アメリカで強まる出社回帰傾向…業績や昇給に影響も?

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2023.12.25
今年3月に、アメリカでリモートワークから出社回帰を促す企業が増えていることを報告したが、その後、企業による社員への出社回帰のプレッシャーは、さらに強まっている。退職勧告やボーナス半減、人事評価への考慮など、出社へのインセンティブはアメよりもムチが目立つようになっている。

そうした中、出社回帰を義務付けられ、離職する社員も出ているが、リモート職自体が激減しているため、転職してリモート職を見つけるのも難しい状態だ。

 

進む出社回帰

海外ノマド先としてアメリカ人に一番人気なのは、近くて長期滞在がしやすいメキシコなのだが、今夏、アメリカ企業が次々に、無断でメキシコに行ってリモートワークをしていた社員を呼び戻した。中には、内緒で海外からリモートワークをしていたのが発覚し、解雇された社員もいる。昨年から今年にかけて、Big Techをはじめ多くのアメリカ企業で大量の人員整理が行われたが、会社に無断のリモートワークは、格好の解雇理由となった。

 
・フルリモート職の激減

アメリカでの最近の調査では、週に1日以下の出社が求められるフルリモートに近い勤務形態は、2022年の34%から2023年には1%まで減少している。(※1) 出社は月に1日未満というフルリモートの企業は皆無であった。

また、とくに中小企業の半数が、過去2年、オフィススペースを増やしており、今後もフルリモートが増える傾向はなさそうである。(※2)

 
・企業の9割が出社回帰

上記の調査では、回答企業の9割近くが社員に出社を求めており、38%が週3~4日、34%が週2~3日、27%が週5日であった。(つまり、7割ほどはハイブリッド勤務ということになる。)また、企業の6割が、社員の出社日を指定しており、社員が出社日を選べるというのは25%であった。

8月に行われた経営者や人事マネジャーに対する調査でも、企業の51%が「すでに出社回帰している」と答え、39%が「2024年中には出社回帰する」ということで、9割近くが2024年には出社回帰することになる。(※3) 「出社回帰をするつもりはない」という企業は2%のみであった。

出社回帰している企業の71%が、少なくとも社員の4分の3は「出社が必要な職種」で、36%は「週5日出社」しているという。出社要請は、職種やチーム、業務のニーズによって変えている企業もある。 

フルタイム勤務者に対する調査では、今年6月時点で66%が「すでにフル出勤している」と答え、2022年に比べ25ポイント上昇した。(※4) 一方、フルリモート勤務者は34%から7%に減少している。ハイブリッド勤務者の割合は、ここ一年で、ほぼ横這いであり、「週3日勤務」という就業者が45%で、もっとも多かった。

 
・ゆくゆくはフル出勤か

今年、アメリカ企業のCEO400人以上を対象に行なわれた調査でも、62%が「今後3年で、従来、出社勤務であった職種は出社勤務に戻るだろう」と答えている。(※5) これは、2022年の調査(34%)に比べ、倍近くの割合である。「今後3年でハイブリッド勤務」と答えたCEOは34%で、「フルリモート」と答えたCEOは4%のみであった。

なお、CEOの90%が「出社する社員には、好ましい任務、昇給、昇進などで報いる」と答えている。以前から「リモート社員は昇進のチャンスを逃す」と言われているが、それが真実味を帯びてきた。

 
・出社回帰で業績向上

社員に出社を促す理由として一番多いのは、「生産性の向上」(29%)であった。次いで、「職場への投資還元の向上」(18%)、「職場文化の向上」(18%)、「コラボレーションの向上」(18%)が挙げられた。(※6) 前回、報告したように、昨年から「リモートワークの生産性は低い」という声が著名経営者を中心に増え、そうした研究結果も示されるようになった。リモートワークが増え、数字的に生産性が上がったのは、勤務時間が減った分だという指摘もある。

