海外のオンボーディング事例:社員を戦力化する方法は?

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2021.12.24

 最近、日本でもよく聞かれる「オンボーディング(onboarding)」だが、「オリエンテーションと、どう違うの?」という人も少なくないだろう。

 オンボーディングは、日本語で「新規採用者受け入れ」とも呼ばれるが、新規採用者を企業に迎え入れ、会社の生産的な一員として戦力化するために必要な情報やツールを提供する過程のことである。

 オリエンテーションは、新規採用者が新しい職場環境に適応できるように教育・指導することだが、オリエンテーションが、入社後、数週間で終わるのに対し、オンボーディングは、数カ月、長ければ1年続くものだ。また、オリエンテーションは、企業側が新規採用者に情報を提供し、指導する、という一方通行の側面が大きいが、オンボーディングでは、新規採用者からのフィードバックを取り入れ、既存の社員とやりとりもする双方向的なものである。

 新規採用者が会社に定着できるかどうか、その後うまくやって行けるかは、最初の数日、数週間で決まるとも言われており、後述の事例に見るように、きちんと組織だったオンラインボーディングは、社員定着率の向上にもつながる。

 さらに、 最近では、オンボーディングは、社員のエンゲージメントを築くための戦略的介入と見なされている。会社への帰属心や熱意を喚起し、できるだけ早くエンゲージして、会社の収益に寄与できるようにすることが重要ということだ。次に見るように、入社する前から、新規採用者をいかにエンゲージさせるかが鍵であり、オンボーディングは人材をリクルートした時点で始まっていると言える。

 

プリボーディング(Preboarding)

 人事採用担当者であれば、いくつもの審査、面接を終えて、内定(オファー)が承諾され、やっと優れた人材を獲得できたと思っていたら、入社の数日前に内定を辞退されたという経験をしたことがあるのではないだろうか。言うまでもなく、これは多大な時間と費用の無駄である。

 これを避けるために、内定が受諾された時点で新規採用者のエンゲージメントを開始することが必要で、このプロセスが「プリボーディング(preboarding)」と呼ばれる。

 内定承諾者にすれば、新たな職場を前にして、キャリアパス、社風、福利厚生、同僚など多くの不安材料がある。他社にも応募している可能性は高く、出社するまでに他社に目移りしないようにすることも必要である。

 そのためには、出社初日前から、新規採用者が、いかに歓迎され、期待されているかを伝え、社員の一人、チームの一員という自覚をもってもらい、出社を楽しみにするように仕向けることが鍵となる。

 アメリカの小さなIT企業では、内定受諾後、辞退する人材が相次いだことから、出社初日前にプリボーディング・パッケージを自宅に郵送することにした。これには、会社の紹介動画、社員の声、福利厚生の詳細などが含まれている。(後述するが、これは今では郵送でなく、電子的に配布する企業が多い。)

 なお、自社製品を新規採用者の自宅に送付するという企業もある。また、同僚や上司と動画で会話ができるようにしたり、Eラーニングを提供したり、各新規採用者にバディ(新入社員の面倒を見る先輩社員)を割り当てて、定期的にそのバディから連絡を取るという企業もある。

 とにかく、内定承諾後、出社初日まで放っておいてはいけないということで、社員エンゲージメントは、その間も、ずっと継続しなければならないということだ。

  

オンボーディングの標準化

 オンボーディングというのは、人事部のみで行なわれるものではなく、新規採用者の配属部署はもちろんのこと、関係各部署、経営陣までも巻き込んで、綿密に計画されるべきのである。先述のように、一年ほどもかけて行なわれる過程なのだ。

出社初日

 出社初日、新規採用者が出社したら、歓迎の言葉もなく、デスクも用意されていないということのないようにしなければならない。多くの企業は、出社初日、下記の写真のように、新規採用者のデスクの上に、ユニフォーム、名前やイニシャル入りコーヒーカップなどを用意して、新規採用者を歓迎する。また消費財メーカーであれば、自社の製品に親しんでもらうために、自社製品一式を用意する企業も少なくない。

Uber
usatoday

 
フェレロロシェ
usatoday

                                                                                         (ともにwispapp.com)

 信じられないことに、新規採用者が出社すると、デスクや備品、ログインID・パスワードなどが用意されていなかったという企業もある。

 アメリカのDellが買収したIT企業では、オンボーディングに関して社内アンケートを行なったところ、新規採用者の74%が出社初日にPCを受け取れておらず、各種アプリや情報へのアクセス権を得るまでに平均92日かかっていたことが判明した。

 これは、オンボーディングのプロセスがバラバラで、関係者の誰もが当事者意識を持っていなかったことが原因だった。そこで、同社ではソフトを開発してオンボーディングを自動化した。これによって、新規採用者一人に対し、管理に要する時間を3.4時間短縮でき、年間5600ドルの節約となったという。

