前々回、ダイバーシティ経営(D&I)でERG(Employee Resource Group)について簡単に触れたが、日本ではERGは「従業員(または社員)リソースグループ」と呼ばれている。
これは、同じような属性・特性を持つ社員が草の根的につながり、相互に助け合える自己啓発的なグループのことである。社内および社会で過小評価されているマイノリティが受容されていると感じられ、意見を言える場を築くために生まれたものだ。社内で多様性の受容(インクルージョン)を進めるには、トップダウンだけでなく、ボトムアップで社員の声を反映させることも必要だという考えに基づいている。
ERGでは、社員が自発的に参加し、ボランティアで活動を行う。通常、活動は勤務時間外に行われるが、中には勤務時間内の活動を許可している企業も一部ある。
アメリカから世界へ
ERGのルーツは、1960年代のアメリカに遡る。1960年代にニューヨーク州で人種問題を発端に暴動が起こった際に、地元本社で多くの社員を雇っていたゼロックス社が、1970年に社内で「黒人党派(Black Caucus)」を設けたのが始まりだ。同社では、当時から黒人の社員を雇っていたものの、入社した後、彼らはさまざまな差別に直面していた。それを改善し、黒人の社員が社内だけでなく、地域社会でもポジティブな環境を築けるようにすることを目指すものだった。
その後、アメリカでは人種や性別などを基にした雇用差別が法律で禁じられ、同じような従業員グループを立ち上げる企業が増えた。70~80年代にかけては、LGBTのグループが誕生するようになった。当時、 社内でゲイであることをカミングアウトすることには大きなリスクを伴ったが、LGBTグループに参加することで、LGBT社員が自分の性的指向を隠すことなく、自分のままでいられる場を得られるという点で大きく貢献した。
そして今では、アメリカでは大企業の90%がERGを設けている。とくにD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)活動が普及してから一気に増え、2020年からだけでも35%増加している。また、ERG活動は、アメリカから日本を含め世界各国に広がっている。
なお、アメリカでは、民間企業だけでなく、州政府でも職員のERGを設けているところがある。マイノリティを住民として抱えた州政府の方針に、マイノリティの視点を反映させるのが狙いである。(アメリカ生まれのマイノリティが中心の)人種別だけでなく、人種民族を問わない(外国生まれが中心の)移民のグループもある。
BRG(Business Resource Group)
ERGの代わりに「BRG(Business Resource Group)」という名称を使う企業もある。BRGの方が、企業活動のリソースであるという意味合いが強い。企業の多様性の目標達成を支援するだけでなく、売上やイノベーションなどの事業目標にも貢献してもらおうというものだ。
真のインクルージョンが達成されるには、社員が助け合うだけでは不十分で、ERGを会社の事業戦略に組みこまなければならないという考えで、ERGの進化したものがBRGという見方もある。アメリカでは、D&Iが進んでいる企業のランキングに入るような企業では、どこもERGが事業戦略に組み込まれている。
たとえば、人事給与アウトソーシング大手のADPでは、BRGは会社全体のビジネス戦略の一部であるべきという考えから、女性社員のグループであれば、女性経営者の企業といかに取引をすべきかといったアイデアを求められる。
ERGにはイノベーションも期待されており、実際にアメリカでは、ERGのアイデアが新商品の開発につながった例はいくつもある。たとえば、食品メーカーでは、ヒスパニック系社員のグループによってメキシコ系チップなどが生まれている。パーソナルケア製品メーカーでも、黒人社員のグループよっていくつもの黒人向けヒット商品が生まれている。アマゾンでも、黒人女性向けヘア製品サイトの立ち上げには、黒人社員のグループが関与している。
自動車メーカーでは、インドで販売する車のデザインをインド系社員のグループがサポートした例がある。クレジットカード会社では、トランスジェンダーや同一性障害者の場合、実名と通名(法律上の性と見かけの性)が一致していない場合があるので、本人が希望するファーストネームのみがカードに掲載されるカードがLGBTQ+社員グループのアイデアから誕生している。
なお、製薬会社大手のメルクでは、ERGとBRGを併せたEBRG(Employee Business Resource Group)という名称を使っており、後述の例にもあるように、名称はさまざまである。
社会的意義も
ERGは、人種や性別だけでなく、子育て、健康、ボランティアなど従業員の関心事をベースにしたグループも生まれている。たとえば、Twitter日本では、子育て中の社員が働きやすい環境を作るための「TwitterParents」というグループがあり、後述の武田薬品でも、子育て世代のグループがある。
また、多くの企業で、ERGは地域社会でのボランティア活動などを含むようになっている。差別など社会問題に対して声を上げ、社内だけでなく、社会的にも影響を与えていこうというERGもある。たとえば、警官による黒人男性の射殺が相次いだ際には、企業のトップが、組織として、どのような対応をしているかを社員に伝え、解決に向けて自分も何かしたいと言うのなら、ERGに参加するという方法があることを周知させるといったことが行なわれている。
