世界のIT人材事情ー人材不足国(3)

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2018.05.11

シンガポール

 シンガポール政府のアンケート調査によると、2017 年~2019年、情報通信就労者の需要は4万人以上、IT技術者は3万人以上増えると見込まれている。とくに初級~中級レベルの技術者が不足するという。また、2020 年までに1万5000 人~3万人のIT人材が必要になると見積もる人材紹介会社もある。
 情報通信業界180社以上を対象に行ったアンケート調査では、75%の企業が「適材を採用できない」ことを最大の懸念として挙げている。とくにスタートアップ企業で深刻で91%、中小企業で76%、多国籍企業では 75%が、最大の懸念として挙げている。

 また、同アンケートでは、もっとも人材を見つけにくい職種として下記が挙げられた。
1)プログラマー(52%)
2)事業開発(50%)
3)サイバーセキュリティ(40%)
4)システムアーキテクト(38%)
5)エンジニア(36%)

 なお、同アンケートでは、回答企業が実施している、または実施予定の対策は、下記の通りである。
1)契約社員、短時間社員、フリーランスなどの利用(61%)
2)既存社員の研修・再教育(56%)
3)人材需要を削減するためにテクノロジーの活用(49%)
4)作業の削減
5)外国人の雇用
6)オフショア・アウトソーシング
7)中高年(45 歳以上)の活用

要因

・理工学専攻学生の減少
 建国期に比べ、理工学部の人気がない。金融業界の方が給料が格段にいいため、優秀な学生はビジネスやファイナンスを専攻し、金融業界に進む傾向がある。(これはアメリカも同様だが、金融危機以降、IT系の人気が金融に迫っている。)

・金融業界でのIT人材需要増
 金融ハブであるシンガポールでは、フィンテックの隆盛でIT技術者の需要が増しており、金融業界がIT業界から引き抜こうと思っていた矢先、グーグルが 2016 年にシンガポールにアジア環太平洋本社(従業員 1000 人)を新設し、反対に金融業界からの引き抜きが増えている。
 技術的には、金融業界ではクラウド、DevOps、フルスタック開発、データサイエンス、デジタル
化・自動化での需要が高いという。
 なお、シンガポール政府は、2020年までに金融サービスで新たに技術職 1000人を含む 4000人分の職を創出するという目標を設定している。

・外国人雇用条件の厳格化
 2011年の総選挙で、移民増加に対する国民の不満が顕著となり、昨年、就労ビザ取得に必要な最低賃金を底上げするなど外国人雇用条件を厳格化している。人材不足で企業からは雇用条件を緩和するよう要請されているが、ITなど一定の業界だけは特別措置を設けるべきであると進言するエコノミストもいるものの、今のところ「政策を逆戻りすることはない」というのが政府の見解である。

・民間より公務員が人気
 シンガポール政府は、エンジニアが公務員として働けるようにエンジニアの給料を2割上昇させかつキャリアパスの開発などを促進した。その結果、3000 人以上の理工学部学生を対象とした 2017 年の「魅力ある企業」アンケート調査では、28%が「シンガポール政府または国営企業で働きたい」と答え、それまで一番人気であった多国籍企業を抜いて一位となった。(なお、学生らが、もっとも重視したのは「ワークライフバランス」だった。)こうして、人材確保において官庁が競争に加わっている。

・出生率低下/労働人口の減少
 シンガポールの出生率は、ここ数年 1.20~1.25 人だったが、2017 年に史上最低2位の 1.16 人を記録した。※1 今年、65 歳以上の人口と 15 歳未満の人口が同数になる。しかし、星政府は、現在の移民受け入れ数で人口を保てるので、※2 近年、厳格化した移民政策を変更する予定はないとの見解を示している。

対策

 シンガポールのIT人材不足解消は、政府主導による人材開発が主で、政府は 1.2 億星ドル(約9000 万米ドル)を投入している。また、一大産業(就労者 20 万人)の金融業界では自動化が進んでいるため、政府は国民に技術者を目指すことを奨励している。
 とくに産官学連携に力を入れており、下記のようなプログラムを展開している。

・SkillsFuture
 年齢や学歴、キャリアにかかわらず、シンガポール国民が個々の可能性をフルに伸ばせるよう支援するもので、学生向け、レベル別にさまざまなプログラムがある。
ICT分野での人材開発のための TechSkills Accelerator というプログラムでは、下記のような研修機会を提供している。

-SkillsFuture Credit
 スキルアップを目指す 25 歳以上のシンガポール国民は誰もが、認定コースの受講に 500 星ドルのクレジットを受け取ることができる。

-Company-Led Training (CLT)
 企業は、新卒を含む初級~中級レベルの社員向け研修に助成金を受け取ることができる。サイバーセキュリティやA I、データアナリティックス、ソフト開発などの需要の高い分野で、1年のOJTを実施する。

-Tech Immersion and Placement Programme (TIPP)
 ICT職に就いていない理数系出身者がICTで必要なスキルを習得できるよう業界人が研修やメンタリングを行う。

