台湾
台湾では、高い離職率、人材不足、低い初任給が労働市場の3つの課題といわれている。
1000 社近くを対象に行われたアンケート調査では、回答企業の 66%が熟練者の採用に苦労しており、とくに医療、農業、ITで人材で人材不足が深刻であるという。
要因
・低賃金
台湾の初級レベルの給料は平均 1300 米ドルほどで、90 年代からあまり変わっておらず、(※1) 東南アジアに比べても低い。
台湾は、90 年代にハイテク製造業で世界のサプライチェーンの一部として括弧たる地位を築いた一方、それがソフト部門が伸びない要因ともなった。台湾では、モバイルアプリやAIなどの分野でテンセントやバイドゥなどのような企業が登場しておらず、ソフト開発では東南アジアにも後れを取っている。
コンピューターサイエンスや経営情報システム専攻の学生は年間約1万人輩出されているが、そ の多くが、給料につられ、AIなどよりも半導体産業をを選ぶ傾向がある。ソフト企業は中小企業、スタートアップ企業が多いため、大企業のように給料何か月分ものボーナスが支給されず、優秀な 人材を呼び込めていない。
また、大学教授の給料も安いため、AI部門を急成長させるために海外からトップクラスの人材を引き込むこともできない。
・海外への頭脳流出
それどころか、台湾の優秀な人材は高給を求めて中国に向かう傾向が増している。海外で働く台湾人は、2005 年~2015 年の 10 年で倍増しており、そのうちの 60%近く(40 万人以上)が中国で働いている。
今年、台湾のホワイトカラー、ブルーカラー 1000 人以上の就労者を対象に行われたアンケート調査では、88%以上が「すでに海外で就労している」または「海外での就職に興味がある」と回答している。(※2)
※1 台湾も「失われた 20 年」
台湾で就労中の回答者の給料は平均月 1600 米ドルだが、海外での就労者は平均月 2200 米ドルと、30%以上多く、給料が海外就職の大きな動機となっている。(ただし、生活費は台湾の方が低い。)なお、海外就労希望者の 68%が、少なくとも年間3万 3000 米ドル以上の給料を希望している。
中国政府は、近年、台湾人を中国に呼び寄せるために、中国の大学への入学基準や就労基準を緩和したり、中国での起業のために補助金を支給するなどの優遇策を提供してきた。さらに、今年に入り、台湾人の中国での起業や勉学を推奨するために 31 の施策をを発表している。AIなどの分野で「中国製造 2025」への参加や国家科学プロジェクトへの参加、IT企業への税優遇、研究開発費の割戻など中国内の台湾企業を中国企業と同等に扱い、かつ台湾人が中国で資格取得、研究助成金や奨学金の申請ができるようにするものだ。
これに加え、台湾人が市内での勉学や起業を支援する施策を独自に提供する自治体や、台湾企業に税優遇、研究開発費を補助する州も登場している。
講師・教授として台湾人を雇う大学もあり、2020 年までに州内の大学で台湾人を 1000 人採用する予定という州もある。
また、台湾起業家のためのインキュベーターも多数あり、台湾人起業支援施設は 70 以上、参加企業は 2000 社近くに達している。こうした企業では台湾人にインターンシップも提供している。
・出生率低下/労働人口の減少
台湾の出生率は 1.12 で、シンガポールとマカオに次ぎ、世界で3番目に低い。今年に入って大卒のオフィスワーカーを対象に行われたアンケート調査では、回答者の 63%が子供がおらず、48%が子供を産む気はないと回答した。その理由として、1)経済的に子育てをする余裕がない(子供一人を育てるには月に 3500 ドル必要と回答)、2)経済的に家を買えない、3)勤務時間が長くて時間がない、4)教育制度に不満、が挙げられた。
対策
・中国への頭脳流出予防
台湾政府は、台湾人を呼び込もうとする中国政府の優遇策に対し、台湾の若者を政治的に”買収”するためのプロパガンダであり、本質は伴っていないと反発している。
2014 年の中国とのサービス貿易協定に反するひまわり学生運動(台湾立法院の占拠)から、中国政府は、中国の経済力を背景に、台湾統合に向け”ソフトに”台湾の若者の心をつかむことに力を入れている。