 たとえ自動化しなくても、オンボーディング作業のチェックリストを作り、メールで関係者にリマインダーを送ることで、上記のような事態は避けることができる。グーグルでは、新規採用者が出社する24時間前に、オンボーディングのチェックリストを関係者に送付する。これは、「24時間しかない」という緊急感を伝え、すぐに必要な作業に取り掛かってもらうためである。同社では、これによって、オンボーディングの成果が25%上昇したという。

入社後数日

 会社の印象は入社後2週間で決まるともいわれ、「チームの大事なメンバーとして扱われていない」「同僚や他の部署への紹介がない」「会社の情報が十分に提供されない」といったことがないようにしなければならない。

 オンボーディングでは、新規採用者向けの研修だけではなく、 社内の全部署を回って、各部署の役割と説明したり、部署のメンバーと一対一のミーティングを行い、メンバーが、それぞれ自分の仕事を説明し、新規採用者の職務とどう関係しているかを説明するという企業もある。

 クイズやゲームなどグループで協働する機会を作ったり、上司や同僚だけでなく、CEOや経営陣とのランチ(歓迎会、親睦会)を催す職場もある。

マイルストーンの設定

 オンボーディングを計画する上で、入社後研修終了後、1ヵ月後、3ヵ月、半年後のようにマイルストーンを設定することも必須である。新規採用者と面談して、各マイルストーンでの進捗度を確認し、かつパルス調査などで満足度やエンゲージメント度も図る必要がある。

データ収集

 オンボーディングの過程でのデータ収集も不可欠である。上述のように各マイルストーンでオンボーディングの成果を測るだけでなく、半年後の離職率、1年後の離職率、人事評価なども追い、オンボーディングと関連づけて、成果を見ることが重要である。

 こうしたデータ収集のためにも、下記で述べるように、オンボーディングの過程を自動化、オンライン化することが重要となってくる。

オンボーディングの自動化・デジタル化

 後述の事例でも見るように、オンラインボーディングをうまく行うには、その過程を自動化するのが一番だろう。これは、もちろん、人事の手作業を減らして、効率を上げることにもなる。

 オンボーディング・ポータルを作り、内定受諾後すぐに、新規採用者が、そのポータルにアクセスできるようにすれば、必要な書類は各自が随時ダウンロードできる。

 その他、出社初日の予定(何時にどこに行き、誰と話すべきか等)、直属の上司やCEOからの挨拶、同僚からの挨拶や各自の写真、社内用語・略語リスト、社員ハンドブック、他の部署や職種に関する詳細もアクセスできるようにしておける。

 また、後述の事例でも見るように、デジタル化しておけば、場所にかかわらず、コンテンツを標準化しやすい。また、新規採用者に提供する情報量を調整でき、情報過多に陥ることを防ぐこともできる。

 なお、オンボーディングをすべてオンラインで行う必要はなく、オフラインも含めて、ヒューマンタッチを加えることが大事である。

  

オンボーディング事例

英マンパワー
 イギリスのマンパワーグループでは、英国内100の拠点で2000人の社員を雇用している。同社では、新規採用者のプリボーディングは行なっていたものの、最初の半年の離職率が非常に高いことが問題となっていた。コロナ禍前、イギリスの失業率は記録的に低く、雇用市場では人材争奪合戦が激化していた。

 同社にはプリボーディングの手引きはあったものの、活用されていなかった。そこで、社内アンケート調査を行なったところ、オンボーディングを人によってムラがないよう一貫させ、会社全体でプリボーディングに対する認識を浸透させ、かつコミュニケーションを向上させることが必要であることが判明した。

 そこで、同社ではプリボーディング・アプリを導入し、雇用契約を締結した時点から出社初日までのタイムラインを設定した。人材部長による歓迎動画、新規採用者の自己紹介動画、パルス調査、クイズなどのコンテンツは、随時アプリで配布され、新規採用者全員が一貫したプロセスを踏めるようした。

 導入後、新規採用者の定着率は22%上昇、内定辞退は37%減少し、入社後1年の満足度も向上した(5点満点中4.5点)。同時に、オンボーディングに関わる人事担当者のエンゲージメントも向上したという。

バカルディ
 カリブ海に本社を置く世界最大のラム酒メーカー、バカルディでは、150ヵ国以上で7000人以上の社員を雇用している。

 同社では、新規採用者と雇用契約を交わした後、それぞれの支社が、独自のオンボーディングを行っていた。また、新規採用者の研修にEラーニングを利用していたが、常に変遷する社員や事業ニーズに合ったアップデートが必要だったものの、複雑かつコストがかかりすぎて、できずにいた。

