世界のIT人材事情ー人材供給国(2)

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2018.08.09

 今回は、世界的にITアウトソーシング先として人気があり、ヨーロッパのITハブを目指しているウクライナとベラルーシ、ルーマニアを紹介する。
 3ヵ国とも、ソ連時代の理数教育重視の名残で、工学は今も人気があり、エンジニアが多い。また、やはりソ連時代に女性が重用されたことから、女性のエンジニアの割合が高い地域でもある。(※1)
 各国、ITサービスから独自のソフト開発への移行に力を入れており、スタートアップ企業も増え、グーグルやフェイスブックなどに買収される企業も少なくない。

※1 リトアニア、ブルガリア、ラトビアでは、科学者や技術者に女性が占める割合は半数以上。

ウクライナ

 2014年にウクライナ紛争勃発後、ウクライナ経済は危機的状態に扮している。よりよい職を求めて、ポーランドをはじめ近隣諸国に移住するウクライナ人は増える一方である。しかし、IT業界は安定して伸びており、ウクライナはヨーロッパのITハブとなりつつある。

ITアウトソーシング業

 近年、ウクライナでは、ITサービス輸出国としての躍進が目覚ましく、ITサービスの輸出額では世界20位にランクしている。
 IT業界がGDPに占める割合は、過去5年で0.06%から3.3%(30億米ドル)に急増し、農業と鉱業に次ぎ、3番目に高い。同国のIT業界は年20%の率で伸びており、近い将来、同国最大の輸出産業になる見込みである。知的財産権の保護や労働法が改善されさえすれば、2025年には、84億米ドルに伸びるという予測もある。
 国際アウトソーシング専門家協会(IAOPP)が選出する「2018年グローバルアウトソーシング企業100社」 では、100社のうち13社をウクライナ企業が占めている。なお、13社のうち6社はウクライナに拠点を持つグローバル企業である(3社はアメリカ、残り3社はスイス、ノルウェー、ロシアが本社。)なお、2015年に100社に入ったウクライナ企業は4社のみであった。
 とくにヨーロッパ企業にとっては、時差や文化という点で、アジアの企業よりも仕事がしやすい。(※2)
 アメリカ企業も、東海岸との時差は7時間差なので、アジアよりも勤務時間が重なっている点が優位だという。
 元々、海外企業にとって、ウクライナの低コストが魅力だったが、今ではソフト開発者の年収は2万~4万米ドルに達しており、近隣諸国とさほど変わらない。
 また、ウクライナには、ボーイング、エリックソンシーメンス、マイクロソフト、アマゾンなど大手グローバル企業の研究開発機関が100以上ある。とくにブロックチェーンやゲーム開発などで競争力があり、製品を開発するスタートアップ企業も増えている。

※2 「メンタリティは日本人に近い」 という声も。

増えるエンジニア数

 過去4年でウクライナのIT技術者の数は倍増し、今では13万人近くにのぼり、近隣のポーランドやハンガリーを上回っている。IT技術者の数は、2020年までに、さらに倍増すると見られている。
 IT技術者の数では、世界的にもアメリカ、インド、ロシアについて4番目に多い。Unity3Dゲーム開発者やC++プログラマーの数は世界で一番多く、JavaScript, Scala, Magentoのプログラマーの数では、世界で二番目に多い
 ウクライナには400以上の大学があり、技術専攻の卒業生は年に3万6000人以上にのぼる。政府は、これを2020年までに10万人に増やす計画である。
 また、IT業界の給料が高いため、他の業界からの転職者も多く、2017年だけでも業界技術者は27%増加している。2020年には20万人を超すと予想されている。
 ソ連崩壊後は西洋指向が増し、英語を学ぶ人が増えており、IT技術者の80%が中級~上級レベルの英語力を有しているという。