また、過去2年、 黒人のトランスジェンダーが殺害される事件が相次いでいるが、ERGも署名を集めるなどして、会社の対外部とともに、州政府に法制化や法改正を働きかけている企業もある。いずれにせよ、ERGは進化し続けており、多様性の目標を達成するためのものもあれば、ビジネス活動のものもあり、大きく下記の3つに区分される。
1)属性・特性を中心としたもの
2)社会的意義が中心なもの
3)ビジネス活動が中心なもの
仕組み
ERGのメンバーとなるには、そのグループの特性を有している必要はない。たとえば、女性社員のグループに、男性が加わることもできる。そのグループを支援したいという、そうしたメンバーはアライ(ally、協力者)と呼ばれ、日本企業でもグループ名に「アライ」をつけているところもある。
ERGをどのように社内で位置付けるかは、各企業によって違い、ERGが多様性管轄部や人事部に直属する企業もあれば、完全に企業の部署とは切り離されている企業もある。
・上級管理職によるスポンサー
ERGの成功には、上級管理職によるスポンサーが不可欠だと考えられている。上級管理職は、ERGの目標が企業の目標と足並みをそろえるよう、ERGの方向性を定め、戦略的なアドバイスを提供する。また、担当するERGのミッションや目標、進展状況を他の経営陣や社内のステークホルダーに伝え、社内でのサポートやイベント用の予算を取り付けたりもする。さらに、社内だけでなく、社外に向けた広報やPRも行う。
・無償か有償か
ERGは、通常、従業員の自発的活動で、勤務時間外に行い、無償である。しかし、一部、手当を支払う企業もある。
ADPでは、BRGのリーダー(会長と副会長)に手当を支給している。BRGに属することは特権なのだということを社内で周知させ、それぞれのグループが社内で経済的に向上できる後押しをするためだ。メルクでも、EBRGのリーダーには手当を支給している。最近では、リンクトインが、ERGのグローバルリーダーに年間1万ドルを支払うということで話題になった。
ただし、有償にすることには賛否両論あり、一部のERGメンバーに支払うことで不平等感が生まれる、有償になることで仕事の一環となり、かつリーダーが経営陣の一部と見なされて他のメンバーとの間に溝が生まれるという懸念がある。企業から手当が出ることで、ボトムアップの草の根活動という前提が崩れる恐れがある。
ERGのメリット
・社員
個々の社員にとっては、ERGに属することで、属性・特性を共有し、同じような悩みを抱える仲間から精神的サポートを受け、自信を得るというメリットがある。もちろん、ERGを通じて、日頃、出会わないような人と出会え、ネットワークが広がるということは言うまでもない。
また、上級管理職がERGのスポンサーとなるため、通常では、なかなか得られない上級管理職と直接パイプができるというのは大きなメリットである。メンターやコーチになってもらってキャリア開発に役立つだけではなく、社内で目に留めてもらえるチャンスが増え、キャリアアップにもつながり得る。
また、ERG活動を通じ、リーダーシップなどのスキルを養うことも可能である。戦略企画、イベント企画、コーチングなど、日頃の業務では行なわないような責務をこなす機会も得られるのだ。ERGメンバーのキャリア育成のために、ERG活動を仕事に直結しようという企業もある。
・企業
先述のように、ERGが新商品の開発に貢献している例は多々あるが、それ以外にも、多くの企業で、EDG/BRGは、人材確保および定着化、リーダーシップスキルの向上、コミュニケーションの促進などで重宝されている。
企業にとって、ERGは、社内の人財の宝庫であり、とくに女性やマイノリティなどの優れた人材を発掘する貴重な場となっている。後述の事例で見るように、地域社会へのアウトリーチ活動で、企業のブランディングに役立ち、入社前から人材育成を図ることもできる。
ERGでは社員同士のサポートがあるため、新規社員入社後のオンボーディングにも利用されており、その後の社員定着やエンゲージメントにおいても、有益であることが認められている。
アメリカでの事例
下記は、アメリカでの3つの異なる業界におけるERGの事例である。
・ヒルトン
世界に120近くの拠点を有するヒルトンインターナショナルは、D&Iの優れた企業ランキング(DiversityInc)で殿堂入りしているが、ERG活動に関しては1位である。同社では、アメリカの社員だけで5万人以上を抱え、そのうちマイノリティが69%、女性が53%を占める。
ヒルトンでは、従業員のことを「チームメンバー」と呼んでいるため、ERGも「TMRG(Team Member Resource Group)」と呼ばれている。TMRGは、2012年に創設されたが、今では世界に50の支部がある。ホスピタリティという業種柄、多様な顧客のニーズを満たすのには、TMRGは不可欠であるという。
すべてのTMRGに上級管理職がスポンサーとなっており、上級管理職にチームメンバーの声が届くようになっている。また、反対に、上級管理職が社員の意見を吸い上げる場としても役立っている。
