を高める手段として、留学を選ぶ中国人学生も多い。昨年、中国で発行された「中国学生研究生留学白書」によると、海外留学を選択した学生は、その主な目的として「就活戦線の競争力を高める(65%)」「新しいことを体験し、視野を広める(56%)」「国内より教育条件が良い(46%)」「語学力アップ(40%)」を挙げており、学生の66%が留学によって「就活の競争力が高まった」と回答している。
・”学歴ロンダリング”
中国で大学卒業生が史上最多に達した背景には、大学の増加がある。今年、労働市場に入職する就労者の3分の2が大卒であり、3年前に比べても倍に増えている。大学数は、2000年に1000校強だったのが、今では2700校を超え3倍近くに達している。
そうした背景から、無名の大学の履歴書は、即、ゴミ箱行きであるという。そのため、とくに中国の二流大学や地方大学出身者は、”学歴ロンダリング”のために、中国の出身大学よりブランド力のある日本の大学院に入る傾向が高い。(日本には、日本の有名大学を目指す中国人向け予備校がある。)
また、近年は、地方都市から日本に留学する学生が増えているが、中国の大都市で就職したくても、大都市の戸籍を得るのが難しい上、北京や上海では家賃が高騰しているという事情がある。Uターンを希望する学生も増えているものの、「中国の地方都市に帰るくらいなら日本に行った方がいい」という学生も少なくないということだ。
8月に『外国人の採用市場を読む 先進国の外国人材を雇用する上での留意点』でも触れたように、新興国の富裕層が米英に留学し、日本に向かうのは主に中流層である点は、中国も同じである。お金もコネもない学生は、中国国内の有名大学に入るためには過酷な受験戦争を勝ち抜かねばならないのだが、それを避けて、日本で”学歴ロンダリング”しようということだ。
就活事情
中国には、国営企業があり、採用方法や慣習は、民間企業とは大きく異なる。
中国の国営企業は、日本の伝統的な企業と似ており、能力試験や面接が人事部によって行われ、会社への忠誠心を持つ社員が求められる。国営企業では、欧米型の自己主張の強い人材は、他人への配慮や協調性に欠け、生意気であるとして敬遠される傾向があるという。
職は安定しており、福利厚生も非常によいが、昇進はコネと年功に基づくため、時間がかかり、新入社員は下積み的な仕事から始め、主任クラスになるのにも数年はかかるという。
一方、民間企業は、個々の企業によって様々だが、概して国営企業と外資系企業の中間に位置する。とくに中小企業では、年間の採用計画はなく、空きがでれば採用するという形であり、実践力が求められる。なお、海外からの帰国学生の4割以上が民間企業に就職するという。
新卒採用
中国でも、新卒を対象とした採用は行われており、大学でのキャンパスリクルーティングやジョブフェアは行われる。
<就活時期>
中国は新年度は9月から始まり、大学は春樹(3月~7月)と秋期(9月~1月)から成るところが多く、卒業時期は夏である。そのため、新卒採用のピークは9~11月で、次いで2~5月となる。10月初めの国慶節と1月後半から2月初旬にかけての春節の間に多くの求人が行われ、基本的に大学4年の初めから就職活動が始まる。
海外の大学を卒業した学生は、卒業後二年間は、中国国内の大学のキャンパスリクルーティングに参加できる。海外からの帰国学生が増えているため、こうした学生をターゲットにした企業は、12~1月にも採用を増やしている。
<就活手段>
主な就活手段はアメリカと変わらないが、下記のような特徴がある。
・コネ(縁故)
よく「中国はコネ社会」と言われるが、これは就職に関しても同じで、国営企業や大企業に就職したり、昇進する上で大事なのは、今もコネであると言われている。たとえば、「父親が会社の幹部と知り合いだった」というように、日本でいう縁故採用が幅を利かせている。昔に比べれば、縁故採用は減っているようだが、就職難の中、使えるものは何でも使うという学生が増えるのは当然であろう。
・WeChat(微信)
中国特有の現象として、中国最大のSNS,WeChat(微信)が欠かせない就活手段となっている点が挙げられる。ただのメッセンジャーではなく、物品やサービスの購入、フードデリバリー注文やモバイルペイメントにも使われ、市民の日常生活の一部となっている。
一日あたりのアクティブユーザー数は10億人を超えており、50歳以上の世代も含めネットユーザーのほとんどがWeChatを利用している。また、企業アカウントも1300万以上存在し、企業にとっても欠かせないチャネルとなっている。大学の安定経営に欠かせないドル箱中国人留学生を狙うアメリカの教育機関も、リクルートのために利用している。
