「あなたが”ブローカー”という言葉で、受けるイメージは何ですか?」こう聞くと、多くの日本人は怪しげなダーティーな職業のイメージと答えるのではないだろうか。かくいう筆者も、この職業に就くまでは‘悪役’イメージを持っていた一人である。
ブローカーは仲立人とも呼ばれ、独立の第三者としての立場にあって、他人間の商行為の仲介を営業とするものをいう。売手のために買手を探し、買手のために売手を求めて、他人のために取引の仲介行動をし、手数料を得る実務家のことである。原義はラテン語で「ワインたるの栓を取る人=ワインの販売人」であり、海外ではダーティーなイメージは全くない。
筆者の所属するエンプロイーヘルス&ベネフィット(EH&B)チームは、マーサーというコンサルティングファームの中でも、世界的には国際保険ブローカーと呼ばれることが多い。これはEH&Bチームの提供するサービスが、福利厚生制度のコンサルティングという分野のみならず、保険制度の構築、提案、導入、運営といった、いわば川上から川下までのサービスを包括的に含んでいることによる。日本は例外的に保険代理店マーケット中心の国であるため、兄弟会社のマーシュジャパンという保険代理店と共同でサービス提供をしているが、業務内容はブローカーに近いといえる。
前置きが長くなったが、今回はその国際保険ブローカーたる我々のイメージアップのために、過去に行った社会貢献の一つをご紹介したい。
「総合福祉団体定期保険」という生命保険会社が提供している団体型死亡保険をご存じだろうか?企業が、その社員を被保険者として、保険料を全額負担し、社員が病気または事故で亡くなった場合に遺族に支払う弔慰金を準備するための保険で、平成25年3月末時点で、4万2291社、約2720万人のサラリーマンが加入対象となっている。*
* 出典:社団法人生命保険協会 生命保険事業概況
この保険は平成8年11月に今の保険約款に改定される前は、「団体定期保険」と呼ばれ、弔慰金額とは関係なく、一人の社員に複数の保険をかけることができた。そのため、遺族が「保険金は遺族が受け取るもの」と裁判を起こして社会問題化したので、覚えている人もいるだろう。
生命保険では、健康状態の悪い人がすすんで保険に加入する「逆選択」を防ぎ、加入者間の公平性を図るため、被保険者は健康状態を告知することが必須となる。こうした団体型の保険も例外ではなく、個人型の保険と比べて健康状態の告知事項は非常に簡略化されているが、それでも「個別告知」または従業員代表による「一括告知」といった方法での告知が必須となっている。
それではここで問題を一つ。「健康状態の悪い社員が告知の結果、総合福祉団体定期保険に入れないとしたら、その社員が病気・事故で死亡した場合であっても、会社から弔慰金を支払ってもらえないのでしょうか?」
答えは、YesともNoともいえる。この場合、保険会社は、被保険者でない人の死亡事故に保険金は払わない。ただし会社が別途その金額を自腹で遺族に支払うことは可能だからだ。もっとも多くの企業では、弔慰金規定に「保険会社から保険金が支払われない場合、会社は遺族に弔慰金を支払わないことができる」といった文言を入れるため、会社が自腹を切らないケースが多いのが実情だが。
ここで問題になったのが、「障害者雇用促進法」との兼ね合いである。すでにお気づきの方もいると思うが、法律では民間企業に対しては社員数の1.8%(平成25年4月からは2.0%)の障害者雇用率を設定し、雇用を義務付けている。しかし、健康告知によっては、総合福祉団体定期保険に加入できない社員が出てしまうのではないか?・・・残念ながらその通りだったのである。
我々保険ブローカーは、長年、法律に則って採用している障害者を総合福祉団体定期保険に加入させられない状況につき、生命保険会社各社に対して、加入できない対象者の告知項目にある「手・足・指の欠損または機能に障害のある方、または視力・聴力・言語・そしゃく・上下肢・脊柱・中枢神経系・胸腹部臓器に障害のある方」の削除を強く求めてきた。 その結果、告知事項の変更は実務的には非常にハードルが高く、時間はかかったものの、ようやく生命保険会社各社が告知項目の削除に同意してくれた。今ではこの告知項目がない保険会社のほうが多数派となっている。こうした保険会社への働きかけは、保険会社各社の告知事項を比較、検証、交渉できる立場にある保険ブローカーだからこそ可能だったと思っている。
みなさんが総合福祉団体定期保険の加入書類を目にする機会があれば、ぜひ、告知項目でこの事項が削除されているか見ていただきたいと思う。もしこの項目がなければ、我々ブローカーの小さな社会貢献かなと、思い起こしてほしいというのが、‘悪役’ブローカーのささやかな願いである。
執筆者: 柳沼 芳恵 (保健・福利厚生コンサルティング)
略歴
日系大手生命保険会社、マーシュジャパン株式会社、英系保険ブローカーを経て現職。
マーサーでは日系企業向けのグローバルな保険ベネフィットのガバナンス体制構築の
プロジェクトや国際プーリングの構築、外資系企業向けの保険ベネフィットコンサルティングに従事。
マーシュジャパン在籍時には、現在の福利厚生制度運営ビジネスモデルの立ち上げにも従事している。