柿が盗られるのを黙って見ていたという吉四六さんに呆れるのは、「柿の木を見張り、盗もうとする者がいれば追い返す」という、本来期待されていた任務を(意図的にではありますが)取り違えていたからでしょう。プール監視員のような直接的なものから、工事監督、人事管理、プロジェクト管理まで考えれば、世の中は「見る」仕事にあふれています。地位が高くなるほど「見る」仕事が増えるぐらいです。大人が仕事として「見る」ことに期待されているのは「見張る」ことではないでしょうか。資産運用において運用機関を採用することにも、そのような意味があります。
運用機関は銘柄選択の専門家ですが、投資する銘柄を選択すればそれで運用は終わりというわけにはいきません。投資環境はつねに変化するからです。初めは間違いないと思われた投資先であっても、往々にして、今だったら選ばないのに、という状況が現れます。そこで「見張り」が必要になります。「見張り」をつけて、まだ投資を続けても大丈夫か、状況に応じて適切な判断をしてもらうのです。運用機関は銘柄選択の専門家であると同時に、優れた見張りとしての役割も期待されているのです。
優れた見張りに求められるのは、まず、リスクを素早く察知する能力です。人が気づかないようなわずかな兆候を見逃さず、適正に対処することができれば、リスクが顕在化した場合の被害は最小限に抑えられます。こと市場運用においては、「人が気づかない」うちに対処できることの価値は計り知れません。周知となった時点で、すでに価格が大きく下落している可能性が高いため、それでは遅いのです。当然、判断力と行動力も求められることになります。
一つの反例として、「BBB格未満に格下げされたら売却する」という、極めて客観性の高いルールにもとづく債券運用を考えてみます。この運用に対しては、「格付機関が格下げする頃には、誰かがそのリスクに気づいていて、すでに価格が下落しているということはないだろうか」という疑問が湧いてきます。遅くとも、格下げが公の情報となった時点で、価格の下落が予想されますので、いずれにしても、このルール・ベースの運用は、安値での売却を強いられることになります。さらに考えられるのは「格付機関が間違っている可能性」です。格下げののち、経営環境の好転等により再び格上げされたとき、このルール・ベースの運用は、安値で売却したばかりでなく、同じ銘柄を高値で仕入れることになるかもしれません。盗られ放題の柿の木が目に浮かぶようです。優れた見張りがいれば「ここで売却しなくてもよい」と判断して投資を続けたことでしょう。
リスクを素早く察知し、適正な対処について迅速に判断すること。必要と判断されれば即座に行動に移すこと。「見る」仕事にはいずれもこのような役割が期待されています。運用機関も例外ではないのです。少々の判断違い(または見張りをつけないことによる損失)は、高い金利収入が覆い隠してくれた時期もありましたが、世界中で金利が低くなった今、見張りの役割は増しているのではないでしょうか。柿の実がそれほどならなくなってきた、ということなのかもしれないと思うと、少し寂しくはありますが。
執筆者: 今井 俊夫 (資産運用コンサルティング)
略歴
日本の年金スポンサーに対する資産運用戦略策定、実行に関するコンサルティング業務に従事。
公的年金の資産配分策定支援や公益財団法人の資産運用コンサルティングにも実績。
東京大学大学院理学系研究科修了
日本証券アナリスト協会検定会員