WeChatには、求職者向けのグループ(コミュニティ)”job group”がある。都市や業界別に、さまざまなjob groupがあり、企業の採用担当者や就職紹介エージェントが求人情報を掲載する場所となっている。
・インターンシップ
他の新卒一括採用をしていない国と同様、中国でも、職歴がないことが不利となるため、実務経験を得るためのインターンシップは、欠かせない手段となっている。
就職観
アメリカのミレニアム世代と同様、中国の90後世代も、非現実的な期待を抱いていると批判されることが多い。一人っ子として育った、この世代は甘やかされて育っており、卒業後すぐに管理職に就くことを期待するという。
減っているとは言え、今年も、新卒一人に対し初級レベルの求人は1.4件あり、選り好みしなければ就職可能だと若者を批判する声もある。ただし、多くの求人は、北京や上海などの大都市以外にあるため、求職者には敬遠される。またBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)以外の企業には勤めたくない、という若者も多い。こうした点は、韓国の若者、に似ていると言える。
韓国の就職事情でも書いたように、新卒一括採用のない国では、即戦力が求められるため、職歴のないことは大きなハンディとなる。そこで、新卒として日本で働くことによって経験を得ることは、その後のキャリアアップにプラスとなる。
日本で働く中国人には、日本企業で働くメリットとして「無料で日本語の研修をしてくれる」「技術が習得できる」というメリットを挙げる人もいるが、これは「実務経験を得て、スキルアップすれば、よりよい転職チャンスが得られる、さっさと転職する」ということであり、踏み台にされ得ることも覚悟しなければならないだろう。
転職事情
現代の日本よりも立身出世主義的で、上昇志向の高い中国では、よりよいチャンスを求めて転職するのが一般的である。歴史的に、中国人は国家や組織を信頼しておらず、企業への忠誠心も薄い。
転職を繰り返す90後世代
80年代生まれの「80年後(后)」世代では、アメリカのように「転職する前に少なくとも3年は勤めるべき」という考えが一般的であった。ところが、90年後世代は、この点でも異なる。
2017年のアンケート調査では、この世代では、大学卒業後初めて就いた仕事を一年以内に辞めたという割合が60%以上にのぼっていた。それも、そのうちの38%が半年未満で辞めたという。一社での平均在籍期間は、80後世代では26.5カ月と2年以上あったが、90後世代では18.5カ月であった。この世代は、仕事を短期間で転々とするため、「キャリア蛙」(英語のJob Hopperにあたる)とも呼ばれている。
90後世代は、たとえば「毎日、プレゼン作成やイベントの企画などつまらない仕事ばかり」「仕事内容は、大学で学んだことと無関係。新たな知識を得ることも、経験を積むこともできない」という理由で、数カ月で辞めることもためらわない。
80後世代は、下積みの仕事から始めて、徐々に昇進をしていき、同じ会社に数年は勤めることに満足している人たちが多く、彼らから見ても、90後世代は我慢が足りないと映るようだ。
また、90後世代にとっては、ワークライフバランスが重要であり、「週末も仕事をさせられるなんて、とんでもない」ということで、3カ月で退職するということも珍しくない。最近、IT企業で常態化している「996勤務 ※4」 に対し反発している世代も、この世代が中心である。(ただし、IT業界では、毎日、残業する割合は90後世代が一番高いというアンケート調査結果もある。)
一人っ子政策の下で、裕福に育った彼らには、自己成長やプライベートなど、自らのニーズを満足させることが何より大事であり、企業の利益は二の次ということだ。
まとめ
今後、中国の就職難を受け、日本を目指す中国の若者は、さらに増えると思われる。
また、米中の対立で、中国の学生や研究者はアメリカの学生ビザや就労ビザが取得しにくくなっている。報復として、中国政府も、アメリカの大学との提携を解消するなどしている。英豪のビザ取得も厳格化しているため、日本に向かう留学生も増える可能性もある。
優秀な中国人人材を狙う日本企業には、朗報となるかもしれない。そうした企業は、日本に渡る中国人の多くが、上述した90後世代であることを念頭に採用活動を行うべきだろう。
※4.週6日午前9時~午後9時までの勤務体形で、残業代も出ないケースが多々。
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