「春眠暁を覚えず」と言うが、私の場合は「冬眠朝飯を覚えず」といった具合で、毎年冬になるとなかなか布団から抜け出せず、結局大慌てで家を出て行く毎日である。おそらく前世は熊か何かだったのであろう。春が待ち遠しい。この季節はどうも動作が鈍くなってしまい、本年度最後の寄稿もどうやら締め切りに間に合いそうもなく、新年早々反省しきりである。
新年早々と言えば、毎年お盆とお正月には両親の実家のある福岡に行くのが我が家の恒例行事となっており、今年も父方の祖父母宅に数日滞在してきた。そこではお年玉を貰う立場から渡す立場になってしばらく経つのだが、その源をどこからどう稼いでいるか、この説明がいつになっても私には悩みの種である。マーサーは外国資本の会社で、仕事のほとんどが対顧客企業のものだから、私の家族や親類がその名前になじみがないのは無理もないことだが、会社名一つで説明の労が増しうることは働き出してから改めて実感した。
思えば、かなり一般的になってきたとはいえ、非日系企業への就職という決断は少々エネルギーを要した。特段の海外経験もなかった私は、学校を出たら日系企業に入るのが当然だと訳もなく思っていたし、国籍や国民意識がアイデンティティに張っている根は一般に深いだろう。ただ、経済やビジネスの世界ではグローバル化が進んでおり、国をまたいだ事業展開と各国の個別事情が互いにその利害を尊重し共存を図る姿勢もまた、かなり確立されてきているように思う。
とはいえ、そのグローバル化という視点で非常にびっくりさせられたのが、イングランド銀行(Bank of England、以下BOE)の総裁にカナダ人であるマーク・カーニー氏が2013年7月より就任するという昨年11月の報道である*。氏がカナダ銀行総裁(Bank of Canada、以下BOC)の任にあることに加えて、そもそもイギリス人ではないことは衝撃的である。ちなみに、今回のBOE総裁職は公募方式により求人が出されていた。日本でも、日銀総裁職の後継が議論されているところであるが、是非はともかくとして、現状ではこうした発想はおよそ議論の俎上にも登らないであろう。
* 参考文献:三菱東京UFJ銀行 ロンドン駐在情報「BTMU Economic Brief London」 November 30, 2012
英国の中央銀行であるBOEの総裁は政策金利の決定権(実際の意思決定は、総裁が主催する金融政策委員会を通じてなされるが、詳細は割愛する)をはじめ、非常に政治的かつ行政的に強い権限を持っており、その取り扱う事項においては各国間での利益相反が多くあり(通貨価値などその典型で、為替介入への各国の反応が想起される)、例えば英・加国で利害が対立する事項において適切な判断ができるか、などといった不安の声は至極最もだ。
一方で、真実は当事者でないと分からないが、各種報道により伝えられている、氏の職業人としての実績や力量に加えて、非英国人としての視点や立場をもって、LIBOR不正操作のスキャンダルに端を発した現在の金融行政への不信感を払拭し、金融システムの安定化と発展を目指すといった狙いも、単なる建前ではないだろう。
グローバル企業で働く身としては、どこで何のために働くかという自問は常に心の片隅にあるのだが、氏の真意やBOE総裁へのモチベーションは非常に気になるところである。現在も自国の中央銀行総裁の身であり、それを投げ打つということに対して自国からの批判もあるだろう。また、「ガイジン」に対する風当たりは英国においても厳しいものばかりではないだろうか。
新聞でこのことを初めて知ったときはその記事の論調同様にびっくり仰天して、こんなことが果たしてうまく行くのかなーと(他人事ながら?)心配した私であるが、英国は何と言っても産業革命の発祥地である。私はいま汽車の生まれた時代に汽車を見ているのかもしれない。
歴史は繰り返すと言う。まして、現代は汽車どころか、飛行機やロケットの時代である。昔、鉄しかり繊維しかりで、主要な産業は国家そのものであった。今はグローバル化という概念を経営の念頭に置かない企業の方が少ないのではないだろうか。先駆けてグローバル化した経済に倣って、政治や行政の世界も、優秀な人材を各国から募って重職に登用するようなグローバル化が常識となる日が来るのかもしれない。
あまり細かいことを考えずにそんな世界を空想してみると、より適正のある人物による、より良い政治や行政活動の実現がもたらす国民への恩恵は、「ガイジン」に統治されるという当初の抵抗感以上に価値のあるものになるかもしれない。「グローバル化」は次の段階にさしかかろうとしているのだろうか。
少し話が大きくなってしまったが、一職業人としても、すごい実績や能力を持つ人物の存在は、参考や励みになったりするものである。氏はゴールドマンサックスというグローバル企業に身をおいた経験(東京駐在もされたそう)も持っているそうだ。ささやかながら、氏が英国でも活躍され、新しい行政やキャリアのあり方のモデルケースとなることを祈念したい。私も、実現するかはさておき、これくらいに世界の耳目を集めて大きく活躍できる職業人を目指して、まずは日々の業務を地道に頑張っていかねば・・と心新たに、まずは締め切りに遅れた理由とお詫びの言葉を一生懸命考えている新年の幕開けである。
執筆者: 川口 知宏 (年金コンサルティング)
アソシエイト・コンサルタント
略歴
マーサーにおいて国内外企業の退職給付債務計算や退職給付制度改革、M&Aデュー・デリジェンスのプロジェクト等に参画。また、健康保険組合やストックオプションに係るコンサルティングでの分析も担当。
慶應義塾大学大学院理工学研究科開放環境科学専攻修了。