言いたいことを相手にしっかり届けたいのに、うまく伝えられないモヤモヤ…。皆さんにもご経験があるかもしれない。
9月24日付の「日本経済新聞」(電子版)に、『「言いたいこと伝わらない」6割が経験 国語調査』という記事があり興味深く読んだ。
文化庁が毎年行っている「国語に関する世論調査」の最新の結果に関するもので、調査結果によれば、「自分の言いたかったことが相手にうまく伝わらなかった」経験を持つ人が60%強おり、また、伝わらなかった理由については「自分の話し方に問題がある事が多いと感じる」という回答が最も多く、半分以上だったそうだ。
最近書店へ出かけると、「話し方」「プレゼンテーション」といったコミュニケーションに関するノウハウ本が沢山並んでおり、「伝える」ことに対する関心の高さがうかがえる。しかし、コミュニケーションにおいて、「伝わる」「伝わらない」の境界は伝える技術の有無だろうか?
もちろん、コツを知らないばっかりに言いたいことがうまく伝えられない、というもったいないケースは沢山あるのだろう。ただ、筆者が思うに、方法の工夫の前に、まず不可欠なのは「伝える相手を見ること」だと思う。
二つエピソードを紹介したい。
先日、就職活動を終えた学生と話をする機会があった。その学生は就職活動をスタートした頃、面接の限られた時間内で準備した情報を伝えきらなければというプレッシャーから、自己PRや志望動機を丸暗記して話していた。面接やプレゼンテーションのノウハウ本も沢山読んでいた。ところが面接は一向にうまく行かず、思い悩んで身近な先輩に相談したところ「面接官は何を知りたいんだろう?」と聞かれた。そして、答えに詰まった。そこから、面接官の関心はどこにあるのかを考え、それに応えられるように、話すエピソード、使う言葉を注意深く選ぶようになったという。その後、あれほど苦戦していた面接に合格できるようになり、何よりも自分の言葉が確実に届いている手ごたえに、「相手を見る」ことの威力を感じたそうだ。
もう一つはコンサルティングの現場で耳にしたエピソード。あるクライアント企業が海外の事業再建に当たった際、事業トップが全世界の拠点を回り再建計画を説明した。業績低迷の中、現場の士気は下がっており再建プランへの反応も芳しくなかった。そんな状況の中、各拠点では全体説明の前に必ず幹部陣と個別面談し、同じ内容を説明するようにしていたという。
再建計画の実行を担う幹部陣には計画の意義を確実に理解してもらわねばならなかった。同じ資料で同じことを喋っても受け手により理解に差が出る。そこで、表情や反応から理解の様子を測り、表現を変えたり相手の仕事に通じる具体例を付け加えたりしながらきめ細かく説明していった。面談には膨大な時間と手間が掛ったが、その後、各拠点の幹部陣はトップが示す方向へ部下を導き困難な目標を達成した。
この成功要因の一つは、厳しい状況の中でも「相手を見る」ことを厭わず、相手から逆算してコミュニケーションを組み立てた真剣勝負の面談であったと言えよう。
ピーター・ドラッカーは、著書『マネジメント』*の中で「コミュニケーションを成立させるものは、受け手である。コミュニケーションの内容を発する者、すなわちコミュニケーターではない。彼は発するだけである。聞く者がいなければ、コミュニケーションは成立しない」と記している。
* 『マネジメント 基本と原則』 (ダイヤモンド社)
「受け手」たる相手は誰か、その関心をしっかりと捉えること。それができたならば、論理の組み方、情報の使い方、資料の作り方、喋り方などの伝える技術が、日々の業務での上司・同僚・部下とのやり取りから交渉や説得などの駆け引きといった、あらゆるコミュニケーションのシーンで、言いたいことを効果的に相手に伝えるための、大きな力となってくれるだろう。
金子 友美 (組織・人事変革コンサルティング)
国際基督教大学教養学部社会科学科卒
略歴
製造、IT、サービスなどの様々な分野における人材マネジメント導入・定着化コンサルティングに取り組む。国内外のさまざまなステージにあるクライアント企業への人事制度設計・運用支援、M&Aに伴う組織統合支援、海外現地法人の人材マネジメント改革支援、大手日系企業における企業変革リーダーの育成支援 等のプロジェクトに従事。