世界的な成長分野「オンデマンド人材派遣マッチングサービス」

Image of business partners handshaking over business objects on workplace
2022.12.26

前回、ホスピタリティ業界におけるオンデマンドの人材派遣サービスを紹介した。こうした人材マッチングサービスは、同業界に限ったわけではなく、小売や建設現場、倉庫や工場などでも利用されている。

日本でも、同様の「スキマバイト」のマッチングサービスが、いくつか登場している。ちょっと手の空いた1~2時間でも、アプリを通じて手軽に単発の仕事ができるというものだ。日本のサービスには、こうした働き手の目線のものが多いが、アメリカでは、概して、雇用側が需要に応じて柔軟に対応できるオンデマンドの人材派遣サービス(アプリ)として、必要なときにだけ調達可能なジャストインタイムの労働力、人件費の削減をメリットとしてうたっている。

 

世界的に伸びるオンデマンドの人材派遣

企業にとってオンデマンドサービスを使う最大のメリットは、下記のようなものである。

・人件費の削減。繁忙期にだけ労働力を増やせばいいので、閑散期に余剰労働力を抱える必要がない
・急な労働力の需要増にも対応が可能
・採用プロセスの簡素化
・給与計算を含む人事労務業務の簡素化

また、既存の人材派遣会社に比べて、下記のような利点が挙げられる。

・雇用主はアプリを通じて派遣スタッフと直接やりとり可能
・派遣人数や時間を定めた契約ではないので、必要な人数を必要な時にだけジャストインタイムで調達可能
・気に入った派遣スタッフに限定して求人したり、何カ月も前からシフトを入れて雇い続けることも可能
・賃金支払いは、固定された給料日ではなく、勤務後、数日の間に可能。日本のスキマバイト・マッチングサービスでも、迅速な賃金支払いをうたい文句にしており、就業者にとっては魅力的なポイント

世界的に成長分野

アメリカでは、労働人口の3割以上、5,700万人ほどが、フリーランスや、配車アプリ、宅配アプリ、短期派遣スタッフなどのギグエコノミーで働いているといわれている。

Uberなどの配車アプリ、Uber Eatsなどの宅配アプリを使ったサービスでは、(※1)ドライバーは個人事業主扱いで、こうしたギグエコノミー・プラットフォーム(仲介業者)は福利厚生などを提供せず、法定最低賃金を遵守せずにすんでいた。しかし、後述するが、アメリカでは、「こうしたドライバーも、個人事業主ではなく、社員として扱わなければならない」ということを法制化する州が出てきている。  

そうした流れの中、今のところ、オンデマンドの人材マッチングには、こうした規制は課されていないため、今後、大きな成長が期待されている。

この市場では、2021年、北米(アメリカとカナダ)が世界的に最大のシェアを占め、市場規模は、2022年の7,000万ドルから、2028年には15%伸びて、1憶6,000万ドルに達すると予測されている。

成長する市場を狙って、かつ新参組から市場シェアを守るためにも、既存の人材派遣会社でも、オンラインプラットフォームを導入するところが出てきている。

※1.アメリカではDoor Dashが50%以上の市場シェアを握り、Uber Eastのシェアは、その半分以下。

・フルタイム社員の置き換え

2022年頭、16ヵ国の13の業界の1万1,000人を対象に行われた調査では、上級管理職の60%が、「今後3年で、社内でフリーランスがフルタイム社員(正社員)に置き換わるだろう」と回答した。(※2)その理由として、派遣スタッフを含むフリーランサーを雇うことによって、「より適した熟練者が雇え、かつオンボーディングや労務にかかる時間を削減できること」が挙げられた。

※2.Mercer, “2022 Global Talent Trends Study: The Rise of the Relatable Organization”

・フリーランス希望者も増加

一方、「単発の仕事、フリーランスで仕事をしてもいい」というフルタイム雇用者は、60%未満であった。

2019年には、フリーランスを希望する理由は「収入を増やしたい」が21%だったが、今では、それが48%で最多となっている。つまり、収入を増やすために、労働時間を増やしたい、副業をしたいということで、こうした背景には、コロナ禍での失業、その後はインフレによる家計の圧迫がある。

