【海外の就活・転職事情】インド人の就活・転職観を見てみる

インド国旗
2020.04.01

日本におけるインド人就労者

 厚生労働省の「外国人雇用状況」では、インド人は「その他」に含まれおり、単独でのインド人就労数は公表されていない。(※1)一方、法務省によると、在留インド人数は約3万8000人で、他のアジア諸国に比べて少ない。(※2)
 ただし、ヒューマングローバルタレント(ダイジョブ)社では、毎年、インド人の応募者は多く、雇用数も比較的多いことから取り上げることになった。
 なお、日本でのインド人留学生も、1163人と、在留外国人留学生の 0.6% と非常に少ない。(※3)  

※1.厚生労働省『「外国人雇用状況」の届出状況まとめ【本文】(平成30年10月末現在)』
※2.法務省外国人統計(2019年6月調査)
※3.日本学生支援機構『平成30年度外国人留学生在籍状況調査結果』 高等教育機関における留学生受入れ状況

日本での就労動機

 他の新興国と同様、インド人が日本で働きたいという最大の動機は、インドの何倍も稼げるからである。インドの平均的給与は月4万~5万円で、単純作業の場合、最低賃金は月6000円~1万3000円ほどである。
 さらに、人口13億人のインドでは、毎年、1000万人の若者が労働市場に参入するが、国内には、それだけの職はなく、大学を卒業しても職がないという状況である。
 インドでは、いったん滞った経済成長が回復基調だったが、失業率は2018年から徐々に上昇し、昨年からは7%台で留まっている。とくに若者の失業率が高く、2019年、都心部の若者(20~24歳)の失業率は37%と、2016年~2018年に比べて大幅に上昇しており、中でも大卒の失業率は平均63%以上で、さらに高い。インド全体でも、20~29歳の大卒の失業率は43%で、全年齢層での大卒の失業率は18.5%である。
 インドでは、昨年12月から今年にかけ、国籍法改正に対して抗議デモが起こったが、その背景には、こうした若者たちの不満もある。

インドの就活事情

 インドの大学の新学期は、学校によって6~8月に始まり、卒業時期は5~7月である。なお、インドの大学には、学部によって3年制と4年制がある。

キャンパスリクルーティング

 インドでは、新卒の採用はキャンパスリクルーティングが主流で、大学を通してリクルートする割合が、他の国に比べて高いという特徴がある。
 トップ校や二番手校では、大学のキャリアセンターが企業の新卒採用を主導している。企業側は、まずキャンパスで採用活動を行い、採用できなかった場合にオフキャンパスでの採用活動を行う。学生が希望する企業にアプローチするのではなく,企業側が優秀な学生にアプローチをするという仕組みだ。
 採用活動は、卒業前年の8月ごろから翌年の1~2月わたって行われる。日本のような就職協定はなく、採用のスケジュールやルールは個々の大学が決める。
 キャンパスリクルーティングは、数日にわたって行われるが、大手企業は初日に訪問することが多い。上位校では、内定は1~2社までに制限している大学もあるため、他者に先に内定を出されてしまう恐れがあるからだ。
 説明会の日程は、インドにおける知名度や業種、給与額、学生の間での人気順などを基に決められる。企業が事前に示した学生の成績最低ラインを基準に,キャリアセンターが応募者を振り分け、応募可能な企業のリストを個々の学生に配布する。応募する学生は、キャリアセンターを通じ履歴書を提出する。
 キャンパスリクルーティングでは、会社説明会,筆記試験や適性検査、面接までが1日で行われる。学生は、一日にいくつもの面接をこなさねばならず、開始時間は朝5時というケースまである。
企業は、当日中に内定を出す場合が多く、内定をもらった学生は、即時に決定しなければならない。
 インド最高学府のインド工科大学(IIT)では、これまで参加企業は欧米のグローバル企業が中心だったが、近年はシンガポールや日本などのアジア企業が増えている。内定を出した外資系企業の大半が日本企業であったというIIT校もある。(※4)  若者の失業率が高く、多くの卒業生が就職できない中、トップ校の就職率は高く、給料も伸びている。

