アフターコロナ:北米発、飲食店の深刻な人手不足を支援するアプリが続々登場

Schedule Organization Planning List To Do Concept
2021.10.29

 アメリカでは、経済再開後、飲食業界が空前の人手不足に見舞われている。現場でのコロナへのリスクを恐れて別の業界に転職するなど、飲食業界に人材が戻ってこないのが要因だ。人出不足のため、営業時間を短縮したり、定休日を増やしたりする店も少なくなく、閉店を余儀なくされる店もあるほどだ。

 米国人事マネジメント協会(SHRM)が、今年5~6月にかけて会員企業の人事担当者を対象に行ったアンケート調査では、9割が「空きポストを埋めるのに困っている」と答えた。(※1)33%が「極度に困っている」、44%が「非常に困っている」と答えており、問題は深刻だ。

 とくに「初級(エントリー)レベルの空きポストを埋めるのに困っている」という回答が79%でもっとも多く、次いで「非管理職の中級レベルの空きポストを埋めるのに困っている」が66%だった。業界別では、「初級レベルの人材を採用するのに困っている」と答えたのは、製造業と観光・飲食業がもっとも高く93%で、次いで卸売、小売、輸送・倉庫業で87%だった。「時給労働者を採用するのに困っている」というのも、やはり製造業と観光・飲食業がもっとも高く80%で、次いで医療福祉の76%だった。

 全米レストラン協会でも、会員の4社に3社が、スタッフの採用および定着が最大の問題であるとしている。(※2)

 一方、失業者1000人を対象にしたアンケート調査では、78%が「パンデミック中に失業した」と答え(そのうち80%が時給労働者)」、「自ら退職した」と答えたのは22%のみだった。(※3)また、未だに失業中である理由として、「応募したが返事がなかった」という回答がもっとも多く(42%)、「コロナ感染が怖い」というのが32%、「自分のスキルや興味にあった仕事がない」というのが30%だった。コロナの影響だけでなく、スキルミスマッチも一因であることがうかがわれる。

 こうした中、飲食業を支援するために作業を自動化したり、現場スタッフのエンゲージメントを上げることでスタッフの離職を防ぐなどのアプリがいろいろ登場している。

※1.SHRM Resarch “The Employment Picture Comes Into Focus” 様々な業種の零細企業から大企業まで人事担当者1200人にアンケート調査。
※2.National Restaurant Association “2121 State of the Restaurant Industry Mid-Year Update”2021年。
※3.コロナ下で飲食店の営業停止が続いたアメリカでは、2020年だけで11万軒以上の飲食店が閉店し、250万人が失業。売上にして6600億ドル(73%)の損失。アメリカでは営業停止命令が出ても、政府による補償金はない。

  

飲食店と労働者のマッチングアプリ

 昨年、サンフランシスコで創業したLanded (gotlanded.com)では、飲食業や小売業の雇用者と労働者をAIを使ってマッチングしている。飲食業界向けマッチングサービスは他にもあるのだが、AIを利用しているのは、今のところ、同社だけである。かつ応募者も雇用者も、全過程をアプリで完結することができる。

 応募者は応募者向けアプリをスマホにインストールして、プロフィールを動画で作成し、予め用意されている一定の質問に答え、かつ簡単に経歴や勤務可能な時間を書き込むだけだ。履歴書は必要ない。プロフィール作成後、興味のある求人掲載があれば、アプリを通じて応募する。

 雇用者は、雇用者向けアプリをインストールし、採用したい職を入力すれば、タイトルや職務内容は自動的に、その企業のサイトから入手される。応募者向け質問は、各企業でカスタマイズすることができる。雇用者の募集要項に適した人材がマッチングされるので、人事担当者は、その応募者のプロフィールを閲覧し、アプリを通じて、直接応募者とチャットすることが可能である。

 応募者は、AIによって経歴やコミュニケーションスキル、ボディランゲージなど50の指標で審査される。採用の全過程が自動化されており、採用担当者がしなければならないのは、面接と採用決定のみだという。

 同社のアプリは、ウエンディーズなどアメリカの大手ファーストフードやファミレスチェーンで利用されている。 全米で400店以上を運営するレストランチェーンでは、なかなかスタッフが補充できず苦労していたが、同社のアプリを使って、毎週、一店舗で2~3人の優秀な人材を採用できるようになったという。さらに、ゼネラルマネジャーが、採用にかける時間が週に12時間以上だったのが2時間に減少した。また、面接をすっぽかす応募者の数が40%減少したともいう。