同時に、「より柔軟な働き方、自由を得るため」という理由を挙げた回答者も、14%から42%に増えている。一方、2019年に最多だった「失業したから」という理由は、2022年には2%に下落した。

フリーランスの仕事を望む傾向は、アメリカだけでなく、ブラジル、南アフリカ、メキシコ、中近東などでも見られる。なお、一番フリーランスに興味がないのは、ヨーロッパの雇用者だった。

後述するが、フリーランスへの移行を躊躇する雇用者が多いのは、安定した職だけでなく、福利厚生を失うことが大きな理由である。

・背景にインフレも

イギリスでも、短期の仕事、フリーランスをする就業者が増えている。今年、Indeed Flexがイギリスで行ったアンケート調査では、短期の仕事をしている人の32%が「初めて行なった」、46%が「短期の仕事を始めて半年未満」と答えている。

やはり、その背景にはインフレがある。イギリスでは、9月に消費者物価指数(CPI)が前年同期比10%上昇し(食料品は15%上昇)、短期の仕事をする理由として「生活費高騰のため」という理由が挙げられた。例年のことだが、「クリスマスの出費に備えて、臨時の収入を得たい」という理由もある。(※3)

また、短期の仕事をしている人の28%が、「フルタイムの仕事をしながら副業として」行なっており、11%が「パートタイムの仕事をしながら副業として」、17%近くが「子育ての合間に」と答えている。「学業の合間に」と答えたのは8%だった。多くの人が、副業として短期の仕事をしていることがうかがえる。

なお、短期の仕事をする人たちの増加の多くが中高年によるもので、41%が50~70歳だった。一方、「短期の仕事のみを行っている」という人の約3割(29%)は18~30歳だった。

コロナ禍で、突如、職を失った人にとっては、日銭が入る、こうしたサービスは家計の危機を救うものであったが、その後は、インフレで圧迫される家計を補うものとして役立っている。

※3.アメリカでは、年収の1%がクリスマスギフトに費やされると言われ、2019年の一人あたりの出費は、飾りやクリスマスカード、食事なども含め940ドル。

 

アメリカの主なオンデマンド人材派遣会社orプラットフォーム

オンデマンドマッチングサービスには、ネットで発注して、ネットで納品できる形態のものもあるが(主にホワイトカラーの職種)、ここでは就業者が現場で作業しなければならない形態のもの(サービス職、ブルーカラー職)のみを取り上げる。ブルーカラー職に特化している会社もある。

Instawork

2016年創業のInstaworkは、アメリカとカナダの30都市で、これまで延べ300万人以上を派遣してきた。建設現場、倉庫・ロジスティックスなどブルーカラー職、飲食店などのホスピタリティ職が多い。同社では、マッチングにはアルゴリズムを利用している。

派遣先に対して、最低勤務時間は設定していないが、4時間以上を推奨している。勤務時間が長い方が、派遣スタッフが見つかるスピードが速いからだという。

アメリカでも展開するカナダのアパレルメーカーでは、通常の人材派遣会社を利用していたが、コロナ禍で、派遣スタッフの数が70%減少し、十分な人数を派遣してもらえなかった。反対に、必要以上の人数が送られてきたこともあるという。

また、以前の派遣会社では、毎回、誰が送られてくるのかわからなかったが、Instaworkであれば、気に入った派遣スタッフがいれば、その人たちに対してのみ求人をかけることもできるため、同じスタッフを長期で送ってもらうことが可能となった。これによって、毎回、送られてくる派遣スタッフをオンボーディングや研修する必要がなくなり、かつ勤務中の監督時間も少なくてすんでいるという。

Instaworkの派遣スタッフの59%が25~44歳で、3割は35歳以上、25歳未満は28%で、実務経験を積んでいる人が多いという。(※4)78%は大卒未満だが、派遣職種がブルーカラーやホスピタリティが主なため、当然といえるだろう。なお、半数近くが黒人で、労働人口における割合(13%)を大きく上回っている。

