MOOC(Massive Open Online Courses)が期待されたほど”破壊的”効果を示さず、それよりも従来の大学教育を破壊するものとアメリカで期待されているのが、Competency-based Education (CBE)である。Competency-based Learning (CBL)とも呼ばれるが、ここでは「CBE」を用いる。
従来の大学教育は、学生を授業出席時間(単位)で評価するが、CBEでは試験や実技、プロジェクトなどを通じ科目の習得度、知識を評価する。これには、それまでの実務経験も反映される。
そのため、CBEは抽象的な概念の習得よりも、具体的な技能の習得に向いているとされ、今のところ、医療やIT、経営など、実技が重んじられる分野で導入されている。こうした分野では知識を習得するだけでは不十分であり、CPEでは習得した知識をいかに実践するかに重きが置かれる。また評価も、紙のテストではなく、実施、実績を基にして行われる。
CPEのメリットには、実務経験のある社会人にとっては、すでに現場で習得しているスキルを、学位取得のために、わざわざ教室で学び直すという無駄な過程を経なくていいという点がある。CBEが、主に社会人教育に利用されているのは、こうした側面がある。
ひとつの技能を修得してからでないと次の技能に進めない一方、すでに習得している技能は、それを試験や実技で証明できれば、飛ばすことができ、各自が自分のペースで必要な技能のみを学べるのも利点である。
企業にとっては、人材採用の際に、大学の成績が実務にどのように通じるのかを案じることなく、採用者の技能をベースに審査ができるというメリットがある。企業と直接契約し、その企業への就職を希望する人材や既存社員が必要なスキルを学べるコースを提供している大学もある。近年、企業が必要とするスキルと求職者のスキルがマッチしていないSkills Gapがアメリカでも問題になっているが、この問題の解決の一助としてCPEが期待されている。
(参考資料: http://www.daijob.com/crossculture/arimoto/20140401.html)
政府予算削減と学費の高騰に見舞われている米大学では、いかに妥当な料金で学生を引きつけるかが存続の鍵となっており、CBEは、とくに社会人学生を取り込むのに役立つと期待されている。各大学とも、CBEの学生へのウリは「より安く、より早く、より柔軟な学位取得」である。
なお、CBEに関する日本語での概要については、下記を参照いただきたい。
http://www.niad.ac.jp/n_kokusai/qa/1255101_1542.html
■CBEの仕組み
CBE課程が、どのような仕組みになっているかというと、たとえば、オブジェクト指向プログラミングコースでは、学生はオブジェクト指向基礎、プログラミング制御構造、複雑なデータ構造の3つの技能を修得することが求められ、それぞれの技能で具体的なコンセプト、語彙、ソフトウエア、使用方法をマスターすることになる。
学生には、インタラクティブな教科書、その他資料やビデオなどが提供される。講師はファシリテーターとしての役割を担い、学生はそれぞれ、メンターやコーチを割り当てられ、メンターやコーチが学習の進捗を監督する。他の学生と助け、励まし合うオンラインコミュニティも利用できる。
各大学のCPE課程では、Mラーニングに力を入れており、新しいコースのコンテンツは、主にタブレットやスマホ向けに作成される傾向にある。
なお、学費は半年ごとに定額のところが多い。その期間内であれば、どれだけの技能を修得しても費用は一定である。これは、学生が早く課程を修了しようというインセンティブにつながる。
■アメリカでの導入例
アメリカでは、州立大学、私立大学、営利大学を含む200 ほどの教育機関がCBEを導入している。今年に入って開始されたコースも多く、まだ試行錯誤状態であるが、代表的な例を紹介する。
1) ウエスタンガバナーズ大学(私立)
1997 年に19 の州の知事により、社会人をターゲットに創設されたオンライン大学であり、創立当時からCBEを取り入れている。学生数は5万人以上にのぼる。
同大学では、看護学士および修士、経営学士および修士、IT修了証(certificate)、教職課程を提供している。
コースの大半は3~4技能単位同等から成り、技能単位は従来の単位1時間に相当する。学費は、コースや取得技能単位にかかわらず、6ヶ月ごとに定額で、学部により2,890 ドル~4250 ドルである。
デル、HP、サン、マイクロソフト、AT&Tなどの企業や財団の支援も受けている。
2) サザンニューハンプシャー大学(私立)
2年前にCPE部門のCollege for America を設立している。マクドナルドやダンキンドーナツなど55 社と提携し、実務で必要なスキル開発用プログラムを提供している。
ビジネスと医療分野で準学士課程、ビジネスコミュニケーション、医療コミュニケーションで学士課程、医療経営学士課程、計6コースを提供している。連邦政府の学資援助(financialaid)は、準学士課程でのみ受給可能である。学費は年間2,520 ドルである。
3) ウィスコンシン大学(州立)
2014 年8月に、公立大学として、連邦政府の学資援助受給可能な初のCBE課程となった。
