前回は、大企業のSDGs達成のための取り組みについて説明したが、SDGsの一環である環境問題や貧困問題の解決のために起業するスタートアップのソーシャルビジネスも、世界各地で見られる。こうした企業では、「SDG 14達成のために」といった具体的な目標を掲げているところは少ないが、SDGのSの部分である「サステナブル(sustainable)」な社会の実現を掲げている。下記で紹介する企業はすべて、グローバルSDG賞など、持続可能性(sustainability)への貢献に対し数々の賞を受賞している。
厨房での食品ロス削減ツール
世界では、生産された食品の3分の1が廃棄されていると言われている。これは世界の農地の4分の1以上が、食べられることのない食物を作るのに利用されているということで、食品廃棄から年に33億トンの二酸化炭素が大気中に排出されているということでもある。こうした中、ITを使って食品ロスを削減しようというスタートアップが登場している。
Winnow
日本でも食品ロス削減のためにAIを活用する大手飲食チェーンなどが出てきているが、イギリスのWinnowでは、主にホスピタリティ産業の厨房で食品ロスの削減を可能とするツールを開発している。飲食店やホテルの厨房では、購入した食材の20%も廃棄され、このコストは純利益に匹敵する場合もあるという。しかし、これまで調理人たちが廃棄を管理できるツールがないことが食品ロスを防ぐ障害となっていた。
Winnowが開発したWinnow Visionは、AIを使って食材ロスを自動的にトラッキングし、どれだけの食材が廃棄されているかを可視化するものだ。ゴミ箱に捨てられる食材の写真を撮影し、何が捨てられるのかをコンピューターが機械学習する。Winnow Visionとともに利用されるWinnow Waste Monitorは、捨てられた食材の重量を計るデジタル秤(スマートスケール)とモニターから成る(下記写真)。秤に捨てる物を置くと重量が記録され、ユーザーはモニターで廃棄物と廃棄の理由を入力する。
一度の入力に対し、かかる時間は平均3秒。一日にして計15分ほどのことで、繁忙な大規模厨房でも問題なく使いこなせるという。そして、自動的に日間・週間サマリーレポートが作成され、廃棄物をカテゴリー別、かつ金額換算で見ることができ、また時系列で成果を確かめることもできる。AIが機械学習をするにつれ、調理人による入力は最小限となり、最終的には必要がなくなるという。
こうして、それまで紙とペンに頼っていた調理人たちが、何がどの過程で廃棄されているか、廃棄パターンを見極め、データに基づいて食材の購入判断ができるようになる。これによって、調理人は効率的に食材の注文を行ない、かつメニューや調理法を改善することができるというわけだ。Winnowでは、同社のツールを利用開始して2ヵ月で、初期投資が回収できるという。また利用開始後、半年から一年で食品ロスが40~70%削減でき、食材購入費の2~8%が削減できるともいう。
Winnowでは世界5カ所に事務所があり、同社のツールは40カ国の1000以上の厨房で使われている。その1000以上の厨房から集めたデータによると、購入された食材の平均5~15%が廃棄されているという。これが、同社のツールを使うことで、購入費計4200万米ドルの節約につながっているということだが、これは年間3600万食が無駄にならず、6.1万トンの二酸化炭素が排出されずにすんでいることになる。同社のツールは現在、ホテルやカジノ、クルーズ船、ケータリングなど大規模厨房を中心に利用されているが、将来は規模にかかわらず、あらゆる厨房で利用されることを目指している。
Leanpath
同様のツールを一足先に開発したのが、アメリカに本社を置くLeanpathだ。Winnowとは違い、同社のツールでは、カメラがデジタル秤と一体になっており、調理前の食品廃棄もトラッキングできる。Leanpathは、主にフードサービス事業、大学のカフェテリア(通常ビュッフェ)、医療施設など、やはり大量の食事を調理する大規模厨房をターゲットにしている。しかし同社では、中規模の厨房向けの小さな秤も提供しており、小規模厨房には秤なしで入力用タブレットのみを利用することも可能である。また、ブッフェ向けには、ブッフェの利用者がどれだけの食品を無駄にしているかを可視化するツールも提供している。
さらにLeanpathでは、昨年、モバイルの食品ロストラッキングプラットフォーム、Leanpath Goも投入している。コロナ禍で、ビュッフェスタイルが影を潜め(そもそもアメリカでは多くの州で店内飲食禁止)、テイクアウトが増えたため、 重量ではなく、品目で廃棄物をトラッキングようにしたものだ。Leanpath Goには秤は搭載されておらず、タブレットだけなので、どこで使うことも可能であり、コンビニやカフェ、スーパーなどでの利用に向いている。
