AIによる置き換え、新たな職の創生…必要なリスキリングは?

AI
2023.06.23

AIが普及し始めてから、AIによる人間の置き換えを心配する声は多いが、それが実際に起こり始めている。

アメリカ企業は、今年5月に8万人以上の人員を削減したが(前月比20%増、昨年同時期比287%増)、そのうちの4000人は、AIによって置き換えられたものだという。(※1)

※1. Challenger, Gray and Christmas, Inc.

 

人材採用の凍結・削減

5月に、米IBMのCEOが、「AIで置き換えられる職種に関しては、人材の採用を停止する予定だ」と発言し、世界的にニュースとなった。これは、主に顧客と対面しない人事などのバックオフィスなどの職種が対象で、「この5年でAIや自動化の影響で、採用停止するのは全体の3割くらいになり得る」という。IBMの社員数は世界的に26万人ほどなので、7800人の計算になる。

イギリスでも、5月に大手通信会社のBT(ブリティッシュテレコム)が、コスト削減のために、2030年までに全世界の社員の4割以上にあたる最大5万5000人を削減する計画を発表した。2028年から2030年の間に、社員数13万人を7万5000人~9万人まで減らすという。

同社では、2030年までにイギリス国内で次世代フルファイバー、5Gネットワーク展開のもっとも労働集約な作業の大半が完了する予定で、その後は今ほどのエンジニアが必要なくなるのが一因である。しかし、同時に、AIなどの新技術を駆使することで、問い合わせの応答や通話処理、ネットワーク診断などでの労働力への依存度を下げることを目指している。

同社の財務は、今年3月の会計年度末で税引前利益が12%減少しており、2025年までに30億ポンド(5400億円)のコスト削減を図るという目標を掲げている。

なお、携帯キャリア大手のボーダフォンも、この3年で1万1000人を削減する予定である。同社も業績不振で、株価が下落しており、10億ポンド(1800億円)のコスト削減目標を発表している。両社とも、無駄のない効率的な経営を目指しており、AIの活用が、その一端を担うこととなる。
 
アメリカでは、実際にAIを導入して、従業員を解雇するケースも登場している。摂食障害患者向けヘルプラインを運営する非営利団体では、今年6月から、ヘルプラインに(医者が開発した)チャットボットを導入するため、社員は解雇を告げられたという。(※2)

ただし、6月1日にチャットボットを使い始めたところ、同じチャットボットを使っている別のプログラムのユーザが「不健康なダイエットを勧めている」とソーシャルメディアに投稿したのが拡散した。その結果、同団体では、調査のため、1日でボットの使用は中止し、従業員を復職させている。

※2. 従業員らは、スタッフ増員、研修、昇進などを求めたが拒否され、労働組合を立ち上げたことが解雇された理由と主張。

 

進む置き換え

一方、日本では、先月、日本芸能従事者協会が、美術家や文章クリエイターを含むクリエイター2万人以上に対しAIに関するオンラインアンケート調査を行ったところ、「AIの推進で自分の仕事が減少する心配はありますか」という問いに対し、回答者の6割近くが「ある」と答えた。(※3) 実際に、「AIで簡単に作成できるから」という理由で「契約を切られた」という声も寄せられている。

なお、「AIによる権利侵害などの弊害に不安がある」という回答は94%に達しており、実際に「自分の作品を無断でAIに使用された」という声は非常に多い。著作権が侵害されることで、作品の価値が低下し、報酬や仕事の減少にもつながるため、権利侵害も職業をおびやかす大きな要因である。

※3. 全クリエイター実態調査アンケート10 AIリテラシー」2023年5月。

 
ハリウッドでも進むAI活用

上記のクリエーターには、脚本家や演出家も含まれているが、ハリウッドでも、先月、ChatGPTを含むAIを映画製作に利用しようという映画制作会社に対し、全米脚本家組合が15年ぶりに抗議ストを行った。組合側は、「制作会社は、組合員である脚本家に代わって、黙って言うことを聞くAIを使って脚本を作成し、コストを削減したいだけだ」と主張している。

ちょうど、その時、ハリウッドでは、OpenAIやHPなどのIT企業が招かれてAIに関する会議が行われており、映画制作のあらゆるステップで、AIによっていかに破壊的な技術革新が起こっているかが議論されていた。一方、今年に入って、ハリウッドの大手エージェンシーがディープフェイク技術で知られるAI開発元と提携する契約を締結した。

来年、公開予定のハリウッド映画『Here』では、俳優が若い役を演じられるように、AIを利用したディープフェイク(AIを利用した人物画像合成)技術を使って俳優を若返らせている(ディエイジング de-aging)。(※4)

ディエイジングだけでなく、たとえば、撮り直しが必要な際、俳優自身ではなく、代役を使い、AIで作成した顔だけを俳優のもので置き換えるといったことが可能となっている。(その俳優の声で外国語で吹き替えを作成することも可能)

こうした新技術は俳優にとってもメリットはあるものの、AIによる俳優の置き換え、肖像権の侵害も心配されており、俳優組合(Sag-Aftra)も、脚本家組合のように、抗議ストを行うかどうかを検討中だ。

