大退職時代に求められるリーダー像、「心理的安全性」を作り出す重要性のアメリカ事例

Millennial group of young businesspeople Asia businessman and businesswoman celebrate giving five after dealing feeling happy and signing contract or agreement at meeting room in small modern office.
2022.03.02

 日本のビジネス界でも、近年、「心理的安全性(psychological safety)」が注目を浴びている。アメリカでは、パンデミックによる社員の精神衛生が注目を浴びると同時に、「大退職時代(Great Resignation)」に見舞われ、企業は仕事やリーダーシップのあり方の考え直しを迫られている。

 社員をリモートワークから職場勤務に戻したい企業については、昨年、報告したが、コロナ感染を怖がったり、家庭の事情で在宅勤務を続けたい社員を無理やり職場勤務させたのでは、心理的安全性は得られないだろう。

 アメリカでは、2021年後半だけでも2000万人が辞職したと言われているが(※1)、その理由は、現在の仕事に嫌気がさしたというよりも、より心理的に安全だと感じさせてくれる雇用主を探しているからだという専門家もいる。社員たちは、職場でケアしてもらっていると感じたい、自分はただ仕事をこなすだけの役割だとは感じたくないというのだ。そこで今回は、アメリカの傾向を中心に「心理的安全性」の重要性について報告したい。

※1.コロナの影響で予定より早く退職したベビーブーム(退職)世代も含む。

 

「心理的安全性」とは

 「心理的安全性」という概念は、日本では、米グーグルが使ったことによって一気に注目を集めたようだが、元々、ハーバード・ビジネススクールのリーダーシップ・マネジメントを専門とする教授が提唱したものだ。同教授著の『恐れのない組織(Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth) 』(2018年)は、昨年、日本語版が出版され、反響を呼んでいる。

 同教授によれば、「心理的安全性」とは、社員らが本来の自分でいられ、アイデアや質問、懸念事を躊躇することなく自由に述べられる環境のことをいう。自分がミスを犯しても、他者のミスを指摘しても、戒められたり、恥ずかしい思いをさせられない、精神的に安全と感じられるということである。

 「まだ考えが固まってないから」「こんなつまらない質問はしない方がいい」などと心配することなく、自由に発言ができ、「バカだと思われるのでは?」「怠けていると思われるのでは?」といった心配をせずに、「(それについては)知りません」「わかりません」「助けてください」と素直に言える環境のことだ。日本でいう「風通しのよい職場」に似た環境と思えば、わかりやすいのではないだろうか。

 「懸念事項を共有したり、質問したりするのが怖い」「自分のアイデアを拒絶されるのが怖い」という環境では、後々に大きな問題に発展するような問題があっても、画期的なアイデアがあっても、社員は声上げようとせず、企業にとってもマイナスである。

 心理的安全性が欠如した職場では、社員は自由に発言できないばかりか、失敗が許されないため、社員らは失敗を恐れるあまりに、新たなことへの挑戦をしようとせず、ミスがあった場合には隠そうとする、ということになる。

 たとえば日本では、東京五輪開催前に、五輪組織委員会の会長が辞任するに至ったが、その発言に、組織委員会の女性は「みなさん、わきまえておられて…」というのがあった。これが「女だから」ではなく、「会議の時間や進行などに配慮する」という意味で「わきまえるべき」だとしても、「わきまえる」ことが暗に求められているのであれば、自由な発言ができる環境は生まれないだろう。

 日本では、社内での役職や立場、年齢などに相応する発言や振舞いなどが往々にして求められるが、そうした”空気を読む”的な文化は、個人が自由に発言をするのを阻んでいると言える。 なお、「心理的安全性」のある職場というのは、上司や社員らが、皆、常に親切で、批判はしないということではなく、対立することがあっても、率直に意見を交換できる環境のことである。

 

国際標準化

 「心理的安全性」は、2021年、ISO45003として国際標準化された。これは、ISO45001に基づいた労働安全衛生マネジメントシステム内での心理社会(psychosocial)リスクの管理に関するガイダンスを提供するものだ。(※2)  在宅勤務など、労働者に影響を及ぼす心理社会危険性の認知方法に関する情報や、その管理、また社員の幸せ(wellbeing)のための効果的な措置の例も紹介している。

