【海外の就活・転職事情】フィリピン人の就活・転職観を見てみる

フィリピン国旗
2020.01.08

日本におけるフィリピン人就労者

 下記のグラフに見るように、日本で就労するフィリピン人は、2018年10月時点で外国人就労者全体の11%(16万人)を占め、中国とベトナムに次いで多い。(※1)

国籍別外国人就労者の割合

(出典:厚生労働省のデータを基に作成)

※1.厚生労働省『「外国人雇用状況」の届出状況まとめ【本文】(平成30年10月末現在)』

 しかし、フィリピン人就労者の在留資格を見てみると、「専門的・技術的分野の在留資格」は6%(9800人)と非常に少ない。在留資格で一番多いのは「身分に基づく在留資格」(永住者)で、フィリピン人就労者全体の71%(12万人近く)にのぼっている。割合的には、ブラジルとペルーに次いで多い。
 また、フィリピンは、留学生が少ないという点でも際立っている。高等教育機関の留学生全体のわずか0.6%(1184人)で、人数的にもバングラデッシュ(2444人)やモンゴル(1965人)よりも少ない。(※2)

フィリピン在留資格別割合

※2.日本学生支援機構『平成30年度外国人留学生在籍状況調査結果』 高等教育機関における留学生受入れ状況

日本での就労動機

 フィリピン人が日本で働く理由は、母国よりも何倍ものお金が稼げるからである。フィリピンの大卒初任給は4万円ほどで、月収が2万円に満たない人たちも大勢いるのが現状だ。こうした状況は新興国に共通することだが、それ以外に、これまで見てきた国とは違うフィリピン特有の事情がある。

<就職難>

 フィリピンの失業率は、2019年、5.1%で、高くはない。しかし、大卒の失業率は平均18~20%と、過去10年ほど高いままである。また、失業者230万人のうち、76%が15~34歳、45%が15~24歳であり、若者の失業率が突出している。
 大学卒業後、就職できるのは35~40%のみで、大学での専攻に関係のある仕事に就ける卒業生は、わずか10%だという。実に、新卒の半数以上が無職になるということだ。
 また、フィリピンでは、就労者の半数以上がサービス部門で働いており、製造部門の就労者は全体の16%のみである。(※3)これは、近隣諸国と違い、フィリピンが工業化に失敗し、大量の人材を受け入れるだけの産業が育っていないことを物語っている。また、長らく続いた政治の不安定もあり、近隣諸国と比べ、海外からの直接投資も少ない。
 そのため、大卒でも、デパートやファーストフード店の店員、銀行の窓口業務など、高卒で間に合う職に就かざるを得ない状況である。それでも、競争率が激しく、たとえアルバイトでも就ければいい方なのだという。

・教育格差

 フィリピンでは、エリート大学を優秀な成績で卒業しなければ、就職先がなく、非正規雇用に甘んじるしかないと言われている。卒業後すぐに正社員として企業に就職できるのは、新卒の上位10%のみで、この一握りのエリートを巡って、企業は、卒業前から争奪戦を繰り広げる。
 さらに、エリート私立校と底辺の公立校の卒業生では、質が大きく違うため、企業は、平均的な公立大学の卒業生よりも、エリート私立高校卒業生の方を雇いたがるという。
 富裕層は、小学校から子供を(英語で授業が行われる)私立にやり、有名大学を狙う。比最高峰の国立フィリピン大学の卒業生は、普通の大学の卒業生の倍の初任給が得られる。
 一方、中間層以下は、親や兄弟が海外に出稼ぎに出たり、いくつもの職を掛け持ちし、他の子供を犠牲にしてでも、少なくとも子供の一人を大学までやるために、涙ぐましい努力をする。そして、その子が大学を出ると、一家(または親戚一族)を養う役目を担う。
 このため、富裕層に生まれない限り、いい仕事にも就けず、キャリアアップも望めず、生まれた環境で社会的地位が固定してしまっているのが、貧困の差が縮まらない要因となっている。