6月時点で出社回帰していた企業では、実際に、81%が「生産性が向上した」、79%「雇用関係が向上した」、75%が「企業文化が向上した」、72%が「売上が増えた」と答えている。(※7)

一方、出社回帰後、「社員の離職が増えた」というのは19%のみで、「離職が減った」という企業は63%にのぼっている。

 
・出社するのなら昇給

6月のフルタイム勤務者に対する調査では、「リモートワークが許されなくなったら、どうするか」という同様の問いには、ハイブリッドおよびフルリモートの就業者の42%が「転職先を探す」ということで、24%が「勤務場所に柔軟な職を探す」、18%が「勤務時間に柔軟な職を探す」と答えている。

同時に、29%は「追加の費用をカバーするだけの昇給を求める」と答えている。追加の費用には、交通費や保育料が含まれる。(海外では日本のように交通費は会社から支給されない。)

この調査では、就業者にとって非常に重要なのは、給料(54%)や「福利厚生」(53%)で、次いで、「理解のある上司」「同一労働同一賃金」「成長の機会」「優れたテクノロジー」であり、「勤務日の柔軟性」(44%)や「勤務時間の柔軟性」(44%)、「勤務場所の柔軟性」(43%)を上回っていた。

社員の出社を促すために、回答企業の72%が「通勤のための交通費支給」、57%が「育児支援」、64%が「食事」を提供するという。なお、日本では、出社手当を支給している企業がある。

「アメが駄目ならムチ」という企業も増えており、「従わない社員は解雇する」という企業も28%ある。

 
・リモートできるのなら減給

「フルリモートできるのであれば減給されてもいい」という就業者は77%にのぼっており、25%が「15%減給」、21%が「10%減給」、17%が「20%以上」と答えている。また、フルリモートでなくても「勤務場所の柔軟性が得られるのであれば、減給されてもいい」という就業者も74%おり、23%「15%減給」、22%「10%減給」、17%「20%以上」と回答している。

公立の保育所のないアメリカでは、保育料は高額なので、その費用との相殺を考えた場合、20%減給は並外れた額ではない。(保育料は平均年1万ドル以上と言われているが、2万ドル以上支払う家庭も珍しくない。)

※1. EY “Future Workplace Index 2023”2023年12月。多様な業界の米企業の上級管理職500人を調査。
※2. オフィススペースを増やしたというのは、(1)社員250~1000人の企業で55%、(2)1001~5000人の企業で47%。逆に減らしたというのは、(1)9%、(2)15%。
※3. ResumeBuilder.com 2023年8月17~19日、社員11人以上の企業で勤務する25歳以上、年収7万5000ドル以上の1000人。経営者、上級管理職、部長、人事マネジャーなど。
※4. Owl Labs 2023年6月に、アメリカの18歳以上のフルタイム勤務者2000人を調査。67%がミレニアム世代(27~42歳)で、72%がマネジャー。70%が社員1000人未満の企業勤務。
※5. “KPMG 2023 CEO Outlook” 2023年8月15日~9月15日に、自動車、銀行、小売、エネルギー、製造、ITなど11業界の年間売上5憶ドル超の企業のCEO1325人を調査。
※6. Owl Labs
※7. 同上

 
業種

フル出勤、またはそれに近い出社回帰をする企業は、金融、IT、小売業界に多く見られる。

 
・金融

これまでも報告してきたように、出社回帰に一番熱心なのは投資銀行である。ゴールドマンサックスでは、週に5日の出社を要請している。日本にも進出している資産運用会社、ブラックロックでも、9月には出社が週に最低3日から4日に増加した。

 
・IT

8月には、Zoomまでもが、出社回帰し、ハイブリッド勤務に踏み切った。当初、週に一日出社するよう要請されたエンジニアらは、リモートワークの同僚とZoom会議をする羽目になり、「何のための出社なのか」ということになった。そこで、オフィスから50マイル以内に居住する社員は、週2日の出社を義務付けられた。今のところ、全社員の3割に適用されているが、これも試験展開で、ハイブリッド勤務の形態は、今後も進化し続けるという。