※2.「心理社会的」とは、心理的要因と社会環境が合わさって人の身体的・心理的幸せ(wellbeing)や機能に与えるもの。心理的かつ社会的な側面の両方に関わる。

 

共感

 アメリカでは、コロナ禍で社員のバーンアウトなどが問題となり、これまでの経営スタイルやリーダーシップに代わる新たなリーダー像が求められている。これからのリーダーに必要なものとして、「共感(empathy)」や「信頼(trust)」、さらに「親切」や「愛」までが注目されている。

 共感や信頼というのは、心理的安全性にとって重要な要素であり、「共感してもらえる」「信頼できる」「信頼してもらっている」という安心が、心理的安全性につながる。また、共感や信頼がイノベーションの同情を生むという考えも広まりつつある。

 まず、「共感(empathy)」とは、「同情(sympathy)」とは異なるものであることを指摘しておきたい。同情というのは、そうした状況に陥るというのは、どういうことなのかを理解せずに、単に哀れに思うことである。苦しんでいる人を見て、ただ「かわいそうに」と言うのは、いとも簡単なことである。

  一方、共感は、その人の感情や考えを理解し、それを共有すること、その人の気持ちに寄り添うことを指す。共感することによって、上司や部下といった関係でなく、人と人とのレベルで信頼関係が築かれることになる。

 共感は、他人に興味を持ち、他人の話を熱心に聞くことから始まるが、共感スキルは、ビジネスの世界では(一般には女性的で男性には必要とされない)ソフトスキルと考えられてきた。ところが、コロナ禍で、より人志向のアプローチが求められるようになり、こうしたスキルが重要視されるようになっている。共感は、これからのリーダーシップに不可欠であり、共感をリーダーシップに取り入れる上級管理職こそが、次世代の管理職という声もある。

 フランスのLVMH(LVMH モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)では、今では共感が、同社の管理職全員のコアコンピテンシー(core competency)であるという。今のような、仕事でもプライベートでも、絶え間ない変化、増大する要求、 高ストレスの環境では、社員の幸せが、どの企業にとっても最優先事項であるべきだという考えに基づいている。社員の情緒ニーズを優先させることで、支えてもらっていると感じる社員は、より革新的で生産的であるため、企業の成功にとっても、大きなインパクトを与えることになるというのだ。

 経営陣が、社員を精神的にも情緒的にも支えて、力づけることで、社員の士気が高まり、仲間意識が培われる。そうして、心理的安全性が生まれ、最終的には生産性が向上するということだ。個人的な話や感情をシェアすることを得意としないリーダーも多いが、リーダーも人間であり、弱みがあることを見せることによって、社員のエンゲージメントを向上させ、包括(インクルージョン)やイノベーション意識を駆り立て、会社への愛着を促すことになる。たとえばリーダーが、子育ての体験や仕事との両立を巡る葛藤を社員と共有することで、共感が生まれる。上司ー部下という関係だけでなく、人間として触れ合うことが大事だということだ。

  
社員の離職につながる共感・心理的安全性の欠如
 米EYの2021年度「ビジネスにおける共感アンケート調査」では、前の会社を辞めた理由として、回答者の58%が「上司に評価されていないと感じた」、48%が「自分は職場の一員だ(職場に属している)と感じなかった」と答えている。どちらも心理的安全性には必要な要素であり、社員の離職に心理的安全性が影響していることがわかる。(※3)

 また、回答者の54%が「自分が仕事で苦労していたときに上司が共感を示さなかった(理解してもらえなかった)」、49%が「プライベートで困っていたときに上司が共感を示さなかった」という理由で、前の会社を辞めたと答えている。(たとえば、コロナで子供の学校が休校またはオンライン授業をしているため、自宅にいる必要があったが、在宅勤務が許されなかった、といったもの)

 社員の88%が「共感を示すことのできるリーダーは、社員の間でリーダーに対する忠誠を培うと感じる」と答えている。難しい上司、現実的でない目標、過度の要求、自分の責務以外の仕事、称賛の欠如などで社員がストレスを感じる職場では、離職率が上がり、士気は下がり、欠勤などが増えて、結局は企業にとってマイナスとなる。

