M&A後のリーダーシップ融合

 「M&Aの成功には企業文化の融合が鍵」とは良く言われることだが、その内容は、一般従業員や現場リーダーを対象とした企業文化融合、あるいは企業価値観浸透の話であることが多い。これは、過去の国内企業の大型統合や海外進出の歴史の中で、現場を舞台とする企業文化融合や価値観浸透の試みが相当に行われてきたことによるのであろう。

 しかし、時間を買うのが身上であるM&Aにおいては、買収後、真っ先に手がけるべきはリーダーシップ(経営層)の融合である。なぜかというと、経営層を押さえれば、そこから下の組織に対しては、既存の指揮命令系統を活用して、「M&A=建設的変化」のキーメッセージを組織全体に伝えることができるからである。

 「リーダーシップ融合ワークショップ」は、買収後の新経営層の顔ぶれが固まったら、すぐにでも行う。それは、できればクロージング(買収契約の発効)前であり、もし無理ならクロージング直後である。要は、PMI(Post Merger Integration: 買収後の統合)の基本計画となる「100日プラン」の策定に着手する前、ということである。

 リーダーシップ融合ワークショップは、実施するタイミングが絶対的に重要である。なぜかというと、それが100日プランを策定するときに発生する困難を効果的に予見し、たとえ完全でなくても問題をある程度回避し、あるいは問題を軽減する効果をもたらすからである。

 リーダーシップ融合のタイミングを逸すると、リーダーは何をどこまで自分の考えでやってよいのか、わからなくなってしまう。あるいは逆に、自主性を発揮した結果、出てきたプランの方向性が違う、ということが生じる。後者の場合は、修正に膨大なエネルギーを要することが多く、修正困難ということで押し問答になったりもする。

 この結果、重要な意思決定がスムーズにできずに組織が混乱したり、考えの相違が顕在化して対立構造が先鋭化したり、些細な様子見が蔓延して組織が沈滞したりする。今後の大計である100日プランを策定しようという時に、あるいは策定を進めた結果、そのような事態に陥っては大変である。

 経営層の問題が本格的に顕在化してくるのは、100日プラン策定中である。誠意と協調性を以って議論するのは当然だが、一方で、競合・顧客といった外部環境が求める要求は高く、厳しく議論しなければこれに応えることはできない。この試練こそが、リーダーシップの融合を本物にする。この過程を経て、リーダーが一部交代することもある。

 そして、100日プラン完成の暁には、別途、一般従業員まで対象を広げた本格的な融合策を打つことになる。具体的には、100日プランの実施上の課題を洗い出す組織診断を行い、その結果を踏まえて意識改革・行動改革を行うプログラムであったり、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を明らかにして浸透させるプログラムであったりする。

 リーダーシップ融合ワークショップの特徴は、実施のタイミングが勝負の、「旬のもの」であるということである。コストを含めていかに実施のハードルを下げ、実施すべき時に実施し、費用対効果を最大化するか、M&Aの実務家の腕が問われるところである。

執筆者: 竹田 年朗 (グローバルM&Aコンサルティング)
プリンシパル

略歴
株式会社大林組、外資系コンサルティング会社(戦略系、組織人事系)を経て現職。
日本企業の海外企業買収に対して、デュー・デリジェンスからPMIまで、幅広い支援を提供している。特に最近は、買収後のガバナンス構築、インテグレーション、海外子会社の地域再編、人事と戦略に関するグループガバナンスなどをテーマとしている。2009年12月から、M&A専門誌「MARR」にて毎月論文連載中。
著書に、「人事デューデリジェンスの実務」「合併・買収の統合実務ハンドブック」(ともに中央経済社、共著)がある。
東京大学法学部卒、コーネル大学経営学修士(MBA)修了。

 

マーサージャパン株式会社プロフィール
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