メタでは、9月から、最低週3日の出社が義務付けられ、各社員の出社を記録し、従わない社員は解雇も辞さない方針だ。

ただ、出社しても、会議室が足らなくて集まる場所を確保できなかったり、ホットデスク(フリーアドレス)制になったため、十分な時間デスクも確保できなかったりする事態が発生し、社員の間では不評である。中には、チームメンバーの大半が別のオフィス勤務のため、出社しても、結局、Zoom会議を行なう状態だというチームもある。

しかし、辞職する社員はいないという。今年上半期の人事評価が厳しく、「業績目標を上回った」という評価を得ることは、ほぼ不可能になっているらしい。各部署のマネジャーは、今も業績最下位の15%を「目標不達成で改善要」の評価(解雇候補)をつけるよう指示されている。 

グーグルでは、今年6月に、出社頻度が人事評価に影響することを社員に通達している。同社では、フルリモートは特別なケースのみ許可している。

シリコンバレーに本社のあるゲーミングプラットフォームのRobloxも、10月、社員に2024年1月16日までに週3日、水木金の出社を開始するよう義務付けた。転居が必要な社員には7月まで猶予を与え、転勤費用も支給するが、転居を拒む社員には、4月中旬までに退職するよう命じた。

同社では、バーチャルゲームが売りだが、「バーチャルの職場はリアルの職場に比べ効果が劣ることが判明した。同等な効果を上げられるほど、まだテクノロジーが進歩していない」と出社回帰の理由を語っている。

 
<リモート手当の廃止>

SnapchatのSnapでは、コロナでリモートワークが始まってから、本社での食事を享受できないとして、食事手当として週に60~80ドルを社員に支給していたが、週4日の出社回帰が始まり、この手当ても10月で終了した。その代わり、週5日、本社だけでなく、他のオフィスでも食事が提供されることになった。

グーグルでは、2020年の時点で、リモートワーク中の食費や家具・機器経費、ジム会費などを必要経費として申請できない方針を打ち出していた。

 
・その他

大手保険会社では、昨年、CEOが「リモート勤務を続ける」と発表していたにもかかわらず、今年、就任した新CEOが、オフィスから50マイル内に居住している社員には、週3日出社を義務付け、大きな反感を買っている。同社では、その後、全社員の11%にあたる2400人のリストラを発表しており、社員の希望を聞く様子はなさそうである。

別の保険会社も、10月に全社員の6%である2000人のリストラを発表したが、同時に出社日の日数も増える予定だという。

GMは、昨年10月に、2023年1月から給与制のデスクワーカーに、週に最低3日の出社回帰を要請したが、社員の抵抗が続いている。そこで、CEOは2024年1月から出社を義務付けた。

とくに全米自動車労組(UAW)が6週間のスト決行後、大幅な賃上げや賃金のインフレ率への連動などを勝ち取ったため、非組合員のホワイトカラー社員らは「3.5%の昇給では物価上昇率すらカバーしていない」と不満を募らせている。(工場勤務者はリモートワークという特典は得られないが。)

また、GMでは、予算を2憶ドル削り、社員を解雇しながら(1月に1300人以上の工場勤務者)、来年1月から株主配当を増やすと同時に、自社株買いなど株主を優先する施策を取っていることも反感を買っている。

しかし、同時に、上の世代や工場勤務者からは、出社を拒む社員に対し「甘ったれるな」「自分はパンデミックの間も出社していた。ロックダウン中も納品先の連邦政府や州政府は納期を延ばしてくれなかった」「フルリモートでできる仕事など、そのうち海外にアウトソースされる」「会社の方針が気に食わないなら辞めろ」という批判が寄せられている。

 
・政府

アメリカでは、パンデミック中、政府職員の多くがリモートワークを行っていたが、連邦政府でも出社回帰を進めており、8月にバイデン政権は「9~10月には出社回帰をさらに積極的に実行するように」とのメールを各省庁に通達した。

