スウェーデン、デンマーク、フィンランド
スウェーデン、デンマーク、フィンラインドといえば、ブルームバーグ・イノベーション指数(※1)の10 位以内に常にランクし、 EUのデジタル指標(DESI)では、デンマーク、フィンランド、ス ウェーデンの順で上位3位を占めている。しかし、3ヵ国とも、人口の高齢化などによりIT人材の不足に悩まされている。
Hays Global Skills Index では(※2)、スウェーデンは、過去2年、対象 34 ヵ国で労働市場の圧迫レベル(stress level)が最悪であり、年々、悪化している。とくに高スキル業界では適材を見つけるのに非常に苦労している。(軍も必要な人数を確保できていない。)
またスウェーデンの場合、失業率も 6.5%と、それほど低くなく、政府は低スキル職の増加に力を入れており、賃金は一部の職を除き、下降傾向にある。
首都ストックホルムでは、2020 年までに6万人のIT人材を確保できなければ、スタートアップのハブとしてのステータスを失うという。入管法も、外国人就労者の給料が労使交渉での合意額を下回ると、即刻、強制退去という厳しいもので、今年に入り、H&Mやエリックソンなど 30 社が政府に対し「スウェーデン企業はグローバルに人材を調達する必要があり、強制退去の恐れがあっては、海外からIT人材に来てもらえない」という共同声明を発表した。
一方、Hays Global Skills Index で、ルクセンブルグに次いでワースト3位のデンマークは、2017 年、指標がもっと悪化した国で、過去5年間、空職率が悪化を続けている。昨年、経済界会員企業の4割が、空職を埋めるのを断念せざるを得なかったという。
※1 2018 年度はスウェーデン 2 位、フィンランド7位、デンマーク8位の順。ちなみに1位は韓国、日本6位、アメリカ 11 位。日本語版へのリンクが開かない場合、英語版はこちらから
※2 2016 年度、アメリカを抜いてワースト1位に。日本はワースト 11 位。
デンマークは、IBM、マイクロソフト、Uber など外資を誘致するのに成功し、ヨーロッパの「デジタルリーダー」とも呼ばれているが、そのため、より多くの人材が必要であり、現時点でエンジニア 4000 人以上、2030 年までに 19,000 人のIT人材が必要だという。
大手風力発電機メーカーの Vestas では、10 年以上前にインドにエンジニア 300 人を抱える部門を設けたが、昨年、ポルトガルにもエンジニアリング部門を開設した。プログラマー確保のため、ウクライナなど他国に開発拠点を設けるスタートアップ企業も出ている。
フィンラインドでも同様の状況で、今すぐにでもプログラマー 7000 人、今後も年に最高 3800 人が必要といわれている。この割合では、2020 年までに1万 5000 人が不足し、年間GDPで 30~40 億ユーロの損失と試算されている。
要因
人材不足の主な要因には、下記が挙げられる。
・人口の高齢化
スウェーデンでは、2040 年までに 65 歳以上が人口の 25%となると予測されており、労働人口が縮小している。
スウェーデンは、2012 年から、ヨーロッパで国民一人当たり最高記録である 40 万人の難民を受け入れたが、難民らの多くは、まだ修学中であったり、必要なスキルを備えておらず、戦力になり得ていない。海外生まれの居住者の失業率は 20%ほどで、スカンジナビア生まれの居住者の5倍に達している。
フィンランドやデンマークは、スウェーデンほど高齢化は進んでいない(従属人口指数は悪くない)ものの、やはり人口増加率が小さいため、労働需要に供給が追いついていない。なお、フィンライン北部や東部では、2030 年までに 65 歳以上の人口が、それ以下の人口を上回ると予測されている。
・教育
スウェーデンは、1980~1990 年代にかけて教育改革を行った結果、2000 年から国際学力テストの結果が下落を続け、近年、教育制度の危機が叫ばれている。教育制度のために、供給が労働市場のニーズに適応できておらず、高スキル人材を創出できていないという業界からの批判の声は高い。
一方、フィンランドの教育制度は国際的にも理想的と言われるが(最近は、それほどでもな
い)、ICT専攻大卒 1100 人のうち、ソフト開発を専門とするのは 300 人のみである。さらに、卒業生の3分の1が外国人で、卒業後、フィンランドに残るのは半数のみだという。
また、毎年 300 人ほどのプログラマーがフィンランドを離れ、毎年 1000 人が引退している。教育制度を変えなければ、IT人材はヘルシンキ圏以外では調達できなくなるだろうという専門家もいる。
なお、スカンジナビアの状況を見ればわかるように、「学費無償=人材宝庫」とはならない。
・官僚的風土
スウェーデンやフィンランドの政府は官僚的で知られており、高スキルの外国人の雇用手続きは企業側、応募者の両者にとって、非常に時間と手間がかかる。とくに応募者は、手続きの途中で断念することが少なくないという。
2年前、ストックホルムが本社の Spotify では、現在のニーズを満たさない旧式の教育、住居費の高騰、税法が改革されない限り、何千という職をアメリカに移すとスウェーデン政府に抗議し た。政府と協議を重ねた後も、改善が望めないため、他のスタートアップ企業もストックホルムで抗議デモを行っている。
スウェーデンは、起業を促進する環境は整ったものの、その後、企業を成長させるのが非常に難しいといわれている。Hays も、同国は「経済は好調にもかかわらず、企業を成長させるのが、もっとも難しい国のひとつ」と批評している。
対策
デンマークの場合、労働市場が完全雇用に近いため、下記の施策を計画している。
