「パッシブな人事採用」を考えると運用機関に期待する役割が見えてくる

昨年末からの円安と株高で年金資産の積立状況はかなり改善したようです。年金資産の運用成果が企業財務に与える影響を考えれば、ほっと一息つかれている関係者は多いのではないでしょうか。ところで、いま、一口に株高と言いましたが、非常に注意深い方であれば、それは市場平均の話であって、正確には、投資していた銘柄によって積立状況が改善している企業も、改善していない企業もあるのではないかと、そんな疑問を持たれるかもしれません。見過ごされがちな視点ですが、これがもし「エマージング債券」についての議論であれば、見過ごすわけにいかない問題提起を含んでいます。

 なぜ「見過ごされがち」なのでしょう。それは、こと日本株については銘柄を幅広く分散して投資しており、結果的に市場平均と大きく変わらない運用成果になるのだと、多くの企業の関係者が理解しているためです。それどころか、資産運用の世界では、「パッシブ運用」と呼ばれる、初めから「市場に連動した成果を目指す」運用手法があって、一定の支持を得ているぐらいです。

 パッシブ運用はとても簡単です。市場で取引されている銘柄をすべて集めてきて、その投資比率を市場と等しくなるように調整すればよいだけのことです。運用機関に支払う報酬も安くすむでしょう。高い報酬を払えば、市場平均以上の成果を必ず上げられるというものでもありませんから、それなら、日本株に限らずどんな投資対象でも、パッシブ運用の費用対効果が高いように思えてきます。しかし、運用機関に期待する役割は、もっぱら「市場平均以上の成果を上げること」にあると考えてよいのでしょうか。いえ、「エマージング債券」や「小型株式」への投資を考えてみると、何かもっと本質的な役割を担っているように思えてきます。それを見るため、ここでは、運用機関による銘柄選択を、新卒学生の採用になぞらえてみます。

 「パッシブな人事採用」とは、まず、たとえば、学歴を大卒以上など一定の範囲に絞ることから始まります。日本株の一般的なパッシブ運用で言えば、東証一部上場企業以外を投資対象としないことに相当します。次に、大学別、学部別、男女別などの「セル」に分割し、その人数比にしたがって採用人数を割り当てていきます。A大学とB大学の卒業生をそれぞれ15,000人、10,000人とすれば、A大学から15人、B大学から10人というように。これは、すべての銘柄を集めるわけにはいかない債券のような資産クラスのパッシブ運用で行われる手法で、「層化抽出法」と呼ばれています。

 すでにどことなく違和感がありますが、「市場に連動した成果」を求める採用政策があるとすれば、意外に効率的かもしれません。しかし、最後のステップはとうてい受け入れられません。それは、「各セルに属する候補者には、面接することなく内定を出す」というものです。

 人事採用は企業にとって一大投資です。面接という「人の目」を通さない人事採用のリスクが高いのは、属性や試験の点数に表れない多様性こそが人格であり、それゆえに、ときとして著しくネガティブに発現する、あるいは、いっこうにポジティブに発現しない可能性があるからでしょう。「エマージング債券」も「小型株式」も「ハイ・イールド債」も同じではないでしょうか。日本株であれば、東証の上場審査機能を信じて「東証一部上場企業であれば買う」という投資行動が許容されても、最後まで「人の目」を通さないエマージング債券運用は、注意義務を疑われかねません。私たち資産運用コンサルタントは、銘柄選択の専門家、すなわち、運用機関に「人の目」としての役割を期待していますが、投資対象を「BBB格以上」に制限するなど、格付機関にそれを求める手段もあります。

 円安と株高が一段落して、金利も低いままとなれば、次なる投資先を探される方もいらっしゃると思いますが、従来なら気に留めなかったようなことが大事になることがありますので、慎重にご検討ください。

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執筆者: 今井 俊夫 (資産運用コンサルティング)
シニアコンサルタント

略歴
日本の年金スポンサーに対する資産運用戦略策定、実行に関するコンサルティング業務に従事。
公的年金の資産配分策定支援や公益財団法人の資産運用コンサルティングにも実績。

東京大学大学院理学系研究科修了
日本証券アナリスト協会検定会員
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マーサージャパン株式会社プロフィール
マーサーは世界 40カ国以上、約180都市において、コンサルティング、アウトソーシング、インベストメント分野で 25,000 社以上のクライアントにサービスを提供するグローバル・コンサルティング・ファームです。世界各地に在籍する 19,000 名以上のスタッフがクライアントの皆様のパートナーとして多様な課題に取り組み、最適なソリューションを総合的に提供しています。ニューヨーク、シカゴ、ロンドン証券取引所に上場している、マーシュ・アンド・マクレナン・カンパニーズ(証券コード: MMC )グループの一員です。[http://www.mercer.co.jp/ ]