ウィズコロナの新たな人事戦略

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2020.12.01

 まだまだパンデミックが収束しそうにない中、各国の企業は人事戦略の見直しを強いられている。8~9月に11ヵ国の上級管理職1100人以上と社員2600人以上を対象に行ったアンケート調査では、96%が、「人事政策を修正し、社員向けリソースを増やした」と答えている。(※1)


1.採用活動


 パンデミック発生後、多くの国で採用活動を一時停止したり、見直す企業が出ている。が、一方、採用活動を続ける企業もあり、テレワークの普及とともに、採用プロセスのバーチャル化が一挙に進まざるを得ない状況となった。

 今年4月に、北米、ヨーロッパ、アジア太平洋地域の人事採用担当者240人を対象に行ったアンケート調査では、回答企業の39%が「新規採用を中止した」と答えている。さらに、18%は「今年の採用数を削減する」、14%が「採用は続けるが募集職種を変更する」と回答した。「採用に関して変更はない」と答えたのは29%だった。見方を変えれば、61%は、何らかの形で採用を続行しているということだ。(※2)

 コロナ下での採用の課題として、以前と同様、「質のいい人材を発掘し、引きつけること」(68%)が一番ではあるが、「コロナ禍による変化に適応すること」(42%)、「リモートでの採用」(22%)が挙げられた。多くの人事採用責任者は、新たな環境で、応募者や採用担当者をサポートするために、採用プロセスを設計し直さなければならなかったという。それも、回答企業の46%で、人材採用担当者がリストラされており、マンパワーが足りない状態で採用活動を続けなければならならい状況だ。

 リモート採用によって一番影響を受けたのは、「面接」(52%)、「採用(選考、オファー)」(42%)、「新規採用者の受け入れ(onboarding )」(38%)、「人事配置計画」(37%)だった。過去数年の同じ調査では、企業は採用のためのマーケティングや人材発掘の力を注いでいたが、現在のコロナ下では、人材が応募した後の活動に比重が移ったことがうかがえる。また、パンデミック発生後、採用担当者の36%が「安全とコミュニケーションが最優先」とし、77%が「面接、選考、入社過程において、応募者の安全を重視している」と。


採用すべき人材の変化


 人材を採用するにあたり、パンデミック発生前と比べ、応募者の共感力、感情知能(EI)、変化適応力を重視するようになったと言う。とくにテレワークをする社員を雇う場合、コミュニケーションスキル、協働スキル、段取りスキル、時間管理スキル、自己管理スキルなどが求められている。


社内人材の活用


 イギリスでは先行き不透明な中、新たに社外から採用するよりも、社内で人材を探すことを優先する企業が増えているという。11月にイギリスの大中企業250社以上を対象にしたオンラインアンケート調査では、31%が「今後半年、社員に新たな職種に異動するチャンスを与えることに注力する」と答え、32%が「社員の再教育、スキル向上が2021年の最大の優先事項」だと答えている。

 社内モビリティを奨励することで、社員の離職を防ぎ、エンゲージメントを向上させることを狙っている。かつ現存のスキルギャップを社内で解決できるよう組織的に進化することの必要性を感じている。また社外から採用するよりも、社員教育に力を入れる方が、費用効果がよいというメリットもある。現在の仕事に対してだけでなく、将来のニーズに必要な人材を今から発掘、開発しておくという面もある。


「失業」というハンディ


 パンデミックで“禍転じて福をなす”という面があるとすれば、一部の国では、失業者が増えて失業が当たり前となり、転職をする上で、以前ほどは「失業中」がハンディにならなくなったとことかもしれない。イギリスでは上記のアンケートで、人事担当者の82%が「パンデミック以前は、失業者に対して偏見(スティグマ)があった」と答えたが、47%が「パンデミック発生後、偏見が薄らいだ」、また61%は「パンデミックによって失業した応募者を喜んで面接する」と答えている。ただし、26%は「パンデミック発生後も変わらない」、21%が「偏見が悪化した」、51%は「失業中の応募者の面接を躊躇する」と答えており、失業者に対する偏見が、今も健在であることがうかがえる。


転職への意欲


  パンデミック発生後すぐは、世界各国の上級管理職らは転職の可能性に、通常以上の興味を示したという。それは、ヘッドハンターからの電話に応じる時間ができたということに加え、やはり将来に不安を感じていたからというのが要因と考えられる。ただし、パンデミックが続く中、社内での対応に追われ、転職どころではない管理職が増えているともいう。


新卒・初級レベルの採用


 これまでのような形で採用活動ができなくなったことで、とくに初級レベルの採用が難しいという声は多い。従来のように新卒者が就職活動の一環として、インターシップなどができないという状況が一因である。ただし今年、バーチャルインターシップを導入した企業もある。

・バーチャル・インターンシップ

 投資銀行大手のゴールドマンサックスでは、毎年、3000人ほどの学生が8~10週間、インターンを行っている。これは、「インターンとして採用されなければ、卒業後の入社は無理」というくらい新卒の就職にとって重要なイベントとなっている。同社は、今夏、そのインターンシップを5週間、バーチャルで行った。

