世界のIT人材事情ー人材供給国(4)

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2018.10.02

 今回、IT人材不足国として、ロシアとインドネシアを取り上げる。

ロシア

  ロシアも人材不足に悩んでいる。ただし、遠東地域、石油産業に依存する地域では、大学を出ても仕事がなく、モスクワや、ロシア第二の都市、サンクトペテルブルグに向かう若者は多い。

要因

・労働力人口の減少
 ロシアでは、ソ連崩壊後に生活水準が下落し、1999年に史上最低の出生率を記録した。その頃、生まれた世代が、ちょうど高校を卒業する時期に達しており、今後6年で、年間60万人労働者が減少する恐れがある。
 なお、出生率は、その後回復したものの、近年、また下落しており、昨年、10年以来の最低値を記録(1.29人)した。さらに、2032年までに出産年齢の女性の数が25%減少すると言われている。

・人材・企業流出

<経済危機>
 2000年~2008年、ロシア経済は年間7%近くの伸びを示していたが、その後、金融危機の影響で減速した。さらに、2014年のクリミア併合による経済制裁、かつ石油価格の下落で、経済危機を迎え、2017年のGDPは1.5%であった。
 ウクライナ危機後、欧米投資家らがロシアを離れ、ロシアのIT起業家らも資金調達難などで他国(チェコやリトアニア、アメリカなど)への流出が続いている。

<政府による規制>
 スタートアップ企業には、ロシア当局に事務所を捜索されることもあり、そうした政府による検閲が、とくにソ連時代を知らない若者がロシアを離れる一因になっている。
 
<起業環境の不備>
 ロシアは、ソ連時代の名残りでハードサイエンスには強いものの、ソフトサイエンスやイノベーションに弱いと言われている。たとえば、ブルームバーグ・イノベーション指数では、世界25位に甘んじている。 
 資金や必要なスキルを備えた人材がアメリカでの方が調達しやすい、「ロシアの起業家が7年かけて1200万ドル稼ぐところを、アメリカでは4年で稼げる」とアメリカを目指す起業家もいる。
 また、アメリカの方が、アメリカ市場やグローバル市場の開拓がしやすいという理由で、アメリカに移転する企業も少なくない。ロシアのベンチャーキャピタルも、アメリカなどロシア外で投資している。
 ソ連崩壊から30年が経ち、その後に生まれた世代には、海外で休暇を過ごし、外国語を学ぶというのが普通となっている。とくに高学歴で意欲のある若者は海外志向が強い。

対策

・出産奨励
 ロシアでは、2008年から第二子を出産(または養子縁組)した母親に一時金支給する制度を設けている。これは来年で打ち切りになる予定だったが、低所得者向けに2021年まで延長されることが決まっている。また、新たに、低所得者向けに、第一子出産に対し、子供が18か月になるまで補助金を支給する。さらに、今年から第二子・第三子出産家庭に住宅ローンの金利を優遇している。
 なお、婚活にはげむ(結婚願望の強い)ロシア人女性は多い。女性の数が男性を上回っていることが(100人対87人、35歳を超えると男性の数が減る)女性の結婚を阻む大きな要因であり、政府は出産を促す前に、女性の婚活を支援した方がいいのではないかと思われる。日本や欧米では、年下男性と結婚する女性が増えているが、ロシア女性は年下男性との結婚に抵抗があるようだ(筆者の個人的観測)。

・定年年齢の引き上げ
 これは予算削減のために行われた処置だが、労働力人口の維持につながる(この年齢層はIT業界では使えないが)。
 今年、ロシア政府は定年(年金受給開始)年齢を男性は60歳から65歳、女性は55歳から63歳に引き上げる計画を発表した。ただし、ロシア人男性の平均寿命は66歳で(過度の飲酒が早死の要因)、4割ほどの男性が年金をもらう前に亡くなる可能性が高いため、各地で大規模な抗議活動が起こり、見直される可能性がある。

・移民奨励
 ロシア政府では、労働力人口増のための移民政策として、海外在住ロシア人の帰国を奨励している。また、ウクライナ南東地域からの移民へのロシア市民権授与手順の簡素化も勧める予定だ。
 プーチン大統領も、ロシア語を話し、必要なスキルを備え、ロシアで働きたいという人は、民族や宗教と関係なしに歓迎すると名言している。
 なお、建設業やサービス業向けには、初めてフィリピンからの労働者を受け入れる予定だ。

・経済のデジタル化
 プーチン大統領は経済のデジタル化に力を入れており、新たな法制、教育、研究、ITインフラ作りのために、2025年までに35億ドルの予算を割いている。
 ロシアインターネット普及率は、過去10年以内で全人口の80%近くに達し、2025年までに97%到達を目標としている。なお、インターネットユーザの数では、世界6位である。

