今回は、人材供給国としてバングラデシュとベトナムを紹介する。両国ともオフショアソフト開発受注でIT産業が発達中であり、かつ国内失業者の雇用確保に、大卒者を含む労働者の海外派遣を国策としている。
バングラデシュ
バングラデシュはアジア最貧国のひとつだが、過去10年ほどで貧困率は大きく改善し、2021年までに中所得国になることを目標に掲げている。バングラデシュ政府は、経済発展の要としてICT普及に力を入れており、若者の雇用や地方の村でのインターネットアクセスを促進している。
政府によるICT普及
ハシナ政権が進める「デジタルバングラデシュ」構想により、バングラデシュでは、過去10年でICTが著しく普及し、2021年までにIT先進国となることを目標している。
同国では、10年前、携帯電話を所有していたのは2000万人のみだったのが、今では、それ以上、人口(1億6000万人)の18%がワイヤレスブロードバンドを利用するに至っている。バングラデシュは、2020年までに、世界で10番目にインターネットユーザーが多い国になる可能性がある。
ITアウトソース・BPO産業
バングラデシュのBPO産業は急速に成長しており、就労者は4万人以上にのぼり、主要輸出産業になりつつある。
政府は、ITアウトソーシングで若者の雇用を創出するために、ICT教育に力を入れている。グラフィックデザイン、ウエブデザイン、デジタルマーケティングの3つの主要ICT分野で、失業者1万3000人を研修することを目標としており、すでに1万2000人が研修を修了したという。
後述するように、就職難もあって、デジタルスキルを備えた若者の間ではフリーランスや起業も増えている。オックスフォード大学インターネット研究所の調査によると、2017年上半期、クラウドソーシングサイト(英語プラットフォームのみ)でのオンライン外注作業者の供給は、インド(24%)に次いでバングラデシュ(16%)が二番目に多かった。(※1)なお、請け負う仕事内容は、バングラデシュ作業者の間で一番多いのが営業マーケティングで、次いでクリエイティブ・メディア、ソフト開発・技術だった。
また、バングラデシュでは、毎年、200社のスタートアップ企業が生まれているという。今のところ、資金調達や知的財産の保護などの未発達が成長の足枷になっているが、こうしたスタートアップ企業では、資金調達や新技術導入のために、グローバル市場でリーダー的な中国企業との提携に積極的である。
(※1 3位はアメリカ(12%)。ソフト開発・技術分野では、インド人外注作業者が半数以上のシェア。)
雇用なき成長
2016~2017会計年度、バングラデシュは7%以上の経済成長を遂げたにもかかわらず、前年比、新規雇用は10万人分減少し、失業者は10万人増加した。バングラデシュ全体の失業率は4.2%(260万人)だが、若者の失業率は10%以上にのぼっている。同年度、15~29歳の大卒者の失業率は、前年度の10.2%から11.2%に上昇した。卒業後、2年しても仕事が見つからないという工科大学卒業生も珍しくない。
インドと同様、大学教育の質が一因にあると思われる。また、やはりインドと同様、公務員志向が高く、採用枠6人に対し、6万人が殺到するという状態である。
経済を支える海外就労
260万人の失業者を抱えるバングラデシュでは、政府が海外労働者による送金を経済成長の3つの柱のひとつに掲げており、労働者の海外雇用に力を入れている(海外雇用を管轄する「海外移住者福利厚生・海外雇用省」がある)。2017年には、海外就労者は前年比30%増で100万人を超え、史上最高となり、彼らの送金額は135億ドルに達した。同国では、169ヵ国と労働者派遣に関して協定を交わしている。
単純労働者の海外就労が増える一方、2017年、医者や看護師、エンジニア、IT技術者、教師などのホワイトカラー就労者の海外での就労は減少した。バングラデシュ人の就労の大半を占める中近東で医療従事者の就労機会が失われたことが大きな要因と考えられている。2017年には、海外で就職したホワイトカラー就労者は4500人で、前年比わずかに減少した。3万6000人以上のホワイトカラー就労者が海外で就労していた2012年に比べると6分の1に減っている。
エンジニアの場合、国内の資格が海外で認められないために職が得られなかったケースが見られる。
中国企業との提携