各省庁では、早いところで2023年9月、遅くても2024年1月末を期限とし、2週間に4~8日(週換算で2~4日)の出勤を求めている。たとえば、司法省では、1月14日から2週間に6日間、出勤が求められるが、現時点で、すでに職員の7割が勤務時間の半分以上、出勤しているので、今回の施策変更の影響はないという。

なお、国務省の外交官やパスポート発行担当職員など、対面業務が求められる職種は、2020年から出勤している。

 
G世代

今年8月時点で、G世代(1997年~2012年生)の62%が「すでにフル出社している」と回答していた。(※8) また、81%が「オフィスでの経験は重要である」と答え、中には自ら出社を希望する社員もいる。

出社するメリットとして、「質問に対しリアルタイムで回答を得られる」「上司や先輩から直接学べる」「周りの同僚と雑談できる」「社会的ネットワークを得られる」が挙げられた。

インターンシップで、リモートと出社のどちらかを選べたが、出社を選んだという学生もいる。また、福利厚生の一部として、無料で趣味のクラスやマッサージ、コーヒーが提供されるのを出社のメリットとして挙げる新入社員もいる。

 
・フィードバックによる若手育成

当初から、投資銀行のCEOらが、出社勤務の必要性として「先輩の仕事を見ながら学習することが新卒には不可欠である」ことを挙げているが、先述の6月の調査でも、マネジャーの68%が「ハイブリッドやリモート勤務の社員は、キャリアの成長を促すインフォーマルのフィードバックや育成のチャンスを逃している」と答えている。(※9)

最近、発表された研究結果に、これを裏付けるようなデータがある。大企業のソフトウェアエンジニアに関する調査で、同僚と同じビルで働いていると、同僚が別のビルで働いている場合に比べ、「オンラインフィードバックが22%多く得られた」という。(※10) チームの一人だけがリモートワークをしている場合でも、フィードバックやコラボレーションの機会が減り、チームに悪影響を及ぼすという。

とくに経験豊富なエンジニアの場合、同僚がすぐ横で働いている方が、プログラミングの出来高は落ちるという結果なのだが、フィードバックをより多く得られることで、結局は昇進につながり、長期的には出社勤務のメリットの方が大きくなる。

つまり、リモートワークで、一人で仕事のできる経験豊富な社員の生産性は向上するものの、彼らが出社勤務をしないと、経験の浅い社員がフィードバックや指導を受けたりする機会が減るため、組織としてはスキルが蓄積されず、将来的にマイナスとなるということだ。

 
・孤独

11月に世界保健機構(WHO)が、孤独・孤立を「差し迫った健康上の脅威」として国際的な対策委員会を設けた。アメリカでも、公衆衛生総監(US Surgeon General)が、孤独は社会に蔓延した問題(エピデミック)であると宣言した。

WHOが113ヵ国を対象とした調査では、若者の5~15%が孤独を実感しているという結果だったが、アメリカの調査では、G世代(18~25歳)が一番孤独を感じており、3割以上が「頻繁に、または常に孤独を感じる」という。(※11)

イギリスの研修会社が、イギリスの大手100社とアメリカの大手100社を調査したところ、リモートワークを長時間続けることは、精神的だけではなく、身体的にも健康に悪影響を及ぼすという結果を得た。(※12) 長時間一人で過ごすことで、免疫力が低下し、不安や鬱だけでなく、心臓病や脳卒中、認知症が増えるという。

リモートワーカーは、同じ8~10人ほどの人と話をするだけで、身近な人以外との関わりをもたない傾向があるため、毎日でなくてもいいので、人間関係を築けるくらいは出社した方が社員の健康にはよいという結論に達している。