 そこで、現地レベルでもグローバルレベルでも、人事コンテンツを容易に、迅速かつ低コストでアップデートでき、かつ他言語に適用可能な方法を模索していた。

 そこで、同社では、全支社でオンボーディング・アプリを導入し、かつ下記の3つの柱を設定した。

 1)90日歓迎プラン
 2)バディ制度
 3)オンライン・オフライン混合研修コース

 90日の間に、社内での必要な体験を95%完了することとし、それぞれのマイルストーンで決められたコンテンツを配布するように設定した。また、3つの柱の完了時に、社員からデータを収集して成果を測定することにした。

 オンボーディング・アプリでは、管理職や関係者全員に、新規採用者の出社を通知し、新規採用者の受け入れ準備、歓迎が確実に行われるようにした。

 パルス調査で、社員からのフィードバックを集め、エンゲージメント度を測定した。アプリで収集されたデータは、国や支社で比較することが可能で、たとえば90日プランの完了度やエンゲージメント度を比較することができる。

 アプリの導入後、社員の満足度は5点満点中4.75で、採用に関しては4.72、アプリに関しては4.8(会社に関する知識が大幅に増えた)、紹介に関しては4.76(社風などが学べた)、90日後の満足度4.79(バカルディで働けてうれしい)、入社後第一週4.84(上司に大歓迎を受けた)と非常に良好であった。

課題

 同社では、今後は、オフラインとオンラインの融合を目指している。たとえば、新規採用者にはバディ制度があるが、質問などがあれば、どのバディに行けばいいかはアプリでわかるものの、実際にバディのところに相談に行くことを見届けるまではアプリでできないため、オフラインの取り組みが必要である。つまり、オンラインでのマイルストーン達成に対し、オフラインの行動が伴っているかどうかを見届ける仕組みが必要ということだ。

 さらに、新規採用者からの否定的なフィードバックを基に彼らのニーズを管理職に知らせ、素早く対応することを目指している。また、今後は、各国でのオンボーディングのコンテンツの翻訳を増やし、全体的な仕組みはグローバルでありながら、内容はローカライズし、各地のプロセスに組み込む取り組みをするつもりだという。

中小企業

 アメリカ中西部にあるO’Shea Buildersは、1900年創業の商業施設の建設会社である。従業員数は200人以下で、現場で作業するブルーカラーの社員も多い。同社の人事部では、入社後、数カ月にわたる新人研修だけでなく、一人一人の社員が自分のキャリアパスを築けるようなプログラムを構築したいと思っていた。

 そこで、ソフトを使って、プログラムを体形化することにした。まず、社員ハンドブック、書式、手続き、性格診断などをすべてデジタル化し、ポータルでアクセスできるようにした。研修は、ウエビナーで十分な社員もいれば、対面でなければ学びにくという社員もいるため、そうした社員が人事や講師と面談できるよう、オフラインも併用している。

 オンボーディングを終えた後は、新規採用者は「プレーヤー開発」と呼ばれるキャリア開発プログラムを開始する。各社員(プレーやー)にマネジャー(コーチ)を割り当て、プレーヤーは一人前に成長するための具体的な目標を設定する。この目標は、組織の目標と一致したものである。プレーヤーとコーチは、定期的に会って、進捗状況を確認する。

 同社では、オンボーディングとキャリア開発が同じ過程で行なわれるということである。各社員のキャリア成長を促すことが、生産性の向上につながり、各社員がそれぞれの目標に達するのを支援することで、長期的には社内の人財の質を向上させることができるという考えに基づいている。 

 同社のオンボーディングとキャリア開発プログラムは好評で、社員の83%がプログラムに関して「非常に満足している」と答えている。

  

オフボーディング(Offboarding)

 「オフボーディング」とは、社員が退職の意思を表示してから退職が完了するまでの期間、離職の体験を向上させるためにサポートする過程のことである。在籍中は仕事や会社に満足していたにもかかわらず、退職の際の対応によっては、最悪の印象を残すこともある。いかに良好な関係で去ってもらうかが、鍵となる。

 たとえば、退職時の不愉快な思いとして、「辞めないように圧力をかけられた」「希望するタイミングで退職できなかった」「手続を遅らされた」「有給休暇を消化させてもらえなかった」などという声が聞かれる。今や、企業の口コミサイトやSNSなどで、元社員のそうした声が広く世間に触れる場所は多々あり、そうなれば企業イメージに傷がつく。企業イメージが下がれば、残っている社員にとってもマイナスとなる。

 また、新たに人材を雇うよりも、元社員に戻ってきてもらった方が時間的にもコスト的にも有利であり、再雇用したり、退社後、業務委託をして社外戦略として活躍してもらうにしても、良好な関係を築いておくことが重要となる。

 オフボーディングでは、退職に関わる諸処の事務手続きだけでなく、パルス調査や面談などで退職者のフィードバックをもらっておくことも必要である。退職の理由を把握することで、残った社員の満足度を向上させ、定着率の向上につながることにもなる。

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有元 美津世プロフィール
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。 社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米27年。 著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』など多数。