また、芸能界の制作クルーの組合であるIATSE(国際舞台演劇映画組合)では、5月にAIの業界への影響を理解するための委員会を立ち上げた。脚本家と違い、ポストプロダクションの職種は、これまでもCGやVFXなど数々のデジタル技術革新を生き抜いてきたため、AIに対する懸念は、比較的少ないようだ。

IATSEでは、技術革新を止めることはできず、抵抗しても無駄だという考えから、新たな技術を進んで受け入れ、それに適応できるだけのスキルを組合員が習得できるように努め、新たな時代への移行において組合員の利益を守ることに重きを置いている。また、AIの利用によって生まれる新たな職種の組合化も視野に入れている。

※4.「ディープフェイク(deepfake)」は、「フェイク動画」という意味でも使われるが、元々は深層学習(deep learning)を利用して、二つ以上の画像や動画、音声の一部を入れ替える合成技術のことを指す。

 
ファーストフード業界でのAI化
以前、報告したように、深刻な人材不足に悩むファーストフード業界では、以前から自動化が進んでいるが、とくにパンデミック中に生成AIの導入が加速した。パンデミック後、以前にもましてドライブスルーの利用が増えており(後述のウェンディーズでは67%から80%に)、従業員に代わり、AIを使った音声アシスタントが顧客から注文を受ける形態が急速に拡大している。

ファーストフード店のドライブスルーでは、車が列をなしていることが多く、AIの導入により待ち時間を短縮できるというのが大きなメリットである。AIアシスタントの利用によって、サービスのスピードが2割早くなったという店舗もある。

また、アメリカでは、ファーストフードの従業員は中南米からの移民が大半で、「訛りが強くて言っていることがわからない」「注文後、支払・受取窓口に行ったら注文が間違っていた」といった顧客からのクレームは珍しくなく、AIの音声アシスタントで、そうした問題も解決できる。

さらに、AIアシスタントは、自動的に飲料やサイドメニュー、デザートなどマージンの高い品を勧める(upsell)ようにプログラムでき、飲料の売り上げが150%伸びたという店舗もある。AIアシスタントを供給するベンダーによると、従業員の場合、アップセル率が50%のところ、AIアシスタントを使えば、それが平均200%に上昇しているいう。

 
・より自然な対話

数々のファーストフード店にドライブスルー向け音声アシスタントを供給しているベンダーには、ChatGPTの開発元のOpenAIと提携して、より自然な返答ができるように製品を向上させているというところもある。同社のAIアシスタントを利用しているチェーンでは、注文の95%が問題なく注文を処理できているということだ。

グーグルも、この分野に乗り出しており、今年6月には、ウェンディーズが、直営店でグーグルクラウドの生成AIを用いた音声アシスタントの試験展開を開始している。グーグルの大規模言語モデルを基にした生成AIに、ウェンディーズ独自の商品名や略語、さまざまな言い換えや訛りを学習させ、自然な対話を実現できるようにしているという。(たとえば、同社のシェークは”Frosty”というが、「シェーク」「ミルクシェーク」と言って注文する人もいるため、あらゆる言い換えに対応する必要がある。)

試験展開では、少なくとも従業員と同程度、またはそれ以上の顧客サービスを提供できているということだ。

 

新たな職の創生

今年3月に発表されたゴールドマンサックスの調査では、アメリカとヨーロッパのデータを分析したところ、現存の職の4分の3がAI自動化による影響を受け、4分の1にあたる3億人のフルタイムの仕事が生成AIによって置き換えられ得るという。(※5)

世界的には、仕事の18%がAIによって自動化され得るが、その割合は先進国の方が高い。日本は、香港、イスラエルに次いで高く、20数%ほどが置き換えられると推測されている。スウェーデンやアメリカ、イギリスも同程度である。

AIによる自動化の影響を受けるフルタイム相当の雇用の割合

※5.Goldman Sachs Economic Research “Global Economics Analyst: The Potentially Large Effects of Artificial Intelligence on Economic Growth (Briggs/Kodnani)” 2023年3月26日

ただし、歴史的に、自動化による置き換えは、新たな職を生み、長期的な職の成長の大半は、技術革新による新たな職の創生によるものだという。たとえば、アメリカの経済学者の研究によると、現在の就業者の60%は、1940年には存在しなかった職業に従事している。

先述のハリウッドでも、サイレント映画からトーキー映画に、黒白フィルムからカラーフィルムに移行の際には、消えた職業もあるが、新たに数々の職種が生まれた。(その過渡期の中で生き残れなかった俳優などもいる。)

ただし、下記のグラフに見るように、1980年までは、新たに創出された職によって、自動化で失われた職は相殺されていたのだが、その後は、失われた職の方が多くなっている。これは、技術革新によって生産性が伸びたためである。