また、回答者の4分の3がInstaworkで得た収入で「生活必需品を購入した」、半数以上が「世帯で唯一の稼ぎ手である」と答えており、こうした単発の仕事が家計にはなくてはならない存在になっているようだ。Instaworkでの労働時間は「月40時間」という人が25%、「月9時間以下」という人が29%であることから、Instaworkでの仕事は、他の収入を補う位置づけであることがわかる。ただ、他でフルタイムの仕事をしながら、副業で単発の仕事をしているのか、同様の会社を掛け持ちして、単発の仕事を複数しているのかは不明である。回答者の半数近くが「他でも単発の仕事をしている」と答えている。

※4.Instawork “State of the Flexible Workforce” 2022年

Wonolo

Instaworkとほぼ同様のサービスを提供しているのが、2014年創業のWonoloだ。全米30近くの都市で展開し、これまでに延べ100万人以上を派遣スタッフとしてマッチングしてきた。倉庫、軽作業、配送、清掃、イベント、小売など、派遣先の業界は多岐にわたる。

たとえば、メガネチェーン店では、拠点拡大の際に、Wonoloの派遣スタッフを利用したところ、一年で10店舗から30店舗に拡大できたという。こうした短時間でスケーラブル(拡大可能)な点も、こうしたサービスのメリットに挙げられる。

Wonoloでは、派遣スタッフとして登録するための応募条件は18歳以上で、スマホが使えることだけで、実務経験は必要ではない。

職務規定に関するテストをオンラインで受けたり、アプリに関するオンラインクラスを1時間受講すれば、より多くの求人を閲覧できるという仕組みになっている。反対に、無断欠勤やドタキャンの場合、ペナルティが課せられ、すでに受け入れている仕事はすべてキャンセルされたり、一定の間、求人広告が閲覧できなくなる。

Wonoloでは、派遣先に各地域に応じた生活賃金(最低限の生活水準を維持できる賃金)を支払うよう促しており、Wonoloに掲載される求人の75%が生活賃金を満たしているという。(各州の法定最低賃金は100%満たしている。)

雇用主は、気に入った派遣スタッフがいれば、求人広告に優先的にアクセスできるようにすることができる。

なお、Wonoloの派遣スタッフの半数以上(53%)がミレニアム世代で、さらに就労年齢に達し始めたZ世代も急速に伸びている。しかし、より多くの短期派遣の仕事をこなしているのは、ベビーブーム世代(57~75歳)とX世代(41~56歳)であるという。

Indeed Flex

リクルートが親会社の求職検索エンジン大手のIndeedも、オンデマンドの人材派遣サービスを提供している。同社は、2019年に、イギリスで2015年からパートタイムや短期の仕事のマッチングサービスを行っていたSyftを買収した。(イギリスでは、派遣スタッフにも、公的年金加入や有給などの福利厚生も提供している。)

2021年に、Indeed Flexとして、アメリカでもサービスを開始した。それからまだ1年ほどのためか、登録しているワーカーは、米英で10万人以上、顧客は200社以上と、先発組に比べて少ない。なお、他社と違い、同社では、登録には面接が必要である。

BlueCrew

2015年創業のBlueCrewでは、倉庫・ロジスティックス、配送、製造など、主にブルーカラー職のマッチングを行っている。10万人以上の派遣スタッフを社員として採用しており、アメリカの25都市で展開している。

同社は、先月、全米に400以上の拠点を抱え、毎年、45万人以上のブルーカラー就業者を派遣するという全米最大の軽作業の人材派遣会社によって買収された。

BlueCrewが他社と大きく異なるのは、派遣スタッフを個人事業主でなく、同社の社員として雇用している点だ。つまり、常用型派遣で、これはオンデマンドの人材派遣サービスとしては初の試みである。Bluecrewの方で税金などを源泉徴収し、残業手当、有給休暇、福利厚生なども提供している。派遣スタッフとしては、給料が保証されながら、働く時間や場所も自分で選べ、いいとこ取りということになる。