 別の大手チェーンでは、今年に入って同社のアプリを使って5500人を雇ったが、採用に費やす時間を週に25時間から17時間に削減できたという。同システムの料金は、採用人数によるが、最低一日10ドルからになっている。

  

現場スタッフの生産性向上アプリ

 2014年にカナダで創業したWorkJamは、飲食業に限らず、小売業や医療業などデスクワークでない現場勤務のスタッフ(主に時給労働者)の生産性を向上させるツールを提供している。同社の労働管理ツールを使うと、複数の店舗を持つ小売業者や飲食業者は、社内オープン市場システムを使ってシフトを埋めることができる。店舗マネジャーは自分の店舗以外に向けてシフトを募集することができるということで、複数の店舗の労働力をクラウドソーシングするというわけだ。

 現場スタッフは、スマホから勤務スケジュールを確認でき、割り当てられた仕事に、新たなスキルが必要であれば、スマホを通じて(ミクロ)研修を受けることができる。

  
・エンタープライズ級機能をひとつのアプリで

 同社のシステムは、シフト管理、タスク管理、モバイルパンチカード、(ミクロ)研修、アンケート調査、メッセージング、賃金支払いなどのモジュールから成るが、これをひとつのアプリで利用することができる。

 タスク管理モジュールでは、日々の作業を直接、現場のスタッフに割り当てることができる。たとえば、コロナの感染予防のため、店内での飲食が禁止されていた間、(パティオなどの)屋外での飲食にあたり、冬にはどう対処すべきかのチェックリストを作成し、メッセージや通知機能などでリアルタイムで現場のスタッフに通知するというものだ。(日本であれば、営業時間短縮やアルコール提供禁止などに伴う作業を現場のスタッフに連絡するという感じ。)

 作業チェックリストに基づき、マネジャーや経営陣には、手順遵守の通知が自動的に送られる。また、経営陣は、現場のマネジャーなどを通さず、現場のスタッフのフィードバックを直接入手することができ、たとえば暖房の温度はどれくらいがいいのか、どのような毛布が喜ばれるかなどの情報が得られる。

 現場スタッフから、強制的にフィードバックを入手できる機能も搭載している。現場のことを一番よく知っているのは現場のスタッフであり、経営陣とのコミュニケーションを双方向で可能しようというものだ。

 また、アンケート機能も搭載されており、現場スタッフの意見を収集して、店舗間で、どのようなやり方が一番いいかなどの情報の共有も可能となる。

 このようなエンタープライズ級のシステム機能を現場の従業員に、地域や部署別、職種別にセグメント化し、モバイル機器、デスクトップ、キオスクなどいろいろな形で届けることができる。スタッフの成長度や進展度別にセグメント化もできるため、研修や空きシフトを埋めるのにも使える。

 かつ、Microsoft Teamsをはじめ、SharePoint、BlueYonder、UKG、ADP、Salesforce、さらに自社開発のシステムへの統合も可能である。

  
・非デスクワーカーのデジタル化

 同社のシステムは労働力をより効率的に利用し、生産性の向上を図るとともに、スタッフのエンゲージメントを高めることで、スタッフの定着を図ることが目的だ。同社のシステムを通じ、現場のスタッフは経営陣と直接つながることで、耳を傾けてもらっていると感じられ、モチベーションや満足度が上がり、エンゲージメントが向上するというものだ。

 同社のシステムはアメリカの大手スーパーのほか、医療や製造、配送などの業界で利用されている。

  

飲食店現場労働力の最適活用

 やはり2014年にカナダで創業した7shiftsでは、飲食業の現場スタッフの労働力活用を最適化することで、労働コストの削減を可能としている。

 同社のシステムは、スタッフのニーズを機械学習し、アルゴリズムを使って、どのメンバーとどのメンバーが組むのが、一番売上につながるかなどを提案する。病欠者などが出れば、そのチームに最適な代わりのメンバーを推薦する。