・企業による人材確保努力
  IT企業も人材確保に苦労しており、工学部学生にインターンシップを提供して、採用につなげるなどの努力をしている。
 ロシアのグーグルと言われ、ロシアのネット検索市場の半分以上を牛耳るYandexでは、今秋からイスラエルでデータ科学や機械学習などの学習プログラムを提供する予定だ。
 同社では、人材の発掘や研修を目的に、10年前にYandex School of Data Analysisを設立した。毎年、4000人の応募者の中から200人の学生を選び、無料で研修を行っている。受講生の上位半数が入社してくれることを期待しているという。
 同学校は、ロシアだけでなく、ウクライナやベラルーシでも展開しており、今回、イスラエルにも進出することになった。イスラエルでは有料での提供だが、1年のプログラムは2200米ドルで、イスラエルの大学の修士課程に比べれば半額に近く、補助金も出るという。50人の定員に対し、すでに300人から応募があるそうで、授業には、イスラエルのスタートアップ企業が提供する問題も取り入れられるという。
 Yandexはイスラエルに拠点は持っていないが、イスラエルで知名度を高めて優秀な人材を引き付け、将来は研究開発拠点を設けることも視野に入れている。

インドネシア

 世界4位の人口、2億6000万人を抱えるインドネシアも、労働者、とくに熟練労働者(大卒者または専門技術習得者)の不足に見舞われている。すでに年間3万人ほどのエンジニア(工学部卒業生)が不足しているが、後述するように、今後、人材不足は悪化する見込みである。
 2012年には、インドネシア経済は2030年までにドイツやイギリスを抜き、GDPでは世界第5位になるとの予測もあり、2014年、ジョコ政権発足時には、7%の経済成長を目指していたが、過去4年、経済成長は年間5%前後で低迷している。
 経済成長の鈍化は、石炭などコモディティ価格の下落の影響で、天然資源の輸出に依存する経済構造が変わっていないことが要因である。インドネシアの労働者の生産性やグローバル競争力では、東アジアだけでなく、インドに比べても劣っている。
 今年に入り、2030年に世界10大工業国入りを目指し、ジョコ政権はインダストリー4.0(第4次産業革命)の実現に向けたロードマップを発表したが、実現のためには、エンジニアを含む熟練労働者の調達が急務である。

今後、悪化する人材不足

 20ヵ国を対象にしたKorn Ferryの調査(The Global Talent Crunch)によると、アジア太平洋地域では、2030年までに4700万人の労働者が不足すると予測されているが、中でも1700万人以上不足する見込みのインドネシアが、人数では最悪である(経済損失額では中国が最悪)。
 人材不足が経済に占める割合では、世界的に香港、オーストラリア、日本、シンガポール、インドネシアがワースト5に挙がっている。

アジア太平洋諸国の2030年の不足人材数とそれによって失われる産出額(米ドル)


(出典:Human Resources

 インドネシアでは、とくに熟練労働者が2020年までに130万人不足し、2030年には380万人不足すると予測されているが、これは労働人口の30%にあたる。2030年までに、IT分野が熟練労働者不足を占める割合は13%で、製造業の10%、金融業の7%を上回る見込みだ。
 なお、アジアで余剰人材が生じるのは、今後、人口で中国を上回る予定のインドのみである(バングラデッシュは調査対象外)。

要因

・教育
 インドネシアでは、過去15年、教育改革が行われ、就業率は大幅に上昇したものの、教育の質は、世界的にも最低レベルであると言われている。
 2015年のOECDの学力到達度調査(PISA)で、インドネシアは、読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーのいずれでも、アジアでは最低で、参加国70ヵ国中ワースト10にランクしている。すべての分野で、生徒の4割以上が最低水準に達していないという状態だ。
 また、2016年にOECDが10ヵ国の16~65歳を対象に行った成人力調査(PIAAC)では、ジャカルタ勤務のインドネシア人は、読解力、数的思考力、ITを活用した問題解決力で、2013年に行われた調査対象国24ヵ国を含め、最下位にランクしている。

・人気のない工学部・エンジニア職
 大学生・大卒者を合わせた600万人のうち、大半が教師になり、エンジニアになるのは8%のみである。かつ工学部卒業生の半数以上が、よりよい給料を求めて金融など他の業界に就職する。エンジニアの絶対数は14万人で、世界的にも多いのだが、労働力人口比では日本の半分以下で、他の東南アジア諸国よりも低い。

・スキルギャップ
 一方、大学生の2割が宗教学を専攻し、将来は宗教を教える教師になりたいという。2014年にジョコ政権が誕生後、インドネシア政府はITや看護学、観光学などの重要分野向けに奨学金を提供することを決めたが、その中には、すでに人気の宗教学も含まれている。
 しかし、宗教学専攻の学生も半数近くが、希望の職が見つからず、コミュニケーションや広報など宗教とは関係のない職業に就くという。中には、専門の会計分野で仕事が見つからず、タクシーの運転手をするという者もいる。
 こうした極度のミスマッチは、生産性の低さや高価値経済への転換が遅れていることが要因として挙げられている。
 なお、外務省によると、インドネシアには中国に次いで、日本語学習者が多い。

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有元 美津世プロフィール
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。 社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米27年。 著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』など多数。