たとえば、Leanpath Go(下記写真)では、サンドイッチとピクルス、ポテトチップがセットになったパッケージをひとつの食品として記録できる。インターフェースは食品の画像になっており、それをクリックするだけで、すぐにクラウドベースの解析プラットフォームにアップロードされる。
さらに同社では昨年、新たなツールであるImpact Suiteの展開も開始している。Impact Suiteは、ユーザーに、食品ロスを削減するための具体的なアクションを指示してくるものだ。廃棄データから、コストや頻度などを基に一番無駄になっている食品を見極め、それを削減するための行動計画を作成し、その達成状況を日々、週間で調理人に報告する。複数の厨房やチーム間で目標を共有することもでき、たとえば、ある食材の価格が上昇すれば、それを食材のバイヤーが全厨房に知らせて、その食材の廃棄の削減を徹底するということが可能となる。そして、削減目標や優先順位の高い食品が捨てられた際には、調理人や管理者にリアルタイムで通知が行くように設定もできる。
・グーグルでも利用
グーグルの社員用カフェテリアでも、2014年からLeanpathのツールを利用している。グーグルの26ヵ国の189のカフェテリアでは、毎日、20万食以上の食べ物が廃棄されていたのだが、11ヵ国の129のカフェテリアでLeanpathが導入されてから、300万ポンド(1360トン)の食品が廃棄されるのを防ぐことができたという。廃棄する食品を秤に載せると、その金銭価値が表示されるため、それによって調理人は、次の注文量を調節したり、残った食材の利用方法を変えることができる。たとえば、社員用休憩室で残ったバナナをバナナブレッドにするといった食材の用途変更(repurpose)も可能となる。
社員カフェテリアでは、すべてが無料のため、社員もついつい多めに取ってしまう。そこでグーグルでは、利用者向けツールも導入し、社員が食器を戻す際に残した料理を計って、どれだけが無駄になっているかを見ることができるようにもしている。またLeanpathでは、SDG 12.3(2030年までに食品ロスの半減)の達成のために、(※1)余裕のない調理学校や非営利団体が少しでも食品ロスを削減できるよう、ハードやソフトを無料で提供するなどの支援を行っている。
※1.SDG 12.3:2030年までに小売・消費レベルにおける世界全体の一人当たりの食品廃棄物を半減させ、収穫後損失などの生産・サプライチェーンにおける食品の損失を減少させる。
海洋プラスチックごみ削減―プラスチックバンク
バンクーバーに本社のあるプラスチックバンクは、海洋プラスチックごみ削減と新興国での貧困を撲滅するために、デジタル通貨を使って、新興国でプラスチックのリサイクルを促進している。カナダ人の創業者が、世界各地でスキューバダイビングをするうちに、プラスチックによる海洋汚染を目のあたりにし、その解決のために、2013年にプラスチックバンクを設立するに至った。
まずは、ハイチにプラスチックごみ回収所を設け、住民がプラスチックごみを拾って回収所に持っていくと、買い取ってもらえるという仕組みを築いた。支払いはデジタル通貨で行なわれ、それで毎日の生活に必要な食品や日用品が買えるだけでなく、治療費や学校の学費を支払うこともできる。年収10万円の世帯にとっては、プラスチックを拾うことで6000円でも稼げれば生活の足しになる。
・ブロックチェーン利用
デジタル通貨には、IBMのブロックチェーン技術が使われている。プラスチックごみ回収者が、どれだけのプラスチックを回収したかを記録し、また稼いだお金を貯めておけるデジタルウォレットとしても使えるようになっている。銀行口座を持てない貧困層には、現金を持ち歩く必要がなく、便利かつ安全なキャッシュレスツールとして重宝されている。ハイチでは、回収者が稼いだお金でスマホを購入し、場所によっては太陽電池でスマホを充電することも可能だという。こうして、プラスチックごみの削減で環境汚染を改善すると同時に、住民は収入を得ることができ、地域経済の活性化につながっている。
・大企業が購入し再生
回収されたプラスチックごみは、リサイクルセンターに送られた後、同社の顧客企業に売却されるが、市場価格以上の価格で買い取ってくれるという。顧客企業には、ドイツのヘンケルやアメリカのSCジョンソンなどグローバル企業が名を連ねているが、これらの企業とは「製品製造の際に再生プラスチックを使用すること」という契約を交わしている。そして、これらの企業は、貧困地域の人々の暮らしの向上に寄与しながら再生した製品を「社会プラスチック(Social PlasticⓇ)」として市場で販売できる。