派遣社員として採用されるには、面接とバックグランドチェックが必要である。

現場の監督が、さらにスタッフが必要であれば、直接アプリを通じてリクエストでき、気に入ったスタッフもお気に入りできる。また、各部署に派遣されているスタッフの社員を、やはりアプリを通じ、現場から管理ができるというのもメリットである。

同社では、求人の90%以上が、多くの場合、数分で埋まるという。従来型の派遣会社では、埋まる率は60~70%で、それも数週間かかるといわれており、それに比べると非常に迅速で、マッチング率も高い。

派遣先は、なぜ特定の求人は埋まらなかったのかなど派遣社員からのフィードバックや、特定の職種は、どの地域で人材を探すのが最適か、などのデータをBlueCrewから受け取ることができる。

Veryable

元GE勤務の創業者が、柔軟性に乏しい製造業やロジスティックスを改革しようと2017年に創業したVeryableも、ブルーカラー職のマッチングに特化している。現場での経験から、現場で働く監督やマネジャーがオペレーションを管理しやすいアプリを開発した。

全米30近くの都市で、製造や倉庫・ロジスティックスの分野をオンデマンドで人材派遣している。時給制以外に、達成ベース(個数など)での支払いも可能である。

Veryableでは、企業の求人案件に対し、就労者が入札する仕組みを取っている。入札するには、就労者はバックグランドチェックを完了することが条件となっている。薬物検査は義務付けられていないが、自費で検査し、陰性であれば、それもプロフィールに掲載することができ、入札の際にはプラスとなる。

派遣先は、スキル、資格、経験、評価スコアなどに基づいて、入札できる派遣スタッフを限定することができる。また、過去の派遣で気に入ったスタッフだけに求人案件を送ることもできる。勤務後の評価は、双方向で行われる。無断欠勤、ドタキャン、遅刻、服装などの就労規定違反、勤務態度の悪さなどは、2週間~30日のアカウント凍結につながる。なお、派遣スタッフは、現場での事故などに対し保険でカバーされており、健康保険や遠隔医療、生命保険なども任意で加入できる。

ある倉庫配送業者では、需要が27%上昇したが、機器を増やすことができないため、社員が残業し、労働時間を増やすことで対応していた。しかし、Veryableの派遣スタッフを利用することで、時間通りの配送が10%向上し、社員の残業時間を15%減少することができたという。これによって、社員の士気も向上した。

別のロジスティックス業者では、コロナ下で急増したEコマース需要に対応するのに苦労していたが、たとえば、当日の朝、「今日は追加で10人のスタッフが必要」ということになれば、Veryableを通じて、その日のうちに10人調達できて、非常に助かったという。スタッフの数をリアルタイムで生産量にマッチできるというのは、企業にとって大きなメリットである。同社では、Veryableの利用で、生産性が38%上昇したということだ。

ちなみに、”veryable”とは”variable”(変動する、変動費)という意味で、「人件費は固定費でなく変動費にできる」ということを示唆している。

 

オンデマンド人材派遣の課題

このように、変動する需要にジャストインタイムで対応でき、人事労務業務や人件費を削減できるという点は、企業にとって大きなメリットであり、こうしたサービスを利用する企業は、今後さらに増えるのだろう。

しかし、一方、すでに不安定な立場に置かれている労働者たちが使い捨ての労働力になるという危惧もある。ホスピタリティ業界をはじめ、派遣スタッフが重宝される業界には、低賃金で、夜間労働も伴う長時間労働など、労働環境のよくない業界が多い。ジャストインタイムの労働力となることで、労働者は、さらに不安定な立場に置かれることになり得る。

雇用がより不安定に

冒頭で紹介した調査で多くの経営陣が予測しているように、常勤雇用の臨時雇用での置き換えが、すでに始まっている(日本でいえば、正規から非正規)。こうした傾向は、コロナ前から進んでいたが、コロナ下で急速に進んだ。(アメリカでは、2014年にフルタイム社員50人以上の企業には社員への健康保険の提供が義務付けられた際、フルタイム社員をパートタイムの社員で置き換える企業が相次いだ。)