 なお、フィリピンでは、2018年より110校以上の国公立大学の無償化が始まっており、今後、大卒者が増えると、大卒者の失業率がさらに悪化する恐れがある。

※3.GDPの内訳は、サービス部門が60%、製造部門が30%、農業が10%
※4.大卒でも、高卒向けの仕事にしか就けないことから、「大学に行く価値はあるのか?」という議論は、フィリピン国内でも行われている。しかし、大卒者が世帯主の世帯は、中度の飢餓(月に1~3回の飢え)を経験する割合は2.7%だが、世帯主が高卒であれば12%、高卒未満では14%、小学校卒業未満では21%と、大学を出ることで貧困から逃れる面もあることは否めない。

<有期雇用契約>

 フィリピンでは、企業が社員を採用する際、正社員になる前に半年の試用期間が設けられる。この試用期間を過ぎると、企業は、その社員を正社員として雇用することが義務付けられている。しかし、フィリピンでは正社員の解雇が非常に難しいため、半年ごとに”雇い止め”をして再雇用する短期雇用の継続(ENDO)が常習化している。試用期間中は、法的最低賃金の適用を受けず、(※5)福利厚生を提供する必要もなく、企業は低賃金労働を永遠に享受できるからだ。
 ドゥテルテ大統領手大統領は、2016年の当選時、ENDOの撤廃を公約に掲げていたが、今年、ENDOを禁止する法案が議会を通過した後、拒否権を発動したため、撤廃に至らなかった。  

<海外就労>

 フィリピンは、世界でも有数の”出稼ぎの国”である。上述した国内での就労機会の欠如、非正規雇用による不安定な雇用や低賃金が、多くのフィリピン人を海外に駆り出す要因となっている。
 フィリピン政府の統計によると、2018年、海外で働くフィリピン人は234万人近くで(海外移住者も含めると1000万人以上)、そのうち半数以上が女性であった。
 男性の大半は中東で建設・鉱山・油田関連のブルーカラー、または船員として働き(世界の船員の3分の1がフィリピン人)、女性の半数以上が中東やアジア(主に香港、シンガポール)で家政婦として働いている。北米に渡る人たちは、看護士や医師、エンジニアなどの専門職が多い。
 主な渡航先は、サウジアラビア(25%)、UAE(16%)、クウェート、カタールなどで、半数以上が中東に渡っている。次に多いのが、香港や台湾を含む東アジア(19%)、シンガポールなどの東南アジア(9%)だ。
 海外就労者によるフィリピンへの送金額は年々増え続けており、2018年に340億ドルに達した。これは、GDPの11%を占め、同国の一大産業を成している。
 海外就労者による外貨稼ぎは、オイルショックを機に、1970年代からフィリピン政府の国策ともなっている。国民の海外就労を促進するとともに、労働者保護も担う政府機関として、海外雇用庁が設けられている。(※6)クリスマスに一時帰国した彼らを「英雄」と称えて空港で出迎えた大統領もいれば、全比輸出会議で「我が国最大の輸出品目」として海外からの送金額の増加に感謝した大統領もいる。
 フィリピンには、人材の国際競争力強化のための専門教育や認証などを行う国家機関(雇用技術教育技能開発庁)があるが、民間企業と連携して、家政婦、船員、各種技術、看護師や介護士などを育成する様々な職業訓練プログラムを提供している。海外就労を見据えた専門技術教育は、大学でも行われている。

 なお、2019年の世界経済フォーラム(WEF)のアンケート調査では、15~35歳のフィリピン人の53%が海外で働きたいと答えており、今後も、この傾向は変わりそうにない。

※5.法定最低賃金は、一番高いマニラで一日1000円ほど。地方では700円程度。
※6.フィリピン人が海外で就労、海外雇用主がフィリピン人を雇用するには、必ず海外雇用庁を通さねばならず、同庁の海外出張機関が東京にもある。

・エンジニア

 フィリピン国内の何倍もの給料が稼げることから、土木エンジニアや化学エンジニアなどのエンジニアも、中東で活躍している。
 フィリピンでのITオフショア開発は、以前から行われてきたが、フィリピンからのIT人材の紹介事業も、近年、盛んである。ただし、英語のできるIT人材は、世界で引くてあまてなので、日本の給与水準では競争力に欠ける。