また、ヒルトンでは、属性・特性別グループ以外に、「NextGen TMRG(次世代TMRG)」というグループもある。このERGは、現在の社員、新規社員、将来の社員をつなぐためのリソースとして生まれ、ベビーブーム世代、G世代、ミレニアル世代という異なる世代の社員の間の橋渡しを期待されている。たとえば、上の世代は若い世代のキャリア開発を助け、上の世代は若い世代から最新のデジタル技術を学ぶといった交流が行なわれている。さらに、異なる世代から学び、多様な視点をイノベーションにつなげていくことを目指している。
・北米トヨタ
北米トヨタでは、ERGのことは、BPG(Business Partnering Group)と呼ばれているが、全米で13のBPG、100以上の支部が存在する。本社(ダラス)では、社員の40%以上が何らかのBPGに参加しているという。やはり、すべてのBPGに上級管理職のスポンサーがついている。
同社で最初にできたBPGは、2000年創設のラティーノ(ヒスパニック)系社員のグループで、今ではメンバーは600人以上にのぼる。同グループは、たとえば、地元の高校で、パブリックスピーキング、家計管理、就職準備、トヨタ生産方式に関する教育など、生徒のスキル開発を促進するプログラムを提供している。
社会に出る前から若者を研修、メンタリングすることによって、彼らが入社した際に社内にスムーズに取り込むのが狙いだ。こうした地元の若者のスキル開発を通じ、地域社会との信頼関係を築き、地域社会への会社のコミットメントを示すことにもなっている。これが、将来の社員の確保、定着につながるという考えだ。
ラティーノ社員グループに続いて誕生したのが、黒人社員や女性社員のグループだが、やはり社員採用で一役買っている。女性社員のグループは、地元のガールスカウト(14~16歳)を招待し、STEMキャリアに関するパネルディスカッション、車メンテナンスの基礎、安全運転、交通車安全などの教育活動を行なったりしている。
黒人社員グループも、黒人社員の会社への貢献が正しく認識されることに力を入れ、黒人社員の採用、開発、定着をミッションとし、地域社会アウトリーチによって、各地の黒人コミュニティと会社との橋渡しを行っている。
・メルク
メルクでは、EBRGへの参加は、社員の人材育成プランの一環であるべきという考えから、勤務時間中に活動を行なうことが許されている。
また、EBRGメンバーには、多様なサプライヤーを見つけるのに購買部門を支援するといった特別な任務が与えられるという。EBRGのリーダーは、社内のプラットフォームを通じ、チームメンバーを社内に広く賞賛することもできる。同社では、臨床試験多様性委員会を設けており、臨床試験の過程を説明した黒人社員向けパンフレットを作成している。その後、ヒスパニック系向けやアジア系向けパンフレットの作成につながったが、こうした過程でもEBRGが貢献している。
日本企業の事例
日本では、ERGは「従業員(または社員)リソースグループ」と呼ばれ、とくにグローバル企業で導入されている。今年に入ってからは、明治がD&I取り組み推進のために、ERG活動の開始を発表した。
・武田薬品
武田薬品では、2014年に女性従業員草の根ネットワークを立ち上げたのを皮切りに、今では80ヵ国で「Takeda Resource Groups (TGR)」と呼ばれる従業員ネットワークが活動している。
その後、東京プライドパレードにも参加するLGBTQ+のグループのほか、外国籍など多様な従業員をサポートするためのグループ、子育て世代が生き生きと働き続けるための環境作りを目的としたグループ、全従業員がお互いのキャリア形成を支え合える環境を醸成することを目的としたキャリア形成支援のグループ、がんサバイバーのサポートグループなどがある。
・みずほフィナンシャルグループ
みずほでは、国内で約2,000名、世界的に約4,000名の社員がERGに参加しているという。
2018年に発足した女性社員のグループは、世界の5つの地域の女性社員が地域や部門の垣根を超えてグローバルにつながり、勉強会や講演会、ネットワーキングを通じキャリア形成の機会を創造しようというものだ。それ以外にも、管理職の女性が中心となって、後進の育成とサポートにつながる活動を行うグループもある。
また、LGBT+のグループや身障者のグループのほか、BRG系のグループもいくつかある。多国籍の社員が集まり、グローバルコミュニケーション機会を創出するネットワークでは、同社のグローバル化を推進する活動を行っているという。
コラボレーションを通じて新しい価値の共創を目指するグループでは、メンバーのITスキルの底上げも行っており、同社の将来につなげる活動を企画、運営しているという。他にも、ワークショップや交流会を通じ、コーチングなどのコミュニケーションスキルの向上を目指すグループ、英語によるコミュニケーション力やパブリックスピーキング力を磨くことで、同社のグローバル化を推進しようという企業内トーストマスターズ、勉強会などを通じ社内データの活用を目指すグループなどがある。
日本の場合、今のところ、人種・民族別のグループが設けられるほど人種が多様ではないためか、自己啓発的なビジネス活動のグループが多いように見受けられる。
どこも、ERGはD&Iの一環として行っているが、グローバル規模で、グループを横断した活動で組織や地域を超えた社員の繋がりを築き、視野を広げることで、新しいビジネスアイデアやイノベーションを生み出し、会社の成長につなげようという意図が見られる。
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