インターンシップ

 一日に複数の面接をこなし、即日、内定の承諾をしなければならないキャンパスリクルーティングは、学生にとって負荷が大きく、その前の学期は準備で学業が手につかないという。企業にとっても制約が多い仕組みで、近年、代替採用手段としてインターンシップを提供する企業が増えている。日本企業を含め外資系企業でのインターンシップも行われている。

※4.インド工科大学はインド各地に23校(キャンパス)。

転職事情

 他国と同様、インドでも、よりよい待遇を求めて転職を繰り返すのは一般的である。在籍期間は平均3年と言われるが、1~2年で転職する人も珍しくない。インドの場合、とにかく第一によりよい給料、そしてキャリアアップのチャンスを常に求めている。
 一方、雇用の安定性を重視する人が多いというのもインドの特徴である。仕事の内容よりも雇用の安定性、自分がやりたいことよりも、いかに長期的に安定して高い給料をもらえるかが重要ということである。

安定志向

 インドでは皆、親に「医者かエンジニアになれ」と言われて育つという話は、ジョークにもなっているくらいだが、社会的ステータス以外に、医者やエンジニアも安定したキャリアと見なされているからだ。しかし、一番人気がある職業は、公務員である。
 雇用が伸び悩むなか、2年前に、インド国有鉄道が4年ぶりに職員を募集したところ、9万人近くの求人に2300万人以上もの応募があり、「世界最大の人事採用」と呼ばれた。昨年も、12万人の求人に2400万人が応募し、求人1人に対し応募者200人以上という高倍率だ。
 職種は運転士や技術者から保線員やポーターまでさまざまだが、初級レベルでは、民間より公務員の方が求人が多い。福利厚生もよく、ワークバランスがとりやすく、かつ長年、安定して働けるという点が好まれる。
 インドでは、教員を含む公務員は「給料がよくて金持ち」というイメージがあり、とくにインド最大の雇用主であるインド国鉄は、裕福な家庭の出身でない人たちの間では一番人気だという。「インドで大学を出ても、何の知識も身に付かず、仕事なんて見つからない」という大卒者も応募するため、競争が激化する。
 昨年、エリート校のインド工科大の修士号保有のエンジニアが、高給職を捨てて、高卒未満でも就ける国鉄の職に転職したことが、インド国内で話題になった。他にも、給料が半減しても、いつクビを切られるかわからない外資系を辞めて、公務員になる大卒者がいる。
 インド第三の州では、MBAなど修士号取得者50万人が、応募資格が高卒未満の庭師、門番、清掃員など求人166の狭き門に応募して、話題となった。

海外志向

 インド国外に居住するインド人は1750万人以上で、海外(出身国でない国)居住者数では世界一である。(※5)インド人居住者が多いのは、中東に次いでアメリカである。とくにインド人大卒者にとっては、英語圏であるアメリカとイギリス、オーストラリアが人気の移住先である。

※5.海外への移民数が世界一のインドだが、割合的には海外で就職する卒業生は少なく、IITのようなトップ校でも、毎年1万人以下で、卒業生全体の1%にも満たない。

 ところが、アメリカでは、毎年、数に限りがある就労ビザ(H-1B)の3~5割をITアウトソーシング企業(主にインド系)が取得し、悪用することが問題となり、就労ビザの改正が行われた。就労ビザ取得者の7割がインド人で、インドでは「改定の一番の被害者はインド人」との声が上がった。しかし、改定以前から、アメリカ国内で働くインド人にとって一番の問題は、就労ビザから永住権への移行だった。(多くのインド人や中国人にとって最終目的は移住である。) 
 米永住権は、毎年、同じ国の出身者に全体の7%以上発行しないと決められており、インド人の場合、応募者が多いため(永住権取得を待つ40万人近くのうち3分の2がインド人)、永住権取得までに20~90年かかると言われている。そこで、就労ビザのまま結婚して子供ができる間に待ちくたびれ、生活基盤を安定させるためにも、他国を目指すインド人は少なくない。
 今年施行の就労ビザ改定により、就労ビザの更新が却下されるケースが増えていることから、インドに帰国、または他国への移住を余儀なくされる人たちが出てきており、初めから他国を目指すインド人が、さらに増えるだろう。
 こうした状況で、近年、カナダに行くインド人が増えていたのだが、イギリスでは、メイ政権が厳格化した就労ビザをボリス政権が緩和したため、イギリスを目指すインド人が増えている。ボリス政権は、オーストラリア式の移民政策に切り替え、世界各国から優秀な人材を集めること注力している。