自動化による労働者の置き換え

5月に発行された世界経済フォーラム(WEF)の雇用予測レポート(2023年度版)でも、今後5年で、世界的に23%の職が何らかの影響を受けると報告している。(※6) ここ5年で、8300万人分の職が消え、6900万人分の職が新たに生まれるということで、差し引き1400万人分(2%)の職が減るということになる。同レポートでは国別のデータも報告されているが、日本では24%の職が何らかの影響を受けると予測されている。

また、回答企業は「一部の職が淘汰される最大の要因はAI」と考えており、今後5年で75%近くが自社で「AIやビッグデータ、クラウドコンピューティングを導入する」 と答えている。「その結果、仕事が創出される」と考える企業は50%で、「仕事が奪われる」と考えているのは25%だった。

なお、雇用創出を牽引するのは、ビッグデータ・アナリティックス、気候変動・環境管理技術、エンクリプション、サイバーセキュリティといった分野である。

※6. 2022年11月から2023年2月にかけて、45か国の27業界の企業803社(計1130万人を雇用)を対象にアンケート調査

 
増える職と減る職
下記は、今後5年で増加幅(割合)がもっとも大きい職種と、減少幅(割合)がもっとも大きい職トップ10(世界の平均値)である。

減少幅が最大の職種 減少幅が最大の職種
1 AIおよび機械学習スペシャリスト(40%増) 銀行窓口および関連業務(40%減)
サステナビリティスペシャリスト 郵便業務
BIアナリスト(35%) レジ・発券業務
情報セキュリティアナリスト データ入力業務
フィンテックエンジニア 秘書業務(35%減)
データアナリストおよび科学者(34%増) 資材・在庫管理業務
ロボティックエンジニア 会計・経理・給与計算事務(29%減)
電気工学エンジニア 立法者・議員
農業機械士 統計・財務・保険業務
10 DXスペシャリスト(32%増) 訪問セール、新聞売店、露天商関連業務

(世界経済フォーラム“Future of Jobs 2023”のデータにて作成)

 
日本での増減トップ5
国別データを見ると、国によってランキングが違い、概して先進国と非先進国で大きな違いがある。日本での増減トップ5の職は、下記のようになっている。

増加幅が最大の職種 減少幅が最大の職種
1 データアナリストおよび科学者(53%増) 会計・経理・給与計算事務業務(36%減)
AIおよび機械学習スペシャリスト(30%増) 秘書業務(27%減)
ビジネス開発スペシャリスト(28%増) 工場製造業務(24%減)
DXスペシャリスト(26%増) 一般・業務管理業務(17%減)
プロジェクトマネジャー(17%増) ビジネスサービス・管理業務

(世界経済フォーラム“Future of Jobs 2023”のデータにて作成)

 
必要となるリスキリング
6月に発表されたイギリスの調査会社による調査では、AIや自動化など16の技術が日本を含む6カ国の6500種以上の職種にどのような影響を与えるかが分析された。(※7)

日本では、2027年までに、200万の職がAIによって増補されると予測されている。ここで言う「増補」とは、AIのおかげで、労働者は単調なルーティンワークから解放され、よりクリエイティブで分析を要する作業、より質の高い仕事に専念できるようになることを指す。そのため、労働者は、同じ職種でも、より高度な仕事ができるようにアップスキリングが求められる。

同時に、日本では、160万人分のテクノロジー職が新たに創出されるとも予測されている。一方、790万人分の職が自動化で失われるため、そうした職に従事している労働者にはリスキリングが必要とされる。リスキリングによって、AIにとって淘汰される仕事をしている非技術者が、新たに作り出される技術的な仕事をこなせるようになる。

※7. Pearson, ServiceNow: “AI’s Impact on the Tech Skills of Tomorrow.”アメリカ、イギリス、ドイツ、オーストラリア、日本、インドの6カ国の5600以上の職種を調査。これらの職を行うのに必要な3万以上のスキルと2.6万以上のタスクを機械学習モデルで分析。

 
・業界別

 日本だけでなく、イギリスやアメリカでも、他の主要な業界に比べ、小売業で倍の労働者が自動化と増補の影響を受けることになるという。また、同時に、小売業界では、新たな技術を駆使できる労働者には、他の業界に比べ、倍のテクノロジー職が生み出される。なお、日本では、小売業に次いで、製造業が影響を受けると予測されている。(インドでは、製造業がもっとも影響を受ける。)

さらに、2027年までに、調査対象の6カ国では、既存の職種に対し、100万人以上の人材が必要となると予測されている。現在、存在せず、将来、創出される職に対しては、150万人以上の人材が必要となるという。

日本では、小売販売職では123万人、会計・経理・監査職では70万人、事務職では68万人、部品営業職では7.6万人、広報職では7.2万人が、職を失うことになると予測されている。こうした人たちがリスキリングによって、ヘルプデスクサポート・エージェント、チェンジエージェント、プラットフォームオーナーなど新たに生まれる仕事を担うことになる。リスキリングなしでは、大量の失業者または不完全雇用が発生し、成長する分野で深刻な人材不足に陥るということでもある。

 
 
                  
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有元 美津世プロフィール
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。 社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米27年。 著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』など多数。