社会人向けに、Flexible Option という名称で、技能ベースのRN(正看)向け看護学士課程やバイオ医療科学診断画像学士課程、情報科学技術学士課程、修了証課程ではビジネス・技術コミュニケーション、グローバルスキル、営業など5コースを提供している。さらに、修士課程などのプログラムも開発中である。
3ヶ月の間に、2,250 ドルで好きなだけの技能(スキル)一式を受講し放題のコースと、900ドルで単独の技能を習得するコースの2つの学費オプションがある。
4) パデュー大学(私立)
2014 年秋に初のCBEプログラムを開始した。学内で、技能ベースの学士課程創設コンペを開催し、元技術学部、現パデュー工芸大学に賞金50 万ドルを授与した。
工芸大学が開発したプログラムだが、学生は学部にとらわれず参加可能で、学習内容はテーマを基に設定される。たとえば、農学部の学生が、農家が農作物に最適の市場を見出すのに役立つモバイルアプリの開発を目指せば、それを可能にするカリキュラムが組まれる。学生は、一定の科目に関する授業に出席するのではなく、複数の科目にまたがるグループ学習セッションに同時に参加する。
CBE課程には、教育学部、エンジニアリング学部、教養学部、技術科学部、大学図書館から18 人の講師陣が参加している。
同大学では、学生主導の協力的体制を取り入れたCBEで、ビジネスの現場で迅速に実践志向の決断を下すのに必要な複数の分野にまたがる考え方が身につくと考えている。
学生は、二年目には企業が主催するプロジェクトの参加を義務付けられる。チーム作業を体験し、プロジェクト要件やタイムラインを現場で学び、かつ業界での人脈を得ることを目的としている。
同大学では、今後、このプログラムを基に他の学部でCBE課程を設立する予定である。
5) ミシガン大学(州立)
2014 年10 月に、同学初のCBE学位プログラムである医療従事者向け修士課程が大学認定機関によって認定された。医学、看護学、歯科学、薬学分野での医療従事者を対象にしている。
学生はメンターと電話やメール、ビデオチャット、可能な場合は直接会ってやりとりをする。
入学時に、学生がすでに習得済みの技能に対し、技能評価委員会が単位を付与する。修士取得には、32~39 の単位同等の技能習得かつ総括的評価(summative assessment)に合格することが必要である。
6) カペラ大学(営利)
1993 年に、博士課程も提供する大学院として創立されたオンラインのみの営利大学である。
その後、学士課程も導入しているが、学生の7割以上が修士および博士課程に在籍している。
FlexPath と呼ばれるCPE課程では、ビジネス、IT、心理学の分野で多くの課程を提供している。「過去の学習アセスメント」を通じ、すでに習得済みの知識に対して単位を取得することができる。
7) テキサス大学(州立)
今月、CPEの開始を発表したところだが、大学生だけでなく、高校生もターゲットにし、州大学機構一丸となった大規模な取り組みが注目を浴びている。テキサス大学9校、6つの州立医大・医療機関をたばねるInstitution for Transformational Learning によって、雇用需要の高い分野で業界のニーズにあった技能学習プログラムが開発されている。顧客管理ソフト、適応技術、モバイル技術などを駆使し、CCKF社のRealizeIT などが導入されている。
最初のCPE課程は、バイオ医療科学の学士課程で、2015 年秋に開始予定である。(テキサス大学および医療機関は、テキサスの医療従事者の3分の2が学ぶ場となっている。)「実際に医療現場で働くというのは、どういうことなのか」というのを学生に体験してほしいという狙いがある。次に、エンジニア分野で導入される予定である。
大学認定機関が直接評価(direct assessment)を認可していないため、当分は従来の時間ベースの単位が用いられる。
■CBEの課題
1) アメリカでの最大の問題は、今のところ、CPE課程は連邦政府の学資援助を受けるのがむずかしい点である。学資援助は、従来の単位ベースで行われるため、習得技能の単位への変換を強いられたりする。また、教育機関が学資援助受給基準に沿わないプログラムを開発してしまうケースもある。
今夏、米下院が、非伝統的なコースに対する学資援助提供条件を緩和する法律を通過させたため、今後、CPE課程受講生が学資援助を受けやすくなると思われる。
2) 学資援助がCPE課程にも適用されるのが喜ばれる反面、CPE課程では、学生が大学の学習リソースを利用することなく、実務経験に対して学資援助を受ける恐れが懸念されている。
3) 教育機関が、学生と講師陣の間で相応のインタラクションのない単なる通信講座を設けてしまう可能性がある。ただし、これはCPE課程に限らず、オンライン講座全般にして言えることである。
4) 従来の教室ベースの授業に比べ、学生の自発性が求められ、落伍率が50%にのぼるケースも見られる。ただし、落伍率は、CBEに限らず、従来の教育方法に比べてオンライン講座全般で高くなっている。
5) 近年、大学の職業訓練校化が懸念されているが、それが加速する可能性が高い。大学の商業化の一環としてのCPE課程に対する教授陣の反発は大きい。
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