・学生ビザ

 アメリカでは、学生ビザの発給も厳格化しており、2016-2017年学年度、初めて学生ビザ申請数が減少した。20年前は、IITマドラス校の卒業生の80%がアメリカの大学院に進んだというが、今では20%を切っているという。
 大学や大学院卒業後、そのまま現地で就職(そして移民)を希望するインド人が多いため、卒業後、就労ビザが下りない可能性が高いのであれば、初めから卒業後のことを考えて就職しやすい国を留学先として選ぶことになる。 イギリスは、8年前に、大学卒業後、滞在できる期間が2年から4ヵ月に短縮され、留学生の数が減少した。さらにEU離脱で、卒業後の就職を考えて、イギリスよりもヨーロッパ大陸を留学先として選ぶ学生も増えていた。そこで、ボリス政権が、大学卒業後、滞在できる期間2年に戻したのだが、これは2021年の卒業生から適用される。
 2019年には、インド人向けに発行された学生ビザ数は3万7000人以上と、前年比倍近くの伸びである。これは、過去8年で、インド人学生に対して発行された最高の学生ビザ数である。なお、インド人に発行された高スキル人材向け就労ビザも、前年に比べ3%伸びている。
 イギリスでは、近年、EU国からの入国者は減少気味だが、アジアや中東からの入国者が増えている。イギリスを留学先として選ぶのは、中国人とアメリカ人に次ぎ、インド人が三番目に多い。
 カナダに留学するインド人も増えており、2019年に発行された学生ビザ40万のうち、35%がインド人向けで、前年比、14%の伸びを示した。中国人に次いで多いのだが、2017年~2019年、中国人留学生数は横ばいであるのに対し、インド人留学生は68%増加している。
 また、中国のインド人留学生も、英語圏に比べれば数は少ないながら、近年、急増している。インド人留学生2万3000人のうち91%が医学部に在籍していることから、中国では、医学部で英語コースを設立している。インドでは、インドの医学部卒業同等と認定されている。国立大学の英学部の門戸は狭く、私立大学では授業料が高いことから、国外の医学部を目指す学生が多い。インドで医学部を卒業後、アメリカを目指す学生も少なくない。

日本企業にとっての課題

 少し前までは、各国の移民政策の転換により「インド人は米英豪では歓迎されない」というイメージが広まり、新たな就労先として日本も挙がっていた。しかし、上述のように、イギリスやカナダも、有能な人材の獲得に乗り出している。
 インドの大卒者にとって、英語は第二母語のようなものであり、英語圏であれば、言葉の問題がない。インド人が日本企業で勤務するにあたり、一番のネックは日本語の壁である。メルカリや楽天など、日本語能力が求められない日本企業では、インド人の採用も行われている。
 また、インドのITアウトソーシング企業から日本に派遣されているインド人エンジニアにも、日本での子供の教育に頭を抱えているケースが少なくない。一般の日本の学校に通わせた場合、子供が英語を習得できず、といって、インターナショナルスクールは授業料が高すぎるという。そのため、子供の教育のために日本を離れざるを得ないケースもある。
 ただ、上位校のエリートは無理としても、とにかくインドの場合、人数が多いので、就職できるなら日本でもどこでも行くという人材もいる。ただし、企業が雇用したくても、インド人の場合、就労ビザの取得が困難であるという声が聞かれる。
 
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有元 美津世プロフィール
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。 社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米27年。 著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』など多数。