国外移住指向

 経済危機の中、より高い賃金を求めて、2015~2017年の二年で、ウクライナからは130万人の労働者が流出した。2017年には、EU内の滞在が90日までビザ不要となったことから、国外での就労に拍車がかかっている。国連によると、ウクライナは国外移住者の数で、世界でも上位10位に入るという。
 とくに隣国ポーランドでは、賃金がウクライナの4倍であり、かつ文化・言語的にも類似していることから、不法就労者も含め200万人のウクライナが就労していると言われている。
 ポーランドでは、EU加盟後、イギリスやドイツなど西欧に労働者が流出して人材不足が深刻であり、(※3)労働力を補うためにウクライナ人が重宝されている。また、EUで失業率が一番低いチェコでも、ウクライナ労働者の年間受け入れ枠を倍増するという。
 ウクライナからの出稼ぎ者は、高学歴者でもポーランドやチェコ、スロバキアで単純作業に従事し、地元民より低賃金で就労している人が多いというが、それでも平均賃金は月720ドルで、ウクライナ(262ドル)の3倍になる。
・留学生も増加
 さらに、ウクライナでは、他国への留学生の数も増えている。2009~2016年、留学生の数は19%増加したが、2017年には前年比56%も増加している。そのうち、90%が卒業後もウクライナには戻らないと見られている。
 渡航先はドイツ、ロシア、チェコ、イタリア、スペイン、フランス、カナダ、オーストリアなどヨーロッパが中心である。
 近隣諸国では、将来の人材確保のために、ウクライナ人の留学生を歓迎する国もある。たとえばチェコでは、ウクライナ人学生の3割が授業料を免除されているという。また、ポーランドには、ウクライナからの学生をリクルートをする人材斡旋業者もあり、研修や住居を無料で提供し、学業やキャリア開発のサポートを提供している。

 このように、よりよい就労チャンスを求めて国外に出るウクライナ人が多いが、主な渡航先は距離的にも文化的にも近いヨーロッパ諸国であり、日本を渡航先として考えるウクライナ人は少ないと思われる。

※3 ポーランドではフィリピンからも労働者を受け入れることに。

課題

・IT産業隆盛による人材需要の増加
 ウクライナでは、アウトソーシングから独自のソフト開発に移行しつつある。起業も盛んで、ウクライナ各地にITシティ、ITパークが誕生している。ITハブとなるにつれ、自国でのIT人材需要が高まり、人材供給力は低下する。
 すでにウクライナ西部のITシティ(経済の30%がIT産業)では、ウクライナ全土からIT技術者をリクルートしているが、今年、自治体こぞって隣国のべラルーシやモルディブからの人材獲得を計画している。
 べラルーシ人の大半はロシア語をしゃべるので受け入れやすいが、後述するようにべラルーシ自体、東欧のITハブを目指しており、自国のIT産業育成に力を入れているので、ベラルーシからの人材確保は簡単ではない。モルディブは国内で安定した職が見つけにくいので、リクルートはしやすいが、言語の障壁がある。

・人口減
 国外への人口流出により、ウクライナの人口は1993年から減少を続けている。人口流出は、今後も続き、2050年には20%以上減少し、3640万人に落ち込むと予測されている。

べラルーシ

 ウクライナの北に位置するベラルーシは、政治的にウクライナより安定しており(※4)、一人当たりのGDPはウクライナの倍以上である。(5700米ドルvs2800米ドル)
 人口1000万人弱で内需の小さいベラルーシでは、GDPの60%が輸出から成り、その半分がロシアとウクライナ向けである。天然資源に乏しく、人材が主な資源と考えられている。ITサービスは輸出全体の14%を占め、精油に次ぎ、二番目に多い。
 IT産業がGDPに占める割合は、現在1.2%だが、2020年には4~5%に伸びると予測されている。ベラルーシはヨーロッパ・中近東・アフリカ地域では、ソフト開発アウトソース先としてベスト9位にランクしている。
 なお、現在、ベラルーシのIT企業1000社のうち、3分の1が外資である。日本企業の誘致にも積極的だ。(一帯一路で中国との提携を強化している。)

※4 ソ連から独立後20年以上同じ大統領による独裁政権。

IT特区(HTP)