中国のスマホメーカー、HUAWEIは、今年、100ヵ国近くで運営するCSR(企業の社会的責任)プログラム「Seeds for the Future」をバングラデシュでも立ち上げた。ダッカ大学など有名大学5校から優秀な学生を10人(各校から2人)選び、同社の中国本社に招いて、ICTスキル、国際ビジネス、中国語や中国文化を2週間にわたって研修する。
バングラデシュでは、今年初め4Gが展開されたところだが、先月、バングラデシュの大手キャリアとともに、HUAWEIは同国で初めて5G技術を披露している。政府が推進する「デジタルバングラデシ」で5Gをいかに活用し、経済に寄与できるかを顕示した。競合のXiaomiやVIVO、OPPOも、今年、バングラデシュ市場に参入しているが、サムスンは、インドに次ぎ、バングラデシュでも中国勢に市場シェアを奪われている。
1973年から青年海外協力隊が派遣されたバングラデシュは、日本との交流も深く、親日国でもある。しかし、2016年のダッカでのテロ後、日本企業の進出は鈍化した。その間、中国は、一帯一路で重要な位置を占めるバングラデシュでの投資を進め、バングラデシュ政府も一体一路戦略への協力に積極的である。
中国は、2003年時点ですでにバングラデシュに対し最大の投資国であったが、2006年にはインドを抜いて、中国がバングラデシュにとって最大の輸入国となった。バングラデシュに対する覇権をめぐり火花を散らす中国とインドだが、ダッカ証券取引所の株式会社化に合わせた証取株25%の出資競争でも、インドを制し、中国の証券取引所(上海と深圳の連合)が選ばれている。
日本向け人材育成
一方、日本企業の進出も昨年ごろから回復し始めており、JICAでは、ODA技術支援の一環として、日本向けIT人材育成のためにバングラデシュでICT人材プロジェクトを開始した。同プロジェクトには、自治体やバングラデシュのIT企業も協力している。
また、リンクスタッフは、首都ダッカに現地法人を設立しており、来年、バングラデシュでIT系学生を確保するために日本語研修と日本企業への人材紹介を開始する予定である。現地の大学で日本語学習コースを開設し、日本から日本語教師を派遣する。
ベトナム
2000年、ベトナム政府がIT産業、とくにソフト開発を主要産業に育てることを目標に掲げ、IT企業最大手のFPTソフトウエアがソフトの輸出を開始した。
今では、同社の売上の70%をオフショア開発が占め(半分以上が日本企業向け)で、残りがプロダクト開発やソリューションだという。同社社員1万5000人のうち1万人以上がエンジニアである。
現在、オフショア開発はベトナムIT産業の70%を占めており(日本が最大の顧客)、 55ヵ国のオフショア開発拠点の中で、ベトナムは、2017年に初めてフィリピンを抜き11位から6位に浮上した。しかし、それでもGDPの1%を占めるのみであり、今後、ベトナムのBPO市場は年間20-25%で伸びると予想されている。
開発コストが上がってしまったインドや中国に比べ、ベトナムでの開発コストは40~50%低く、また、インド人に比べればベトナム人の離職率は低く、企業への忠誠心が高い点がメリットと考えられている。
日本が最大の顧客
2014年ごろから日本企業もベトナムでのソフト開発を始め、2016年には中国を抜いて、ベトナムが日本企業の最大のオフショア開発先となった。日本市場からの受注額は4億ドルにのぼるという。今では、日本に拠点を持つベトナムITアウトソーシング企業は10社以上にのぼっている。
ベトナムでは、毎年、4~5万人がIT系学部を卒業し、日本市場向けアウトソーシングで働くのは2万人と言われている。
海外就労施策
近年、日本で働くベトナム人が増えており、中国に次ぎ二番目の労働力供給国になっているが、ベトナムにとっては、日本は台湾に次ぐ労働力輸出先である。ベトナムでは、大学や職業訓練校を卒業後、就職できない若者が30万人を超えており、ベトナム政府では海外での雇用機会を増やすための施策を講じている。
ベトナムは、ホワイトカラー労働者を日本だけでなく、ドイツや韓国にも送り出しているが、これまでの効果は限られているため、2025年までの長期プロジェクトを計画している。2020年までの第一フェーズでは、上記3ヵ国に、医療、電子、通信、IT、整備、調理、ホテルなどの分野の熟練者1万7000人以上を送り、2021年~2025年の第二フェーズでは、物理、インフォマティックス、航海などの分野で3万9000人以上を送り出す計画だ。ベトナム政府は、派遣先国と国内資格の認定に関しても交渉するという。
