筆者は長年、外資系企業や日本企業の福利厚生制度をグローバルな視点からコンサルティングする業務についている。そのため海外で自分が過去に関わった企業の工場を見ると「あの企業の福利厚生は…」と思い浮かんだりする。5月にも3週間ほどヨーロッパを旅したのだが、比較的長期の休暇だったため、各都市での滞在を伸ばし、移動はすべて電車またはバスを利用する欧米人的な個人旅行となった。訪問したのはドイツ、オーストリア、ハンガリー、チェコの4カ国。初夏の日差しの中、日ごろ飛行機で移動していては目にできない等身大のその国を見ることができた。特に印象的だったのは、360度草原だけの風景から、突如現れる工場だっただろうか。工場のあるところに道が整備され、コミュニティが作られている。工場は単なる働く場所ではない、そんな印象を強く受けた。そのせいもあってか、昨今の福利厚生制度におけるグローバルガバナンスの流れについて、その目指すべきものは何だろうと改めて考えさせられた。
福利厚生制度におけるグローバルガバナンスとは、
管理運営体制の向上 / 法令遵守
市場競争力の向上
コストの最適化 / 圧縮化
スケールメリットの活用 / 市場水準およびコストの可視化
を通じて、各海外拠点の福利厚生制度の最適化をはかり、併せてグローバル本社によるガバナンス体制を確立することを指している。
こうした考え方はグローバル展開をしている外資系企業では、早くから浸透しており、弊社のようなグローバルでのネットワークを持つコンサルタント会社やブローカー会社が福利厚生制度の分野で活躍する土台ともなっている。多くの外資系企業でベネフィットマネージャーといった専任の担当者が置かれ、われわれ外部の専門家との窓口となっている。
その中でここ数年の動きとして、グローバル展開する日系企業が、従来の国際プーリング制度の採用といった枠組みを超えて、外資系企業と同様に福利厚生制度におけるグローバルガバナンスに関心を持ちはじめている。
従来、多くの日系企業における海外拠点の課題として、以下のものが挙げられている。
ガバナンスについて意識したこと、議論したことがない
グローバル各国の福利厚生の現状、課題を把握していない
福利厚生制度運営の事務負担が大きい
保険に一旦加入したら、現地に任せている
適切な購買プロセスを経ていない
グローバル全体のスケールメリットを会社全体で享受できていない
それらの課題に対する弊社からのアドバイスは、次の3つのステップを踏んで福利厚生制度におけるガバナンス体制を構築するということである。
ステップ1: 課題の可視化を図る。
「どこの海外拠点にどのような福利厚生制度がどの程度あるのかを把握する」
ステップ2: 課題の有無・度合・優先順位をつける。
「各国の社会保障制度を考慮した上でベネフィット、コストの妥当性を見極める」
ステップ3: 会社の戦略に照らした課題の解決方法を検討する。
「人材獲得力の向上、保険コストの最適化といったそれぞれの会社の持つ課題を、ガバナンス体制を構築することで解決に導く」
今後、日系企業においてこうした視点からのコンサルティングの依頼は増加していくと思われる。
筆者としては微力ながらそうした企業の力になりたいと思うが、その一方で、テクニカルな手法による福利厚生コストの削減のみを成功とみなすようなことだけはしたくないと思っている。グローバルガバナンスの目指すべきものは、コスト削減だけではないと信じているからである。どこの国においても、会社の財産は「人」であり、工場は単なる働く場所ではないのだから。
このコラムが掲載される時期に、同じテーマで講演を行うことになっている。多くの方にわれわれの思いをお伝えできれば幸いである。
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執筆者: 柳沼 芳恵 (保健・福利厚生コンサルティング)
シニアコンサルタント
略歴
日系大手生命保険会社、マーシュジャパン株式会社、英系保険ブローカーを経て現職。
マーサーでは日系企業向けのグローバルな保険ベネフィットのガバナンス体制構築のプロジェクトや国際プーリングの構築、外資系企業向けの保険ベネフィットコンサルティングに従事。マーシュジャパン在籍時には、現在の福利厚生制度運営ビジネスモデルの立ち上げにも従事している。
東京大学文学部社会心理学科 卒業
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