※8. Adobe “Future Workforce Study”. 2023年8月に、アメリカの大・中企業で働くZ世代1000人以上を調査。
※9. Owl Labs
※10. National Bureau of Economic Research, Natalia Emanuel, Emma Harrington, Amanda Pallais, “THE POWER OF PROXIMITY TO COWORKERS: Training for Tomorrow or Productivity Today?”2023年11月。
※11. Harvard Graduate School of Education 2022年12月
※12. MindGym, Longevity Forum 2023年

 
離職

今年、就業者を対象にした調査では、企業から出社要請を受け、25%以上は「辞職を考えた」という。(※13) 社員の半数以上(56%)にとって、出社回帰を躊躇する最大の理由は「勤務日に関し柔軟性がなくなる」ことだった。 (※14)

また、今夏の時点で、フルタイム勤務者の23%が、2023年に転職していたが、2022年(29%)に比べ、6ポイント減少している。労働市場が売り手市場から買い手市場に移行したことが背景にあるのかもしれない。

興味深いのは、フル出勤の社員の方が、ハイブリッド勤務者に比べ、転職率が44%高い点である。ただし、仕事への不満足度や離職率は、フルリモートワーカーの間で一番高いという調査結果もある。(※15) リモートワーカーの2割が、主な不満の理由として「人と触れ合う機会のなさ」を挙げている。

 
・社員半数近くが辞職

昨年、株式公開を行ったLGBTQ向け出会い系アプリの会社が、7月に週2日の出社を義務付けたところ、8月に社員178人の半数近くが辞職した。ただし、これは、7月に社員らが組合化を発表したため、「組合潰しの策だ」という声もあり、労使紛争の側面が大きい。経営陣は「少ないチームでもやっていけるので問題ない」と意には介していないようである。

「出社回帰強行は、体のいいクビ切り」だという人事専門家もいるように、下記のアマゾンもそうだが、一定数の離職は想定内のようである。

 
・アマゾン

アマゾンでは、社員は決められたチーム「ハブ」(最寄りのオフィスではない)で、最低週3日の出社を義務付けられており、従わない社員は退職を勧められている。そこで、とくにAWS部門の社員の辞職が相次いでいる。

今年5月には、シアトル本社の社員2000人近くが、出社回帰方針、人員カット、環境保護対策に抗議してストを行った。しかし、経営陣は「社内で一緒に働くことで、会社の文化が強固なものとなり、コラボレーションや発明を促し、学習の機会を創造し、より絆の強いチームを築ける」と、7月から社員に対し出社回帰の期限を通達している。

今年3月「リモートワーク方針に何ら変更はない」と会社から伝えられていたテキサスの社員は、7月になって、2024年の上半期中に、シアトルかニューヨーク、オースティン(テキサス)、アーリントン(バージニア)のいずれかに出社するよう通達を受けた。転勤先の物価に見合った昇給を得られるかどうかもわからず、転勤先を選ぶことはできないと辞職する社員もいる。

「辞職を決めた理由は、会社の出社回帰方針以外にない」という社員は少なくない。

※13. eLearning Industry “Return to Office Survey Insights 2023.” アメリカの製造、小売、医療、IT、金融・保険業界の就業者1200人を調査。
※14. Owl Labs
※15. Indeed 2023年 5000人の就業者を調査。

 
リモート求人の減少

こうして退職した社員の中には、他社でリモート優先の職を見つけた人もいるが、リモート職自体が、コロナ禍中に比べ激減している。

8月には、リンクトインの求人広告でフルリモートだったのは9%のみで、この割合が最高だった2022年3月の21%の半分以下まで減少している。そして、全応募者の半数近くが、その9%のフルリモート職に応募したという。平均的なリモート職は、出社勤務の3倍の応募者があるということだ。

8月にスタートアップ企業が、フルリモートのアナリストの求人広告を出したところ(給与は年5万5000ドル~7万ドルで高給ではない)、一週間のうちに500人以上が応募し、結局1700人が応募して、面接までたどりついたのは3人だった。採用される確率は0.06%で、ハーバード大学入学の倍率の60倍の倍率だったという。(条件を満たしていない応募者もいたと思われるので、実際の倍率は低いと思われるが。)