こうした顧客企業は、「カーボンオフセット」ならぬ「プラスチックオフセット」プログラムを運営しており、再生プラスチックを購入するインセンティブとなっている。(※2)たとえば、石油会社のシェルでは、再生プラスチックで再利用可能なPETボトルを50万本製造しているが、1本売る度に2キロのプラスチックが海に捨てられることを防いでいるという。
これらの顧客企業は、ハイチやインドネシアのプラスチックごみ回収センターの設立にも寄与している。プラスチックバンクは、今ではハイチに32カ所、フィリピンで27カ所のほか、インドネシアやブラジル、最近ではエジプトにも進出し、計400以上の回収所を設け、回収者は2万5000人以上にのぼっている。海洋汚染プラスチックは、中国、インドネシア、フィリピン、ベトナム、タイが最大の汚染国と言われており(先進国からプラスチックごみを購入しているのが一因)、プラスチックバンクでは、進出する国として、こうしたプラスチック汚染率と貧困率が高い国を対象にしている。
※2.カーボンオフセットとは、経済活動において避けることができない温室効果ガスの排出について、減らせない分は、排出量に見合った温室効果ガスの削減活動に投資することで埋め合わせ(オフセット)すること。
廃棄タイヤで作った皮革サンダル―Brave Soles
カナダのBrave Solesでは、ドミニカ共和国のゴミ処理地に捨てられた車のタイヤを再生して、100%手作業で作られた皮のサンダルをネットで販売している。(※3)創業者は元々、2000年にカナダで慈善団体を設立しており、2004年から海外の貧しいコミュニティの支援に携わっていた。2006年にドミニカ共和国のリゾートで休暇中に、近くの貧困地区を訪れたところ、そこで暮らすハイチ出身の無国籍のシングルマザーの貧しさにショックを受ける。無国籍の人たちはゴミを拾って生活を立てているが、稼げるのは一日1~2ドルほどだという。(※4)
そこで創業者は、ドミニカの貧困コミュニティの支援に乗り出す。その年、カナダで慈善活動をする10代の若者たちをドミニカに連れて行き、ゴミ捨て場で瓶などリサイクルできるものを拾う活動を行なった。その後も、カナダで講演料を稼ぎながら、ドミニカでゴミ拾い活動を続けた。
※3.Sole(足の裏)とSoul(精神)を掛けている。
※4.ドミニカ共和国(人口約1000万人)には、地続きの隣国ハイチからの移民が100万人居住すると言われるが、どちらかの親がドミニカ国籍でなければドミニカの国籍を取得できないため(日本も同じ)、親がハイチ出身でドミニカで生まれた子供たちが無国籍となっており、教育や福祉も受けられない状態。2010年のハイチ地震で、ドミニカに移民したハイチ人はさらに増え、国連でも問題になっている。
・古タイヤをアップサイクル
そのうち、ゴミ捨て場に大量の自動車のタイヤが捨てられていることに気づいた創業者は、近所の人が履いていたキューバ製の手作りの皮革サンダルからヒントを得、近所の職人の力を借りて、タイヤをサンダルにアップサイクル(廃棄物や不用品などに新しいアイデアを加え、別の品として蘇らせること)するアイデアを思いつく。友人から1000ドルを寄付してもらい、作ったサンダルのサンプルを履いてもらった写真を撮って、Shopify(カナダ発Eコマースプラットフォーム)に掲載したところ、瞬く間にフェイスブックで口コミで広がり、一日で40足売れるという結果となった。
・マイクロファイナンス
一方、サンダルの生産が追い付かないという問題があった。勤労意欲はあるものの、サンダルを作る職人たちには機械を買ったりする資金がなかったからだ。そこで、職人らに資金を提供するために、マイクロファイナンス(小口金融)も開始した。
Brave Solesでは、「アンバサダー(大使)プログラム」を立ち上げ、世界各国で同社のサンダルを売り、その誕生秘話を伝えるアンバサダーを増やしている。同社のビジネスモデルは、感染症の媒体となる蚊を培養する水の溜まった廃棄タイヤのすぐ隣で生活を強いられる極度の貧困地域で、無国籍のゴミ捨て場労働者やシングルマザーなどが起業することを支援するというもので、アップサイクル、マイクロファイナンス、地域社会貢献によって貧困のサイクルを絶ち切り、靴を買うことによって世界を変えられるということを、各国でサンダル販売に関わる人たちが認識し、単なる売買活動だけでなく、社会変革に携わっているという意識が必要であったという。
Brave Solesでは、今ではサンダル以外に靴やバッグなども製造、販売している。また、縫製者はドミニカだけでなく、メキシコやアルゼンチンの貧困コミュニティでも誕生しており、各地の貧困撲滅の一手を担っている。
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