台湾では、中国への頭脳流出を招く要因となっている台湾の労働市場やビジネス環境に対し、台湾政府の責任を問う声もあるため、台湾政府ではタスクフォースを設置して、対策を講じる予定だ。
※2 内訳は 11%以上が「現在、海外で就労中」、25%が「過去に海外で働いたことがあり、また海外で働きたい」、20%以上が「海外で働きたかったが行けなかった」
中国
中国では、今年、過去最高の 820 万人が大学を卒業する予定だが、今年に入っても就職先が見つかっていないという大学生が少なくない。中国政府が発表した昨年の都市部の失業率は 3.9%だったが、(※3)国際労働期間(ILO)の推定では若者の失業率は 11%近くに達していた。
企業が必要とする高スキル需要と低スキルの労働力供給の間のスキルギャップは、一層悪化しているという。そのため、一部の分野では人材不足によって給料が高騰している。今年に入って行われた調査では、中国企業の 98%が「2018 年スキル不足で事業運営に何らかの悪影響が出る」と回答している。とくに不足しているのが、研究開発、営業・マーケティング、エンジニアリング、オペレーション業務での中間管理職だという。
また、中国では、各地の州や自治体が次のITハブを目指しており、人材獲得合戦を広げている。四川では技術者 680 万人のうちハイテク技術者は 100 万人のみで、杭州では 71%の企業がハイテク就労者が不足しているといい、天津ではハイテク就労者の需給の割合は 10:1と言われている。
とくに世界的に需要増で人材が不足している分野、AI、ブロックチェーン、サイバーセキュリティでは、中国では国家を挙げて人材獲得に乗り出している。下記では、世界一を目指してアメリカとバトルを繰り広げるAI分野について概説する。
・AI(人口知能)
中国政府は、昨夏、「次世代AI発展計画 」を発表し、2030 年までにAI産業を 1500 億ドル規模に育て、世界のリーダーを目指すという目標を掲げた。
しかし、現状ではAI求人の 90%が埋まらず、海外から人材をリクルートしている状態だ。リンクトインによれば、海外からのAI人材の4割以上がアメリカからだという(主に中国系)。
テンセントの調査によると、世界的にAI人材は 30 万人ほどで、そのうち 20 万人は、すでに様々な業界で働いており、残りの 10 万人は学生のため、限られたAI人材を求めて各国が激戦を繰り広げている。
グローバルな人材獲得合戦で、こうした分野では給料も急騰しており、中国では 2014 年に比べ倍増している。新卒で4万 7000 米ドル~9万 4000 ドル、3~5年の経験があるチームリーダ職では 20 万ドル以上と、シリコンバレーに勝るとも劣らないレベルに達している。(なお、中国の新卒者の平均給料は 760 米ドルで、家賃が所得の6割以上を占める北京でも 1400 ドル。)
有名企業からヘッドハントするには、現給の 50~100%をオファーしなければならず、トップクラスのAIエンジニアを獲得するは、年に 100 万~200 万米ドル(大半がストックオプション)が必要だという。
南京大学は、今年、AI研究所を設立し、AI研究者を募集しているが、年間6万ドルの基本給に加え、住宅補助 20 万ドル、研究費として 30 万ドル以上がオファーされている。
※3 公式発表の数字は信憑性が低い。
対策
・海外からの人材獲得
中国政府は、産官学連携により、海外で働く中国人を中国に呼び戻すために、さまざまな施策を講じている。
中国のIT企業が世界のIT企業と肩を並べるようになり、海外(主にアメリカ)の大学を卒業後 (多くが院卒)、中国に帰国する若い世代が年々増えている。中国に戻る中国人の 15%以上がIT部門で就労しており、金融部門をわずかに上回っている。海外の卒業生を狙ったヘッドハンティングも過熱している。
<起業支援>
グーグルやアップル、フェイスブック、海外の大学などで働く中国出身の上級管理職や研究者をターゲットに、中国での起業を促すための国営(または自治体)投資ファンドを立ち上げ、起業資金や住宅、事務所スペースなどを提供し、かつ対価として株式も求めないという。