リモート求人に対し応募者1000人というのはザラで、応募者4000人以上というケースもあるという。昨年に比べ応募者が100%~150%増というのはザラで、あるソフトウエェアメーカーに至っては、応募者は平均620人で、昨年の200%増だという。

スタートアップ企業にとって、それだけの応募者を選考するのは手間ではあるが、出社回帰を嫌がってBig Techを退職した優秀な人材を獲得できる格好のチャンスとなっている。以前にも増して、企業にとって、リモート職の提供は、人材獲得の武器となっている。

 
出社回帰のアプローチ

出社回帰を要請し、社員の抵抗に遭っている企業は少なくない。多くの企業が「リモートワークこそが新たな働き方」と半永久的な勤務形態としてもてはやしたため、すでに別の地域に転居して自宅を購入した社員もいる。また、パンデミック中にリモート勤務として採用されたのに、今になって出社を迫られている社員もいる。

さらに、メタのように、パンデミック中にオフィススペースを削減したため、出社回帰した社員のデスクがないという問題が生じている企業もある。

グーグルでも、2023年に入って、大幅なコスト削減の一環として大量解雇とともに、オフィススペースが削減されているため、出社時は、デスクを同僚と共有しなければならないハイブリッド勤務者もいるという。PCのアップデートを一時停止したり、頻度も減らされており、最適な職場環境ではなさそうだ。 また、食事やマッサージ、フィットネスクラスなどは週5日出社勤務用に設定されたもので、週3日出社のハイブリッド勤務では、需給のバランスが崩れてしまい、毎日は提供されていないという。

こうした中、社員の要望も聞きながら、工夫を凝らして出社回帰を進めている企業の例をいくつか挙げてみたい。

 
・年2ヵ月間のリモート

先述のように、出社回帰では、投資銀行が一番積極的で、週5日勤務を要請しているところが多い。そうした中、ある有名ヘッジファンドでは、リモートワークを希望する社員の要望に応え、年に10ヵ月は週5日出社が必要だが、毎年2ヵ月間(7~8月)はリモートワークを許可することにした。夏にリモートワークを許可することで、子供のいる社員が夏休みに対応しやすくなる。

 
・2週間に6日出社     

大手食品メーカーのSmucker’sでは、社員に出社回帰を要請したものの、社員らの抵抗にあったため、譲歩策を編み出した。

毎月、「コア週」の2週間を定め(年に22週)、その間、社員は6日間出社するというものだ。それ以外は、リモートワークでも出社でも、どちらでも社員が選べる。

同社では、社員をインタビューして希望を聞いたところ、社員らの仕事に対する姿勢が永遠に変わったことを実感したという。社員の希望に沿うことで、離職率を下げ、優秀な人材を世界各地で獲得することが狙いである。

 
・各チームの裁量     

Salesforceでは、今年2月に「出社回帰・リモートガイドライン」を設け、このガイドラインに沿って、チームリーダーは各チームにとって最適の勤務形態を選ぶことになっている。チームリーダーは、どの仕事が出社またはリモートで行われるべきかを理解しているはずで、相応の判断ができるものという信頼に基づいたものだ。

・オフィス柔軟:割り当てられたオフィスに週3日出社。顧客との面談やイベント参加も出社の一環。
・顧客対面:週4日、同僚や顧客と対面業務。
・技術:製品・エンジニアリングチームは、製品リリース、チーム構築、協働のために四半期ごとに10
 日、対面業務。
・リモート:オフィス割り当てはなし。リモート勤務はマネジャーの判断。

このガイドライン導入後、同社では、世界的に出社率が4割以上上昇したという。

なお、同社では、今年6月の10日間、社員が出社する度に地元の慈善団体に10ドル寄付するという出社回帰のインセンティブを提供した。

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有元 美津世プロフィール
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。 社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米27年。 著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』など多数。