単身赴任を想う

5月13日付け日本経済新聞の「女と男のいい分イーブン」というコラム、トピックスは「単身赴任できますか」。男性、女性それぞれの立場から単身赴任というものを捕らえていて、男性は実際に単身赴任している同僚の2つに分かれた意見について自分はどう考えるだろうと考察し、女性は配偶者が実際に単身赴任している状況下での現実の話をしている。どちらも「さもありなん」と面白く読んだ。
 単身赴任―――日本ではコラムにも取り上げられるくらい市民権を得ているものだが、やはりグローバルに見ると全く感覚は異なるようだ。

 筆者にも、現在配偶者が単身赴任している友人が数名いる。
 彼女らは「自分も仕事をしていて一緒にはいけない」とか「家もこっちに購入したし、もう子供たちも大きくなったから今更転校もさせられないし、何より自分も始めての土地にはもう行きたくない」とかなり醒めたことを言って配偶者の単身赴任という選択肢を選んでいる。
 何か緊急事態が出来した場合の不安などはあろうかと思うが、日々の生活については結構快適ライフであるという友人が少なくない。

 このように日本ではかなり頻繁に発生している「単身赴任」だが、やはり国が違えば話も違ってくる。
 筆者が米国に滞在していた頃、家族ぐるみで付き合っているアメリカ人の友人たちと話をしていた際に、日本人ビジネスマンの転勤事情が話題にのぼったことがある。その際に日本では単身赴任というのが比較的一般的に行われているという話を何の気なしにしたところ、この友人夫婦たちはびっくり仰天。「わざわざ離れて暮らすのであれば、なんで結婚したの?」、「ワイフと離れて暮らすくらいなら、僕は会社を辞めるね」、「会社は何でそんな不自然なことを強いるんだ」と非難轟々。筆者のほうが圧倒されてしまった。

 その当時は、この友人たちの夫婦仲が非常に良いからこのような発想になるのだろう、と考えていたのだが、実際にはそうではなく、このような感覚は欧米では極めて普通であるということに、海外派遣者の処遇に関するコンサルティングに携わるようになってから気がついた。

 また配偶者が海外赴任に同行しないのであれば海外勤務自体を辞退するというのも欧米企業ではまかりとおる。(辞退することは勿論望ましいことではないとの認識はあるが)

 そのため、欧米企業では配偶者が現地に帯同しやすく現地にスムーズに適応できるような施策に腐心する。例えば、海外勤務を受諾する前に、夫婦で現地を事前視察して自宅や学校、ショッピングモールなどの生活環境を下見し、その上で海外勤務受諾の可否を決定してもよい、そのための航空運賃や宿泊費、移動手段費用などについては会社が負担するという制度は欧米企業ではかなり一般的であるが、日本企業においては導入している企業もあるものの、まだ多数派とは言い難く、むしろ「なんで配偶者が現地を見るというある種のプライベートな旅行の費用まで会社が負担するのか?」という反応に接することが少なくない。

 一方で、日本企業では一般的に、「留守宅手当」などの名称で給与項目を設定し、残留している家族の状況に応じて手当を加算したり、二重生活に伴う追加コストを補償するなど、単身赴任に対して何らか給与上の処遇設計をしているケースがほとんどである。
 つまり配偶者ができるだけ帯同できるようにという欧米型処遇設計に対し、単身赴任という選択肢を整えているという印象である。

 日本は第二次世界大戦後に急激な経済成長を遂げたが、それ以前は決して所得水準の高い国ではなかった。為替相場も71年のニクソンショックまでは1ドル=360円の固定相場という今では考えられないような状況であった。そのために、国内の給与をベースにしたのでは先進国で生活を営むことのできる水準に達せず、一方で配偶者を帯同するとその加算分だけでも人件費が高騰するため、当時は現地コミュニティでの付き合いのあるトップなど一部の例外を除き単身赴任を前提としていた。

 このような状況を勘案して日本企業の多くは、現地では先進国で生活できる水準の給与を支給し、一方で国内に家族が残っていることが前提であることから、この残留家族についても生活を営んでいくことのできるようにと別途留守宅手当などを設け支給してきた。
 こうした歴史的背景を鑑みると、現在の日本企業の「単身赴任」という処遇制度についてもそれなりの理由と合理性はあったのである。

 ところがこの一見当たり前のような話が欧米の方々には通じない。
 「家族が一緒に赴任するかどうかはFamily Issueでしょう」、「なんで家族が本国に残ると手当が加算されるの?」、「給与はJobとPerformanceについて支払われるものであって家族の有無によって支給額が異なるのはMarital Statusによる差別では?」「別れて暮らすことによる精神的負担に対する会社の弁済?」など、ここでも喧々諤々の議論になる。

 言われてみれば、このような考え方も確かにもっともである。
 個人が家族を非常に大切に思うのと、企業が処遇(給与)として家族を遇するのとは世界の異なる話なのである。
 このようにほんの1つの処遇項目にしても、日本の常識≠世界の常識である。
 自分たちの常識を全て疑ってかかれ、とまでは言わないが、自分たちの想像しないような発想が当たり前のように存在する世界があるのだということはきちんと肝に銘じておいたほうがよい。

 そうでないとグローバルに共通の海外派遣者処遇を構築するなどという話も、結局は日本人目線と日本人の常識の枠内だけでの議論に終始してしまい、海外の方々からは受容されず、またせっかく作ったものの実際に外国籍社員の異動はほとんど実現しなかったという、期待を裏切られるような結果になることも十分ありうるのである。
 グローバル人材の活用が叫ばれる今日、日本の常識を疑う勇気を持つことが何より重要になってきているように思う。

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執筆者: 工藤 純子 (インフォメーション・ソリューションズ)
プリンシパル

略歴
海外に展開する日本企業に対し、グローバルでの適材適所を目指し、多様化する海外ビジネス形態や派遣パターンに合致した給与・処遇全般についての制度設計やグローバルに統一した海外派遣者処遇制度の構築等、ポリシーの策定から個別処遇の構築、実際の運用面での詳細ルール設計や海外派遣者へのオピニオンサーベイの実施に至るまで、海外派遣者に関する各種コンサルティングに従事。
 外資系企業に対するグローバルメンバーとしてのコンサルティングにも参画し、欧米企業のプラクティスにも精通。総合商社、横河オーガニゼーション・リソース・カウンセラーズを経て現職。
 
津田塾大学学芸学部国際関係学科卒、コーネル大学Graduate School of Industrial and Labor Relations修了(MILR)
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マーサージャパン株式会社プロフィール
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