私の育った地域では、「中学生は坊主頭」というのが常識であり、公立中学に進学すると、校則で有無を言わせず皆坊主にさせられた。どうしても坊主頭になるのがいやだった私は、“大学は学費の心配もなく、就職にも有利な国立大学に入って勉強したい。そのためには中学から進学校に入って勉強したい。”ともっともらしい理由をつけ、両親を説得して親元離れた私立の中学校に進学した。実家から通える範囲にないため、寄宿舎暮らしをすることになるのだが、ちょうど反抗期ということもあり、“自分ひとりの力で中学生活を送ってみたい”、そんな淡い期待を抱いての中学生活が 4 月からスタートした。
だが、そこは中学生とはいえやはり子供、親元を離れて暮らしてみると、家庭の有難みも身に染みて感じるようになる。入学してすぐのゴールデンウィークにはすっかりホームシックにかかり、寄宿舎に帰りたくない、とごねる始末であった。両親も、“それ見たことか”と思ったことだろう。だが、“自分で言い出したことだから”となだめすかしながら寄宿舎に送り出していった。
そうこうするうちに親元を離れた生活にも慣れ、ホームシックを感じることは徐々に少なくなっていった。それでも毎週帰省する際に乗るディーゼル機関車の車窓から見える海をぼんやりと眺めていると、だんだんと気持ちが穏やかになる。海岸線を抜けて最寄りの駅に近づいてくると、“今日のご飯はなにかなぁ”とお腹が鳴る。週末が終わって学校へと戻る列車に乗れば、“早く次の週末が来ないか”と思う。そんな1週間を繰り返しながらなんとか 3 年間の寄宿舎生活を乗り切った。志望する大学により確実に合格するため、より進学率の高い高校に入りなおしたが、中学のころの忍耐がその後の人生の基盤となって自分を支えてくれているようにも思える。
その後、 20 代のある人生の節目に、父が英和辞書をプレゼントしてくれた。その辞書は父が学生のころから使い続けてきたものだった。その裏表紙には「辛抱は、渡る浮世の、力杖(チカラヅエ)」と書かれてあり、横に「弘志(筆者の名前) 中学一年生 下宿 机上メモ」、と父の筆跡で記されてあった。当の本人は全く記憶にないのであるが、父にとっては、自分の忠告も聞かずに親元を離れ、愚痴や泣き言を言いながらも歯をくいしばっている中学生の息子の姿がよほど印象深かったのであろう。使い始めて数十年は経つであろうその辞書は、今でも自宅の本棚の片隅に置かれている。
多くの日本企業は、新興国をはじめとした海外市場の開拓・深耕を成長の源泉として戦略をシフトしつつあり、その過程で多くの困難や課題に直面している。その一方で、産業能率大学が実施した「新入社員のグローバル意識調査」を見ると、「海外で働きたいか ? 」という質問に対して半数近くが“そう思わない”と回答している。上司や先輩社員から見ると、“最近の若者にはチャレンジ精神がなくなった”、と揶揄する声も少なくない。しかし、見方を変えると、“日本で働くことさえ厳しいのに、不慣れな環境下で支援も見返りもそう多くは望めない海外勤務にどんな魅力が感じろというのか、そんな会社にした上司や先輩社員はどうなんだ”、という若手社員からの憤りの声にも聞こえないだろうか。そうなると、もはや若手社員の意識の問題ではなく、中堅層やベテランをも巻き込んで、組織としての「志」はなにか、一人ひとりがどう取り組み、周囲がこれを支えていくのか、という組織全体の課題とも捉えられる。
ほとんどの人は“変わりたい”と思う反面、変化に伴う困難に直面すると本能的に身構えてしまうし、できれば避けたいと感じる。それでもやはり“変化”するためには、それに伴う“困難”に立ち向かい、克服しなければならないという宿命を人は避けることができない。その困難に立ち向かえるか否かは、組織が以下に示すような風土・文化を育んでいけるか、という点と関連しているのではないだろうか。
* 一人ひとりの、志(こころざし)を持ってものごとに取り組もうとする心意気
* 志を遂げようとする者への周囲からの期待や励まし、後押し
* 困難に立ち向かいながらも、心の平穏を感じることのできる拠りどころ
「志(こころざし)を果たして、いつの日にか帰らん」・・・小学生の頃に習った“ふるさと”という歌の終わりの部分の一節である。仕事を通じて絶えず変化を迫られる自分とは対照的に、故郷の海は変わることなく碧く、そして穏やかである。
執筆者: 寺田 弘志
マーサージャパン株式会社
組織・人事変革コンサルティング
シニアコンサルタント
グループ人材マネジメントシステムの設計・導入、人材モデルの策定・運用支援、企業統合・再編に伴うマネジメントおよび社員コミュニケーション支援、および、日系企業のグローバル化支援と海外現地法人の人材マネジメント改革支援に従事。
アンダーセンコンサルティング(現・アクセンチュア)、日本ジェイディエドワーズ(現・日本オラクルインフォメーションシステムズ株式会社)、およびアーサーアンダーセンを経て現職。
京都大学大学院工学研究科電気工学専攻を修了。