※3. “2021 EY Empathy in Business Survey.” 2021年7月にフルタイム、パートタイムのアメリカ人社員1010人にアンケート調査。

メンタルヘルス
 コロナ禍で、メンタルヘルスの問題が浮き彫りになったが、メンタルヘルスに言及することで、共感を実行し、帰属感を育てることも可能である。アメリカでも、メンタルヘルスは長い間、烙印(スティグマ)を押され、大半の人がメンタルヘルスについて話すことを嫌がる。しかし、コロナ下で、とくに職場でメンタルヘルスに関して、もっとオープンに話し合うことが必要だという認識が広がっている。メンタルヘルスに対してオープンに話せる環境も、心理的に安全な環境であるということだ。

 そうした職場環境を生むのも、経営陣の責任である。経営陣(ビジネスマン)というのは、ストイックに見えるべきだと思われがちだが、CEOなど経営陣が自ら、自分の精神衛生状態を語り、自分がいかにストレスやプレッシャーをコントロールしているかを社員に話すことも重要である。そうすることで、社内でメンタルヘルスに対する烙印を取り除くことに寄与し、「うちの会社では、個人の葛藤などをオープンに話しても大丈夫なのだ」というメッセージを伝えることになる。ストレスやプレッシャーを感じることは、人間として当たり前のことであり、積極的に話すことで、社員が孤独感などから解放される環境を生み出す。

 

多様性・公平・包括 (DE&I)との関係

(※4)

 「心理的安全性」の重要な条件のひとつに帰属感がある。「自分は、この職場、チームの一員である、仲間である」と感じられないことには、安心感は得られないだろう。たとえば、アメリカであれば、白人の中に有色人種は自分一人 という環境もある。英語の訛りひとつをとっても、一人だけ訛りがあれば疎外感を感じるかもしれない(アメリカでは、マイノリティが成功するには、白人英語を話さなければならないと考えられている。黒人英語は、学校で文法的に間違いとされることも)人種・民族によって、家庭内の習慣が違うことも普通にあり、同じ国で生まれても、必ずしも共通体験を共有しているとは限らない。

 日本であれば、男性ばかりの中に女性が一人ということはいくらでもあり、それだけでも帰属感を抱きにくいところに、何かにつけて「あなたは女性だから」「女には向いてない」と言われれば、疎外感にさいなまれても仕方がない。日本では、外国人に平気で「お前は外国人だから」「外国人のお前にはわからない」などと発言する人も少なくない。これでは、包括的とはほど遠く、心理的安全性など生まれる余地はないだろう。真に包括的な職場を築くことで、社員が本当の自分でいられる心理的安全性のある環境が生まれることになる。

※4.DE&Iは、Diversity, Equity & Inclusionの略。

 

心理的安全性のメリット

 心理的安全性というのは、「ギスギスしないで、皆で仲良くやりましょう」ということではない。心理的安全性が重要視されるのは、もちろん経営上のメリットがあるからだ。心理的安全性を得た社員は、エンゲージメントや業績、生産性が向上することが数々の調査で示されている。2015年~2016年にアメリカで行なわれた調査では、心理的安全性を生むことによって、離職率を27%削減、安全問題を40%削減させ、生産性を12%向上させることができるという結果が出ている。(※5)下記では、心理的安全性がある職場とない職場について触れたい。

※5.Gallup: “How to Create a Culture of Psychological Safety”, 2017年

「心理的安全性」がある職場
 ・グーグル
 米グーグルでは、2012年から2年にわたり、社員に200以上の聞き取り調査を行い、180以上の属性を調べるというプロジェクトを行った。優れたチーム作りのためには、どのような人材(性格やスキル)の組み合わせが最適かを探るのが目的だった。(※6)

 ところが、その結果わかったのは、大事なのは個々の人材よりも、チームメンバーがいかに相互作用し合い、仕事を組み立て、それぞれがチームに貢献するかという点であった。他のチームに比べ、うまくいっているチームに備わっていたのは、5つの資質だったという。その中でも一番大事なのが心理的安全性で、チームメンバーが「不安や羞恥心を感じることなく、リスクを負うことができるか?」ということがチームの成功を左右するというのだ。