※1 最低は 2010 年の 1.15。ベビーブーム世代の子供が 20~30 代だが、彼らに言わせると「生活費の高いシンガポールで子供なんて産めるか!」「公営住宅の入居に二年半も待っている!子供なんて持てるはずがない」等。
※2年に2万人余が市民権を取得。永住権者は年に3万人余で、その多くが最終的に市民権を取得する。

-SkillsFuture Study Award
 初級・ミッドキャリアレベル者向けに、新たに必要とされているスキル習得のために 5000 星ドルを支給する。

 その他、欧米の金融機関と提携し、高等技術専門学校(Polytechnic)で、金融やIT関連のコースに、新たなアプリの開発など実践的なスキルを学ぶ企業のプログラムを統合している。欧米本社でのインターンシップも可能である。

・Smart Nation 構想
 シンガポールでは、ICTを活用した生活を築く”Smart Nation”構想を数年前に打ち上げたが、その一環として Smart Nation Fellowship を設けている。Fellowship を提供して、シリコンバレー を含む国内外の民間企業で働くシンガポール人に、3~6か月、政府のデジタル化のために寄与することを促すものである。当初、3ヵ月で 280 人以上の応募があったという。
 また、星政府は、今後4年で公務員を対象にデジタルスキルの研修を行うという。

・外国人雇用
 政府は、まずはシンガポール人のスキルアップや自動化を進める政策だが、とくにIT人材不足を憂慮する企業に対しては、世界的に需要が高いものの国内では不足しているスキルを有した人材には特別措置も講じている。たとえば、外国人就労者の賃金が最低金額を下っても、一定の条件を満たせばビザの維持を可能にしている。
 ただし、外国人雇用は、あくまでも短期の対策であり、長期では国民のスキル開発を目標としており、生産性を向上させ、外国人雇用への依存を減らすという政策には変わりはないと政府は主張している。
 シンガポール政府では、外国人人材からシンガポール人へのスキル譲渡を促す企業を支援するCapability Transfer Programme も展開している。

・オフショア開発
 とくにスタートアップ企業では人材確保が難しく(賃金が高すぎる)、中国やインド、アメリカ、台湾に開発拠点を設ける企業もある。

香港
 シンガポールと同様、香港も金融ハブのため、1)金融業界でのIT人材需要増、2)ITハブではないためIT職は人気がなかった、という問題を抱えている。
 人材不足のため、たとえばモバイルアプリ開発業者の 40%が、中国を含む他国に開発をアウトソースせざるを得ない状況だという。

要因

・金融業界でのIT人材需要増
 フィンテックのため金融業界のIT人材需要が伸びており、元々少ない人材の取り合いが起こっている。とくに金融のアプリケーション・開発職では、給料が前年比 50%増のものもあり、優秀な人材を引き留めておくのも容易ではない。

・人気のないIT
 シンガポールと同様、優秀な人材は、給料の高い金融業界(または医師や弁護士)を目指す傾向 があり、一般的にITは人気の職種ではない。また、IBMやオラクルなど大手IT企業は、長年、香港には営業拠点しか置いてこなかったため、IT人材が育っていない。

・中国本土の方が給料が高い
 香港では、中国南部からIT人材を調達しているが、中国の方が給料が高く、かつ大きなプロジェクトを経験できるため、香港に転職したいという技術者は少ない。

対策

 香港政府は、香港を国際的なITハブにするために8つの主要分野(研究開発、人材開発、VC、科学研究インフラ、法の見直し、データの開放、科学教育など)でイノベーションと技術向上を目指す計画である。今後5年間に、GDEにおける研究開発費の割合を 0.73%から 1.5%に倍増させ ることを目標に掲げている。

・国外からの人材確保
 香港政府は、今年、5億香港ドルを投じ、中国を含む国外からIT人材を呼び込むためのTechnology Talent Scheme を開始する予定である。これには、科学研究や製品開発などを行うポスドクをリクルートするための「ポスドクハブ」の設立も含まれる。各企業は2人までポスドクを雇うことができ、一人に対し月に3万 2000 香港ドルの助成金を受け取ることができる。高スキルの技術研修に対しても助成金が与えられる。
 優秀な移民を呼び込むためには、Quality Migrant Admission Scheme(優秀移民認可スキーム)がすでにあるが、この半年で 5000 人以上が応募したものの、約 30%がアーティストやクリエイティブ関連で、IT関連は、わずか 2.4%だったという。

・理数系研究者養成および理数系教育
 地元で人材を開発するために研究者向け奨学金に 30 億香港ドル以上を投じる予定である。現在、5万人ほどの理数系学生を増やすことを目標としている。
 また、世界的にトップの科学研究機関と提携し、香港にテクノロジー協力プラットフォームの開設も目指すという。
 さらに、小学校から高校および地域社会での理数教育を奨励していく。

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有元 美津世プロフィール
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。 社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米27年。 著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』など多数。