 ベラルーシでは企業の70%が国営企業だが、IT産業は国の主導によって民間セクターの開発が行われた。政府は、10年以上前にIT特区「ハイテクパーク(HTP)」を設け、法人税免除、外国人のビザ免除などの優遇策を講じたところ、今では、IT企業の88%がHTPに位置し、HTPで働く技術者は3万人にのぼっている。
 HTPの企業の40%がベラルーシ企業で、25%が100%外資、24%が外資との合弁である。アメリカで上場したITサービス企業もあるが、開発拠点は今もHTPである。楽天が買収したViberもHTPで誕生した。
 HTPでの開発・生産の92%が輸出されており、HTPのサービス利用企業には、マイクロソフト、アマゾン、三菱、BP、BTなどのグローバル企業が名を連ねる。
 2017年末には、デジタル経済発展のために、政府はHTPに関し新たな法令を施行し、AIやブロックチェーン、仮想通貨など新たな技術を対象に加え、かつ外国人のHTPでの就労や居住を容易にした。ベラルーシ政府は日本企業の誘致にも積極的である。
 HTPでは、IT就労者向け生涯教育のために、教育センターも設けられている。また次世代の技術者を育成するために、学校や大学とも連携し、教授陣や学生に無料の研修を行っている。

理数系教育

 やはりソ連時代の名残りで、ベラルーシでも理数系教育に力を入れており、毎年54の大学から1万6000人の理数系学生が卒業する。そのうちIT系は4000人であり、給料が他業界の3~4倍のIT職は人気があり、IT学部への入学は競争率が高い。ベラルーシ国立情報通信大学の競争率は7.6%と狭き門である。
 2014 ~2016年3回連続でGoogle Code Jam で優勝して世界記録を破ったのは、ベラルーシ人の学生だったが、その他、数々の国際的なプログラミングや数学コンテストで、ベラルーシの学生が受賞している。
 ソ連時代、ベラルーシのエンジニアがソ連のコンピューターの60%を設計したと言われ、それが今日のIT産業の基礎となっている。
 なお、ベラルーシは人口1000万人弱の小国なので、国内需要以上の人材供給があるという。

ルーマニア

 モルドバをはさんでウクライナの西に位置するルーマニアも、ITアウトソーシング先として人気があり、IT産業は同国のGDPの3%を占めている。
 IT業界の就労者は9万人だが、2020年までに11万人を超すとみられている。また、IT業界で働く女性の割合は、ヨーロッパでは3番目に高い。
 ルーマニアでも理数系分野は人気があり、大学生の21%が工学を専攻する。エンジニアの割合はEUで最高であるという。(EU平均は14%) 
 有資格IT技術者の数では、世界的に6位にランクし、人口当たりのIT技術者の数は、アメリカやインド、中国、ロシアよりも多い。また、IT業界では80%以上の人材が英語ができる。

 なお、Speedtest Global Index によると、固定ブロードバンドの速さでは、ルーマニアは世界で5番目に速く、ヨーロッパではアイスランドに次いで2位である。

日本との関係

 ルーマニアは、東欧ではポーランドに次いで日本語学習者が多いという(約2000人)。
 ルーマニアは、ウクライナやベラルーシと違い、EU加盟国であり、今年初め、EPA(経済連携協定)締結に先立ち、安倍首相は日本の首相として初めてルーマニアを公式訪問した。ルーマニアには日本の自動車メーカーが進出しており、4万人を雇用している。また、ODAで地下鉄などの建設も行われており、日本はアジアからの最大の投資国である。

人材不足

 ただし、ルーマニアは、日本に次いで、もっとも人材不足に悩む国でもある。2018年第3四半期に行われたアンケート調査では、ルーマニアの企業の81%が「人材を見つけるのがむずかしい」と回答している。同国の人材不足は、過去数年で悪化しており、過去最悪のレベルに達している。
 ルーマニアからも、ドイツなど西欧に、より高い賃金を求めて移住する人が多い。また、近年、ルーマニアに拠点を持つ大手グローバル企業がIT技術者を雇用するため、地元企業では優秀な人材獲得に苦戦している。たとえば、地元企業は計2000人近くのITマネジャーを求人しているといった状態である。

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有元 美津世プロフィール
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。 社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米27年。 著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』など多数。