※6. 詳細は、re:Work:“「果的なチームとは何かを知る」.”を参照。

 ・コロナ禍を乗り切る
 心理的安全性につながる「共感」については先述の通りだが、リーバイスのCEOは、パンデミックによって、どの企業もリセットボタンを押すことを余儀なくされたが、同社が、コロナ禍の大変な時期を乗り越えられたのは、「共感スキル」のおかげだという。

 米大手デパートのニーマン・マーカスでも、スローガン「愛でリードしよう」を掲げており、共感を実行し、帰属感を生むことで、パンデミックの間、会社を変革し、企業文化を進化させることができたという。同社のマニフェスト「NMG/Way」は、共感を実行するリーダーが柱となり. 同社の成長戦略の鍵となっている。同社では、DE&Iに「帰属(belonging)を加え、「最高人材活用・帰属責任者(Chief People and Belonging Officer)」という役職を設けている。

 プーマの米本社では、2つの拠点をひとつにまとめた際に、社員の懸念などに耳を傾け、共感を示すことが最優先事の一つだったという。また、コロナ下では、透明性を維持しながら、社員との会話を続けたが、昨年の職場勤務再開時に、職場では安全を保ちながら、自宅勤務を続けたい社員には許可するハイブリッド型にスムーズに移行できたのは、そうした努力の成果だった。社員が、共感が会社の文化に刻まれていると感じることが重要だという。

「心理的安全性」がない職場

 一時は、飛ぶ鳥を落とす勢いだった米医療ベンチャー企業のセラノスの創業者CEOが、昨年、詐欺罪と共謀罪で訴追されたが、今年に入り有罪評決を受けている。裁判での証言から明らかになったのは、創業者のCEOが経営のすべてを取り仕切っており、独裁的な経営スタイルであったことだ。

 実験室で働いていた新卒社員の二人が、同社の機器の品質検査が正しく行われていなかった(不合格であるべき機器が検査に合格していた)、検査データが捏造されていたと証言している。二人とも早くから、品質検査のおかしな点を上司に報告していたのだが、「間違っているのは、当社の機器ではなく、お前の方だ。この仕事には向いていないのではないか」「新卒のお前に何がわかるのか。品質検査の何を知っているというのか」などと罵声を浴びせられたという。不正確な結果について同僚にメールを送ったり、話をしたりすると、なぜか上層部がそれを知っており、同社では社員の監視もされていたという。

 何を言っても上層部は聞く耳をもたなかったので、被害を被る患者を前に良心の呵責に追われた二人は、辞職するに至った。退職した後も、CEOは私立探偵を雇い、二人の行動を監視して、結局、商業機密漏洩、名誉棄損で二人を提訴までしている。新卒の二人には、弁護のための弁護士を雇う資金などあるわけもなく、追い込まれていった。裁判で、検察側が「元CEOは、事業の失敗よりも詐欺を選んだ」と糾弾したが、自分自身に失敗を許さないCEOの下、社員に失敗が許されるはずもなかった。

 これはまさに、日本でいう”ブラック企業”の究極版である。聞く耳を持たない独裁的(ワンマン)経営が、心理的安全性を生む余地がないことは言うまでもない。こうしたワンマン型の経営者は、日本でも中小企業によく見られるが、大企業でも、三菱電機やフォルクスワーゲンのように不祥事を起こした企業は多々ある。チームや組織が間違った方向に進んでいるときに、修正が可能な段階で、間違いを正せることが鍵となるが、そうした経営スタイルでは、社員が間違いを見つけても、声を上げることができない。

 最後に、アメリカでも経営陣は、健全な組織であれば「心理的安全性」は存在するものと勘違いしがちなのだが、実際には非常に稀なものである。すでに察していただいている通り、実際に、「心理的安全性」を作り出すというのは、非常にむずかしい作業であり、かなりのコミットメントとスキルを要することを肝に銘じたい。

 
 
                  
※掲載内容は、作者からの提供であり、当社にて情報の信頼性および正確性は保証いたしません。

有元 美津世プロフィール
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。 社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米27年。 著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』など多数。