さらに、以前から業界で働く労働者は、派遣スタッフとして参入してくる業界未経験の労働者との競争を強いられる。職種によっては、「経験不要」をうたって「派遣スタッフでも事足りる仕事内容」としてしまうことで、その職種の価値を下げる結果となり、そうした職に就くフルタイム社員にも悪影響が及ぶ。

また、労働条件の悪い業界で、労働条件の改善を訴えたり、労働組合を作ったりしようとすれば、派遣スタッフに置き換えられてしまうというリスクも生じる。  

オンデマンドの人材派遣サービスは、労働者に対しては「自由で柔軟な働き方ができる新しい就労機会、生き方」をうたっている。たしかに「自分で勤務時間を選べる方が、子供の学校や幼稚園の送迎がしやすい」「家族の介護がしやすい」といった声はある。

しかし、日本でも一時、フリーターが「自由な働き方」「新しい生き方」としてもてはやされたが、  結局、その自由は、長期的な職の安定やキャリア構築との引き換えだったことに気づき、後に後悔する労働者も現れた。特別なスキルを保有していない限り、単発の仕事を続けていたのでは、キャリア形成、ひいては収入増を見込めない点が大きなデメリットだろう。

・適正賃金なのか

オンデマンドの人材派遣サービスには、「社員として働くよりも賃金がアップする」とうたうところが多い。

しかし、上述のBlueCrewのように、派遣スタッフを社員として雇う人材派遣会社は稀であり、通常、個人事業主として雇われる。個人事業主には、法定最低賃金は適用されず、勤務時間が短ければ、交通費を差し引くと赤字だったという場合もある。さらに所得税や住民税などの源泉もないため、個々が確定申告をして納税することになる。(アメリカでは、納税義務のない低所得者を除き、国民全員に確定申告が義務付けられている。)

派遣スタッフに限らず、個人事業主として働いたことのない労働者は、受け取った報酬が税引き前の額であることを知らず、確定申告の際に初めて納税をしなければならないことに気づき、納税するだけの貯金がなかったなどということは珍しくない。そこで初めて、社員として働いていたときの手取り額より稼ぎが少なかったという事実に直面したりもする。

・根本的な問題の解決にはならない

こうしたオンデマンド人材派遣サービスは、ホスピタリティ業界やロジスティックス業界のように人材不足に悩まされる業界にとって、救急処置的な短期ソリューションにはなり得るが、低賃金や長時間労働など業界の課題を根本的に長期で解決するものにはならないとの声もある。短期のスタッフを雇うことで、長期的にスタッフの採用や研修に費やせる予算が減り、長期的に正社員を雇うことが難しくなるとの指摘もされている。

冒頭のグローバル規模のアンケート調査では、フリーランサーの職の安定を気にしているのは、大企業でも28%のみで、契約先・派遣先にかかわらず、フリーランサーになんらかの福利厚生を提供している企業は24%にすぎない。(※5)

「社内で経営陣がリモートワーカーをフリーランスに転換するのではないか」と懸念する人事部長クラスが74%もいる。

ジャストインタイムの労働力が企業にとって有効なのであれば、労働者が生活を維持できるように生活賃金を支払い、福利厚生も提供するしかないだろう。アメリカでは、中産階級の崩壊が叫ばれて久しいが、とくに労働者階級の生活が守られなければ、中産階級はさらに没落することになる。

※5.Mercer, “2022 Global Talent Trends Study: The Rise of the Relatable Organization”