・医療従事者

 日本では、80年代に、芸能人(エンタテイナー )枠で、興行ビザを取得してフィリピン人女性が多数訪日した。そのため、日本では「フィリピン女性=水商売」のイメージがある。しかし、”エンタテイナー”として海外就労をしたフィリピン人のほとんどが日本に渡航しており、これは日本のニーズに合わせて、歌やダンスを訓練されて送り込まれたものである。
 アメリカを中心に、英語圏では看護師として働くフィリピン人女性の割合が多い。中東でも、多くのフィリピン人看護師が活躍しており、UAEでは看護師の60%がフィリピン人である。海外での求人は、医師よりも看護師の方が多いため、看護学校に入り直して看護免許を取得する医師もおり、医大よりも看護大を選ぶ学生も増えているという。
 そもそもフィリピンの看護師が重宝されるようになった背景は、アメリカによる植民地時代にさかのぼる。19世紀末、フィリピンがアメリカの植民地になってすぐ、フィリピンの”文明化推進”のために、アメリカの看護プログラムが導入された。授業は英語で、看護士免許取得の試験でも、一部英語が使われたという。第二次世界大戦中には、看護師不足で、多くのフィリピン人看護師が渡米した。
 1980年代からアメリカに渡ったフィリピン人看護師は15万人以上にのぼり、アメリカの外国生まれの看護師の約3分の1がフィリピン人である。
 日本でも、EPA(経済連携協定)の下、2009年からフィリピンからの看護師や介護士の受け入れが始まっている。EPA下での資格要件は、看護師の場合、フィリピンの看護師資格を所有し、実務経験3年以上、介護士は4年生大学を卒業し、フィリピンの介護士認定、または四年生看護大学を卒業していることというものだが、日本語の国家試験に合格しなければならない点が大きなハードルとなっている。介護士は、今年から、不合格になっても、一定の条件を満たせば特定技能に移行できるようになり、今後、看護師も移行が可能になると言われている。
 すでに多くのフィリピン看護師が働くサウジアラビアでは、今年、新たに1000人のフィリピン人看護師を募集したが、アラビア語能力は問われない。給料は日本より安いが(月12万円)、住宅や往復航空券が無償で提供される。(※7)なお、ドイツもフィリピンやメキシコなど他国からの看護師をリクルートしており、世界規模で高スキル人材の争奪戦が起こっている。

※7.ドイツ政府も、海外から看護師を含む医療従事者3万人の採用を発表しているが、ドイツ語能力が求められる。

フィリピンの就活事情

就活時期

 フィリピンの大学の卒業時期は、日本と同じ3月である。先述のように、卒業後すぐに就職できるのは、ほんの一握りの人たちであり、就職時期は人それぞれである。

就活手段

 先に述べたように、海外の就労には海外雇用庁を通すことが義務付けられているが、就職サイトでも、海外の求人情報が多数掲載されている。

<コネ(縁故)>

 近隣諸国と同様、フィリピンでも縁故採用が横行している。フィリピンで一番人気の職業は、公務員なのだが、公務員試験の成績がいいだけでは不十分で、コネがないと合格しないと言われている(政府は是正に努めているようだが)。企業に就職するにしても同様で、たとえば大学を出ていなくても、有力なコネがあれば、希望企業への就職が可能であるという。
 
就職観

 今年はじめ、オンライン就職サイトが就活者1万8000人以上を対象に行った調査では、就職先を決める上で一番大事なのは給与(17%)で、その後、キャリア開発の機会(14%)とワーク・ライフバランス(11%)、職の安定(11%)が続いた。
 また、BPO業界就労者の間では、給与がもっとも重要である一方、エンジニアはキャリア開発の機会、公務員は職の安定を挙げた。

<公務員>

 今年はじめ、上記サイトに掲載された公務員求人12,000件に対し、17万人の応募者があったという。同サイトによるアンケート調査では、回答者の77%が公共セクターで働きたいと回答した。職の安定以外に、2016年の法改正によって、それまでは民間より低かった給料が大幅に引き上げられ、福利厚生も充実したことが影響している。なお、公務員事務職の初任給は、月2万3000円ほどである。

<外資系>

 2017年に上記サイトが行ったアンケート調査では、下記の企業が人気の10社であった。公共部門、大手(財閥系)フィリピン企業に次ぎ、外資系企業の人気が高いことがわかる。

人気企業TOP.10

 なお、フィリピンは、コールセンターのアウトソースで世界最大のシェア(16~18%)を誇るが、コールセンターでの仕事も、給料がよいということで人気がある。

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有元 美津世プロフィール
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。 社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米27年。 著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』など多数。