・年金への課税や自動車税などを減税。とくに低所得者層に対し失業保険受給でなく、就労するインセンティブを与えるため。(デンマークは、GDPに対する税金の割合が先進国中もっとも高い。)
・EU離脱のイギリスで働くEU市民の移住勧誘。政府では、2025 年までに(全業界)外国人就労者7万人の確保を目標としており、昨年から官僚による「ロンドン詣で」が始まっている。(ただし、他国も狙っているので競争は激しい。)
・受け入れた難民を戦力化するため、就職を重視した新たな難民統合(インテグレーション)計画。
・教育制度を需要志向に改革。業界より供給志向すぎるとの批判。
一方、フィンランドでは、デンマークが 1999 年に設立した IT University Copenhagen のような専門大学の設立を検討している。二年ほどで卒業した人材が戦力となるという目論みである。
イスラエル
毎年 600 社のスタートアップ企業が生まれ、インテルやグーグル、アップルなどのグローバル企業が研究開発部門を置き、世界経済フォーラムのイノベーションインデックスでは世界第三位を誇るイスラエルだが、近年、IT業界の伸びは鈍化している。(※3)
経済省のエコノミストによると、その第一の原因が熟練人材不足であるという。過去 10 年、650 社の 1100 以上の研究開発プロジェクトに助成金を提供してきた同省イノベーション庁によると、1 万人ほどのエンジニアやプログラマーが不足しており、人材不足で、海外に拠点を移すことを余儀なくされる企業も出る恐れがあると警鐘を鳴らしている。
イスラエルは、研究開発費がGDPに占める割合が世界一であり、VC投資額もGDP一人当たりに世界最大にもかかわらず、IT人材不足によって、競争力を保てず、経済成長がストップすると危機感を抱いている。
とくにアルゴリズムができる高スキルのエンジニア、中レベルのソフト開発者やプログラマーが不足しているという。
人材不足により、2005 年~2015 年の 10 年でエンジニアの平均賃金は 38%上昇しており、人件費上昇により、スタートアップ企業は、グローバル企業との競争で人材を確保できずにいる。なお、
IT業界就労者は、就労者全体の8%以上を占め、平均月給は、他業界の 2770 ドルに対し、5940 ドルと倍以上である。
要因
イスラエルのIT業界は、これまではアカデミアと国営企業からの民間企業への人材流入、かつ元ソビエト圏のユダヤ系エンジニアの流入によって支えらてきたが、近年、流入が鈍化している。
かつエンジニア専攻の学生も減っており、理系専攻の学生の割合は 1998 年の 12%から 2014 年には9%に下落している。
同時に、熟練IT人材の需要は、民間企業だけでなく、軍でも増加している。サイバー攻撃機能の増強などで、熟練軍人の在籍期間が伸びているという。さらに、こうした人材は、軍の倍の給料を出す民間企業に引き抜かれ、争奪戦は激しい。
また、多くの人材が起業を目指すため、イスラエルでは零細企業が多く、かつ起業家はできるだけ早く海外企業に買収されてエグジットすることを狙っている。そのため、IT企業が人材を育成する環境を提供できていない。
※3 2017 年、一位はスイス、二位はアメリカで、前年二位だったイスラエルの順位は下落傾向にある。
対策
イノベーション庁では、10 年以内にイノベーション志向の企業の就労者を現在の 27 万人から 50 万人に倍増することを目標としており、シリコンバレーなどへの頭脳流出を防ぐために、下記の対策を検討している。
・理数系専攻学生への補助金を増やし、今後5年でハイテク人材を 1500 人増加。
・高学歴の非ユダヤ系外国人に対し就労ビザ取得手続きを迅速化。(これには、ユダヤ系が少数派になることを恐れる人たちが反対。)
・国内のグローバル企業 300 社に、サプライチェーンをイスラエル国内に設けることを奨励。現在、グローバル企業の従業員の7割がエンジニアやプログラマーであり、研究開発部門だけでなく、設計、生産、マーケティング、スマート製造、営業チームなども地元での調達を促すよう法人税優遇。
・若いアシュケナージ(東欧)系男性が中心の職種に、女性、アラブ系、超正統派ユダヤ系、45 歳超のエンジニアを増やし、人材を多様化。現在、人口の 25%を占めるアラブ系と超伝統ユダヤ系がIT業界に占める割合が低いため、この層を開拓。イスラエル軍の諜報部門の集中訓練のように、30 代後半~40 代を対象に6~9か月の集中プログラミングコースを提供。
その他、教育省では、理数系学生を増やすために、海外からの留学生に長期ビザを発給することを検討しており、軍では、在籍中にスキルアップができるよう、軍人にオンラインコースの提供を開始している。また、ウエストバンクやガザ在住のパレスチナ人(すでに5万人がイスラエルでの就労許可所持)の活用すべきだとの声もある。
<後記>
アメリカの状況は、昨年、すでに報告済みだが、同国でも、反論はあるものの、業界はIT人材不足を叫んでいる。実際に人材不足かどうかに関係なく、海外から人材を確保しようという国にとって、アメリカが最大の競争相手である。
オーストラリアは、アメリカやニュージーランドと似た状態で、IT業界は「人手不足」を叫ぶものの、エンジニアらは「業界は海外から安い労働力を得たいだけだ」と反発している。昨 年 、 ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド の 状 況 を 報 告 し た 際 に 、 オ ー ス ト ラ リ ア も 考 慮 し た が 、ニュージーランドの方が面白い対策を試みているので、同国を取り上げた。 オーストラリアについては、次回、報告したい。
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