 インターンに、ただPCの前で分析などの作業をしてもらうだけでなく、クライアントとのバーチャル座談会や社内交流会(meetup)、勤務時間後の交流会も設け、インターン同士の交流も促された。通常は、インターンの評価はインターンシップ半ばと最後に行うが、バーチャルでは毎週行ったという。

 インターンシップ終了後のアンケート調査では、インターンの満足度は非常に高く、オフラインであれば地元オフィスの上級管理職にしか会えなかったところが、バーチャルで世界中の上級管理職と会えたことなどにメリットを感じている。また、インドの大学生が、アメリカの大学で(インド人教授の下)インターンをするという例もあり、バーチャルで行うことにより、採用側にとっても学生にとっても、対象地域がグローバルになったということは大きなメリットである。

 一方、大学側でも、ニューノーマルの環境で学生の就職活動を後押しするところも出てきている。アメリカでは、先月、学生が来年のインターンシップ(インターンシップ自体はバーチャルとは限らない)の機会を得られるよう、バーチャルインターンシップEXPOを開催した私立大学がある。70人近くの学生が参加し、企業の担当者と個々に計100以上の面談を行い、グループセッションも行われた。


バーチャル採用


 イギリスでのアンケート調査によると、3月末から1ヵ月超ロックダウンが行われる間、さまざまな業界の人事採用者の80%が、「少なくとも一度はリモートで採用を行った」という。66%は「将来はリモートを取り入れたハイブリッド式に移行する」と答えている。リモート採用は、コロナ下における緊急措置ではなく、テレワークの増加に伴い、今後、恒久的に行われるであろうということだ。

 採用プロセスがバーチャルになったことで、場所にとらわれず、より多くの人材からリクルートでき、かつより多様なチームを構築できるということをメリットに挙げる企業は多い。とくに中小企業では、バーチャルであれば、少ない人事スタッフでも実行することが可能だ。また、対面で面接をするよりも、短時間ですみ、採用担当者にとっても応募者にとっても、より効率がいい。

<バーチャルイベント>

 ビデオ面接などは以前から行われているが、パンデミック発生後、オフラインの活動ができないことから、採用活動として、バーチャル・ジョブフェアやバーチャル・オフィスツアーなどのバーチャルイベントを行う企業も出てきている。

・バーチャル・ジョブフェア

 今月(2020年11月)、香港国際空港では、貨物や保安、顧客サービスなどの空港関連職のバーチャル・ジョブフェアが開催された。30社ほどが参加し、500人以上の求人に対し、参加者は6000人にのぼった。参加者は企業のバーチャルブースを訪れ、企業の代表と話をしたり応募したり、面接をスケジュールしたり。キャリアセミナーもライブ配信された。

・バーチャル・コンテスト

  世界最大の化粧品会社ロレアルでは、毎年、大学生向けにブランドマーケティング・コンテストを開始してきた。日本国内の大会で優勝したチームは、パリで開催される国際大会に日本代表として参加し、世界各国のチームと直接対戦するというものだ。このイベントはロレアル社にとって、新卒採用戦略の一環であり、毎年、何百人の社員を雇う重要なものである。

 同社は今年、これをバーチャルで行ない、65ヵ国から4万8000人が参加した。171人のファイナリストがパリに渡航する代わりに、ライブストリームでプレゼンを行い、リンクトインを含むソーシャルメディアで中継された。イベントは成功し、同社では将来、同じ形でキャリアフェアなども行う予定だという。

・バーチャル会社説明会・Q&Aセッション

 会社説明会をオンライン化したバーチャル会社説明会は、日本でも行われている。人事採用担当者や現場の責任者、チームメンバーなどに、応募者が質問できるQ&Aセッションという形で行う企業や、会社幹部とカジュアルに会話ができるFireside(炉辺)チャットを行う企業もある。
 

・バーチャル・オフィスツアー

 バーチャルで社内を案内し、同僚・チームメンバーを紹介するというものだ。入社したら任されるであろう仕事内容・風景を実際に見てもらうこともできる。リクルート用ビデオの一部に挿入することも可能で、日常の仕事風景だけでなく、会社のイベントなどを通じて、どういった会社なのか、企業風土を見てもらうことが重要とされている。

・チャットボット

 多数の応募者に対応しなければならない企業では、バーチャル採用アシスタントとしてチャットボットを利用している企業もある。24/7で(常に)応募者の質問に答え、必要なページなどに誘導できるというメリットがある。

<バーチャル・アセスメント>

 宿題として筆記テストやITプロジェクトをやってもらったり、オンラインでリアルタイムのスキルアセスメントや性格診断などが行われている。

<バーチャル・オンボーディングおよび研修>

  パンデミック以前から、ビデオ面接やオンラインアセスメントは行っていたが、社員が入社する時点からは、出社するのでオフラインで行うという企業は多かった。しかしテレワークが普及する中、オンボーディング(新人研修を含め、新入社員・メンバーが仕事に慣れるのをサポートする一連のプロセス)も、バーチャルで行う必要に強いられているが、これは企業にとって大きな課題となっている。