 リアルタイムで売上データの閲覧も可能で、それに合わせ労働収益も最適化される。また、AIによる週の売上予測によって、95%の精度でスタッフの勤務計画作成が可能となる。労働力が余らないよう、リアルタイムの労働コストも可視化される。

 本社はカナダだが、7shiftsではアメリカにも拠点があり、北米、ヨーロッパ、中近東、オーストラリアで、大小の飲食店によって利用されている。今年の1月から、毎月新たに700店舗が加わり、今では2万店近くが利用している。そのうちの6割がフルサービスのレストランで、残りがファーストフードである。

・個々のスタッフのエンゲージメントをスコア化

 スタッフは各シフト後、そのシフトに関し、どの点がよかったか、どの点を改善すべきかなどフィードバックを投稿することになっているが、これは直接経営陣に送信される。これによって、経営陣は、問題が大きくなる前に対処できる。また、現場スタッフが経営陣と直接やりとりすることで、スタッフのエンゲージメントを向上させるのが狙いだ。

 レポート機能では、現場のスタッフ一人ひとりの週のエンゲージメント度がスコア化され、一番信頼がおける従業員、一番労働意欲のある従業員、一番病欠が多い従業員、一番遅刻が多い従業員などと共に、表示される。

 7shiftsでは、新たな人材の確保よりも、既存のスタッフの定着を支援することに重きを置いており、同社のシステムを利用したクライアント企業は、スタッフの離職を平均13%削減できているという。

 コロナ禍で、多くの飲食店が営業停止になり、7shiftsへの支払いも止まったが、同社では顧客店舗がシステムの利用を続けられるように計らった。すると、パンデミックの間、同社のメッセージツールの利用が400%増加したという。雇用者は、スタッフに「仕事の再開はいつになるか」などを連絡し、店が再開した際に同じスタッフを雇うことができたというのだ。

 同社では今年、スタッフの募集・採用ツールも提供する予定で、採用ツールは、飲食店100店によってベータテスト中である。

シフト管理

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タスク管理

バー開店時のチェックリストで「トイレ掃除」「カウンター拭き」などのタスクに対し、担当者や完了時間を表示

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従業員のエンゲージメントスコア

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スタッフのシフトに対する評価(フィードバック)

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バーチャル人材派遣でリモートで注文受付

 アメリカでは、コロナ以前から、マクドナルドなど大手ファーストフードチェーンで、テイクアウトやデリバリー専門のクラウドキッチン型(デジタル専門)店舗が増えている。顧客は、リモートで注文をし、店に受け取りに行く、またはデリバリーしてらうという形で、店内に飲食スペースはない。(※4)コロナで、こうした傾向に拍車がかかり、スターバックスでも、400店舗を閉店し、新たにデジタル専門店を300店設ける予定だ。(※5)

 昨年、シリコンバレーで立ち上がったBite Ninjaでは、コロナ下でも飲食店が営業できるように、全米各地でフリーランサーを雇い、ファーストフード店の注文をリモートで受注する仕組みを構築した。来店客は、ドライブスルーやカウンターで、画面に現れるスタッフに注文し、注文受取口で商品を受け取る。

 これによって、店側は、調理や受け渡しに関しては店舗スタッフは必要なものの、注文に関しては、人材採用・研修などすべてをアウトソースできるということだ。忙しい時間帯や時期のスケールアップも容易にできる。

 Bite Ninjaでは、受注担当者として全米各地で3000人を雇っているが、その多くがカスタマーサービスの経験がある主婦や退職者だという。在宅でスマホさえあれば、自分の好きな時間に働けるということで、非常に人気があり、ひとつのシフトに対し、5~10人から応募があるという。

 店側は、同社のシステムを使った分だけ料金を支払い、平均的料金は、一時間に28ドルだという。受注スタッフにはアップセル(より高額な商品を買ってもらう販売アプローチ)をするように教育しているため、同社のシステムを使用しないときに比べ、店側は一時間40~60ドル増の売上につながるという。

※4.日本のクラウドキッチンは、デリバリーに特化しているが、アメリカでは顧客がテイクアウトもできる店舗が主流。
※5.アメリカでは、店内での飲食に入場制限を加える州が多かったため、マクドナルドやスターバックスでは1年近く店内での飲食を停止していた。

  
  
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有元 美津世プロフィール
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。 社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米27年。 著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』など多数。