シリコンバレーで活躍する中国人エンジニアは多いが、「竹の天井」のため、なかなか上には昇れない中、起業環境も整い、政府の支援も手厚い中国の方がチャンスが多いと感じる若者も増えている。
<ビザ発給緩和>
今年に入り、外国国籍を取得した中国出身者(または親や先祖が中国出身者)向けに、訪中目的にかかわらず5年間有効のビザが発給されることになった。これまでは、一年の数次ビザか3年の滞在ビザに限られていた。
同時に、高度人材向けに就労ビザのパイロット展開も始まっている。これは、科学やIT、ビジネス、スポーツなどの分野で抜きんでた人物に、最高 10 年有効のビザ(アメリカのOビザに類似) を発給するというものだ。対象はノーベル賞受賞者、著名スポーツ選手、世界的にトップクラスの大学出身のポスドク、有名企業の経営者などで、最初にこのビザを取得したのはマイクロソフトのアジア・中近東・アフリカ担当人事ディレクターである。
一回の滞在が最大 180 日間継続して可能であり、配偶者や子供を呼び寄せることもできる。ビザはネットで無料で申請でき、一日で承認されるという。
次のITハブを狙う州や自治体も、海外からの優秀な人材を呼び込むために、あの手この手を駆使している。北京市では、今年に入り、VCや起業家、香港やマカオ、台湾の多国籍企業などで働く上級管理職を呼び込むために、数次ビザの特急手続き、北京市在住のための「グリーンカード(永久居留証)」の発行、最高 15 万米ドル以上のインセンティブの提供を開始した。永久居留証を得ると、不動産や車を購入でき、地元の学校にも入学できる。
<海外拠点の設置>
中国政府は、バイドゥ、アリババ、テンセント、iFlyTek の4社をAIの国家チームとして招集しているが、これらの企業では、海外からの人材獲得のために、海外でAI研究室の開設を始めている。テンセントがシアトルに新設するAI研究所を率いるのは、マイクロソフトの元主席研究員
(中国系)である。アリババでは、IBMやマイクロソフト、インテルにも勝る規模で世界各国に
7つの研究拠点を開設するために、今後3年で 150 億米ドルを投入する予定だ。
・AI教育
中国政府は、短期的にはAI人材を海外から調達するつもりだが、長期的には自国で育てるため次々と産官学連携のAI教育計画を発表している。
<大学>
先月、中国教育部、創新工場(Sinovation) AIラボ、北京大学が共同で、「中国の大学向けグローバルAI人材研修プログラム」の開始を発表した。今後5年で、教員 500 人、生徒 5000 人にAI教育を施すというものだ。受講には厳しい人選が行われ、関連AI機関でコンピューターサイエンスを教える教員が優先されるという。
また、中国教育部では、2020 年までに、数学、物理、生物、心理学、社会学、法律などの分野で100 のAI専門カテゴリーを設けるという目標を掲げている。さらに、今後 10 年で、州レベルで 50 のオンラインコース、新たにAI教授・研究開発センター 50 の開設なども計画されている。
<小中高>
小中学校で理数やAIコースを教えるイニシアティブの一環として、北京大学付属小学校では、グラフやゲームを使って遺伝的アルゴリズムやニューラルネットワークの授業を開始している。
通州地区実験小学校では、(※4)知的財産権保護を学ぶためにロボティックスの特許申請方法を生徒に教えるブートキャンプなどAI関連の 75 コースを新たに追加している。
南京市では、画像認識のスタートアップ企業、Seetatech が、中学で毎週AIのデモを行っている。
AI理論、機械学習とその応用を紹介した後、物体認識や顔認識を教え、生徒が自分でAI認識アルゴリズムを構築できるように指導しているという。
また、北京や上海などの大都市圏を中心に、香港中文大学発祥のSenseTimeと協力し、40 校ほどの高校がAI高校教育のパイロットプログラムに参加している。同プログラムは、今後、他の学校にも拡大される予定だ。
※4 「実験小学校」では、最新の教育課程や教科書などが全国に先駆けて試験的に導入される。
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