組織のインナーマッスルを鍛えよ – イチローと清原にみる強化すべきポイントの相違 –

米国メジャーリーグで、10 年連続 200 本安打を達成したイチローであるが、2011 年ついに、その記録が途絶えてしまった。しかしながら、日本での 9 年、米国での 11 年の長きに及び安定的に高いレベルで活躍を続け、通算で 3000 本を超える安打数、そして単年でも 3 割の打率成績を挙げることが難しい状況の中、3 割 3 分を超える通算打率をマークしている。何より 20 年以上も大きな故障なく試合に出続ける自己管理、そして進化を続ける凄さは野球界だけでなく、海外で活躍する日本人の代表の一人として賞賛されるものと言えるだろう。一方対比として挙げさせていただいた清原選手は、高校野球時代の甲子園での活躍は、今なお強烈な印象として脳裏に残るとともに、甲子園でのホームラン 13 本という抜きん出た記録も残している。プロ野球デビュー後も 1 年目に打率 3 割を超え、31 本のホームランを打つなど、文句ないスタートを切っている。しかしながら 30 歳代になり、ウエートトレーニングにより相手を威圧するような筋肉の鎧をまとった後、全力疾走による肉離れや膝の故障により成績は低下し、20 歳台での活躍と比すると寂しいものでもあり、不完全燃焼のまま引退に至っている。

 イチローは数年前、本拠地の地下にある専用のトレーニングルームで行われたインタビューで自身が使うトレーニングマシンの特徴を表現し、野球の練習や自分の意思だけでは鍛えられないインナーマッスルや神経系を刺激し、筋肉同士の連動まで強化していると言っている。そのマシンを使ったトレーニングは日本で活躍していた時代から継続されており、見た目は、ほとんど変化のない体型を保ち、しなやかでバランスの取れた抜群の体幹を維持している。あたかも自分の体のあらゆる機能の関連を理解し、鍛え続けているように思える。そして、清原選手は格闘技の選手さながらにアウターマッスルを鍛え外見上の筋肉を大きくし、一見頑健で故障等しそうもない体を作り上げたことにより、バランスが崩れ、プロの中でも抜群であったバッティングにおける反応スピードをも鈍らせてしまい引退を早めてしまったのではないだろうか。

 いささか強引な関連付けとなってしまうかもしれないが、日本企業のグローバル化の中、グローバル事業戦略の実行のための人材マネジメントの肝も類似しているのではないだろうか。

 グローバル事業戦略実現のために求められるスピードとグローバル人事のスピードのギャップは、事業と人事の分離による場合が多々ある。

 何を目的とするかが明確でないまま、ゴールを設定してしまい、人材マネジメントの方向性も不明確なまま進めてしまうと、人事の個別機能である採用、異動・配置、評価、報酬、育成、キャリア開発等を全体感のないまま構築してしまうことになってしまう。この状況は、個別筋肉を強化するかのごとく鍛え、外形的に頑健そうだが、体全体を連動させるためには却って邪魔になり、予期せぬ動きに対する反応が遅れ、無理を重ね故障を起こしてしまうことになるのではないだろうか。

 人事の個別機能を結びつける関節を正しい位置に整え、稼動域を最大限広げ、指示がなくても各々の筋肉が速やかに連動し体全体は目的に向かって、確実に、そして、しなやかに変化に対応しなければならない。

 組織においても、外形的に頑健に見える個別筋肉を鍛えるだけでなく、その筋肉を連鎖させ活用するためのインナーマッスルや神経系の強化が必要そうだ。

 すなわち、組織にとっての個別筋肉とは、組織体制、ガバナンスルール、承認権限や各人事機能等の仕組み、ルールやマニュアルとすれば、インナーマッスルや神経系は、事業戦略を運営していく人材なのではないだろうか。

 事業戦略を実現するために、あるべき姿を目指し、組織を組成し、ガバナンスルールを規定するだけでなく、実際にその運用を行う人材を育成することが必要なのである。

 しかしながら、事業の成功と成長を支える環境変化に迅速に対応し、チャンスに変えられる人材の育成は、仕組みやルールを策定することに比較し膨大な時間を要することであり、単発の施策ではなく、継続的な実行が不可欠なのである。

執筆者: 橋場 敬
マーサージャパン株式会社
組織・人事変革コンサルティング
略歴
日系エンジニアリング会社人事部門を経て、米系金融保険グループ会社での人事部門責任者として、報酬制度・評価制度・等級制度等の制度設計、ダウンサイジング、グループ内各社の年金制度統合・人事部門再編成等のプロジェクトを経験し、現職。
日系/外資系企業に対する人事制度改革、人事業務改革・組織再編成等のコンサルティングに従事。
明治大学商学部卒。
プリンシパル
 

マーサージャパン株式会社プロフィール
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