 とくに実務経験のない新卒にとっては、採用から入社、初仕事まで、すべてバーチャルで行われる中、戸惑うことも多い。企業にとっても、迅速かつスムーズに新入社員を戦力化し、離職を防ぐためにも、オンボーディングは重要なプロセスである。

 オンボーティングでは、テレワークしながら上司や同僚、人事とどのように連絡を取るのかといったことから、仕事内容や社内手続き・ルールの説明、同僚への紹介などが行れる。テレワーク用の備品の整備も含み、新入社員が設備的にも精神的にも、リモートワークをする用意ができているか、ということを確認する作業も含まれる。

 リンクトインのアンケート調査では、回答者の72%が入社直後、「直属の上司と1対1で話ができたことが、オンボーディングで一番重要だった」と答えている。日本でも、新入社員がテレワークでは「質問や相談がしにくい」ということを最大の不安や悩みとして挙げており、「やってもらってよかったこと・やってほしいこと」として、「話かけてもらえる・雑談してくれる」ということを挙げている。

 さらに入社直後だけでなく、定期的に上司や人事が、新入社員に定期的に連絡を取ることが重要である。かつ同僚に気軽に質問ができたり、雑談できたといった環境も必要である。
 

2.人材育成


 パンデミック発生後、北米では教室ベースの研修の約半数がキャンセルまたは延期となっている。テレワークが普及する中、当然、人材開発・教育も、バーチャルで行う必要があるわけだが、これまでeラーニングを取り入れてこなかった企業では、緊急に対応を迫られた。コスト削減で研修費も削減される中、ウイズコロナ、アフターコロナの世界に応じた人事教育を考え直さなければならない必要に迫られており、これも人事担当者にとっては大きな課題となっている。


バーチャル研修が標準


 近年、eラーニングが普及していたが、パンデミックを機に、今後、バーチャル研修がニューノーマルになると言われている。これは、これまでオフラインで使っていた教材を電子化すればいいという話ではなく、バーチャル受講生を念頭に、コンテンツの再構築や最適化、配信方法、学習目標も見直す必要があるということだ。バーチャルの環境で、人が集中できる時間は限られており、セッションをより短く何回にも分け、より興味を保てるような工夫が求められている。また、「他の受講生と交流したい」という声もあり、研修後にバーチャル飲み会などを開く企業もある。


ウエルネス


 パンデミック発生後、多くの企業で社員のメンタルヘルスが問題になっていることは、以前、報告したが、メンタルヘルスやウエルネスに関する研修を行う企業が増えている。オンライン学習マーケットプレースのUdemyによると、法人向けコースでは、前年に比べ、今年、メンタルヘルス系コースの受講が爆発的に伸びたという。(※3)とくに医療従事者などessential workerの間での受講が伸びている。

Talkspace

 学習自体が、ストレス対応に役立つとの研究結果もあり、個々の社員が将来に不安を抱える中、自分の将来に投資できる機会を与えることも重要だと考えられている。


ソフトスキル


  先述のように、テレワークの普及で、新たなコミュニケーションスキルが必要となっており、ITスキルだけでなく、そうしたソフトスキルの研修のニーズが高まっている。上記のUdemyの法人向けコースでは、IT業界では、傾聴スキルコースの受講が、前年比3201%伸び、小売業界ではビジネスエチケットコースの受講が2000%以上の伸びを示している。


スキル開発・向上(Reskilling・Upskilling)


  パンデミックの影響で、各国で失業者が増えたが、再就職するためには、新たなスキルの習得が必要である場合も多い。同時に、コロナ対策で、自動化を促進する企業も増え、各国で人材のスキル開発・向上が急務となっている。

 パンデミック発生後に行われた29ヵ国の上級管理職441人を対象に行われたアンケート調査では、回答者の68%が「コロナ対策として自動化を導入した」と答えている。(※4) ロボティックス、機械学習、自然言語処理などの自動化を利用している企業は73%にのぼり、前年のアンケート調査に比べ、25ポイント上昇している。

 回答企業では、自動化の結果、今後3年で仕事内容が変わり、社員の34%を再教育しなければならなず、23%は、すでに仕事内容が変化しているという。イギリスでは、パンデミックの影響で自動化が進み、2030年までに、就労者の9割が何らかの再教育を必要とするという。8割以上はスキルの向上が必要で、残りの2割は、基本的な仕事内容が変わるため、新たなスキルの習得が必要と言われており、政府の対応が急務とされている。 (※5)

※1.McKinsey & Company“Diverse employees are struggling the most during COVID-19—here’s how companies can respond” 2020年11月
※2.AMA Aptitude Research “Transforming Talent Acquisition for the Future” 2020年
※3.Udemy for Business “The 2021 Workplace Learning Trends Report” 2020年11月
※4.Deloitte University EMEA CVBA, “Deloitte Insights: Automation Intelligence“ 2020年。67%がヨーロッパとアフリカ、21%が南北米、12%がアジア太平洋。
※5.CBI ”Learning for Life: Funding a World-Class Adult Education System” 2020年10月

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有元 美津世プロフィール
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。 社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米27年。 著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』など多数。