べトナムのIT技術者を対象にしたアンケート調査では、回答者の半数以上が外資系企業での就職を希望しており、「海外に行くチャンス」「勉学・研修」「環境の改善」をその理由に挙げている。
課題
<高スキル人材不足>
過去3年で、ベトナムのIT職は倍増した。その一因には、外資系企業の増加がある。現在の人材供給はギリギリ需要を満たすレベルで、2021年までにIT業界では35万~50万人が必要と予測されている。
ベトナムは、東南アジアのブロックチェーンのハブになるという専門家もおり、そうなれば人材需要はさらに増加する。また、ベトナム政府では第四次産業革命(インダストリー4.0)を進めており、IT業界だけでなく、製造業でもデータ分析やAIなどのスペシャリストが必要になっている。
今年、行われたオンライン採用ポータルによるアンケート調査では 採用企業の41%が「必要なスキルを備えた人材を十分に採用できていない」と回答した。採用企業は「十分な英語力や問題解決力を備えた人材を見つけるのが難しい」といい、求職者も「英語力やITスキル不足のために職が得られない」という。
とくにホーチミン市では、市がIT産業や起業支援に多額の投資をしており、IT技術者の需要が急増しているが、教育機関が業界のニーズを満たす教育を行ってないと批判されている。
ベトナムでは、多くの人材が、とくにフィリピンやインドに比べ、英語力やコミュニケーション力、プレゼンテーション力などのソフトスキルが不足していると言われている。
プロダクト開発への移行
ベトナムのソフト開発者は自ら創造するのはうまくないといわれているが、ベトナムでは、自国の経済が発展するにつれ、他国の下請けではなく、自らプロダクトを開発したいという人材が増えており、また日本企業に使い捨てにされることを恐れる人材もいる。
ベトナムのITエンジニアを対象としたアンケート調査によれば、回答者の46%はプロダクト開発を希望しており、オフショア開発を希望したのは10%のみだった。また、オフショア開発からプロダクト開発に転職したいという人も37%見られた。
ベトナム政府では、インダストリー4.0で投資環境改善やスタートアップ・エコシステムの構築も目指しており、起業支援のために国営・自治体ファンドを設けている。たとえば、ホーチミン市では、50万ドル以上のファンドを設け、スタートアップ企業14社に投資している。
IT大手のFPTも、FPTベンチャーズを立ち上げてスタートアップ企業の支援を行っており、オフショア開発から、プロダクト開発、イノベーションへと進化しつつある。
他業界からのIT進出も起こっており、不動産・小売大手Vingroupは、先日、IT部門を設立し、2028年までにグローバルIT企業になることを目指している。そのために、官民プロジェクトへの資金調達、今後10年で10万人の技術系新卒の雇用、ハノイにシリコンバレー型ITハブの構築、AI開発のためのビッグデータ研究所設立を計画している。
今後、ベトナム国内でのIT人材需要が増えるにつれ、人材受入れ国は人材の獲得がむずかしくなるだろう。
<賃金上昇>
IT人材の需要が高まるとともに、給与も上昇し、人材を引き付けるために、企業では昇給やボーナスを提供している。2017年に行われたアンケート調査によると、今年、IT企業の81%が「6~20%の昇給を予定している」と回答した。
現在、ベトナムのソフト開発者の給料は430~1080ドル、フロントエンド・ウエブ開発者は295~480ドル、バックエンドは400~555ドル、マネジャーで1110~2400ドルだが、今後さらに上昇すると思われる。
ベトナムでは、IT企業100社以上、開発者5000人以上がブロックチェーンプラットフォームでプロダクトを開発しているが、IT技術者のうちブロックチェーン経験者は2~5%しかおらず、ロシアやウクライナ、アメリカから採用しているという。この分野では、給料は月に2000~3000ドルに達している。
なお、アンケート調査回答者の半数以上が、よりよい給料や福利厚生が得られるのなら、転職を検討すると答えている。
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