いずれは法制化か

アメリカでは、10年ほど前から、ギグエコノミーとしてアプリを用いた配車や宅配サービスがもてはやされたが、その後、次々と問題が露呈した。アメリカでUberが始まった当初、多くの人たちがドライバーとして参加したが、ホワイトカラーたちを含め、他で稼ぐ術のある人たちは、「時給換算すると最低賃金にも満たない」とすぐに辞めていった。Uberにしろ、Uber Eatsにしろ、ドライバーは個人事業主扱いであり、車の維持費やガソリン代などはドライバーの負担である。(当初は、事故の際の賠償責任もドライバーの自己責任だった。)今では、ドライバーの大半を移民が担っている。(※6)

その後、経費・維持費を差し引くと、法定最低賃金を稼いでいるか稼いでいないくらいであることに気づいたドライバーらが、賃上げや福利厚生を求めて抗議活動や集団訴訟を次々に起こす事態となった。Uberは、いくつかの州政府からも「ドライバーは個人事業主でなく、社員である」と提訴されている。

アメリカでは、2017年~2018年に、マリオットとヒルトンが、Airbnb(民泊)やUber(配車アプリ)などのギグエコノミー・プラットフォームとともに、オンラインプラットフォームを通じて仕事を見つけた場合、就業者は個人事業主とみなされるよう法制化するようロビー活動を行った。これは、ギグプラットフォームで働く人たちを個人事業主ではなく社員であるとして法制化しようとする州政府をを阻止するためのものだった。

カリフォルニアでは、2019年に個人事業主の定義を厳格化し、ギグワーカーも社員として扱われるべく法制化をした。ところが、Uberなどのギグカンパニーの連合によるアメリカでもっとも巨額な政治キャンペーンによって、2020年にはギグワーカーは同法の適用を免れるとした条例が通過した。しかし、2021年には、州の裁判所が、その条例は労働者の報酬を定める議会の権限を制限するもので、違憲であるという判決を下した。それに対して、Uberらが控訴しているが、最終的には州の最高裁で争われることになると見られている。カリフォルニアでの判決は、全米に影響を与え、ギグカンパニーのビジネスモデルの存続を左右するものなため、行方が見守られている。

なお、今週も、先月、ニューヨーク市がUber料金の値上げを決めたものの、値上げ阻止のためにUberが市を提訴したことに対し、Uberのドライバーが抗議ストを行った。

常用雇用の臨時雇用、フリーランスでの置き換えが進むにつれ、弱者救済のための政府介入は免れないだろう。オンデマンドの人材派遣にも、同様の規制が進むことは大いにあり得る。

※6.Uberを使うたびにドライバーに聞いてみるが、ほとんどが初めて数カ月という人たちで、1年以上やっているドライバーに出会ったことがない。東南アジアでは(Uberと同様のサービスの)Grabのドライバーをしながら、他の仕事と掛け持ちして生計を立てている人もいるが、国によっては、ドライバーになるために、借金して車を買ったものの、やはり生活できず、海外に出稼ぎに行くという人にも何人も出会った。

フリーランサーの間の格差

コロナ下でのリモートワークの普及で、出勤しなくてすむホワイトカラー職と、現場での作業が必要なサービス職やブルーカラー職の間の不均衡、格差が明確となった。ギグワーカー、フリーランスの普及においても、こうした格差が浮き彫りになっている。

2021年の調査では、フリーランスの仕事の半数以上が、プログラミングや執筆、デザイン、IT、マーケティング、ビジネスコンサルティングなどの高スキルの就業者であった。こうした分野の高学歴のホワイトカラーの場合、フリーランスになることで収入を増やすことも可能である。こうした分野でのマッチングを行うプラットフォームも各種存在するが、ITを駆使することで、市場も広がり、個人ブランディングに成功する人たちもいる。

一方、ここで見てきたようなサービス業やブルーカラーの時給制労働者の場合、オンデマンドの人材派遣スタッフとして働くことにより、より低賃金で、より不安定な立場に置かれることも珍しくない。こうした労働者には、「自分はITによって支配されている」と感じる人たちもいる。アルゴリズムによって振り分けられ、派遣先にとって最適化される単なる駒のひとつとなり、使い捨ての労働力へと転落しかねないということだ。

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有元 美津世プロフィール
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。 社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米27年。 著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』など多数。